第9話 「Line派?discord派?」「インスタ派かな」
20190821 たいとるしゅうせい
【ピンポーン】
チャイムの音で眼を覚ます。
「ふぁ…」
腹をボリボリかきながら、
ベットから右脚だけをダラリと降ろした。
「またセールスの人かねぇ…」
朝っぱらからご苦労さんですねぇ…。
心の声を漏らしながら
ぐったりと死ぬように起き上がる。
目覚めの朝は昼の13時。
甲子園が終わってからはすっかり
生活リズムが狂いっぱなしである。
毎日甲子園やってくれれば
早起きできるんだけどなぁ…。
【ピンポーン】
再びチャイムの音。
たぶんこの時間なら香苗が起きているはずだ。
(あいつに応対してもらってもいいんだけどな…)
しかし俺は立ち上がり、一階へ向かう。
近頃は面倒な手合いが多い。
香苗がへんなセースルスのおっさんに
絡まれでもしたら面倒だ。
「はぁ…」
汗ばむ肌がベタついて
どうしようもなく気持ち悪い…。
気分最悪のまま、俺は部屋の扉に手をかけた。
しかし。
【ピッ】
【ピンポッ】
【ピンポーン】
(ん?あぁ、なんだ沙織か。)
独特なチャイムのリズム。
そのリズムを聞くや否や、
すぐに俺はベッドに引き返す。
チャイムの鳴らし方1つで
大体わかるようになった。
謎のテンポでチャイムを鳴らすのが
いつのまにか彼女の中で
謎ルールとして定着したらしい。
(毎日来るようになったなー、沙織のやつ。)
暇なんだろうか?
この前そのまま「暇なの?」と聞いたら
「ナルトの続きが気になるんです」
と、俺の漫画棚を見ながら
そんな返事を返してきた。
やっぱり暇なんだと思う。
(……沙織なら香苗に任せていいや…)
そして俺はベットにもどると、
タオルケットをかぶって再び眠りについたのだった…。
・・・
・・
・
ガチャリ。
扉の開く音に、俺は半分寝たまま半分起きる。
「おはようございます」
「……」
「おはようございますー?」
「……」
「…ねてるんですか?」
「……」
「おーい」
「……」
まぁ起きてるんだけどな…。
特に意味もなく狸寝入りしていた。
イタズラ心というよりは、
ただただ起き上がるのがめんどくさいのだ…。
【ガサゴソ】
ん?何か物音がする。
イタズラでもしてるのだろうか。
俺はそーっと薄目を開けてみた。
「……」
なんてことはない。
沙織が俺の棚から漫画を漁っているようだ。
そして沙織は適当に漫画を手に取ると、
俺の寝るベットを背もたれにして、
漫画を読み始める。
そのページは丁度、
中忍試験でサスケと我愛羅が戦うシーンである。
特にイタズラをするつもりはないようだ。
(……寝よ)
そして俺は興味を失うと、
死ぬように眠りについたのだった…。
・・・
・・
・
「はガッ!」
飛び跳ねるように目が醒める。
な、なんじだ?どれくらい寝てた俺…??
あたりはもうすっかり夕暮れだ。
部屋にぼんやりと赤い夕暮れが差している。
1日の大半を睡眠で使ってしまったようだ。
「ふぁ……」
あくびをしながらゆったり体を起こす。
沙織の姿は……見当たらないな。
結局彼女は、そのまま帰ってしまったようだった。
(なんか悪いことしたなー)
わざわざ家に遊びに来てくれたのに、
当の相手はずっと眠りっぱなし。
申し訳ないことをした気がする。
「あー…にしてもよく寝たなぁ…。」
ゴキ、ゴキと首を回す。
寝すぎたせいかどうにも体が動かない。
潤滑油の足りていないロボットのように、
ギギギ…と立ち上がる。
(晩飯食お…)
ハラヘッタ。
母さんも帰ってきてるだろうし、
すでに飯もできてることだろう。
爆発した寝癖をそのままにして、
ダラダラと一階へと降りていった。
・・・・
・・・
・・
・
「あ、おはようございます」
「お」
ダイニングに行くと、
見慣れない光景が広がっていた。
「あれ?沙織帰ったんじゃなかったの??」
沙織だ。
居ないと思ったら、いつのまにか
一階に移動していたようだ。
おまけにどういうわけか、エプロン姿で沙織が
キッチンに立っている。
「あ、はい。帰ろうと
思ってたんですけど香苗ちゃんが…」
「うん!一緒にご飯作ろうって話になったの!」
横にはマイシスター香苗も立っている。
ほーん、仲いいんすねぇ…。
まるで姉妹のように並んでいる2人だが、
そんなことよりも、キッチンから香る
おいしそーーな匂いが気になって仕方ない。
「なに作ってるの?」
「カレー」
「カレー……?」
………ええやんけ!!!!!!
台所の机に座り、
マイ箸マイお椀を用意する。
「目玉焼き付きで頼む」
俺はいつでも食べられるようにスタンバイした。
右手に箸、左手にお椀。
いつでもいける体勢だ。
「まだもうちょっとかかるかな」
「そうか…」
まだだった…。
ぐぅ、と俺の腹の虫が鳴る。
そして待つこと十数分。
ついにカレーが完成したらしい。
「よし。あとは寝かせるだけだね!」
「そうですね〜」
な、なに…?寝かせるだと?
「えっ…寝かせるってどれくらい?」
「一晩です」
「きょ、今日食べないの?」
「たべない」
食べないらしい…。
俺はしょんぼりしなかまらマイ食器を片付けた…。
「じゃあ今日の晩御飯はなにたべるん…?」
お腹と背中がくっつきそうである…。
なんでもいいから食べたい……。
「カレーは今日は食べないですけど大丈夫です。」
「代わりのものがあるんだよね」
「ね」
そういうと、沙織はお盆に乗せたお椀を3つ、
俺の座る食卓に並べ始めた。
「………炊き込みご飯?」
目の前に出されたのは茶色ご飯だ。
黒い丸いキクラゲのようなものが見える。
はて、なんだろうこれ。
「タピオカが今流行ってるじゃないですか」
「え?うん」
なんで突然タピオカの話?
よくわからないが、黙って話を聞く。
「武内先輩とタピオカたべたいねー
って話になってね?」
「うん」
「で、香苗ちゃんと
タピオカミルクティー買ってきたんです」
「うん」
「でもタピオカってカロリーがものすごい
ってことをさっき知って…」
「ね。びっくりしたよね」
「うん。びっくりした…ました」
なにやらタピオカミルクティで盛り上がる2人。
このタピオカの話から
どうご飯の話に繋がるんだろう?
とりあえず腹が減ったので
炊き込みご飯を食べながら
2人の話をぼーっと聞いていた。
「それでね?……ってうわ!もう食べてる!」
「うまい」
「……おいしいですか?」
「?うん。おいしいけど」
「へー」「ほー」
「……」
なんだろう。
なんかすごい観察されてる。
「どうおいしいの?」
「なんだろ。なんかまろやかな感じ?」
「甘いですか?」
「え?いや、甘くはないけど」
「へー」「へー」
興味津々で俺が食べる様子を
観察する2人。
……今までの会話の流れ的に、
不穏なものしか感じない。
俺は恐る恐る尋ねてみたのだった。
「……この炊き込みご飯、なにで炊き込んだの?」
2人は顔を見合わせて同時に答えた。
「「タピオカミルクティ」」
うわぁ…。
・・・
・・
・
「まぁ、でも普通に食べられるよね」
「うん」
その後2人がようやく箸に手をつける。
「まぁ、食べられはするけど
普通に飲んだ方が絶対美味しいよね」
「ですね。知見が得られました」
「うんうん」
「……」
"そりゃそうだろ頭のネジ緩んでない?君ら?"
とは口が裂けても言わないのである。
「……というか、なんで
タピオカミルクティでご飯を炊こうなんていう
キチ…前衛的なことをしようと思ったんだ?」
なにをきっかけにそんな狂った発想を……?
その発想力はどこからうまれた??
猟奇殺人者の日記を見るかのような、
そんな怖いもの見たさの精神で、
彼女ら2人の狂人的な
思考回路について尋ねてみた。
「え?さっき言ったじゃん。
タピオカってカロリーすごいんでしょ?」
「それなら夕飯とセットで食べれば、
タピオカ楽しめるし、カロリーも
気にしなくていいかなー、と」
「ふーん…」
うむ。この子達には将来
典型的なメシマズ嫁になる才能がありますね。
オロナミンCで炊き込みご飯つくるタイプの人ですわ。
「おいしかった?」
「オイシカッタ(棒)」
しかし口には出さない。
我が家は女系家族。男に発言権はないのである。
が、一応年長者として、この子たちのためにも
最低限の苦言も呈しておく。
「……でもあんまり食べ物で遊ぶのは
よくないと思うぞ?」
タピオカミルクティでご飯炊く、て…。
思いついても絶対にやらんわそんなの。
「でもなんか流行ってるらしいよ?」
「うそつけ」
「ツイッターで観たんですよこの料理。
流行ってるらしくて」
「ほー、ツイッターが…」
「なんかすごいバズってたよね」
「バズってましたバズってました」
「……ほう」
「パズる」
その単語にピクリと反応する。
「そうか。バズってるのか。
そうかそうか…」
そして俺はすかさず携帯を
取り出して写真を撮る。
バズってるなら乗らねばなるまい。
このビッグウェーブに。
インスタグラマーの血が騒ぐ。
オシャレなフィルターをかけて写真を加工した。
【ぽちぽち】
ぽちぽちと加工する俺のスマホを、
沙織がひょこりと覗き込む。
おいこら覗くなアンチマナーだぞ。
「?なにやってるんですか?」
「加工してインスタにあげるんだよ」
「……へー。インスタやってるんですか」
「うん」
よし、と。これで完成。
うむ。バえる写真が出来上がったぜ。
「タピオカミルクティご飯★」と
可愛い丸文字を書いて、写真を投稿した。
「なんて書いて投稿しました??」
「タピオカミルクティさいこー
みたいなそんな感じな文章」
「へー」
ぽちぽち。
沙織はスマホをいじりながら、
そんな質問をしてくる。
普段は人と会話してる時に、スマホを
いじるような子ではないのでとても珍しい。
【ピロン♩】
……と、とっ。
すると丁度そのタイミングで、
ピコン、と通知がやってきた。
通知はインスタからだ。
俺のアカウントにフォロワーが1人増えたらしい。
「お?フォロワー増えた」
「おめでとうございます」
「うん。ありがとう。
……って、これ絶対沙織だよね。」
「あ、バレましたね」
ふふふ、と不敵に笑う沙織。
俺のスマホに「takeuchi_saori」という、
ネットリテラシー皆無な
アカウント名が表示されていた。
「タピオカミルクティご飯で検索したら
一番上に映ってました」
あっさりと特定されてしまったようである。
世の中こうやってネット活動がリアルに
特定されるんだなー、と地味に
痛感していた俺だった。
まぁ、沙織相手なら気にしないんだけれど。
「なら俺もさっそくフォロバしてやろう……、
……ってあれ?」
フォローされたらフォローし返す、
それがネットのマナーである……?ん?
すぐさまフォローし返そうとしたのだが、
俺は違和感に気づいた。
「あれ?沙織のアカウント非公開なの?」
「……」
あっ…こ、こいつ非公開設定してやがる!
フォローを返そうと思ったが、
沙織の投稿内容が見ることができなかったのだ!
「今さっき非公開設定にしました。」
「いやなんでやねん」
ちょっと照れ気味に沙織は答えた。
「……み、見られるの恥ずかしくて…」
「いやなんでやねん。見せろよ」
俺だけ見せっぱなしとかずるいだろそれ。
「見せろ」
「む、むりです」
「見せろはよ」
「は、恥ずかしいですーーっっ」
な、なんでや!俺だけ見せっぱなしとかずるいだろ!
沙織もみせろよ!!!
更にしつこく食い下がろう
とした俺だったのだが、
「……お兄ちゃん、なんか発言が変態ぽいよ?」
「ウッ」
身内の冷静なツッコミが俺の心に突き刺さる…。
俺は静かに断念したのだった…。
「ちなみに、私は沙織ちゃんのアカウント見れます」
「なんでだよ!!!!」
くそ!ずるい!
俺にもみせろよ!!!!!!
断念することを断念した俺は、
再び沙織に食い下がろうとした!
【ピコン♩】
「ん?」
しかしそのタイミングで、
再びインスタからの通知。
またフォロワーが増えたらしい。
アカウント名は……おや。
「アカウント名……"takeuchi_saori_0905"……?」
なんだろう……
このネットリテラシーの低さに
すごい既視感を感じる。
俺はスマホから顔をあげて沙織の顔を伺った。
「新しくアカウント作りました!」
なぜかは知らないが、
ニコニコしながら沙織は答えた。
「これは公開設定です。
フォロー返してくださいね」
「……へいへい」
言われた通りにフォローを返す。
さっき作ったばっかりなので
案の定、投稿はされていなかった。
「……これでやっと連絡取り合える」
ぼそりと沙織が何事かを呟いた。
「ん?なんて?ごめん聞き取れなかった。」
「あ、ううん!独り言です!」
?ならいいや。
そうして俺たちは
タピオカミルクティ炊きご飯を食べながら
その日を終えたのである。
・・・
・・
・