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8 続悪役令嬢の勇気 悪役令嬢、背を押す

 伯爵令嬢ビーシャは、勇者マサムネを訪問して以来、聖女ムーナの部屋を出た。

 背後に、金貨の詰まった木箱を担いだムーナ本人を連れている。

 ムーナに教えられた通り、王城の玄関にあたるホールで勇者マサムネは待っていた。


 完全武装し、厳つい鎧を身につけた姿は勇ましく、また恐ろしくもあった。

 外を向き、兵士たちの出入りを眺めているようだった。

 ビーシャは、自覚せず足音を殺して近づいていた。


 声をかけていいのだろうか。

 ビーシャを見るなり、拒絶されるかもしれない。

 金に困っていても、ビーシャの金は受け取らないかもしれない。

 様々な思いが、ビーシャの足を鈍らせた。

 だが、戦いに赴こうとしている勇者の感覚は、普段以上に研ぎ澄まされていた。


「遅いぞ、ムーナ」


 声をかける前に、足音を殺していたのにも関わらず、勇者マサムネは聖女ムーナが近づいていることを悟り、振り向いた。

 勇者マサムネと目があった。

 ビーシャが固まる。マサムネの視線はビーシャの背後のムーナに向いたが、再び目の前のビーシャを捉えた。


「君は……伯爵家の令嬢だね。俺に用かい?」

「わ、私は……ゆ、勇者様の、婚約者でした」

「ああ。知っている。だけど、王も気にしていない」

「て、手紙を……」


「貰っているのはわかっている。俺が勇者としての役目を果たした今、王国としても、婚約者で縛る理由はないはずだ」

「まだ……果たしていません」

「ほぼ、果たしたと思うが」


 魔王はまだ生きている。どこにいるのかはわからないが、魔王を討伐するまで、勇者の役目は終わらない。


「勇者様、それなのに、あなたは役割を放棄しようとしている」

「役割を放棄? 何のことだ?」

「家を買い、幸せな家庭を築きたいのでしょう?」

「ムーナに聞いたのか?」


「聞きました」

「勘違いしてもらっては困るが、俺の家はムーナと暮らすための家じゃない」

「ええ。ムーナのことは、私の誤解でした。嫌がらせをしたことは謝罪します」

「私、ビーシャ様と義姉妹になったのよ」


 突然、聖女ムーナが口を挟んだ。ビーシャのことを擁護するためだ。

 ビーシャは頷いた。


「それなら、俺から言うことはない」

「私からはあります。家を買っても、幸せにはなれないわ。だって……すぐに手放すことになる」

「だから、金を稼ぎに行くんだ」


「帰ってくるまで、人手に渡らないとお思いですか?」

「そんなこと……」

「ムーナ」

「はい、ビーシャ様」


 ムーナが、担いでいた木の箱をマサムネの目の前に置いた。

 ずしりと重い音と共に、ふたがずれた。

 隙間から覗いた山吹色の輝きに、勇者マサムネは言葉を失った。


「こ、こ、こ、これは……」

「差し上げます。半年分の借金返済に、必要なお金です」

「くれる? くれるのか? いや、ちょっと待て。俺には、好きな人がいる。どんな大金を貰っても、その人のことを諦めることはできない」


 勇者マサムネは、辛そうに大量の金貨から視線を逸らせた。

 ビーシャは言った。


「ええ。構いません。ただ、もし勇者マサムネが家を買い、愛する人を受け入れる準備ができていても……その人が勇者様を選ぶとは限りません。もし、勇者様が本当にその人のことを諦めざるを得なくなった時……私のことを、思い出してください」


 言いながら、ビーシャは目元を拭った。

 マサムネを直視できないふりをして振り返る。

 聖女ムーナが、こっそりと親指を立ててビーシャを賞賛した。


「そ、そんなことでいいのか? 俺は、簡単にはその人をあきらめないぞ」

「ええ。私も、いつまでも……諦めません」


 ビーシャの言葉に、勇者マサムネは頷いた。


「わかった。この金はありがたく使わせてもらう。半年後には、色をつけて返せると思う。ひょっとして、ドラゴンを何匹も退治して、借金を全部返済できるかもしれない。ムーナ、その格好で行くつもりか?」

「あっ……お金を運ぶので、着替えるのを忘れてきた。マサムネ、ちょっと待ってよ」

「ああ。早くしろ」


 聖女ムーナが走り去る。

 ムーナの姿が見えなくなったところで、勇者マサムネは、床の上に這いつくばった。


「すまない。こんなことまでして貰って。俺は、あんたを蔑ろにしたっていうのに……」

「ちょ、ちょっと勇者様、おやめください。私こそ、勇者様の立場を顧みず、自分のことばかり考えて、ムーナに酷い仕打ちをしました。あなたにも無礼な手紙を送ってしまいました」

「この金は、きっと返す。いい投資をしたと、あんたが思うように」


 マサムネが顔を上げた。


「いいえ。返せないほうが、私は嬉しい」

「どうして、そこまで俺なんかを買ってくれるんだ? ムーナなんかは、俺のことを異性としては毛嫌いしているのに」


「あの子は……異性に興味がないかもしれません」

「えっ?」

「トンママ村まで来て、私に告白みたいなことをしましたから」

「まさか……そうなのかい?」


 ビーシャは頷く。

 勇者マサムネにとっては、おかしなことだったようだ。歯を見せて笑った。ビーシャも、先ほどまでの緊張が嘘のように笑っていた。


 聖女ムーナが戻ってきた。

 聖女としての完全武装は、デザインに神聖な紋様が多用されているだけで、かなり頑丈だ。

 ムーナは、力だけなら勇者を凌駕するのだ。


「じゃあ、行ってくる。伯爵令嬢も、元気で」


 勇者マサムネが、金貨が入った箱を担ぎ上げた。


「ビーシャ様、半年後が楽しみですね」


 ムーナが笑いかけた。

 勇者マサムネは、何のことかわかっていない。

 勇者と聖女は遠征し、帰ってくるのは半年後だ。

 その時には、勇者が結婚したいと願っている黒髪の美女は、王妃となっている。


 勇者は、その時何を思うだろう。

 ビーシャが何も知らなかったと言い張ることは簡単だ。

 聖女ムーナが裏切るとは思えない。

 絶望する勇者マサムネは、ビーシャのことを思い出すだろう。


 その光景を思いながら、ビーシャは遠ざかるマサムネとムーナの背中を見つめた。

 本当に、それでいいのだろうか。

 ビーシャは思った。


 それは、間違っている。


 ビーシャは、王に命じられた婚約を重視し、勇者マサムネにその必要性を解き続けた。

 王の命令を無視するように出現した聖女ムーナに、王の命令に従うよう、忠告を続けた。

 ビーシャは、過疎地の村に追いやられても、王命に従う重要性を手紙で解き続けた。


 ビーシャは、同世代の貴族令嬢の中で最も優れていたから、勇者の婚約者に選ばれたのだ。

 曲がったことはしない。決して、妥協してはならない。

 ビーシャは、この時突然、幼い頃から従い続けていた自分の信念を思い出した。

 このまま、勇者を行かせてはならない。


「勇者様!」


 突然張り上げたビーシャの声は、よく響き、よく通った。

 勇者マサムネが振り返る。

 手を振ってくれた。

 だが、目的はそれではない。

 ビーシャはさらに声を張り上げた。


「あなたが好きな人は、王と結婚するわ! 半年後には、王妃となっているのよ!」

「なにい!」


 勇者マサムネの怒声が響く。ビーシャとは違う、戦い続けた男の怒鳴り声に、周囲の動物たちが一斉に逃げ出した。

 勇者が担いでいた箱を落とす。聖女ムーナが受け止めた。

 ほんの一瞬で、勇者マサムネはビーシャの目の前にいた。


「本当か? 式はいつだ?」

「ムーナが知っているわ」

「ムーナ!」


 勇者マサムネは、仲間である聖女を怒鳴りつけた。

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