へっぽこ三人組
「あっ! もしかして仮入部の子じゃない?」
「なわけ。こんな辺鄙な場所にまでわざわざ足を運ぶ人なんていないでしょ」
「こいつの言う通りだ。幽霊出てもおかしくない旧校舎なんかに来る人なんて、私達みたいなアホだけだ」
「じゃ、じゃあ……ノックしたのって幽霊!? 怖いよ~‼」
「ゴフッ!? アンタ力強いんだから抱き着いてくるのよしなさい!」
「大丈夫、比喩というやつだ。暗喩にもありうるけどな」
……一体僕は何を聞かされているんだ?
折角緊張感をかみ殺してドアをノックしたというのに、小暮会長ではない別の人物達の声が響いてくる。
声からして女子生徒だろうか? 人数は……三人。全校集会でスピーチをしていた小暮会長の声を脳内から引っ張り出し、照らし合わせてみたが似ても似つかない。
どうやら、小暮会長はドアの先にはいないようだ。
僕は彼女に会うために来たのだ。ドア越しに繰り広げられる漫才を聴きに来たわけではない。
この教室に小暮会長がいないとなると、見落とした部活でもあったということか?
いやでも、ここ以外の部活は隅々まで見て回ったとメモをしてある……。何が正解なんだ?
シリアス全開の僕の気持ちとは相反して、ドア越しの三人はコメディー全開の会話で僕の気持ちを入り乱してくる。
「と、とりあえず幽霊だろうがなんだろうがここに来てくれたわけだし、あのサプライズ決行しようよ!」
「別にいいけど……絶対滑るわよ?」
「十割十分十厘滑るだろうね。好印象を持たせるためにも、初対面の相手には素直にやり取りをした方が、後々良好な関係に発展するかもしれないぞ?」
ありがたいことにサプライズを計画してくれていたようだが、ドア越しの三人の女子は僕が聞いているとも知らずに、のこのこと話してしまっている。
それどころかそのサプライズはつまらないときた。僕はどう反応してあげるのがいいの?
「あのー……入室してもよろしいでしょうか?」
「ちょ、ちょっとだけ待って! ――ほらっ、幽霊じゃないよ! どうせここに来る人なんて変な人なんだから、どれだけサプライズで険悪な感じになっても気にしないでしょ!」
サプライズやるんかーい。
よくこんな状況でサプライズを実行しようと思い立てたな! その清々しさ尊敬するわ!
てか変な人って、バカにしてんのか。
君達からしたら大事な仮入部に来てくれた後輩だぞ? 僕は仮入部しに来たわけじゃないけど。
「ん……確かに一理あるわね。ならやってもいいわよ?」
「そうだね。変な人なら今日の出来事なんて三歩歩いたら忘れてくれるよ」
お前らも乗り気かーい。
完全に止める場面だったろ!? お前ら二人さっきまで否定的な見解を述べていたよな!?
変な人なら滑ってもいいの? 良好な関係に発展しなくてもいいの!?
「じゃあ作戦開始! ささっ! 早くこれを被って!」
心の中でつっこみながら、準備が完了するのを律儀に待っていると、ドアの奥から「どうぞー!」と明るい歓声じみた声が僕の耳に入ってきた。
……さて、どう反応しよう。
未だ僕の心の中は疑問符だらけだが、一目見れば解消されるはず。
「では、失礼しま――」
『ガオォォォォ! 食べちゃうぞー!』
残念ながら疑問符は消滅せず、逆に発現してしまった。
ドアを開けた先にいたのは、トラともライオンとも言える妙奇天烈な動物。
目の焦点が合ってなく、模様も所々白い部分があったので、即急に完成させたのだと伺える。これが幽霊と言うのなら、オカルトを全否定している僕でも潔く認めよう。
言った通り、僕は全くリアクションをせずに目の前の謎の動物を白けた目つきで眺める。
「ほらっ、二人も! 練習し忘れたけど何か怖がるような台詞言って!」
しかもぶっつけ本番かい。これをサプライズといっていいのか? 戯れられているようにしか感じないぞ?
当然のことだが、僕の眼前で蠢いている動物は生物ではない。
中身が生物なのだ。その証拠に、謎の動物の下腹部から六本の上履きを履いた足が飛び出ている。
「ガ……ガオー……怖いだろー……」
「はらわた抉らせろ」
温度差激しすぎやしないか? 恥ずかしがってる子もいれば凄い物騒なこと言ってる子もいるし。
これは……反応に困る。オーバーなリアクションをしたら逆に引かれる可能性もあるし、薄い反応だったらバッシングを受ける可能性もある。
思考を巡らせた末、僕は最善の一手を思いつき、実行に移した。
「――した」
『なぬ!?』
見なかったことにして帰るのが一番だ。帰ったらゲームをして、明日から彼女の捜索を再開しよう……。
矢継ぎ早にドアを閉めようとしたのだが、片腕を三本の手に掴まれ、僕の体はとんでもない力で前方に持っていかれた。
気を抜いていた僕は反応しきれずに、その勢いのまま地面に仰向けになって倒れた。
「痛てて……急に何を――」
僕は優しく頭をさすりながら、憤怒と困惑が入り混じった声で顔を上げる。
視界の先には、脱ぎ捨てた謎の動物の被り物の横で、女子生徒三人が僕を見下ろす形で佇んでいた。
なんだか敵対視されているようだが……なんで?
目を点にして呆然と眺めていると、二人の女子が近寄ってきた。
「ふーん……アンタが仮入部の子ねー……」
「少々目つきが悪いな。第一印象で苦労してきた感じが、ひしひしと染み渡ってきたよ」
評するような視線で僕を見てくる、ツインテールの清楚な感じの女子。前に来過ぎてパンツ見えているが、言ったら処されそうなので黙りこくっておこう。
もう一方の女子は、少し小柄でストレートヘアーの寡黙そうな女子。背丈が低いので残念ながらパンツは見えない。
女子の成長は大体十八で止まるそうなので、この子に残された時間は少ない。可哀想に……。
「なんだ? そんな憐れむような視線を送ってきて……」
「なんでもありません」
感づかれたのか、途端に小さい女子の視線が鋭くなるのを察知した。
怪しまれないように、普段通りの声色で返す。
「はいはーい! とりあえず仮入部に来てくれた子に、部活を紹介しよーねっ!」
視線を注ぎ続ける二人の間に、ショートカットの胸の主張が激しい女子が介入してきた。
彼女は眩しい笑顔を僕に向けながら、優しく手を差し伸べてくる。
結構強めに膝を打ちつけてしまい、自分の力では立ち上がれそうになかったので、やむなく手をかしてもらう。
母さん以外の女子と久々に手を握ったが、感触はなんら変わんない。動悸などせずに、僕はゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうございます。それより……なんで僕を無理矢理入れさせたんですか……?」
「帰ろうとしてたからに決まってるじゃない。仮入部の子って、上気しちゃって中々教室に入れないもんだからね」
「前回もサプライズの準備途中にいなくなってしまってたからね。これはファインプレーだと思うよ」
いやいや。サプライズの準備途中にいなくなったって、絶対その子気味悪くなって逃げ出しただけでしょ。
僕だって怖かったもん。薄気味悪い旧校舎に、謎の会話。極めつけは大事な入部希望者を変な人扱い。
恐怖心がない人でも、癪に障って帰ってしまった人も中には含まれているだろう。
……冷静につっこみをしている場合じゃなかった。
「……第一僕は仮入部じゃ……」
「早速で悪いけど、この部活に入ることにした動機を説明してほしいな!」
「だから、仮入部じゃ……」
「早速で悪いけど、この部活に入ることにした動機を説明してほしいな!」
蚊の羽音のように小さい僕の声は、彼女の声で簡単に霧消されてしまう。それに、ちゃんと説明するまで同じことを繰り返すようにインプットされているようだ。
どうやら、双方向的なコミュニケーションをとるのは難しいらしい。仕方ない……適当になんか言って、僕の話を聞くようになってから誤解を解くか……。
「えーと……『超好き』だからです……。だからこの部活に寄りました……」
すると、僕の返しを待ちわびていた三人の女子の体が硬直した。
「え……どうしたんですか?」
声をかけても反応はない。ただのしかばねのようだ。
一気に冷や汗が出始めた僕は、鬼胎を抱くように三人の近くに寄る。
「ホントにどうしたんですか!? 好きとか言っちゃ悪かったですか!?」
「……や……」
「や!?」
『やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』
……へ?
「やっと待ちに待った人材が来たわね‼ もう二度と会えないと思っていたわ!」
「やはり、神は見捨てていなかったのだな! 一年間、夢物語と思っていたのが現実になるとは! さんくすびーとぅーごっと!」
驚きのあまり開いた口が塞がらない僕の前で、三人は肩を組みながら歓喜を体全体で表す。
溜まりに溜まった疑問符は僕の心からあぶれ、声帯で詰まって声を出させないようにしていた。
硬直している僕の元に、満面の笑みでショートカットの女子がトテトテと走ってきて、手を握ってくる。
握られた場所も強さもさっきと同じはずなのに、僕の心臓がドクンと跳ねた。照れを隠すために僕は目線を少し逸らす。
「ホントにありがとう!」
「そんな……おだてても何も出ませんよ……」
そんな嬉しいのか……? 冴えない僕が来ただけで?
うぉぉぉぉぉぉ! なんか学園青春物語の始まり方みたいじゃないか‼ もしかして、僕の時代到来?
遅いぞ~僕の時代! 中学のときに来てくれれば、もっと彩のある人生を送れると思ったのに~!
今からでも遅くはないけどね! 逆に、小暮会長と出会えたタイミングで来てくれたことに感謝するよ!
「ホントに、ホントに君みたいな子を待っていたんだ! 来てくれてホントにありがとう!」
なんだか、そこまで言われると照れちゃうな……。小暮会長が見つからなかったら、この部活に入部するのもありっちゃありになるかも……?
顔が緩みきっていて絶対気持ち悪い表情になっているだろうが、そんなの気にしないで三人は喜び続ける。
へへへ……それにしても、この部活はなんなんだろう。見た感じ運動部系ではなそうだけど……?
手を握りしめたまま、彼女は口を開いた。
「それではようこそ! 『生物同好会』へ!」