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除霊

島内の生存可能エリアが急速に狭まる中、対戦相手との距離が近いことをレーダーが感知。俺は木陰に身を隠し、デザートイーグルに弾を装填して息を殺す。

先端に小さな鏡を取りつけた伸縮棒を木陰からそっと突き出して、相手の正確な居場所を探ろうとした瞬間、

パンッ!

小気味のいい破裂音がしたかと思うと、鏡が撃ち抜かれて弾け飛んだ。さっすが正確無比の二丁拳銃使い、通称バッファローベルだ。

生存可能と不可能エリアとを隔てるキリング・ラインが目前まで迫っている。生存不可能エリアに入っても即死というわけではない。とはいえ、動きが格段に鈍っちまう。格下相手ならそれでも勝てる。けど、バッファローベル相手じゃまず勝機はない。

レーダーで確認すると、バッファローベルにもキリング・ラインが近づいていた。多分、考えていることは相手も同じだろーな。

キリング・ラインが迫るギリギリまで待って、木陰から飛び出して早撃ち。いつものパターンだ。これまでに十二戦して戦歴は――過去は気にするな。自分に言い聞かせる。

デザートイーグルを胸に押し当てて、抱え込むようにして持ちながら呼吸を整える。今日こそは、最後のサバイバーである『ヴィクトリー』の称号を獲得するんだ。俺は気合を入れ直した。

残り時間が一分を切ったことを告げるアラート音が天空から鳴り始めた。プレイヤーを急かすビーッビーッという音にももう慣れて、俺は動揺しなくなった。

相手より0.001秒でも早く撃ち倒せばこっちの勝ち。単純明快。キリング・ラインが足のつま先に届くか届かないかのギリギリまで待って――。

くるりと反転して、俺は草原に躍り出た。十メートルほど先に同じように黒い人影が飛び出したのを目視したのと同時にトリガーを引こうとした。けれど、

ドンッという破裂音とともに頭に強烈な振動を感じて、頭上から血の映像が流れてきて目の前が真っ赤に染まった。そんでもって、『GAME OVER』の文字が現れる。


「クソッ、またかよ!」

 VRゴーグルを外してベッドの上に放り投げると、俺は腹立ちまぎれに叫んでから唇を噛んだ。

サバイバル型オンラインゲーム『ダズサイト・ガンマン』の派手な世界観とは違って、目の前には勉強机とベッド、洋服ダンスしかない質素な部屋。華やかなのは地下アイドルグループ『キューティー・ティアラーズ』のポスターだけだ。毎回のことだけど、派手な演出の仮想空間とのギャップにうんざりする。

「和馬、何を騒いでるの」

ドアの向こうから母親の声がして、

「うるさいよ」「うるさいよ」

八歳下の一卵性双生児の弟と妹が面白がって続けた。

「ああっ、もう!」

ここにいると息が詰まる。俺は携帯電話を手にして部屋から出た。

「カズ兄ちゃん、見て見て、ランドセル」

パジャマにランドセルという粋な姿で弟の涼太がリビングから飛び出してきて、

「あたしも」

妹の楓も同じ格好で俺の行く手を阻む。明日の入学式を前にして、いつも以上にテンションがアップしているふたりのファッションショーに、俺は朝から付き合わされていて、いい加減うんざりしてた。

「はいはい、ふたりともかっこいいよ」

適当にいなして玄関へ向かうと、

「どこ行くのぉ?」とついてくる。勘弁してくれ。起きてる間ずっと、チビたちに監視されてる気分だ。

「和馬、あんた、どこ行くの?」

夕飯の支度中の母親も顔を覗かせる。

「コンビニ」

ぶっきらぼうに答えると、

「いいな」「わたしも行きたい」

予想通りチビコンビが騒ぎ出す。

「あんたたちはダァーメ」

母親が出てきてふたりの頭をぽんぽんと軽く叩くと、

「悪いけど、納豆買ってきてくれる? 小粒の」

これも予想通り、ついでのお遣いを頼んできた。

「金は?」

「あとで払うから、ちゃんとレシートもらってきな」

いつもこれだ。俺が買うモノをチェックするためなんじゃないかと疑ってる。

「気をつけて行ってらっしゃい」

「わーったよ」

玄関から出ると、昼のぽかぽか陽気とは打って変わって気温が下がっていた。薄手のジャケットだけでは肌寒いけど、部屋に引き返すのは面倒だ。そのままエレベーターに向かうと、ちょうどドアが開いて中から小柄な女の子が出て来た。

「あ、和くん」

よく見ると同級生で幼なじみの並木琴弓だった。

くりくりの天然パーマヘアーに小動物のような顔立ち。小柄な割に「出るところは出てる」と評判で、学校内での人気はそこそこ高い。隣に住む俺は羨ましがられて、知らない同級生から個人情報を求められることもある。

けど、俺にとってはあくまでも幼なじみにしかすぎない。幼稚園の頃には一緒にお風呂に入ってたし、感覚としては兄妹に近くて異性としては見れない。向こうも同じだろう。

「おう。弓?」

琴弓が肩にかけている矢筒を見ながら訊くと、

「うん。朝からずっと」

琴弓は白い絆創膏だらけの両手を見せて笑った。

ひとりっ子の琴弓は、「芸は身を助く」がモットーの母親の方針で、子どもの時から言われるがままに色々な習い事をしてきた。

その結果、琴弓が真剣に取り組むようになったのが琴と弓道だったのは、名前のせいなのかどうだか。

琴の演奏はともかく、泣き虫で引っ込み思案な琴弓が弓道に取り組むと聞いた時には俺は正直、驚いた。

けど、一度だけ大会を観に行った時、鎮まる会場内で袴姿の琴弓が背筋をピンと張って弓を引く姿にはさらに驚かされた。まるで別人のように凛とした姿で、その時ばかりは俺もちょっとだけ、ホントにちょっとだけ琴弓を女として意識した。

「和くん、今からお出かけ?」

「ああ。そこのコンビニに」

俺がそう答えると、琴弓の表情がくもった。

「どうした?」

「今、前を通ってきたけど、不良グループが集ってたから」

このところ、ガラの悪い連中がたむろしていて、中学生や小学生をターゲットにかつあげをしている。注意するようにと、春休み前に学校から通達があった。

「まだいたら、別のコンビニに行くよ」

「うん。気をつけて」

琴弓に見送られてエレベーターで一階に降りて外に出た。

マンションの入り口からコンビニまでは、通りを挟んで斜めに二百メートルぐらいの距離。エントランスから出るとすぐに、コンビニの明かりの下で原付バイクが三台停まり、その周りで五人の少年たちがタバコを吸いながら談笑している姿が見えた。オレと年齢はそう変わらない。下品な笑い声がここまで聞こえてくる。もしかしたら酒も飲んでるのかもしれない。

「チッ」

俺は舌打ちをした。ウチから近いもう一軒のコンビニはチャリで十分以上かかる。肌寒い風に吹かれながらチャリを漕ぐのは気が引けた。けど、不良に絡まれるのはもっと嫌だ。

仕方なく駐輪場からチャリを出して、人通りの少ない夜道を駆けた。

苦労した甲斐があって、もう一軒のコンビニの前には不良の姿はなく、店員がのんびり外のゴミ箱の入れ替えをしていた。

余裕をぶっこいた俺は、マガジンラックから少年コミック誌の最新号を手に取って読み始めて、気づいたら二十分ばかりが過ぎていた。ポケットの中で携帯電話が震え、取り出して見ると母親からの「遅い」というメッセージがきていた。

「やべえ」

慌ててコミック誌をラックに戻して、炭酸飲料とスナック菓子、それから忘れちゃいけない小粒納豆を手に取ってレジを済ませた。

自動ドアが開いて外の景色が見えた瞬間、俺の全身は硬直した。さっきのコンビニとは別の不良グループがたむろしている。しかも全部で六人。全員が派手な髪の色をしていて、サイズ感の大きないかにもチンピラなダラしないファッションをしている。

そのうちのひとりと不覚にも目が合ってしまい、

「おい、何見てんだ、クラァ!」

威嚇された俺は早くもチビリそうになる。だって、単体でも怖い奴らが六人も揃ってんだもん。『ダズサイト・ガンマン』の中でなら、数的不利もひっくり返す自信はあるけど、リアルではひ弱なモヤシ系だ。どうあがいたって勝ち目はない。

「す、すいません」

震える声で謝罪して目を伏せる。そのまま顔を背けてチャリに乗ってオサラバ……できたらどんなに幸せか。残念ながら獲物を見逃すほど、こいつらは忙しい身分ではない。

「おい、何で謝るんだよ。何か悪いことしたっての?」

ほらね。結局、難癖つけて絡みたいだけだ。

「どうなんだよ?」

他の連中に囲まれて逃げ場はなくなった。ここからはなるべく痛い目を見ずに解放してもらう道を模索するしかない。

「何買ったんだよ」

不良のひとりにレジ袋を奪われ、

「おっ、ちょうど喉乾いてたんだ。気が利くな、お前」

炭酸飲料をがぶ飲みされてしまう。それでも笑顔。眉を微かにでも顰めたら、何をされるかわかったもんじゃない。

「この菓子もナイスチョイス」

スナック菓子をばりぼりと食べられてしまう。

「ん? 何だよ納豆かよ。俺、嫌いなんだよな。お前、食っていいぞ」

不良は納豆のパックを開封して、俺の顔にべったりとくっつけてくる。小粒納豆が頬から糸を引いて地面に落ちると、

「きったね、きゃーはっはっは!」

不良たちは猿のように高い声を出して笑った。

クソッ。

さすがに腹が立つ。情けない。俺は真顔になって両手を握りしめた。すると、最初にいちゃもんをつけてきた奴が、

「おっ、何だ、その反抗的な態度は。お仕置きが必要か?」

俺の胸倉をつかんできた。

「裏連れてこーぜ」

「だな」

「やっちまおう」

引きずられるように薄暗いコンビニの裏に連れて行かれ、俺は袋叩きにされることを覚悟した。

あーあ、明日から進級するってのに、顔面を痣だらけにして登校しなきゃいけないのか。クラスメイトにドン引きされて友達づくりに失敗。ひとりぼっちの一年間を過ごさなきゃいけなくなるかもしれない。自分の不運を嘆いた。

「タイマンにすっか。誰でもいいぜ、選べよ」

俺を壁に追い詰めて逃げ道を塞ぐと、最初に絡んできた奴がシャドーボクシングをしながら訊いてきた。

「いや、ケンカはその……」

まともにやり合ったら一発でノックアウトだ。どうにか無傷で逃げたい。仕方ない、こうなったら最終手段をとるか。

「許してくだ――」

俺が土下座をしようとしたその時だった。

「こんばんは」

くぐもった声が聞こえてきた。

「あ!?」

不良たちが後ろを振り返ったことで、俺にも声の主の姿が見えた。身長は150センチぐらいと小柄で、真っ黒のフルフェイスヘルメットをかぶり、真っ黒のレーシングスーツを着た人物が、真っ黒な銃を手に立っていた。

銃口が自分たちに向けられていることに気づいて、不良たちは一瞬ひるんだ様子を見せたものの、

「何だそのおもちゃ」

「どこのガキだ、クラァ!」

威勢よく凄んで全身ブラックの人物から銃を奪い取ろうとした。

その瞬間、銃の先端から音もなく青い電流のようなものが放たれて、銃を奪おうとした不良の全身が青く発光したかと思うと、気絶したようにその場に倒れて、頭から湯気のようなものが立ち上った。

「う、撃ちやがった!」

仲間が撃たれたことで不良たちに動揺が走る。その隙を突いて、全身ブラックの人物は青い光線を連発。あっという間に全員を倒しちまった。って殺しちゃったの、これ!?

俺は驚いて腰を抜かし、その場に尻もちをついてしまう。

不良たちの頭から立ち上がる湯気の向こうから、全身ブラックの人物が近づいてきた。俺は身構えた。撃たれるんじゃないかと心臓がバックバク脈打つ。

「きみ、大丈夫?」

ヘルメットの中から、少年なのか女性なのかわからない高い声が聞こえてきた。いつのまにやら、銃は腰のホルスターにしまってあった。

「あ、はい。だ、大丈夫です」

立ち上がろうにも足腰に力が入らない。

「驚かしてしまったわね」

全身ブラックの人物は片手を差し出してきた。その手を握ると、子どものように小さい。とても銃をぶっ放すような人間の手には思えない。

情けないながらも俺は立たせてもらい、

「ありがとうございました」

礼を言いつつ、地面に倒れたままの不良たちを見た。全員、俯せに倒れているため顔が見えず、呼吸しているのかわからない。

「心配しないで。死んではいない。ただ除霊しただけだから。このまま放置しておけばそのうち目が覚めるわ」

全身ブラックの人物は穏やかな口調でそう言うと、

「この時間に出歩くのは危ないから、早く家に帰りなさい。それじゃあ、また。朝倉和馬くん」

まるで何事もなかったようにコンビニの方へ歩き去って行く。除霊って何だよ。……あれ? 今、俺の名前を言わなかった?

名乗った覚えはない。俺の知り合いなのか? いや、不良相手に躊躇せず銃をぶっ放すようなイカれた知り合いなんていやしない。

俺は全身ブラックの人物を追って、コンビニの表側に走り出た。ちょうどバイクが駐車場から公道に進入するところだった。カワサキのニンジャには不釣り合いな小柄の運転手が乗っている。全身ブラックの人物はそのルックスとは裏腹に堂々とした運転で夜の闇へ消えて行った。

色々な物事が一瞬で起こり、俺は頭がパニック状態だった。ひとまず、警察沙汰に巻き込まれては大変だと、納豆が頬や服に付いているのも構わず、チャリにまたがって家まで爆走した。

「和馬、納豆は?」

キッチンから聞こえてくる母親の声を無視して、玄関から洗面所まで直行。納豆で汚れた顔を水で洗い流しながら、さっきのは何だったのかと考える。幻を見たのかもしれない。いや、そうとしか考えられない。

そのまま自分の部屋に入ってベッドに仰向けになった。

少しずつ冷静になってきたところで、恐怖がこみ上げてきた。不良たちにカツアゲされそうになったこと。その不良たちを銃で撃った謎の全身ブラック野郎。あの銃は何だ? 青い光線のようなものが出ていた。除霊とか言ってたけど意味不明。不良たちは明らかに生身の人間だった。

やっぱりあれは銃撃だったんじゃないのか。最新式の。今頃、ゴミ捨てに店の裏へ回ったコンビニの店員が銃殺された死体を発見。警察に通報してるかもしれない。

今夜かあるいは明日の朝には、警察が事情聴取に来るんじゃないか。俺は恐ろしくなって全身が震えた。


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