開始
ショートカットの女子は僕の発言を気にすらとどめず、側にあった棚の引き出しから一枚の画用紙を引っ張り出した。
まんまと相手のペースに置いてかれた……。さっさと仮入部じゃないと言えばよかったのに……。
ガクッとうなだれると、ストレートヘアーの女子が画用紙を受け取り、僕の足元で三重に折られた画用紙を広げた。
「部費の都合上、ホワイトボードがないのは勘弁してくれ。後、気遣ってくれてありがとう」
画用紙を見るためにうなだれたわけじゃねぇ! ……つっこみが追いつかないから、これ以上とやかく言うのはやめよう。
流れに身をまかせようと腹を据えた僕は、広げられた画用紙に羅列している文字を淡々と見始める。
そこには聞き覚えのあるものから初耳のものまで、様々な草花の情報が書き記されていた。
「これって……植物ですか?」
「然り。申し遅れたが、私は生物同好会、植物担当の『鈴谷美恵』という。よろしく頼むぞ、後輩君」
「は、はぁ……多田誠也と申します」
てか名字田中じゃないんかい! マジでサラブレッド・ハチ公田中の「田中」はなにもんなんだよ。
軽い会釈を交わすと、鈴谷先輩はメガネをクイッと上げる動作をして画用紙に指をさす。
因みにメガネはかけていない。雰囲気を作り上げるためだけの行動だろう。
「先ず最初に、君は植物をどのような観点で見ているかね?」
「んー……綺麗な配色だなーとか……」
僕は精一杯の感想を述べたのだが、遠巻きに見ている二人にクスクスと笑われている。
なに? バカにされてんの僕?
「ふむ。高校生とは思えない非常に淡白で質素な感想だが、及第点はあげられそうかな」
バカにされてたわ。
仕方ないだろっ!? 中学時代、理科全般が苦手だったんだから! 震央って聞かれたとき、ダイヤモンドとパールとプラチナしか浮かんでこなかったレベルなんだから!
でも世代じゃない子がほとんどだったから、共感できなかったのは普通に悲しい。
「大器晩成というやつだ。そんな直ぐに専門的な用語を使って、感想を詳らかに話せたりはしないさ。無知なのにも関わらず、無理に説明するよりはよっぽど好感を持てる」
慰めてくれてるのかどうか分からないが、鈴谷先輩はうんうんと頷きながら僕に微笑みかけてくる。
出会ったときから硬い表情しかしていなかったせいか、突然の笑顔に見入ってしまう。
そのとき、何とも言えない緩い衝撃が僕の心を撫でた。
「……?」
「どうかしたのかい?」
「いえ、なんでも」
上辺では冷静にしているものの、先程の不思議な感覚によって僕の心臓は鼓動しっぱなしだ。
なんで僕がこんな人に……。まぁ、女子耐性なかったし? 多少の動悸は不可避だ。
「では、本題に入ろう。君は植物を配色が綺麗と言ったな」
「はい」
「確かにそうだ。それに関連して、植物の中には『虫媒花』と呼称される花が存在している。語意は分かるかな?」
「……虫に花粉を媒介させてもらう花のことですっけ? うろ覚えですけど」
記憶の片隅に転がっていた言葉を拾い上げただけなのだが、鈴谷先輩は大きく頭を頷かせる。
「然り。花は自分の力では子孫を残すことができない。だから虫に受粉を加担してしてもらうんだ」
「でも、それと配色になんの関係が……」
「まぁ待て、今からそれについて話す」
っと、いつの間にか話に没頭し過ぎていた。
僕は仮入部をするわけではない。一区切りするために、仕方なく説明を聞いてるんだ。流れに身を任せるとは決したものの、ある程度は抵抗しなければ相手のペースだ。
流され続けていた僕の意識はなんとか持ち堪え、首を左右に振って意識を補強する。
「花の配色、あれは『虫が視認しやすい色』を、花が故意的に彩らせているんだ!」
「……どういうことですか?」
コテッと小首を傾げると、鈴谷先輩はその言葉を待ってました! と言っているかのように腕を組む。
「例えば……ハコネウツキという花がある。その子は受粉が思わっていない花を比較的虫に視認されやすい赤紫色に変えて、滞りなく受粉をさせるんだ!」
……正直、言っている意味が分からない。ハコネウツキって何? 虫に視認されやすい色って何?
僕の反応を無視して、鈴谷先輩はペラペラと話を続ける。
象形文字かなんかで話しているのかな?
「どうだい!? 奥深い植物をともに調べようではないか! さぁ、生物同好会に!」
言いたいことを全て言えた鈴谷先輩は、大変満足した顔で僕に手を差し伸べてくる。
ま、答えは一つだわな。
「入りません。小難しい話だったんで、すいません」
「そうかそうか……。なんでさっ!? 結構頑張ったんだけど!?」
理解力が乏しいってこともあるだろうが、生憎僕は花どころか植物に一切興味がない。
少々気になった箇所はあったが、それ以外は全くそそらない。
せかせかと僕に誘いをかけてくる鈴谷先輩だったが、シラーっとした顔で難なくやり過ごした。
よし。これで話を聞いてもらえる――。
「鈴谷は倫理的過ぎてるのよ。奥深さも大事な要素。だけど、それ以前に楽しんでもらわなきゃ、興味も湧いてこないわよ?」
「普段脳筋のやつに言われると一層むかつくな。だが、負けを認めよう。私は四天王の中で最弱なのでな」
四天王ってなんだよ。この場には俺を含めなきゃ四人いないぞ?
自然な流れで入部されないように、さっさと帰ろう。
ペコリと頭を下げて、そそくさと退散するはずだったのだが、頭を下げる前にツインテールのギャルっぽい女子が鈴谷先輩の前にせり出てくる。
これ、この女子もなんかしらプレゼンテーションするパターンだ。
「それじゃ、私からのプレゼンテーション始めるわね!」
バレないうちは逃げれるかと思ったが、話しかけられたのでその線は今完全に潰えた。
まだ平気だ……。次、次こそは終わった瞬間踵を返して逃げればいい!
速きこと、ぜかましの如しだ!