9 それぞれの勇気
勇者マサムネは、牢の中で目覚めた。
全身が冷たく、手足の感覚がない。
勇者となって魔王軍と戦い続けていた時でも、ここまでの状況はなかった。
「マサムネ、起きた?」
目の前に、聖女ムーナがいた。
真剣な表情をしている。まさに、聖女の力を行使したのだ。
「俺は、どうしたんだ? 確か……王のところに行ったんだ。王が結婚しようとしているのは、俺が長い間思い続けていた人だから……」
「ええ。その隙だらけの背中を襲われたのよ。王城に、マサムネを氷結させられる人がいるなんて思わなかったけど……監禁された場所を聞き出すのに時間がかかったの。もう少し遅ければ死んでいたわね」
「……そうか。まだ、可能性はありそうだな」
マサムネは、ムーナの話から可能性を見出していた。
勇者であるマサムネを氷結させられる存在など、魔王しか考えられない。
王城の、王のすぐ近くに、魔王フィビトはいたのだ。
マサムネを氷結し、殺さずに監禁した。死ぬ前にムーナが駆けつけられたのは、魔王にはマサムネを殺す気がなかったからだ。
「可能性なんてないわ」
ムーナが、マサムネの思いを打ち消すように首を振る。
「どうして?」
手足の枷を力づくで外し、マサムネは尋ねた。
「今日は、結婚式の当日よ。今頃、2人は永遠の誓いをしている」
「まだだ」
マサムネは立ち上がった。全身に力が巡っているのがわかった。
「マサムネ、どうする気?」
「決まっている。ムーナも来い。正式な聖女なんだ。結婚を承認する資格がある」
「私に、何をさせるつもり?」
「フィビトを王には渡さない」
「ちょっと、マサムネ!」
聖女ムーナの静止を聞かず、勇者マサムネは牢を飛び出した。
※
結婚式は王城で行われていた。
城全体が慶次を示すめでたい飾り付けがなされ、空には青空に映える花火が打ち上がっていた。
王城の前庭に、貴族や有力者たちが招かれていた。
その先に、国王と王妃候補が並び、司祭と思われる男が経典を読み聞かせていた。
「その結婚、待った!」
マサムネの怒声が響き渡る。
全ての音が止まった。そう感じられる怒号だった。
勇者マサムネは、1000年に渡り人間を脅かし続けた魔王を追い詰め、一騎討ちで追い払った勇者なのだ。
人々を割り、勇者が王と王妃の前に出ようと進んだ。
「遅いわよ、勇者様」
式に参列していた伯爵令嬢ビーシャに声をかけられた。
マサムネはビーシャに頷き、少しだけ笑いかけた。
王の前に立つ。
「勇者マサムネよ。今日は余の記念すべき日なのだ。用があるなら、後日聞く。邪魔は許さん」
王は、それでも寛容に応じた。
勇者マサムネは、ヴェールを被った美しい花嫁に指を突き立てた。
「魔王フィビト、俺ともう一度勝負しろ!」
「マサムネ、突然何を言い出すのじゃ」
答えたのは王だった。フィビトは話さない。花嫁は、口を聞かない方が良いとされている。
マサムネは続けた。
「フィビトを幸せにする男は誰か、身を持って教えてやる」
「フィビト……マサムネと、その……いかがわしい関係なのか? マサムネの女関係は、余も聞いている」
「違います」
フィビトが否定した。王が胸を撫で下ろす。
フィビトがヴェールを投げ捨てた。
隠されていた顔が露わになることで、その美しさに会場が息を呑む。
だが、フィビトの発言内容は全てをぶち壊した。
「勇者貴様、余の城を奪っただけではあきたらず、余の幸せまで壊そうというのか!」
「王といっても、ただの人間だ。人間と結婚して、魔王が幸せになれるものか!」
「貴様は違うというのか!」
「違う! 俺は、魔王だった頃から、フィビトを愛している」
「理由になっておらぬわ! 過去形で語るな。余は、いまでも魔王である!」
「フィビト……そなた、魔王なのか?」
フィビトは怒り、前に出た。フィビトの背後で、悲鳴のような男の声があがった。
フィビトが振り向いた先で、国王が尻もちをついていた。
「……あっ……」
口が滑ったことに、フィビトが気づく。
「わかっただろう。あれが、普通の反応だ。俺は大丈夫だ。俺なら、フィビトを幸せにできる」
「黙れ! 1000年間、純潔を守ってきて、今更勇者になど嫁げるか! そもそも、貴様にはムーナがいるではないか! ムーナを泣かせるような男、八つ裂きにしてくれる」
魔王が雷を放つ。勇者は丸腰だ。牢から抜け出したばかりだからだ。
だが、マサムネの前で雷は消滅した。
マサムネの前に、聖女ムーナが立っていた。
「私、こんな男、大嫌いです!」
ムーナが、背後のマサムネを名指しした。
「ムーちゃん……無理をしないで……」
フィビトの表情が、聖母のように優しくなる。だが、ムーナは従わなかった。
「本当です。生理的に受け付けません。マサムネを好きなのは、ビーシャ様です」
「誰? ビーシャって」
「私です」
式への列席者の中から、伯爵令嬢が立ち上がった。
魔王の出現に、参列者の多くは浮き足立っていた。
だが、ほとんどの参列者が逃げずにいるのは、勇者と聖女が一緒にいるからだろう。
「……突然、なんなの?」
今まで存在も知らなかった令嬢が名乗りを上げたことに、フィビトが躊躇う。
「私は、王が決めた勇者様の婚約者です」
「どうでもいいわ」
「でも、王様の命令ですし……」
まごまごしながら反論するビーシャに苛立ったフィビトは、立ち上がったビーシャの目の前に移動した。参列者が避ける。
「そんなに王の命令が大切なら、あんたが王と結婚すればいい」
ビーシャを抱え、フィビトは王に投げつけた。
魔王に怯える王と、フィビトはもはや結ばれることを諦めていたのだ。
フィビトが再び勇者マサムネに向き合った。
その背後で、王が言った。
「この黒髪、切長の目……あの女に似ておるな。どうじゃ? 余に嫁ぐか?」
「わ、私で、よかったら」
「おめでとうございます。国王様、ビーシャ様!」
聖女ムーナが喝采を上げる。
「王妃になり損ねたな」
勇者マサムネが言った。
「貴様のせいじゃ」
「ああ。わかっている。責任はとる」
「余は、わがままじゃぞ」
「ああ」
「浮気は許さぬ。貴様、女癖が悪いそうじゃな」
「俺は、この世界に呼び出されてからずっと、魔王フィビトだけを思ってきた。近づく女たちを遠ざけるため、悪い噂を流し続けた」
「……本当か?」
「嘘だと思うなら、勝負するか?」
「丸腰で、余に勝てると思うな」
2人の距離が、徐々に近づいていった。
「ああ。心しておく」
「責任は取れよ」
「わかっている」
2人の距離がなくなり、魔王フィビトは、1000年間守り続けたものを、勇者に捧げた。
祝福する聖女の声がいつまでも響いていた。
最期までお付き合い頂き、ありがとうございました。
まだ続けられそうですが、公式の企画に合わせて書いたので、この辺りで締めたいと思います。
勇者と魔王と聖女と悪役令嬢の勇気、当初イメージしたより、楽しい物語になりました。
彼と彼女らの今後が気になる方は、感想欄などでご意見ください。
余裕があれば、続けるかもしれません。