第5話 「文系と理系どっちがいいと思います?」
帰宅後。
風呂に入りながら、
今日の彼女との会話を振り返る。
(一緒のクラスじゃなくなるんだなー…)
あいつは理系で、俺は文系。
クラスも別れるし授業も違う。
これから会う機会も減っていくのだろう。
(……やっぱり寂しいな)
寂しい。素直にそう思う。
小中高とずっと同じクラスだった。
小学校から今日まで、
あいつはいつも俺の隣にいた。
それが、数ヶ月後の次の学期では
そうじゃなくなるかもしれないのだ。
「……」
時間の流れは、環境も
自分自身も相手自身も変えていく。
今の俺にとっての当たり前は、
これから先の未来でも
当たり前でいてくれるだろうか?
クラスが別々になる、なんていう変化は
長い人生で見ればほんの些細な変化
でしかないのかもしれない。
それでも今の俺にとっては
人生史上最大…とまではいかないが
とてもとても大きな変化
であることは確かだった。
「それくらいあいつとは……
ずっと一緒だったからなぁ…」
人生は常に取捨選択。
これからこの先、俺はきっと
こうやって選択していくのだろう。
理系か文系か、どの大学に行くか、
どの就職先を選ぶか、どんな相手と結婚するか…。
そうして人の人生は枝分かれしていく。
本来細かい枝葉に分かれるはずの俺たちが、
今こうして一同に集えるこの場所・この時間は
本当に希少で貴重な瞬間なのだと、
俺は強く実感していた。
そして同時に、俺は思ってしまうのだ。
いつか俺たちはそれぞれの人生を歩んでいく。
それはなんて寂しいことなのだろう、と。
彼女とも、いつかはそんな関係に
なってしまうのだろうか。
「理系かぁ。」
去年の試験の結果を改めて見てみる。
……数学だけが凄惨な成績である。
「数学さえ無ければなぁ………」
………それから30分。
いつもより長めの長風呂の末、
俺は1つの"決断"を下したのであった。
・・・・
・・・
・・
・
「タケシー、おはよ〜」
次の日の朝。
俺はいつものように学校に向かう。
「おはよう」
クラスの友人と合流して、
いつものように学校へ向かう。
「やっとテスト終わったね〜。
いやー、今回はきつかったきつかった」
「そうだなぁ」
「数学めっちゃむずくなかった?
マジむずすきだわー、数Ⅱーーー」
「そうだなぁ」
どこか上の空で、
俺は友人の言葉に淡々と相槌を打っていく。
が、そんなふわっとした意識が
急に呼び起こされる。
「そういえば、今日までだよね。
文系理系どっちか選択するの」
「……あー、うん。そうだね」
「タケシは文系と理系どっちにするの?」
「……」
……昨日も似たようなことをあいつに聞かれたな。
"文系と理系どっちがいいと思います?"
そうあいつに聞かれた時、俺はなんて答えたっけ。
「……」
……ちょっと照れながら、
俺は素直に答えた。
「り、理系」
・・・・
・・・
・・
・
その日の放課後。
1学期が終わる前に、
文理に分かれて、それぞれのグループで
簡単なインストラクション的な授業をやるらしい。
俺はドキドキしながら、
理系の教室に向かった。
(あ、あいつ、俺が理系に変えたって
知ったらなんて言うかなっ)
実はあいつにはまだ何も言ってない。
くくく……さぞやびっくりすることだろう!
手で口を隠しながら驚く彼女の姿が目に浮かぶぜ!
そうして教室に入り、教室の中を見回す。
見回したが、彼女の姿は見当たらない。
まだ教室には来ていないようだ。
(はやくこい、はやくこいっ)
イタズラ少年のような気持ち。
俺は浮き立つ気持ちを抑えられない!
じーっと教室の扉を注視した!
【ガラガラ】
そして扉を開いて現れたのは……!!
「よーし、全員集まってるな。
ガイダンス始めるぞー」
………理系担当の先生だった。
あ、あれ…?
・・・・
・・・
・・
・
結論から言えば、
あいつは理系の教室には来なかった。
(い……)
(いやなんでやねん!!!)
(あいつ風邪でもひいたか!?)
(い、いや、でも普通に今朝教室に
いたはずだし……??えーーーー???)
とにかくあいつに話をつけなければっ。
ガイダンスのあと、俺は急いで教室に戻った。
しかし教室には生徒が数人残っているだけ。
帰りのHRはガイダンスの前に終えていたので、
すでに各々帰ってしまっているようだった。
俺は慌ててカバンを持って部室に向かった!
✳︎
【ガラガラ!】
「うおーい!沙織!どういうこっちゃ!」
扉を開けて早々に、俺は大きく声を上げた!
沙織はいつもの定位置ですこし驚いたようにしていたが、
すぐに立ち上がり、負けじと声を張り上げる!
「そ、それはこっちのセリフです!
どういうことですか!」
「沙織!お、おまえ」
「タケシくん!あ、あなた」
「理系を選択したんじゃなかったのか!?」
「文系を選択したんじゃなかったの!?」
「え?」
「え?」
ん?ど、どういうこと…?
・・・
・・
・
……数分後。
すれ違いの正体が判明する。
俺たちはどうやら、昨日の一晩の間に、
お互いに文系理系の選択を
変えるという決断に至ったことが判明したのだ。
「……」
「……」
さて、どうしようかな…。
「あー……。沙織はなんで急に文系に変えたんだ?」
「それならタケシくんこそ
なんで理系に変えたんですか?」
「それは……あー……」
沙織が理系を選んだから俺も理系にした、
なんて恥ずかしくて言えるわけがない……っ!!
「そ、そういう沙織はなんで文系に変えたんだよ?」
「そ、それは……えーっと……」
なんともむず痒い時間が流れる。
(……いや、ダメだなこういうの。)
誤魔化すのはやめよう。
こういうことはちゃんと口に出そう。
俺たちは初めからちゃんと、
話し合うべきだったのだ。
口ごもる"沙織"にむけて、
俺はしっかりと言葉にする。
「……沙織と、」
「う、うん」
「沙織と……また同じクラスになりたかったから…」
「え…?」
「沙織と一緒にいたかったから、
俺は文系をやめて、沙織と同じ理系にしたよ」
「………っっっっ」
沙織はガバリと顔を背ける。
が、すぐに言葉が返ってくる。
「わ、わたしもタケシくんと同じにしたかったから、
文系に、か、変えましたたた」
「そ、そうか!」
「は、はい」
な、なんだろうこの気持ちは。なんだろう。
むず痒いんだけれど、どこか心地よくて…。
昨日一人で悶々と
考え込んでいたことが嘘のように
一気に気持ちが晴れやかになっていく。
彼女も俺と同じように考えて、
同じように行動してくれたことがたまらなく嬉しい。
この喜びをありのまま伝えようかとも思ったが、
そこまでする勇気は流石に出なかった。
「あ、あははは」
「ははは…」
そうして俺たちは、
照れあいながら向かい合い、
二人して笑っていた。
そのあと、諸々を話し合った結果、
二人で「文系」を選ぶことにした。
「理系にこだわりあったみたいだけどいいのか?」
と聞くと、
「問題ないです。
ムーに触発されて、選んだだけなので」
とあっけらかんと答えた。
き、きのう爛々とした目で月刊ムーを見せてきた
彼女は一体どこにいったのだろう……?!
「まぁ、わたし数学普通に苦手ですしね…。
赤点ギリギリレベルなので……」
と割と真っ当な意見が返ってきたのであった。