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ヘクトールとアンドロマケーの語らひ
勝敗の別れめたるスカイア門に
遥かに見ゆ隅櫓に立つ妻は
戦場の狂気に満ちた瘴気を吸い
風に煽られ神懸かれば
そぞろ気に求むるは愛する夫
ようやく無事に逢えたるは
スカイア門の影、懐のもと
祈りの言葉、神罰に似るは
アンドロマケーの恐れそのもの
我儘、無邪気な妻の警告
受けるは、心は寛きヘクトールの
優しき瞳に和子の恐懼
ああ、嬰児よ恐るるなかれ
汝はいまだ、何も知らなんだと
笑いかけては夫婦は瞳をあわせ
人が知ったる行く末を思うかと
そう感ずればこそ涙ながれん
名誉や運命、生も死も
知らぬあいだに咲く花と見ゆば
和子こそ桜、命どぅ宝と覚えたり