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開始その二

 「それじゃ、私の名前は『海月志乃』。生物同好会、水生生物担当よ。よろしくね、アンタ」


 いきなりアンタ呼びっすか。そうっすか。


 先輩後輩の関係だから仕方ない気もするが、もう少し礼節を重んじてほしいところだ。


 小暮会長にアンタ呼びされるのは本望ですけど! さっさとこの余興を終わらせて、迎えに行きますから! 待っててください!


 内心で小暮会長を思い浮かべていると、鈴谷先輩がきょとんとした顔で海月先輩に話しかけた。


 「なんだ。志乃にしては沈着ではないか。精神安定剤でも服薬したのか?」

 「なわけ。こいつは常軌を逸してるっていうか、話しても何も感じないのよ。壁と話してる感じかしら?」


 出会って数分で暴言ですかそうですか。


 僕も壁と話してますよ。さっきよりは隆起している壁ですが、僕からしたら壁同然です。


 僕の理想はD以上です。B以下、将来性皆無の女性はお口チャックでお願いします。


 それに引き換え小暮会長ときたら! 僕の理想を大きく上回るFだぞ!? この高校の男子を完膚なきまで悩殺しにきてるでしょ!


 二次元でしか見たことないパーフェクトボディー! 惚れないやつは男子として死んでる。


 「そんなことは閑話休題。アンタ、趣味とかはある?」

 「ラノベとかアニメが好きですね。あ、たまにゲームします」

 「ふーん。完全インドア派ってわけね」


 どこにでもいそうな高校生男子の、ありきたりな趣味。


 一時期スポーツ選手になろうと少年野球をやっていた時期もあったが、朝練が辛過ぎて一年ちょっとで断念。


 その後、ある野球アニメを見て中学校に入学して野球部に入り、練習に邁進した。朝練はなかったものの、思った成果を出せずにこれまた一年で断念。


 運動が苦手だと気がついた僕はスポーツから距離を置き、家で過ごす時間が増えたのでこんな面白みのない趣味になってしまったのだ。僕の軌跡はこの説明がほとんどを占める。


 「確かにアニメもラノベも面白いけど、そんなこと忘れられるくらい夢中になれることがあるのよ!」


 ドーンと、迫力のある面持ちで言う。


 夢中になれる……ね。瞬間三日坊主の僕が夢中になれることがあるなんて、希望的観測といっても過言ではない。


 この時点で元々なかった意欲が更に低下する。聞き流す準備は万端だ。


 「アンタには私が言いたいこと分かるかしら?」

 「全く分かりません」

 「そんな速く言うんじゃないわよ。少しは考えなさいよ」


 めんどくさい人だなぁ。渋々話を聞いてやっているというのに、その態度は寛大な心を持っている僕でもカチンと来る。


 でも、必要最低限の女子への接し方は承知している。あまり口走らないこと。女子の心は脆いんだ。


 毎度言葉選びをするのは辟易するが、なるべく顔見知りとは人情を厚く保ちたい。ここは我慢だ。


 「すいません。教えてください」

 

 僕は「しょうがなく」頭を下げてそう言うと、海月先輩は口から嘆息を漏らす。


 なんで僕がこんな屈辱を受けなければならないのか。


 「仕方ないわね……正解はあれよ」


 海月先輩は目線を僕とは真反対の方向へ向ける。


 ゆっくりと僕が首を後ろに向けると、木製の棚にいくつかの釣竿が陳列されていた。


 釣りとは疎遠の僕だが、一目見ただけでもそれらの釣竿は生半可な物ではないと見て取れる。


 平静だった僕の感情は少しだけ波打ち、興味ありげな眼差しで釣竿一つ一つの形状を吟味する。


 「ほぇー……」

 「ふふん! 傀儡みたいな奴だろうが、この釣竿を見たらそうなっちゃうのよ!」


 は? この先輩僕のことを傀儡っつったか? 


 そりゃあさーせんした。人形みたいに感情も表情もない人で。


 ……って、地味に危なかったな。先輩の罵りがなければ完全に魅了されていた。


 平静を取り繕った僕は、心底興味なさげな声で先輩に話しかけた。


 「……で? 釣竿見せてどうすんすか? 自慢だけですか?」

 「んな気障なこと好きじゃないわ。生物同好会に入れば釣りに行けるってこと。アンタみたいなひょろがりでも大物釣れるわよ?」


 ひょろがりってなんだ貴様ぁぁぁ!? 僕の筋肉質な体を見てそんな発言をするか! ブレザーを着てるからそう見えるだけだ! 


 ま、実際ひょろがりなんすけどね。


 中学校時代、ほぼ運動していないに等しいからほとんど筋肉はない。成長期に体を作ることができなかったのは痛すぎる。


 ちゃんと運動をしていれば今頃サイドチェストとマストモスキュラーで、スクールカーストの最高位にいる陽キャどもを倒すことができたはず。


 サイドチェストとマストモスキュラーが攻撃技なのかどうかは知らんが。


 「やりません。野外活動は嫌いなんですよ」

 「えー、楽しいのに……」


 先輩があからさまに、母親に叱られたときの子供のようにシュンとする。


 罵詈雑言をまくしたてた先輩からは到底想像できないような姿に、少しだけだが胸が引き締められる。


 この気持ちは……あれだ。恋愛ゲームでのヒロインの意外な一面に気づいたときの、キュンとかいう死語だ。


 突然の恋愛ゲームという単語に、腑に落ちない人はいるだろう。なんせ、僕は平然に恋愛が嫌いだと言ったからだ。

 

 我ながら説明力のなさに腹が据えかねる。付け加えると、僕は恋愛ゲーム自体は嫌いではない。というか好きだ。


 だってヒロインは主人公のことを人間性で評価して寄ってきてるわけだろ? 邪な考えがあるはずないじゃないか。現実ですることのできない恋をゲームの中でする。嫌いなわけがない。


 話に戻ると、このシチュエーションは三次元で初体験。女子耐性のない男が簡単に堕ちてしまうのもよく分かると実感した。


 しかし! 僕は恋愛ゲームで耐性はしっかりと付いているのだ! 意外な一面を見せれば僕の心情が変わるという魂胆でもあったんだろうな!


 居心地を悪く感じた僕は、その感情を外へ押し出すかのように溜め息をつく。


 「もういいっすよね? そろそろ僕の意見を聴いて――」

 「いやしかし! 海月も四天王の中では最弱! ここまでは余興に過ぎない!」


 海月先輩も四天王最弱かよ。なにここ、最弱しかいないわけ? 


 てか言いたいだけだろ。


 さて、相手のペースに流されてまた逃げそびれてしまった。順番的にも次はあの先輩だろう。


 「ならっ、私の出番だね!」

 「頼んだよ! 四天王最強の一角を担う君なら、彼の心を動かせれるはずだ!」


 


 


 


 

 

 


 


 


 

 


 


 


 

 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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