プレゼンテーション
…………ん? ワンモアプリーズ?
「ようこそ! 生物同好会へ!」
……まぁ落ち着け僕。彼女がナチュラルに僕の心を読んできたことも衝撃的だが、それよりも驚くべき発言があっただろう。
生物って何? この地球上に存在している生命体のことだよね。
同好会って何? 嗜好が同じ人が集まって活動するものグループのことだよね。
じゃあ、生物同好会って何? 生物の同好会ってことだよね。
…………。
「すいません。帰らせてもらいます」
「ホント!? ありが――ってなんでぇぇぇ!?」
嬉しさが先駆けしているからか、感謝の言葉が口から漏れ出してしまったようだが、ギリギリ僕の発言に違和感を覚えたみたいだ。
そのまま言ってくれれば既成事実を作れて、簡単にこの場を離れることができそうだったのに……惜しかったな。
「なんか悪いことしちゃった!? それならごめんね! おしり叩いてもいいからね!?」
「何もしてませんし、叩きませんよ。誤解生まれそうなんでやめてください」
ズイッとおしりを突き出してきたが、僕はおしろペンペンをして快感に浸るほど人道から外れてはいない。
性的な感情も抱かずに、僕は両手を出してひっこめてもらうように促す。
「もしかしてサプライズが嫌だった!? なら忌々しい猫の被り物は壊してあげるから! やっちゃって!」
「このやろっ! よくも大事な仮入部者を!」
別にそういうことではないのだが。あぁ……こんなにもぐちゃぐちゃにされて……君は全く悪くないからね。成仏しろよ。
てか、あの謎の動物って猫だったのかよ。模様と顔つきからして、完全にトラとかライオンの類かと思っていたわ。
ぐちゃぐちゃに丸められた猫の被り物を、ゴミ箱にダイレクトシュートしたストレートヘアーの女子は僕の方へ身を翻して、一仕事終えた顔で笑いかけてくる。
「その猫も悪くありませんよ……」
「なにっ!? そうならそうと早く言ってくれ! ごめんな、サラブレッド・ハチ公田中……」
トラみたいな猫で、名字が馬の品種で名前がハチ公!? 最後の田中はなんなの!? 色々と詰め込みすぎじゃない!?
ゴミ箱からハチ公田中を取り出すと、ストレートヘアーの女子はしわを伸ばして復元を試みる。
なんだこの人達……ガチ目のヤバイ人達なんじゃ……?
僕はバレないようにじりじりと後退していき、ドアを開けて出て行こうとドアノブに向かって手を伸ばしたの。
だが、金属を材料にしているドアノブにしては妙に柔らかかった。
不審に感じた僕は振り返ると、ショートカットの女子の胸に、手を当ててしまっていたのだ。すぐさま手を引こうとしたのだが、なぜか力んでしまい思いがけず揉んでしまった。
マシュマロに似た感覚が、僕の手のひらを優しく包み込む。こんな柔らかいんだ……じゃなくて‼
「どわぁぁぁぁ!? すいません! 故意ではないのでお許しを‼」
「おっぱいなら無限に触らせてあげるからっ! どうして帰ろうとするのか教えてよ!」
「プライドも恥もないんすか!? 触らないんで、近づけてくんのやめてくださいっ!」
「構わないよ! こんなの見た目をちょっと良くするだけの脂肪なんだから!」
童貞にはいくらなんでも刺激が強すぎて、このままでは死亡してしまう。襲う勇気すらない意気地なしの僕は、必死に目をつぶることしかできない。
残りの二人に助力を乞おうと視線を送ったが、魂を剝ぎ取られたかのように呆然と佇んでいた。
「……胸なんてただの脂肪……。なくていいのよ」
「無用の長物というやつだ。長距離走のときとか絶対キツイ」
なんかあっちはあっちでダメージ被弾してるし!
あぁ……状況がカオス過ぎる!
「い、一旦落ち着いてください! 話しますから! つぶさに説明しますからっ!」
胸を永遠と押し付けてくる、ビッチもかくやという行動をしてきた女子を説得し、ダメージを受けてしまった二人の傷がある程度癒えてから、僕は深く椅子に腰かけた。
因みに三人は自省ということで床に座っている。この教室の所有者、いわんや先輩達を差し置いて椅子に座るのは流石にためらった。
でも頑なに床に座ると言ってきたので、是非もなし。
「先ほどは淫らな行動をして君の気分を害してしまったり、無理矢理教室に入れて怪我をさせて、なんかすいませんでした」
ショートカットの女子は額を床にくっつけて、ヒューマンドラマのワンシーンでしか見たことがないような綺麗な土下座で謝罪をしてくる。
こんなに誠意の籠った土下座を見てしまうと、こちらにも罪悪感が生まれてくる。直ぐに顔を上げてもらう。
「後半適当な気もしますが……僕も、やにわに帰るなど言い出してすいませんでした。事細かに説明をすれば、こうにはならなかったでしょうし……」
「じゃあ謝ったことだし、なんで急に帰ろうとしたの?」
絶対この人反省してないだろ。謝ればなんでも済むと思っているのか。
しかし謝ってはくれたので、事情を説明してあげよう。約束を破るほど非道徳的ではない。
「あー……何というか……僕、生物嫌いなんすよね……。噛むし、追いかけられるし、フンのかけられるし……」
本日二度目の硬直。防御力二段階は上昇していることになる。
うん。当然の反応だ。なんせ今しがた超好きと、堂々と啖呵を切ったからだ。
変な人と思われても仕方ない発言をした自覚はある。別に罵っても詰っても構わん。心にもないことを言った僕が悪いのだから。
さぁ! カモン! 豆腐メンタルの僕はゴッソリ深手を負う可能性があるが、君達の憤りを遠慮なくぶつけてくれ!
両腕を広げて、罵詈雑言を受け止める態勢をとったのだが、いつまで経っても皆一様口を開こうとしない。
「……あれ? どうしたんすか?」
上目で三人の様相を一瞥すると、怒ってはいなかった。
それどころか、安堵するような笑みを浮かべていたのだ。
「なんだー! そんなことだろうと思ってたよ!」
「根っからの生物好きなんて、幻のポケ〇ンと同じくらい稀有な存在だからねー!」
「逆に不気味だったからな」
……なんか、僕の描いていた結果と何千里もかけ離れた反応なんだけど。
ショートカットの女子は露骨に胸をなでおろすと、僕に向けて親指をグッと立ててきた。
「生物嫌いの子だろうと、仮入部に来てくれたなら誠心誠意込めて生物好きにしてあげるからね!」
「あ、ありがとうございます……」
……って、そうじゃないだろ僕!? 何自分も安心して素直に礼を言っているんだよ!?
ここで話を一区切りしておかなきゃ、もっとめんどくさい状態に陥るだろ!?
「あの、だから僕は仮入部では――!」
「だから! 少しでも生物に興味を持たせるためにも、プレゼンテーションも準備しておいたのです! いえーい! 用意周到ー!」