1 勇者の勇気
勇者マサムネは、魔王城の最奥、魔王の間の扉の前で息をついた。
共に魔王城に挑んだ仲間たちは、この場所に到達した時点で帰還させた。
この先にいるのは、魔王1人だ。
勇者マサムネは、一騎討ちを希望した。
共に戦ってきた仲間たちは、勇者マサムネの気持ち理解してくれた。
常に最強を目指し、自分の力だけで魔王を討伐したいと常に言ってきた。
その結果、魔王の間に魔王本人しかいないことを確認し、仲間たちは帰還したのだ。
大きな深呼吸を繰り返し、あえて日本刀に似せて作った愛刀を鞘から払った。
立ちはだかる扉に手をかける。
この先に魔王がいる。そう思うだけで、マサムネの手が震えた。
何度か深呼吸を繰り返し、マサムネが扉を開ける。
広い部屋に、ただ1人魔王が玉座に腰掛けていた。
「よく来た勇者よ」
立ち上がった魔王は、玉座から立ち上がって漆黒のマントを翻した。
髪が長く、黒髪が床に着きそうだ。
耳の上から、鋭い角が2本伸び、途中で曲がって上を指している。
「魔王、貴様に言いたいことがある」
勇者マサムネは、愛刀滅魔を抜き放つ。
室内の薄暗い灯りを受け、密やかな輝きを放った。
「話すことはない。魔王か勇者か、どちらが生き残るかだけのことだ」
「では……戦うしかないのだな」
「知れたこと。そのために来たのだろう。余とて、勇者を前に背は向けぬ」
魔王は、白く細い手で腰に刺した剣を抜いた。
金色に輝く、ごつごつとした雷を思わせる剣だった。
「魔剣雷豪、貴様に捌けるか?」
勇者が床を蹴り、距離を詰めた。
魔王が剣を払う。
轟音は、空気が裂ける音だ。
床から放電現象が生じ、勇者マサムネの全身を襲う。
勇者マサムネは前に跳んだ。
飛び上がり、滅魔の刃を振り下ろす。
魔王が左手の籠手で受けた。
勇者マサムネは斬り下ろす。
魔王の左腕が落ちる。
切断された左腕の切り口から大量の血が噴き出て、本来の手よりはるかに大きな刃となった。
勇者マサムネの腹部に、魔王の血でできた刃が突き刺さる。
勇者マサムネが血を吐きながら飛び退る。
魔王が魔剣雷豪の切っ先を向けた。
「良い刀だな」
「ああ。そちらの剣もな」
互いの剣を誉めた後、魔王が薄い唇を歪めた。
「次で仕留める」
「残念だが、そう簡単にはいかないだろう」
勇者も笑みを見せた。
※
勇者マサムネが、再び床を蹴る。
魔王が魔剣から、夥しい雷を放つ。
勇者マサムネの全身を青白い光が貫き、肉体を激しく痙攣させ、肉を焼いた。
それでも、勇者マサムネは止まらなかった。
再び、滅魔の剣を魔王に叩きつける。
魔剣雷豪がへし折れた。
魔王が飛び退る。
下がろうとしたマントに、勇者マサムネは滅魔の剣を突き立てる。
魔王が黒髪を乱して転倒する。
勇者マサムネがのしかかった。
滅魔の剣の切っ先を突きつける。
「……勇者よ、見事であった」
喉元に剣を突きつけられ、白い肌をした魔王は、目を閉ざした。
「魔王」
「なんじゃ? とどめなら……早くせい」
「言いたいことがある」
「……さっきも、そう言ったな。よかろう。余の負けじゃ……言うが良い」
先ほどは、話を聞いてもらえなかった。
勇者が魔王を打ち倒した。
今なら、話を聞くという。
勇者マサムネは、大量の汗をかいた。
滅魔の剣をも持つ手が震えた。
喉が乾く。
声がかすれた。
「どうした?」
「言うぞ」
「ああ」
「好きだ」
「……なに?」
魔王が眉を寄せ、馬乗りになったマサムネを睨んだ。
「魔王、お前が……好きだ」
勇者マサムネの顔が上気した。頭から湯気が上っているのではないかと感じた。
「それが、余に言いたかったことか?」
「悪いか?」
「悪くはない。ただ……呆れた。返事が欲しいか?」
「いや。俺は思いを伝えた。もう十分だ」
勇者マサムネは立ち上がる。
魔王はその隙に、滅魔の剣から逃れた。
「このままでは済まさんぞ」
「ああ。待っている」
「勇者め。今に見ておれ」
魔王は背を向けて駆け出した。空になった玉座に、勇者マサムネは手を触れる。
まだ、魔王の体温が残っているような気がした。
一騎討ちのために帰還させたはずの仲間達が、遅い帰りに様子を見に戻ってくるまで、勇者マサムネは玉座に頬ずりを続けていた。