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5 続勇者の勇気 勇者、家を買う

 勇者マサムネは、愛するフィビトの手作り抱き枕を、すっきりしながら置いた。

 少し汚れた。明日メイドが洗濯してくれるだろう。

 勇者マサムネは服装を整え、魔王城から無理して運んできたフィビトの肖像画と銅像を、愛でてから部屋を出た。

 部屋を出た途端、頬を叩かれた。

 目の前に、頭から湯気を上げる勢いの聖女ムーナがいた。


「ムーナ、何をする?」

「こっちの台詞よ。あんたのせいで、ビーシャ様が自殺しようとしたのよ。止めるのが間に合わなくて、私が治癒したわ。私がそばにいなかったら、ビーシャ様は死んでいたかもしれないのよ!」


 勇者マサムネは、聖女であるムーナに頬を張られたからといって、ダメージになるものでもない。

 マサムネは首を傾げた。


「ビーシャだと? あいつはトンママ村だろう。自殺しなくてもいいと思うが……そもそも、どうして俺と関係があるんだ?」


 聖女ムーナの眉が寄った。


「ビーシャ様、来なかったの? この部屋の外でうずくまって泣いていたのよ。私の部屋にご案内したけど……ちょっと目を離した間に、手首を切ったわ」

「俺と婚約することになっていた令嬢だが、もう俺とは関係ないだろう。何のことかわからない。それより、戻ったなら魔王を探すのを手伝ってくれ。探すだけで、手を出さなくていい」


 勇者マサムネには、ビーシャについての心当たりはない。

 ムーナはまだ腹を立てているようだったが、聖女としてのつとめを優先させることにしたようだった。


「魔王の始末はマサムネがつけるってことね。私は、マサムネと一緒に行けばいいの?」

「いや。俺は、魔王を見つけた後の準備をする。ムーナは、別の奴を手伝ってくれ」

「……わかったわ」


 聖女ムーナが頷いた。勇者マサムネは背を向け、思い直して振り返る。


「ムーナ、お勧めの不動産屋を知らないか?」

「なんで?」


 ムーナの丸顔が、激しく歪んだ。


 ※


 結局、聖女ムーナは不動産屋を知っていた。

 ムーナが昔世話になった人が経営しているらしく、ムーナの名前を出せば親身になって世話をしてくれるだろうと言っていた。


 問題は、不動産を探す理由の言い訳だったが、マサムネは結局、魔王が隠れていそうな建物を探すのだと言って切り抜けた。

 とても、魔王フィビトと暮らすための家が欲しいのだとは言えなかった。

 勇者マサムネが聖女ムーナに紹介された不動産屋を訪れると、薄暗く陰気臭い店だと感じた。


「お客様ですか? それとも、クレームですか?」


 受付にいた女性は、あまりにも肌色が悪かった。

 唇は血の気がなく青く見えるほどで、肌は白を通り越して青い血管が透けて見えていた。

 ウェーブの掛かった茶色い髪に汚れがついていたが、それが蜘蛛の巣だとわかり、巣をはった蜘蛛もがまだ食事をしているのを見ると、あえて教える気にもならなかった。


「客だよ。広い物件を探している。王城に負けないぐらいの、大きな城みたいな屋敷がいい。ところで、そんなにクレームが多いのかい?」


 受付の女は、マサムネの言った条件を手元の紙に書きつけてから答えた。


「クレームは多いですね。当店は訳あり物件専門ですから。色々なものが住み着いています。ところで……王城に負けない城タイプの屋敷ですか。王城を襲って、王になった方が早いんじゃないですか?」


 女は言うと、自分の髪に手を伸ばした。巣食っていた蜘蛛を指で挟み、口に入れる。

 何気ない動作だ。受付の女にとっては、何気ない日常なのだ。


「訳あり物件か……」


 勇者マサムネはつぶやいた。聖女ムーナが紹介した不動産屋が、どうしてそんな場所なのだろうかと、不思議に思った。

 受付の女が口の中で生きた蜘蛛を弄んでいる間に、マサムネは続けた。


「いずれ王になるかもしれないとは言われているが、それは俺の望みじゃない。俺が王になる時は、魔王を倒した後だ。俺は、魔王を倒さない」

「……へぇ」


 受付の女は興味なさそうに答えた。視線は机に落としたままだ。マサムネのことを、本物の勇者だとは思っていないのだろう。


「魔王と呼ばれるあの人と、一緒に住むための屋敷を買いたいんだ。だから、王城には住めない。だが、あの人を迎えるために、王城より見劣りがするような屋敷では困る。ところで……ここで紹介する物件には、必ず何か住んでいるんだろう。魔王が住んでいる物件は知らないだろうね?」

「最近まで、魔王が住んでいた物件はありますよ。最近、誰かに追い出されたようですけど」

「そ、そそそ、そうか。残念だな」


 追い出したのが自分であることは、よく分かっていた。受付の女が視線をあげ、勇者マサムネはあえて視線を逸らした。


「どうします? 旧魔王城を買おうとする人がいるとは思いませんけど、金貨で35万枚です」


 高額だ。王都からも遠い。

 だが、かえって好都合だ。


「……高いな。月賦でもいいかな?」

「何年払いのつもりで?」


 受付の女は血走った目で勇者を睨んだ。

 勇者は思い悩み、結果として、前世で聞いたことを思い出した。


「35年だ」

「ふざけているの?」


 血色の悪い受付の女が、まるで魔物ではないかと思われる険しい表情を見せる。

 だが、そんなはずはない。この不動産屋は、聖女ムーナの紹介なのだ。


「いや。俺の元々いた国では、家を買うのに35年ローンは普通だった。『フラット35』って知らないか? 35年間、同じ金額を払う。毎年、金貨一万枚を用意する。不動産会社にとっては、毎年金貨一万枚の収益になる。悪い話じゃないはずだ」


「1年間に、金貨二万枚よ」

「35年ローンは認めないってことか?」

「違うわ。一万枚は、利息」


「おい。それはあんまりだ。この世界じゃ、銀行に預けて利息を儲けることもできないんだぞ。半分が利子じゃ高すぎる。金貨二万枚を稼げないってわけじゃないぞ。魔物を狩れば、それぐらい稼いでみせる。だけど、納得できない金は払えない。店長を、いや、社長を呼べ」


 受付の女はしばらく勇者を睨んだ後、立ち上がった。


「お待ちください」

「ああ。わかった」


 女が奥の扉から消える。勇者マサムネは緊張で汗ばんだ手を拭った。

 どんな強敵と戦うより、緊張した。

 異世界で不動産を買うことになるとは思わなかった。


 この世界に、ローンの考え方があるだろうか。

 だが、旧魔王城は掘り出し物だ。

 勇者は、愛する人を迎え入れたかったのだ。そのために、これ以上の物件はない。

 奥の扉が再び開いた。


「店員が失礼しました。お話は伺っています。担保をお持ちですか?」


 言いながら、不動産屋の社長が腰掛けた。

 黒髪が美しい女性だった。

 見覚えがあった。

 むしろ、毎日見ていた。


「魔王!」

「勇者!」


 勇者マサムネが歓喜の声を上げ、魔王フィビトは忌々しげに顔を歪めた。


「探したんだぞ。まだ、答えを聞いていない」

「返事は必要ないと言ったのは貴様だ。どうして探した? 追っ手が厳しいと、配下の者たちが余を外に出してくれん。不便しているのだぞ」

「思い直したんだ。片思いは辛い。思いは伝えたんだ。どうだ? 考えてくれたかい?」


 勇者マサムネが魔王フィビトに手を伸ばし、払い除けられた。


「考える余地などないわ。それより、余の城を買いたいだと? どの口がそんなふざけたことを吐かすのだ」

「勧められたんだ。あんたのところの従業員だろう。売ってくれるのなら、買う。2人で住もう」

「貴様には、あの城があるだろう」


 魔王は、王城があるはずの方角を指で指した。


「あれは俺の城じゃない。俺の城にするには……愛するフィビトを殺さなくちゃならない。俺に、そんなことができるものか」

「なら、大人しく余に殺されよ」


「嫌だ。王の言いなりにはならないし、あんたのことも諦めない。どうだ? 毎年、金貨2万枚を用意する。それぐらいあれば、魔王軍だって立て直せるんじゃないか?」

「立て直してよいのか? 人間を裏切るのか?」


「俺は、俺の心に従う」

「種族を裏切った者を、余が夫として受け入れると思うのか?」

「……わかった」

「うむ」


「魔王軍を立て直さなくてもいい。2人で平穏に暮らそう」

「わかっておらぬわ! どうして、余が貴様と暮らさなくてはならんのだ!」

「俺が好きだからだ」


 魔王フィビトは頭を抱えた。


「どうだ? 金は払う。売ってくれるか?」

「……よかろう。金は必要だ。だが、売るのは城だけじゃ。余は売らんぞ」

「それは残念だ」


 勇者マサムネは、勇気を出して城を購入した。


 かつて魔王城と呼ばれた城を手に入れた勇者マサムネは、毎年金貨2万枚を払い続ける契約に署名した。

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