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物書きという病

作者: 平之和移


「カフェ」と「喫茶店」といいう言葉を並べると、私のいるここはどちらが適しているのだろうか。そう疑問に思う。


 天井の照明としてファンがゆったり回る。レトロな窓ガラスが陽光をよく通す。レンガ色のタイルとシックなテーブル。緑の親戚面をする黒色の座席。私と友人は向かい合って座っている。


 友人はとても良い奴だ。人の話をよく聞き、慰め、前へ向けさせる。


「仕事の失敗はいくらでもある。ミスなんてネジを回すように無感情で直せばいいのさ」


 だから、私の愚痴に付き合ってくれる。


「お気に入りの店が潰れたのは、確かに落ち込むよ。俺も前にそういうこと言ってたろ? その店をノスタルジックに回想しながら新しい場所探そうぜ」


「あぁ、うん」


 私は別のことが気がかりだ。上の空で言葉を返す。


 眼前のコーヒーカップには漆黒の液体が揺らている。電気の光を跳ね返し、まるでそれが白目みたいに……。


 電気の光。なんと情緒のない、間抜けな一文だ。まだまだ伸び盛りな人を鳥の卵というぐらいバカバカしい。


 では、このコーヒーにきらめく光はなんと描写すべだろう。


「おーい? ちょっと?」


 友人が私を会話に戻す。


「悩みがあるなら全部吐いてみなよ。自分が思っているもの全て。心が汚部屋だとキツいよー?」


 心が汚部屋。どうしてその表現能力が私にはないのか。心のモヤモヤ、としか浮かばない。


「じゃあ……仕事の失敗から話してくれよ」


 まだ沈黙の多い私に友人からの助け舟。心の救助とは疲れるものだと、無意味な客観性で彼への罪悪感を打ち消す。


 私は仕事の失敗について語り始めた。


 ……私は、いつものように事務仕事をしていたんだ。書類相手には男女差などなく、職場には色んな人がいた。誰しもに共通するのは、硬直した姿勢から来るストレス、仕事の緊張、そして金曜という疲労だった。


 いや待て。これは構成を間違えた。すまない。まず先に言うべきは、隣席の同僚と言い争いになったことだな。だから説明し直すぞ。


 私は同僚と言い争った。きっかけはただ、隣に私の私物が侵攻していたかどうかだ。セミの鳴き声を幻聴と思うほど、クーラーの効いた金曜日だった。


 余裕のなかった私たちは、互いに少し声を荒らげた。今思い返すと実に子供っぽいが、余裕で作られる大人から、余裕を抜いたら……あ、今の表現は忘れてくれ。今思い返すと子供らしく、職場なのに学生のようで……ちがうな。少し待ってくれ。


 よし、思いついた。今思い返すと恥ずかしい。大の大人が子供の姿。そんなだから、じゃなくて、見兼ねる人は多く、上司もそうだった。後日、私は一人で呼び出された。上司と私のタイマン。年上の彼は、その年にまで培ったポキャブラリーをフルに活用し、私の問題行動を指摘した。


 やっぱなし。少し表現がクドイ。


 後日、私は上司に呼ばれた。一対一で、同僚との言い争いを指摘された。流石に頭の冷えた私は、彼へ誰のせいか自己弁護することなく、赤面して席に戻った。当然の如く、隣席の彼も呼ばれる。これも当然として、赤面で戻ってきた。


 この時ばかりは、ネットに蔓延る三文復讐経験談を羨んだ。あの話なら、私は一方的な被害者で、隣はクズだったろう。だが現実にはどちらも半端者だっただけだ。たまたま心を見出し、社会人らしからぬことをした。周囲はクスリとも笑わないし、話題にすることさえない。人の失敗を笑うものはそんなにいないのだ。一見すれば安心する事実が、事実が……。あー、えー、うん。いかんな、どう締めればいいか思いつかない。


「……つまりというか、それでさ」


 私が悩んでいると、困り顔に笑顔を浮かべ、友人が聞く。


「どういう気持ちだった? その、指導されて」


 さて、考えてみよう。指導され、赤面で戻った時。


 まるで、下手な女装になんの反応も……違う。私だけ責められて……これも違う。己の未熟を……違う。


「簡単な言葉でいいからさ」


 友人に促され、感情単語を脳からひっぺがす。だがどれも、描写として不十分な気がした。目の前の友人は笑顔だ。肩がピクピク動いているが。


「その」観念して、こぼす。「悲しかった」


「その通りだよ。悲しくないハズがない。自分の気持ちを吐露することが大事なんだ。まぁ先輩からの受け売りだけど」


 大事。そう言われても実感がない。私はこうやって平易な言葉を口にして、むしろ苛立ちを覚えているのだ。悲しみを表現する語彙はいくらでもあるのに、そのままを出した。トマトで赤を描く妙味を理解せずに絵の具をひねり出された気分だ。


 しかし、カウンセラー志望者らしい言葉だ。


「えー、それで」友人が斜め上を見て「好きな店が閉じたんだって?」


「そうなんだ。閉店した。チェーンの蕎麦屋だった」


「……個人店とかじゃないんだ」


「あの安い味がいいんだよ」


「じゃあ教えてよ。店のことを振り返って、整理しよう」


 私はまた、ポツポツと語り始めた。まるで罪の告白のように。


 ……その店は駅の近くに必ずあるような、安いそばを出す店だった。客は食を通した交流に興味なく、旨く安く早いものを腹に詰めて出る。バーガー屋はあれだけカジュアルになったのに、この蕎麦屋は変わらずドライだった。


 自動ドアをくぐり入店すると、手書きPOPの張り紙を貼った券売機がお出迎えする。機械の色であるかつての白は黄ばみ、飯屋ではなく工場内を連想させた。


 客はすでにいて、蕎麦だのうどんだのを啜り、カレーを食らっている……これはいつの記憶だったか。憶えてもいないが、厨房から青年と老女による一言二言の世間話が聞こえた。こんなところに接客態度へケチをつける奴などいない。


 ……しまった。店内の様子、内装、見た目を描写していない。己の構成力が憎くて仕方ない。


「いやいいよ。駅の蕎麦屋の店内でだいたい通じるから」


 『の』が多い……。友人は私の考えを察し苦笑した。目で続きを促されたので、ひと口コーヒーを飲み、続けた。


 券売機で食券を買う。無愛想ながら親切なソレを店員に渡し、餌を待つ犬が如く立って待つ。


 番号を呼ばれ、トレイを手にする。上に乗るは天そばだ。一人用の席に座り、少量の辛子をかける。辛子の赤みと、わかめの深緑、ネギの青、茶色のつゆと灰色の蕎麦。そして、大きな大きな天ぷら。


 まずは麺を啜る。硬さが足りず、簡単に噛み切れた。気休めのわかめは小さくてつまめない。ネギは水分を吸いすぎだ。


 そんな不良達の中で、ただ一つ輝きを放つ黄金、天ぷら。それに箸を伸ばした。海老と衣の確かな重み。口に含み、歯で潰す。衣が小気味いい音を鳴らし、その奥に隠れる肉をさらけ出した。


 ……。


「ねぇ、本当にその店、好きだったの?」


 先までよりも笑みに苦味を増している。


「もちろん、好きだ。天ぷらが食べられなくなった」


「天ぷら屋じゃないか。ハハハ」


 友人は気を取り直し、コーヒーを飲んだ。そして安心しきった顔で言う。


「元気じゃないか」


 その反応は予想外だった。だからどう返すべきかも解らない。振り返ると、蕎麦屋の話は面白みがない。とてもじゃないが創作には使えない。前半だって文章力がなければ、凡人のブログそのものだ。


 苦悩する私へ、友人が言う。


「なんでも創作に活かそうとするの、ある意味病気だよ」


 その病識だけは持ちたくないものだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本人は真面目なんだろうけど面白そうというかなんというか...某漫画の表現を借りると楽しそうな業を背負っているってところでしょうか
[一言] 頭の中で思考しながら「あっこの言い方意外にいいなぁ」「あとでメモろう」となったりするので、主人公の気持ちがすごくわかります……。 冒頭の記載だと、私はカフェより喫茶店の方がしっくり来そうだな…
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