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襲撃

結局、昨日の夕飯は喉を通らなくて、母親に心配されるも何も答えられず、布団に入っても銃殺体が発見されたニュースが出てないかネット検索を続けている内に、眠れずに朝を迎えちまった。

とりあえず発砲事件のニュースは出てなくて安心したけど、まだ油断はできない。布団から抜け出して、寝静まった廊下を足音を立てず忍び足で玄関から外へ出た。

外はまだ薄暗くて肌寒い。俺はエレベーターに乗って駐輪場からチャリを引っ張り出して、昨日のコンビニに向かった。

コンビニの周囲にはパトカーがひしめき合い、ぐるりと張られた規制線の外と中をたくさんの捜査員が行ったり来たり。その周りをマスコミが囲んでレポーターが慌ただしく報道。そんな状況を想像して緊張と不安で吐きそうになりながらチャリを漕いだ俺は、実際の現場を見て安心。むしろ拍子抜けした。

クルマの往来のない薄暗い通り沿いで、コンビニはムダに明るい光を発しながらぽつんと営業していた。駐車場にはパトカーどころか乗用車も停まっていない。不良たちの原付バイクもなくなっていた。

自転車を停めて、こっそり店の裏側を覗く。血の跡はない。念のため店内に入ってみたけど、平和そのもので、夜勤明けの店員が眠たそうな顔をしていた。

あの銃は本物ではなかったんだ。てことは、あの謎の全身ブラックが言ってたように、除霊をしたってことか?

ワケがわからない。けど、あの銃で撃たれた後に不良たちが倒れたのは確かだ。その直後に頭から出てた湯気みたいなのが霊ってことか? 

考えてもムダムダ。眠いから頭もよく働かない。とりあえず警察沙汰になってないことはわかったから、家に帰って少しだけでも寝よう。そう思って俺は引き返した。

軽い二度寝のつもりが深く眠ってしまったお陰で、母親に叩き起こされた時には走っても遅刻ギリギリの時間になっていた。

「何で起こしてくれないんだよ!」

「何度も起こしたよ」

急いで制服に着替えて食パンをくわえ、俺は家を飛び出した。学校までは最短ルートで走って行けば五分で着く。日頃の運動不足を後悔しながら全速力で駆けた。進級初日から遅刻するわけにはいかない。

そんでもって何とか始業のチャイムが鳴る前に正門に滑り込んで、廊下に貼られている新しいクラス割を急いで見ていく。こういう時、ダチがいれば便利なんだけどな。あいにく俺には、そんな気心の知れた存在はいない。……いや、いた。

家を出る時にバタついててチェックしてなかったけど、琴弓から携帯電話に「二年三組。一緒のクラスだよ」とメッセージが届いていた。

「サンキュ」と琴弓にメッセージを返しながら下駄箱へ行くと、上履きを履き替えていた奴とぶつかっちまった。

「ったいわね」

鋭い声に俺はビクッとなって携帯電話から顔を上げた。俺よりも少し視線の高い位置から、茶髪をツインテールにした色白の小顔美人が睨みつけている。えらくスタイルが良くて、腰の位置が俺のお腹のあたりまである。

モデルみたいだ。うちの学校にこんな子いたか?

「何、黙ってひとの顔見てんのよ」

女は両手を腰にあてて仁王立ち。女王様然として俺に敵意を向けてくる。まつ毛が重力に逆らっているぱっちり瞳の眼光が鋭すぎて俺はつい目を逸らしちまう。

「わ、悪い」

「ごめんなさいでしょ。ご・め・ん・な・さ・い」

子どもに言い聞かせるように嫌味ったらしくそう言うと、

「チッ。何この学校。ろくなのいねぇーじゃん」

 舌打ちをして去って行った。……何だあのギャル。あんな横暴な奴とは絶対、同じクラスになりたくない。

初日から嫌な気分になりながら二年三組に行くと、廊下に貼り出された座席表にしっかり俺の名前が書いてあった。窓側から五十音順で配置されていて、俺は窓側の一番前の席だ。

後ろ側のドアから教室に入って行くと、廊下から二番目の真ん中あたりに座っている琴弓と目が合った。「間に合って良かったぁ~」と安堵した表情を浮かべている。

俺は手刀を切って「サンキュ」と声に出さずに口を動かし、教室の後ろ側を歩いて自分の席へ行こうとした。琴弓に気を取られていたのが失敗だった。窓側から二列目の一番後ろの席の奴がカラダを窓の方に向けて足を組んで座っていたものだから、思い切り足を引っかけて盛大に転んじまった。

「いってぇ」

 というよりも恥ずかしさの方が大きい。新しいクラスメイトたちも何と声をかけていいものやらと困った顔をしている。

「ったいわね」

俺が転んだ原因をつくった奴が悪態をつく。どっかで聞いた声。……下駄箱で会ったギャルだ。携帯電話を手にして俺を睨みつけている。

「またお前かよ。あたしに何か恨みでもあんのかよ?」

「そりゃ、こっちのセリフだよ」

転んだ恥ずかしさで腹が立って、俺はつい反論しちまった。そりゃ、よそ見して歩いてた俺が悪いけど、長い足を通路に放り出してたこいつだって悪いだろ。

「はぁ!? 謝れよ」

見た感じ平穏そうな顔ぶれが揃ったクラスの中で、異分子ともいえる存在のギャルの恫喝に教室内が静まり返った。俺とのデュエルを見守る雰囲気になっている。

まいったな。素直に謝っておけば良かった。変につっかかっちまったもんだから、後に引けなくなってる自分がいる。さりとて、こんな強めギャルとこれ以上口論する気にもならない。あんま酷いこと言われたら泣いちゃうよ、俺。メンタル弱いんだから。

「おい、謝れよ」

ギャルは立ち上がり、俺を数センチ分だけ見下ろしてお得意の仁王立ち。その派手なビジュアルに似つかわしくなく背筋が妙にピンと伸びていて、何つーか古武術の達人と対峙しているようで威圧感が半端ない。

俺は負けを覚り、素直に白旗を上げようとした。その時、

「おはようございます」

風鈴の音のように繊細で美しい声が教室内に響き渡り、前方のドアが閉められる音がした。

黒いボブヘアーにフレームのないメガネをかけた小柄なスーツ姿の女性が、クラス中の視線を集めながら教壇にのぼる。このクラスの担任らしい。これまで一度も校内で見かけたことがないな、と思いながら見ていると、

「浅倉和馬くん。自分の席につきなさい」

その女性から自分の名前を呼ばれて俺は驚いた。

「あ、はい」

慌てて一番前の自分の席へ行こうとすると、

「チッ。覚えてろよ」

ギャルの小声が聞こえてきた。それを無視して自分の席に辿り着いて着席しようとすると、

「あ、どうせだからそのまま起立礼の声出しをお願い」

新しい担任にそう言われ、俺は「起立礼」の音頭を取って着席した。

「みなさん初めまして。今日からこの学校に着任して、このクラスの担任を務めるイチノセアユムといいます」

 壇上の女性はそう言い、黒板にチョークで『一ノ瀬歩夢』と自分の名前を書き始めた。小柄でかわいらしい顔をしている割に大胆な字を書く。バランスを考えずに黒板いっぱいに書いたために、最後の『歩夢』の『夢』は極端に小さくなり、教室中にクスクス笑いが広まった。

 どうやら少し天然系らしい。何にせよ、つかみはオッケーでクラスが和んだ。

俺は机の上にプリントアウトされた座席表があることに気づいた。ツインテールのギャルは早乙女飛鳥という名前らしい。二度と関わるのはごめんだと思いながら壇上を見ると、

「一ノ瀬歩夢といいます。魚座のA型。趣味はケーキづくり」

 一ノ瀬先生が自己紹介をした。

「かわいらしい趣味」

「今度、つくってきてよ」

冷やかしやら尊敬やらがごった混ぜの声が飛び交う。一ノ瀬先生はにっこり笑って受け流すと、

「では、みなさんにも簡単に自己紹介してもらいましょう。窓側の席から順番にお願いします」

 と俺の方を見た。

急に教室中が静まり返って俺に視線が集まる。

「えっと」

 俺が口を開くと、

「立って」

 一ノ瀬先生はにこやかに言った。

 俺は立ち上がり、

「浅倉一馬。趣味は……」

 そこで一瞬、迷った。ここでの発言が、今後のクラスでの立ち位置を左右する。第一印象は大事だ。地下アイドルグループ『キューティー・ティアラーズ』の追っかけ、なんて死んでも口にできない。

「オンラインゲームをすることです」

 無難に逃げて素早く席に座った。

 一ノ瀬先生は頷いて、

「次」

 と俺の後ろの席に座る男――足立理一を見た。

 椅子が引かれて立ち上がる音。俺は一ノ瀬先生の方を見ながら、背後に耳を澄ませた。

「足立理一。趣味は、うーんと、俺もオンラインゲームです。最近は『ダズサイト・ガンマン』ってゲームにハマってます」

 足立はそう言って席に座る。こいつとは仲良くなれそうだ。

そうして次々と特色のない自己紹介が続いていったけど、俺の右斜め後ろの座席の久遠静香の番になった時、教室内が少しザワついた。

「次」

と一ノ瀬先生に言われて、物音を立てることなく立ち上がった久遠は、

「久遠静香。趣味は魔法の石の研究」

周囲30センチ以内しか聞こえないような小さい声で自己紹介した。俺は思わず後ろを振り返った。

久遠はショートヘアーで前髪が異常に長く、目がまったく見えない。サイドの髪の毛も内側にハネていて、顔の見えている範囲が極端に少ない。これで黒のローブでも着てたら――。

「黒魔術でも使いそうだよな」

 後ろから足立がそう囁いてきた。俺は同意して頷いた。マジでそんなの使えそうな雰囲気が漂ってる。

久遠は立ち上がった時と同じく、音を立てずに静かに着席した。

そしてその列の最後。俺の天敵は乱暴に椅子の音を立てて立ち上がると、

「早乙女飛鳥」

以上。着席。これには、久遠とは違うニュアンスでクラス中がザワついた。

「早乙女さんはわたしと同じで、この街に引っ越してきたばかりなのよね」

一ノ瀬先生がそう補足して、自己紹介は三列目に移動。琴弓の時には男子の視線が集まっていた。やっぱ人気あんだな、あいつ。

そんな感じでクラス全員分の順番が回ると、この日は解散することになった。

さっさと帰ってゲームしよ。この時間なら、うるさいガキたちに邪魔されずに済むかもしれない。俺はカバンを肩にかけて席から離れようとした。

「あ、浅倉くん、久遠さん、早乙女さん、並木さんは残ってください。話があります」

 一ノ瀬先生が言った。クラスメイトの目が、「なぜ?」と俺たちを見る。聞きたいのはこっちだ。

仕方なしに俺はカバンを机に置いて座り直した。本当に何なんだ? 琴弓の方を見ると首を傾げている。俺たちの間に座る久遠は俯いていて顔が見えない。早乙女は……知らん。振り向いて睨まれるのが怖い。

「何? 何かやらかした?」

 後ろから足立が声をかけてくる。何かこいつ、馴れ馴れしくね? まあ別にいいけどさ。

「なんも」

「そ? まあ頑張ってや。じゃな」

 足立は俺の肩をポンッと叩いて去って行く。何を頑張れってんだ。

連絡先の交換やら、他のクラスのウワサ話やらに華を咲かせて、教室に居残る女子が何人かいて、俺らを何で居残りさせてるのか、一ノ瀬先生は一向に話そうとしない。

その女子たちがようやく帰ると、一ノ瀬先生はドアの内鍵を閉めてしまった。おいおい、今から何をしようってんだよ。怖くなってきたぞ。

「ふう。ようやく帰った」

壇上に戻りながらそう漏らす一ノ瀬先生の声のトーンは、それまでよりも下がっている。よそゆきから素の声に戻ったみたいだ。

「昨日の夜、浅倉くんは見たと思うけど」

一ノ瀬先生は俺の顔を見て語り出す。……何の話だ? 昨日の夜ってまさか、あの全身ブラックの人物が一ノ瀬先生だったってことか? そういや、背格好は似てる。

「除霊。この街には特に、きみたちの年代に悪影響を及ぼす悪霊がはびこっている」

一ノ瀬先生は真剣な口調でそう言うと、教室内を見回した。俺は口をポカンと開けた。後ろを振り返ると、琴弓も同じリアクションをしている。久遠は口元が見えない。早乙女は……知らん。あいつのことだから、「はあ!?」みたいな顔をして一ノ瀬先生を睨んでいそうだ。

「早乙女さん、そんなに睨まないで」

一ノ瀬先生が微笑む。やっぱ睨んでたのか、あいつ。

その早乙女の席から椅子が後ろに引かれる音がして、

「何なの除霊とか悪霊って。ぜんっぜん、意味がわかんない。宗教的なアレ? だったらあたし、興味ないんで帰る」

 強気ギャル口調でまくしたてる声が響いた。さてさて、どうするよ、一ノ瀬先生?

一ノ瀬先生はまったく動揺する様子を見せず、

「論より証拠という言葉があるわね。いいでしょう。今夜七時に正門前に集合」

 と、俺らの都合も聞かずに命じてきた。

「「はあ!?」」

 俺の心の中の声と、早乙女の実際の声とがハモった。

「勝手に決めないでくれる? もうワケわかんないから帰る」

 早乙女はドアの鍵を開けて出て行こうとするけれど、

「あれ、何で?」

 ドアが開かずに戸惑う様子を見せる。

「七時に正門前に集合。いいわね?」

 一ノ瀬先生は念を押す。約束を破ればどうなるか知らないわよ、と後に続きそうな威圧的な言い方だった。

 さすがの早乙女も動揺している。

「わ、わかったから、もう開けて……ください」

 主従関係が確立された瞬間だった。

「よろしい」

 一ノ瀬先生は満足そうに微笑む。

 早乙女が横にスライドさせると、今度はドアはちゃんと開いた。

「どうして?」

 早乙女は、幽霊でも見るような顔をして一ノ瀬先生を見る。

「七時。正門前。ね?」

 一ノ瀬先生の言葉に早乙女はコクッと頷いて、逃げるように走り去って行った。あんなにビビってて、夜ちゃんと来んのか? って俺も来なきゃいけないのか。正直、荷が重い。一ノ瀬先生に何をされるかわかったもんじゃない。

「俺も帰ります」

 カバンを手に取って立ち上がり、頭を下げながら教壇の前を横切ろうとすると、

「浅倉くん」

 一ノ瀬先生に呼び止められた。

「はい?」 

間近で見る一ノ瀬先生の肌は瑞々しくて、メガネの奥の瞳も澄んでいる。同級生といわれても通じそうなぐらいの童顔だった。

「もし約束を反故にしたら、先生知らないわよ」

 にこやかな顔して脅すんすか? 俺は従順に頷くしかなかった。

「琴弓?」

一緒に帰ろうかと声をかけると、

「ごめん、わたし、これから部活」

琴弓は両手を合わせてすまなそうな顔をする。

「並木さんは、弓道の腕前がずば抜けているみたいね」

一ノ瀬先生が口を挟んできた。

「ずば抜けているというほどではないですけど」

並木が恐縮すると、

「期待してる」

一ノ瀬先生は意味深な笑みを浮かべた。

「は、はい……」

琴弓は曖昧にそう返事をすると、俺の顔を見た。

「期待してる」の意味が何となく宙ぶらりんになって、俺と琴弓は目を合わせて心の中で「何を?」と言葉を交わした。一ノ瀬先生の言葉には、大会での活躍以外の何かに期待しているようなニュアンスが込められていたからだ。

「ふたりにも期待してるから」

一ノ瀬先生は俺と久遠に視線を送ってそう言った。俺はもう一度、琴弓と心の中で「何を?」と語り合って、

「じゃあ、またあとで」

琴弓に言った。夜に学校へ来るなら、琴弓と行動を共にするつもりだったからだ。

「うん。連絡する」

俺は一ノ瀬先生と、俯いたままの久遠の方を見て会釈をして教室から出た。

下駄箱で靴に履き替えようとすると、

「ちょっと、あんた」

 声をかけられた。

 腕を組んだ早乙女が登場。俺のことを待っていたらしい。朝の恨みを晴らしにきたのか? 完全に油断してた。

「お、おお、えっと、早乙女さん、今朝は本当に――」

「あんたの名前、和馬っていうの? マジで嫌なんだけど」

 何だそりゃ。メチャクチャ理不尽な言いがかりじゃないか?

「まあいい。で、あんた、どうするつもり?」

 早乙女は睨んでくる。デカいだけに圧が凄ぇ。おれは怯んだ。

「どうするって?」

「夜。まさか、本当に来るつもり?」

「来ないつもりなのか?」

 俺がそう返すと、早乙女はため息を吐く。

「あんた、どんだけお人好しなわけ?」

「いや、お人好しとか、そんなんじゃなくてさ」

「あの教師、どう考えてもやばいっしょ」

「まあ、な」

「まあ、な」

 早乙女は俺の口調をアホっぽくデフォルメして真似すると、

「じゃないのよボケ! いい? これを持って、今から校長室まで行くわよ。あんたも証人。ついて来なさい」

 早乙女はカバンの中から携帯電話を取り出してボタンを押した。

『除霊。この街には特に、きみたちの年代に悪影響を及ぼす悪霊がはびこっている』

教室での一ノ瀬先生の声が再生された。

「盗聴!?」

 俺が思わず驚きの声を上げると、

「ひと聞きの悪いこと言わないでくれる。身の安全を守るため仕方なくよ」

 早乙女はキッと睨み、

「とにかく、これを聞けば、校長もあの教師がヤバい奴だってわかってくれるでしょ。行くよ」

 問答無用で俺の腕を引っ張る。

 んで、抵抗のすべもなく校長室に到着。

「マジで入るの?」

 校長室の重厚なドアを前にして、俺はビビった。早乙女も、さっきまでの勢いが失われて明らかにビビってるけど、

「男のくせにビビってんじゃないわよ。行くわよ」

 ノックをして、

「どうぞ」

 部屋の中から返事がすると、ドアを開けて……俺の背中を押しやがった!

「あ、おい、ちょっと……」

 つんのめるようにして部屋の中に入ると、

「君は?」

 総白髪で厳めしい顔をした校長が、俺の顔をジッと見つめてきた。

「えっと、二年三組の浅倉和馬といいます」

 やべっ、テンパって名乗っちまった。もう後の祭りだ。

「うちの担任について糾弾しにきました」

 早乙女は自分だけ名乗らないで本題に入りやがった。ずりぃ! 一ノ瀬先生の耳には、俺が首謀者として直訴したと受け取られちまうじゃねーか。

「二年三組の担任というと、一ノ瀬先生だね。何か問題でも?」

 校長は早乙女をジッと見つめる。メガネの奥の目が光っている。

「大ありです」

 早乙女は持ち前の気の強さを取り戻して、臆せずに校長先生の前に踏み出すと、

「これを聞いてください」

携帯電話を取り出して、例の音声を再生した。

 一ノ瀬先生による、悪魂がどーたらこーたら話が校長室に響く。場違いもはなはだしく思えた。

 校長は目をつぶり、厳粛な顔をして一ノ瀬先生の声に聞き入っている。

 その姿を、早乙女は腕組みをしながら見下ろしている。ホント、Sっ気満点だな、この女は。

 一ノ瀬先生の話し声が途絶えると、早乙女は携帯電話を手に取り、

「どうですか?」

 校長の反応をうかがいながら、

「即刻、代えるべきだと思いませんか?」

 ズバリ言った。ところが、

「というと?」

 校長は瞼を開けて逆に質問してきた。これには早乙女だけじゃなく、俺も驚いた。

「というと……というと?」

早乙女が質問の上塗りをすると、

「一ノ瀬先生では、エビルスピリットバスターズを上手く統率することができないと。そういうことかね?」

「「え?」」

 俺と早乙女はハモリ、お互いの顔を見合った。何とかバスターズって何? ワケがわからず校長の顔を見た。厳つい表情は崩れてない。冗談を言ったわけではないようだ。

「進級して一日目で、そう決断を下すのは早計ではないかね?」

 校長は構わず話を続ける。

「一ノ瀬先生には期待しているんだ。あんな過去を背負っているにもかかわらず……いや、だからこそ、市内で二校目の創設になるエビルスピリットバスターズに身を捧げることを決意してくれた。悪霊を排除することへの熱意は並々ならぬものがある。どうか、もう少しだけ様子を見てくれないか? それでもしダメだと判断したら、もう一度相談をしに来てくれたまえ。いいね?」

 眼光鋭く問いかけられ、

「「はい」」

まるで催眠術にかけられたように俺たちは再びハモった。その何とかバスターズって何ですか? とは訊き出せない雰囲気だ。

「それにしても、君たちが一ノ瀬先生の選んだ精鋭ということだね。楽しみにしてるよ」

校長は俺と早乙女の顔を眩しいものでも見るような目で見つめ、優しく微笑む。

一体、何を楽しみにしてるっていうんだ? 気になって仕方ないけど、俺は訊き返せなかった。

そんでもって、俺たちは居たたまれなくなって退室した。

「って、何しに来たのよ、あんた」

 廊下に出た途端、乗りツッコミでもするような間をとって、早乙女が俺にツッコむ。

「そりゃ、こっちのセリフだよ」

 と言い返した俺は、異変に気づいた。

「暗くないか?」

 まだ午前中だというのに、いつの間にか曇り空になり、電気が点いてないため廊下は薄暗い。

「電気つければいいでしょ」

 不安な気持ちを見せまいとしているのか、早乙女はイラ立った声を出しながら、すぐ近くにある電気のスイッチを切り替えた。

 けど、電気は点かない。

「ちょっ、何でよ」

 早乙女が乱暴にパチパチとスイッチを切り替えても反応はない。

「電球が切れてんだろ。いいよ、帰ろうぜ」

 下駄箱はすぐそこだ。多少、不安になりながらも俺は歩き出した。

 すると、

「きゃっ!」

 早乙女がキャラにない乙女な悲鳴を上げた。

「何だよ、脅かすな――」

 顔面蒼白の早乙女の視線の先、消火器の横に、それとちょうど同じ大きさの人型をした「何か」がぼんやり青く光っている。

「何だ、ありゃ?」

 よく見るとそれは、金剛力士像を圧縮した人形のように見える。けど、厳めしい顔は微妙に動き、俺たちの方を睨んでいる。……んな、バカな!

「な、な、な、何よあれ!」

 完全にパニック状態の早乙女は、反射的に俺を盾にしやがった。

「や、やめろ、離せ!」

 逃げようにも、早乙女のバカ力のせいで俺は身動きが取れない。

「だ、大丈夫だ。金剛力士は守護神みたいなもんだ。何もされやしないって」

 そう言って、早乙女を落ち着かせようとしたけれど、

「何、ワケわかんないこと言ってんのよバカ!」

 と一蹴されてしまう。そりゃないだろ、ひとのこと盾にしておいてさ。

 けど、俺はすぐに前言撤回しなくちゃいけないことになる。青く光るミニサイズの金剛力士は、腰に差していた金棒を手に持ち、俺たちの方を敵意に満ちた目で見つめながら、その場で屈伸を始めた。

「ねえ、何あれ、まさか襲ってくるつもり?」

 俺のブレザーを引き裂かんばかりのバカ力でつかみながら、早乙女は泣きそうな声を出す。泣きたいのはこっちだっつーの。

 とかツッコんでる場合じゃない。金剛力士は腕と頭を回して柔軟体操を終えると、俺の方を見てニンマリした。そして、金棒を構える。

――絶体絶命。

 そう思った瞬間、後ろでドアが開く音がしたかと思うと、

「どいてなさい」

 校長が出てきた。――虫取り網を持って。

「「え?」」

 俺と早乙女は、同時に素っ頓狂な声を出した。ダンディな校長が小学生のように両手で虫取り網を持つ姿は異様な光景だった。

「悪霊狩りをするのは久方ぶりだから、どうにも緊張していかん」

 とか何とかブツブツ呟きながら、校長は片手ずつ滑り止めのために唾を吐いて、虫取り網の柄の部分をギュッとつかんで精神統一した。

 すると、

「ちょっと何、何で?」

 早乙女が俺のカラダを揺する。っつったって、俺にもワケがわからない。虫取り網の網の部分だけが青く光り出したからだ。

 それを見て、金剛力士は警戒心を強めた。

 校長は虫取り網を上段の構えで持って、金剛力士にジリジリと歩み寄る。

 金剛力士は金棒をブンブンと振り回しながら、威嚇するように校長を迎え撃とうとする。

 一触即発。

「ってあーーー!」

 突然、校長が気合いの叫び声を上げたかと思うと、ひと足飛びで金剛力士に近づいて、虫取り網で素早く捕獲した。

「すごぉーい!」

 早乙女が柄にもなくキャピキャピした声を上げる。

 何だかわからないけど、窮地を逃れて俺もホッとした。

 ところが、金剛力士は網の中で暴れ回り、金棒で網を破ろうとしている。

「ダメだ、寄る年波には勝てない。わたしの力では抑えきれそうにない。君たちは早く逃げなさい」

 校長は俺たちにそう促した。

「お、おい、どうする?」

 俺は背後にいる早乙女に訊いた。返事がない。そーいや、いつの間にかカラダが軽くなってる。振り向くと、早乙女は床に尻もちをついていた。

「ど、どうした?」

「……腰が抜けちゃった」

 恥じらいの表情を浮かべる早乙女は割とかわいかった……って、んなこと言ってる場合じゃねぇ!

「立てないのかよ」

「だから、腰が抜けてるっつってるっしょ!」

 早乙女は逆ギレしやがる。やっぱ、かわいかねーな。

「クソッ」

 俺は早乙女に背中を向けてしゃがんだ。

「乗れ」

「は? 恥ずかしい」

「んなこと言ってる場合かよ」

 早乙女がチンタラしてるうちに、金剛力士は金棒で虫取り網を裂こうとしている。

「早く逃げなさい」

 校長が急かす。

「早くしろ」

 俺が促すと、

「変なところ触らないでよ」

 なぜか高圧的な態度で早乙女は俺の背中に乗った。

「よし、逃げるぞ」

 と立ち上がろうとした俺だけど、早乙女が思ったよりも重い。おまけに日頃の運動不足がたたって、一気に足腰にきた。

 何とか立ち上がれたものの、走るほどの体力は俺にはない。ヨロヨロと歩いていると、

「早くしろ、アホ!」

 早乙女が腕に力をこめて首を絞めてきた。

「バ、バカ、苦しいだろ」

 余計に歩く速度が鈍る。

 ビリッ

 不吉な音が廊下に響いた。金剛力士が網から顔を出して、ニヒッとイタズラ小僧のような笑みを浮かべて俺たちを見てきた。

「しまった」

 校長が絶望的な声を出した、その時だった。俺の横をサッと影が通りすぎたかと思うと、ひとりの女子生徒が虫取り網の柄をつかみ、

「悪しき霊魂よ安らかに眠りたまえ」

 機械のように抑揚のない声で呟いた。すると、少女の手から柄を伝って電流のように青い光が網に流れて、

「うぎゃぁぁぁぁ!」

 金剛力士は全身を痙攣させながら断末魔の叫び声を上げると、その姿が湯気のようになって消えてしまった。

「な、な、な、何、何、何、今の!?」

 俺の背中に乗ったままの早乙女が騒ぐ。

「どういうことだ?」

俺は、虫取り網の柄を握りしめたまま微動だにしない女子生徒――久遠に訊いた。

「助かったよ、君。しかし、除霊ができるとは驚いた」

 校長が褒め称えると、

「たいしたことありません」

 久遠は俯き、

「あなたたちにも、これくらいすぐにできるようになってもらわなきゃ困る」

 俺と早乙女にボソッと呟いた。

は? 今、お前が何をやったかも理解してないんすけど。そもそも、あの金剛力士は何よ? いつから俺はマンガチックな世界に迷いこんじまったんだ?

「今の何よ?」

 難が去ったことで早乙女はいつもの気の強さを取り戻し、俺の背中から乱暴に降りて久遠に詰め寄る。腰、抜けたんじゃなかったのかよ。

「小鬼タイプの悪霊」

 そんなことも知らないの? とでも続きそうな冷淡な口調で久遠は答える。それが、早乙女の癇に触ったらしい。

「そ、それを、あんたが何で退治できるのよ」

 早乙女は鼻の穴を大きくして、久遠につかみかからんばかりの迫力で訊く。正直、俺もそれが気になった。そういえば、教室で一ノ瀬先生の話を聞いていた時も、久遠だけはノーリアクションだった。

「退治じゃなくて除霊。校長先生がたった今、そうおっしゃったばかり」

 あんたバカなの? とでも続きそうな久遠の口調は、キャンプファイヤーにロケット花火を投げ込むようなものだった。

「どっちでもいいのよ、んなこた」

 早乙女は鼻息を荒くさせて、久遠の目の前で仁王立ちをする。その迫力、小鬼タイプの悪霊が生きてた時に出してくれりゃ、かなりの戦力になったんじゃね?

「わたしは小学生の時から祖母に除霊のやり方を教わってきた。小鬼タイプを除霊するのは赤子の手をひねるようなもの」

 久遠は虚勢を張るでもなくそう言った。けど、意気揚々と現れた校長は、危うくやられそうになったんだぜ。

「いやぁ、赤子の手をひねるようなものか。恐れ入ったよ。わたしはもう第一線を退いて、若い者に託そう。君たち、よろしく頼んだよ」

 校長はどこか無念そうな顔をして校長室に戻って行った。

「ありがとうございました」

 俺が礼を言うと、

「わたしも。ありがとうございました」

 早乙女も頭を下げる。

 ふと見ると、久遠の姿がない。

「あいつ、どこ行った?」

 俺が訊くと、

「え?」

 早乙女は驚いて周囲を見回し、

「何よ、あいつ」

 と歯噛みをする。

「まぁ、また後で会うわけだしな」

「は? あんた、夜来るわけ?」

「あ、ああ。一ノ瀬先生と約束しちゃったしな」

「アホみたいに律儀な奴」

 早乙女は下駄箱へ向かう。俺もその後に続いた。

「お前、ホントに来ないつもりかよ」

「当たり前でしょ。てか、次お前って言ったら殺すから」

「あ、ああ……」

 殺意のこもった目で睨まれて俺は怯んだ。

「何されっかわかんねーぞ。それに、今の見たろ? 一ノ瀬先生の頭がおかしいわけじゃないのかもしんないぞ」

「っさいわね。ほっといてよ」

早乙女は上履きから靴に履き替えると、俺から逃げるように走り去ってしまった。


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