第6話 「Line派?discord派?」「インスタ派かな」
とある日の夏の放課後。
夏休みまで残り2日となったある日。
「そろそろ夏休みですね」
女子部員は、
そんないつものフレーズから
会話を切り出した。
「そうだな、夏休みだなー」
「そうです。"夏休み"です」
「?うん」
な、なんだろう。
気のせいか今日は妙な圧を
女子部員から感じる。
"夏休み"
ここ最近やたら彼女が頻繁に
強調してきたフレーズだ。
"そろそろ夏休みですね"のセリフを
ここ数日の間に何度聞いたか
数えられないほどである。
……そんなに夏休みが楽しみなんだろうか?
「楽しみなの?」
「え?」
「いや、最近よく夏休み夏休み言ってるから
夏休み楽しみなんだなーって思って」
「……」
途端無言になる女子部員。
顔をわずかにうつむかせながら、
女子部員は静かに答えた。
「……楽しみじゃ」
「……ない」
「……です」
!?う、うおぉぉっ!?
な、なんだ!?幻覚か…!?
一瞬、女子部員の背後から、
不動明王のごとき怒り顔のオーラが
立ち上ったように見えたのだった!
「楽しみじゃないです」
二度目の念押し。
断固とした様子で否定する。
(あっ)
(これ機嫌悪くなってますね、はい。)
わかります。
伊達に小学生から付き合っておりません。
「そ、そうデスカ」
君子危うきに近寄らず…
俺はそろー…っと携帯ゲームを再開して
会話を打ち切ろうとした…のだが
「タケシくんは夏休み楽しみなんですか?」
そうは問屋は卸さない。
女子部員から再びキラーパスが飛んでくる。
「夏休み、嬉しいんですか?」
質問を変えて再び問いかける。
その表情は見えないが、なぜか阿修羅のような
巨大な気配を感じて仕方ない。
……な、なんだろう。
ここで素直にイエスといったら、
俺はここで殺されんじゃないだろうか…?
それほどのプレッシャーを感じる。
俺は恐る恐る答える。
「た、楽しみじゃないっす」
「なぜ?」
その間わずか数コンマ…!
間髪入れずに女子部員は追求する!
(こわいこわい!圧が怖い!)
な、なんでこんなに機嫌悪いの!?
な、なんだ?!"沙織"は何が言いたいんだ!?
なんて答えれば怒られずに済む!?
ていうかなんでこんなに機嫌悪いのーー!?
(くぅっ……じょ、じょーくだ!
ジョークで乗り切ろう!)
せ、正解ルートが見つけられない!
結局俺は、少しでも場の空気を和らげようと、
俺は冗談交じりのセリフを言うしかなかった!
「ほ、ほら!夏休みになると、
沙織に会えなくなるじゃん?!それが寂しくてさー!」
「………」
「今までは毎日会えてたのに、
急に会えなくなるのはさみしくて嫌だなー、ってさ!」
「………」
「あ、会えないなんて嫌だなー、
ま、毎日会えてたのになー悲しいなー」
「………」
「な、なんてー……」
「………」
「は、はは…」
ここは宇宙か?真空か?
息苦しいなんてものじゃない。
宇宙空間に突如投げ出されたような、
息苦しいどころではない絶体絶命感が
俺の心を襲っていた。
ボソリ…。
「そ、そそそうですか。」
ボソリ…。
「わ、わわわかりました。
そ、そそそんなことを想ってくれてたんですね」
ボソボソ……
え?いまなんて?なんか言った?
何か言ったような気がしたがまるで聞こえない。
まるで聞こえなかったが、
どんなことを言ったのかは
彼女の顔を見れば察しはつく。
女子部員は顔を真っ赤にして
俯いている様子の女子部員。
頭から火でもでそうな勢いで、
耳まで真っ赤にしている彼女をみて、
俺は全てを察してしまう!
(お、怒ってる!?怒りのあまり
顔を赤くしていらっしゃる……!?!?!?)
それから女子部員は、
突然立ち上がったかと思うと、
そのままカバンを持って
立ち去ってしまったのだ!
「ご、ごめん……か、かえるね……!!」
「ちょっ、待てよぅ!!」
ナチュラルにキムタク台詞。
言葉を全て言い終える前に、彼女は
そのまま部室を飛び出してしまった。
「……」
一人部室に残されながら、
俺は思わず声に出る。
「や、やべえぇぇぇぇぇ……!!!
めちゃくちゃ怒ってるじゃンンンン……!!!」
・・・・
・・・
・・
・
次の日。
やってきてしまった最後の学校登校日。
ついに明日から夏休みが始まってしまう。
キーンコーンカーンと、
放課後を伝えるベルが鳴る。
いつもなら、部室に向かうところなのだが……
(あいつ昨日すげー怒ってたよなぁ……)
あいつが怒ってるところは
もちろんみたことがある。
だが、あんなに顔を真っ赤にして
怒っているのは生まれて初めてみた。
(……すこし、時間置いた方がいいかもな。)
そうだな…
そうするしかないよな…。
俺の気持ちは一気に落ち込む。
はぁ、とため息をつく。
そろそろ夏休みも始まるし、
夏休み期間中にいつ会うか、とか、
いつ遊ぶか、とか
そんな約束を今日中に
約束を漕ぎ着けるつもりでいた。
しかし、昨日の怒りっぷりでは
それも無理だろう……。
【ガラガラ】
女子部員が凄い勢いで教室から
出て行くのが見えた。
……俺と同じ空間にいるのが気まずいから、
慌てて逃げるように出て行ったのかもしれない…。
(これは根が深そうだなぁ……)
時間を置くしかなさそうである。
そうして俺は、
その日は部室に向かわずに、
ゲーセンに向かうことにしたのだった。
・・・・
・・・
・・
・
【沙織の視点】
「……う、うぅぅぅ」
タケシくんから
「夏休みは会えなくなるから寂しい」
と言われたその日の夜。
私は自分の部屋のベッドで寝転がり
マクラに顔をうずめて、
あの時のセリフを何度も何度も
繰り返していた。
「うぅぅ……うれ死ぬ……」
あんなこと、初めて言ってくれた。
あ、いや…この前の文理選択の時も
言ってくれたよね。
思い出すだけで、顔が自然と
暑くなっていくのをかんじる。
「あー……夏休みやだなぁ……」
ずっと一緒にいたい…。
けど、夏休みが来たら会える時間も
少なくなってしまうだろう。
私は携帯を取り出して、
ラインの友達一覧を眺めてみる。
あいうえお順。
あ、か、さ…と来て、た行のところで
私のスクロールの指は止まる。
た行の先頭にいるその名前を
溜息交じりに私は見つめる。
『たけのぶ』
……弟の名前である。
恥ずかしい話だけど、私たちは
小学生の頃からずっと一緒にいるのに、
未だにラインの1つも交換していない…。
「あーーー……
交換してればよかった……」
交換してれば、
夏休みでも気軽に遊びに誘えたのに…。
指先1つで今の悩みも解決するのに…
と、想像してみるが、
すぐに自分にツッコミをいれる。
(いや、気軽には無理かな)
メッセージ送るたびに絶対緊張するなきっと…。
私のことだ。誘いのメッセージを送る前に
一時間くらいは悩みそう。
……と、色々想像を膨らませていたが、
そもそもラインのidすら私は知らなかった。
このまま夏休みが入ったら
きっともうおしまいだ…。
誘うことができなくなって、
そのまま夏休みの間、一度もタケシくんと
会えずに夏が終わるんだ……。
「昨日逃げ出しちゃったことも
ちゃんと謝らなくちゃだし…」
昨日はあまりの嬉し恥ずかしさに
頭がパニックになって飛び出してしまった。
そのこともちゃんと謝らないと……。
タケシくんに言いたいことが
多すぎて多すぎ仕方がない。
チラリと私は窓の外を見る。
視界に映るのはタケシ君の家。
実はタケシくんと私の家はかなり近い。
「あの頃は無邪気でよかったなーー……」
中学一年生くらいまでは、
本当に何も考えずにフラリとタケシくんの家に
遊びに行っていた。
『面白い本を見つけた』
『今日はテレビでアニメの映画をやる』
そんな些細なことでよく遊びに行っていた。
夏休み、私の家は共働きなので
家には誰もいなくなる。
だからその間はいつもタケシくんの家に
お世話になっていたのだ。
両親公認の仲良しさんだったのだ。
「はぁ…」
それが今では、
なんとも言えない距離感だ。
理由がないと誘うこともできない。
近いんだけど遠い、そんな距離。
「……明日こそ、ちゃんと言おう」
今日まで繰り返し言ってきた言葉。
"そろそろ夏休みだね"のセリフ。
この言葉には、
『夏休み入ったら会えなくなるね』
『夏休みやだね』
『夏休みも遊びたいからラインのid教えて?』
という万感の思いが込められていたのだが、
さすがにこのセリフだけで、
意思が伝えるのは無理がありそうだ。
明日こそ、夏休みどうするかちゃんと聞こう。
私はそう決意する。
……けれど次の日、
タケシくんが部室に来ることはなかった。
そして二年生の夏休みが、
始まってしまったのである。