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廃部

 廃部。実際には見たことがないが、不思議と耳に残るそのフレーズを海月先輩がぼそりと呟く。


 気が滅入ってしまいそうな暗い声。直後、胃に鉛を流し込まれるような感覚が僕を襲う。


 「そうだね……。余計に足掻いて傷を深めるよりは、区切りよく諦めるのも……」

 「ちょ、ちょっと待ってください! 廃部って、無くなるってことですか!?」


 そうだ。僕が都合よく解釈していただけで、廃部の危機を乗り切っているなんて先輩達の口から一言も出ていない。


 先輩達は、廃部という言葉に押しつぶされずに、僕に落ち込んだ様子を見せることなく全身全霊で勧誘活動をしていたのだ。


 「先輩達から、この部活は大切にしてねとお願いされたばかりだというのにっ!」

 「もう少し時間があれば、サラブレッド・ハチ公田中を完全体にできて、彼の心を動かせたかもしれないのにっ!」


 鈴谷先輩の嘆きはともかく、海月先輩の悲痛な言葉には胸が張り裂けてしまいそうになる。


 廃部を避けるためにも一生懸命勧誘活動のプランを考え、あがり症で大衆の前で話すのが苦手なのに頑張っている先輩達。


 その努力を、僕は無下に扱ってしまった。罪悪感が霧のように立ち込め、僕の視界をぼやけさせる。


 「で、ですが廃部はやり過ぎじゃないですか!? 大会みたいな催しで優秀な成果をあげてればそんなことは……!」


 僕がそう言っても、海月先輩は両サイドの髪を下に垂らして差しうつむいたまま。


 そこで、僕は生物同好会が廃部に追い込まれる、最大の理由を見出す。


 「……それすらもできないほど、人材が足りてないんですか……?」

 「……然り」


 鈴谷先輩が、もう声すら出せないほどに心が張り詰められている海月先輩の代弁をする。


 冷静沈着な鈴谷先輩も、当惑の色を隠しきれていない。手詰まり感がひしひしと感じられる。


 「三か月に一度、近隣の高校と生物の特徴をレポートにまとめて供覧する、『研究会』という催物があるんだ。しかし……」


 遺恨を払拭するため右手に握りこぶしを作るが、もごもごと口ごもってしまう。


 二の句を僕がつなげた。


 「この高校に吉報をできたことがないと……」


 一度だけ、科学部に所属している友達の研究会を、中学の頃観に行ったことがある。


 長机の上に資料をまとめ、活動記録や動画をモバイルプロジェクターでスクリーンに映しながら、息苦しい雰囲気の中で発表していた。


 どの中学の発表にも引けの取らないコンパクトな説明、聴衆に滞りなく詳細を伝達できる滑舌の良さ。


 何より、発表の内容。確か火星調査機……端的に言うとミニ四駆的なロボットを材料から作り上げる発表内容だった。


 科学方面に興味関心知識があるわけでもないのに、何故か聞き入ってしまった。その不可思議な事象は僕だけではなく審査員も同様で、友達の発表は最優秀賞を授与された。


 後日談だが、発表の下準備には十数人の部員が一週間ぶっ通しで、ギリギリ終了したらしい。


 「主題は研究会一ヶ月前に私達の耳に届く。その期間に内容や原稿用紙、実験とスピーチの練習、資料の作成までこなさなければならないんだ……」

 「そりゃ、三人だけではできるはずがありませんよね……」

 「……先日の研究会も、中途半端にしか終わってなかったから当然最下位。その場が最後だったというのに……」


 海月先輩がやっと顔を上げたと思えば、重く苦しく、どこか寂しさのある溜め息をつく。


 スタートの位置は同じ。だけども道程が違う。努力どうこうで解決できる問題ではないのだ。


 僕はこの部活からしたら、救世主そのものだったというわけだ。だから強引に連れ込んだのか。


 「アンタには迷惑かけたわね……。これ以上は引き留めないから、帰ってもいいわよ……」

 「ここまで話を聞いてくれたのは君が初めてだ。ありがとう。今度会える機会があったら、ハーブティーを淹れてあげよう」


 永劫の絶望感に抵抗するのを諦めたその姿は、いっそ清々しさを感じる。


 諦めるなと言いたいところだが、先輩達の苦労を一つも知らない部外者が、横槍を入れる状況ではない。


 入部しても、非力な僕がこの局面を打開する術はない。


 「その……っ……。はい……」


 先輩達は思い出の場所を失ってしまうんだ。ショックは相当大きいだろう。


 そんな先輩達に、饒舌ではない僕が無理になんかしら喋ってしまったら、傷をつけかねない。


 自分の情けなさに嫌気がさしてしまいそうだ。


 「さぁ、紗音もこいつにお礼を……」

 「紗音先輩……」


 部長である紗音先輩が、誰よりもショックが大きいはず。ずっと黙りこくっているのも仕方がない。


 指名された紗音先輩が、どこかぎこちない足取りで僕の目の前に歩いてくる。


 ピタリと歩を止めるのを見てから、僕が紗音先輩に頭を下げた。


 「……僕が入ってもどうすることもできないし、余計に迷惑をかけてしまいそうなので……本当にすいません!」


 頭の先から足まで、紗音先輩の気持ちが伝わってくる気がした。


 「……は……る……」


 は……る……。紗音先輩は何を言ったんだ?


 もしかして『はらわたを抉るぞ』か!? あの発言は伏線だったのか。


 まぁ、そんぐらいしなきゃ憤りは治まらないだろう。ここは快くはらわたを抉られるとしよう。


 スッと両手を広げて、僕ははらわたを抉りやすい態勢をとる。自分でも何してるのかな分からないが、ここはツッコミを入れる場面ではないだろう。


 「どうぞ、お好きにして」

 「? ちょわっ!」


 あぁ……腹に先輩のかぎ爪が……なんか柔らかくね?


 それに掛け声が緩くないか? もっと「もはやふたたび いきかえらぬよう そなたの はらわたを くらいつくしてくれるわっ!」みたいな感じじゃないの? 


 腑に落ちない僕は、温かみのある腹部に視線を移すと、


 「しゃ、紗音先輩!? 何してんすか!?」


 僕の腹に、紗音先輩がギューっと抱き着いていたのだ。温かみのある正体は富士山だった。


 あわあわと動揺する僕をどこ吹く風で、先輩は上目遣いで僕の顔を覗き込む。


 「んー? 手を広げるから抱き着いてほしいのかなーって」


 やっぱこの人ビッチだろ!! 常人ならその思考には絶対至らないもん!


 上目遣いで顔見てくるのもやめて! またキュンと来ちゃうから! 僕は画面の中の女子と付き合っているんだから!


 逆寝取られの妄想が僕の脳内に充満したが、流石に気持ち悪いので直ぐやめにした。


 「それよりも……廃部するって、どういうこと?」


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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