第3話 「無人島に何かひとつだけ持って行くなら何にする?」
20190814 誤字修正
「そろそろ夏休みですね」
「そうだなぁ」
夏のうだるような暑さの中、
今日も俺たちはダラダラ部室で過ごしていた。
「あー……暑いなぁ……」
冷たい机に頬をあてながら
すっかり俺はだらけきっている。
「あついなぁ…」
この部室にはクーラーなんていう文明的なものは
存在しないのだ…。
冷房設備は小さな扇風機が1つ備えてあるだけ。
暑すぎてもう死にそうである…。
「あつい…」
「……」
「あついよー…」
「…あー、もう。
タケシくんさっきからそればっかりですね」
パタリと閉じる本。
女子部員はあきれながらこちらを見た。
「いくら暑いと言っても涼しくなりませんよ?」
「そりゃわかってるけどさぁ…」
「あついあつい言ってるともっと暑くなるだけです。
だからもっと別のことを…」
「さむい!さむいさむいさむいさむい!」
「えっ……えっ?」
「さむいさむいさむい!!」
「ど、どうしたんですか急に?
頭大丈夫ですか……?」
「い、いや……言葉にしたら暑くなるって言うなら、
寒い寒いっていったら涼しくなるかなーって……」
「あぁ…そういう…」
「う、うん」
「……」
「……」
い、いたたまれない空気が流れる。
やめてっ!俺が滑ったみたいな空気やめてっ!
なんかやってて急に恥ずかしくなってきた。何やってんだ俺。
別種のひんやりとした感覚に襲われている俺を、
女子部員はフォローするように相槌を打ってくれる。
「……涼しくなりました?」
「なったなった。沙織もやってごらん」
「さむいさむいさむい」
「涼しくなった?」
「………なりました」
……あぁ、なんて頭の悪い会話なのだろう。
もう手遅れなのかもしれない……。
そんなことを思いながら、
改めて彼女を見てみる。
その顔には汗ひとつ浮かんでいない。
どこか涼しげな様子である。
よく女と男は感じる温度差が違うというが、
は暑くないのだろうか?
「沙織は暑くないのか?」
「それほど暑くはないですね」
「そうかそうか…」
そんな会話をしている最中、
フラリと俺は立ち上がる。
さながらゾンビの行進。ノッタリノッタリ歩き出し、
扇風機の側へと近寄った。
・・・
・・
・
【ゴーーーー………】
このクソ暑い気温の中を、
真面目に働き続ける扇風機。
首をイヤンイヤンと振る扇風機の首元に
そっと手を伸ばして、ポチりと押してやる。
【カチリ】
俺は満足げに1つ頷く。
それから再び席に戻って携帯ゲームを再開した。
今の俺は、前よりは幾分か
快適そうな顔をしていることだろう。
「なっ……?!」
そんな俺を、まるで親を殺した仇を
見つめるような眼差しで女子部員は見つめていた。
「い、今一体なにをしましたか…?!」
「ん?なにがってなによ。」
「なんで首振り機能オフにしたんですか今…!?」
「暑くないって言うから
風いらないのかなー、って思って」
「あ、暑くないとは言ってないです!
"それほど暑くない"って言ったんです!」
「それは違う意味なの……?」
「違うんですっ。とにかく首振り戻してください!」
「そうか…すまんかったなぁ…」
……と、口では言うものの
俺は一向に立ち上がらない。
グダリと椅子に座ったままである。
「すまん……俺にはもはや
立ち上がる気力もないみたいだ…。
やるなら自分でやってくれぇ……」
「えーーー」
「すまんしか言えない…後は任せた…」
「タケシくんがやったことなんだから
自分で直してくださいよー……」
……と言いつつも、女子部員はすぐに立ち上がって
自分で扇風機を直しに行く。
なんやかんや言っていたが、
彼女も普通に暑いのだろう。
「お前も普通に暑がってるじゃねーか…」
「うるさいです」
そうして女子部員は扇風機の首元の
スイッチを押して窓側の彼女の定位置に戻ってくる……
戻ってくるその寸前、
さりげなく扇風機の首を窓側にグイッと
回転させてから、席に戻ってきた。
「あれ?いま首の向き変えた?」
「ふぅ、快適です」
「あれ?いま首の向き変えた?」(二度目)
「変えてませんよ?」
「そうか」
……。
「いや、やっぱり変えてないか?」
「変えてませんて」
「……おかしいな」
「どうしました?」
「気のせいか、扇風機が
俺の方を向いてくれなくなった気がする」
「嫌われるようなことをしたんじゃないですか?」
「してないと思う」
「男の人はデリカシーがないですからね…。
胸に手を当ててよく考え直してみてください」
「……」
素直に胸に手を当ててみる。
「してないと思うんだけどなぁ…」
・・・
・・
・
「無人島に何かひとつだけ持って行くなら何にします?」
「……いきなりだな」
「私なら扇風機ですね。」
「扇風機て、お前……」
無人島に扇風機…?
こいつ暑さで頭がおかしくなったのか?
俺は思わずツッコミを入れる。
「エアコンの方が涼しいだろ。エアコン一択だわ」
「たしかに…。
あ、でも私、エアコンの風ダメなんですよね。」
「あー、そういう体質の人いるよね。
じゃあサーキュレーターにしようか」
「なんですか?それ」
「なんか自然な風を作ってくれるらしい」
「へー」
"いや、電気ないんだから
無人島に家電持っていっても意味なくね?"
と突っ込む者は誰もいない。
「……サーキュレーター、欲しいなぁ。」
「……欲しいですねぇ」
うだるような暑さの中、
そんな会話を延々寝ぼけたように
繰り替える俺たちなのであった……。