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第2話 「バイキンマンとアンパンマンどっちがつよいと思う?」

20190813 名前の誤字修正

「バイキンマンとアンパンマンどっちがつよいと思う?」


そんな事を、この部唯一の女子部員に尋ねてみる。


ペラリ。

夕日さす放課後の部室。

女子部員はパイプ椅子に腰掛けたまま、

俺に一瞥もくれずに本のページをめくる。


「そんなの議論するまでもありません」

「だよな」


そりゃそうか。

このテーマは流石に議論するまでもなかった。

初めから結論が出ている議題だった。


示し合わせたわけでもなく、

俺たちは声を合わせてハモるように主張する。


「言うまでもありません」

「言うまでもないよな」


「バイキンマンがつよいに決まってます」

「アンパンマンがつよいに決まってるよな」


「え?」

「え」


交差する二人の視線。


少しの沈黙。

そして女子部員はパタンと読みかけの本を閉じた。


"しおりを挟まずに本を閉じる"


特に話し合って決めたわけではないが、

それは俺たちの暗黙の合図。

開戦の狼煙は今ここに上ったのだ。



「バイキンマンの方がつよいに決まってます」


「アンパンマンの戦績を見てから物言え」



コホン、と、お上品な咳をついてから、

女子部員はまるで子供を諭すように語りかける。


「菌の恐ろしさをお知りにならないようですね。

炭疽菌、ボツリヌス菌、コレラ菌…。

これらの菌が兵器として何人殺してきたことか。


バイキンマンが本気を出せば、細菌兵器として

アンパンマンはもちろん、町の人々すらも

簡単に亡き者にできるはずです」



「いや、そもそもバイキンマンは種族的には人だ。

バイキン"マン"だからな。マン。

菌を自称してるだけで、あのデカさで

小さな菌を自称するのは無理があるだろ」


「むっ」


「だからその主張は通らない。

バイキンマンは菌を自称してるただの変なおっさんだからな。」


あいつ絶対人間だよ。

手洗っても死なないし。間違いない。


「ちがいます。人じゃありません。

バイキンマンは細菌やウィルスの類です。」


「根拠は?」


「人にあんな触覚はついてません」


「じゃあ、菌には触覚ついてるのか?」


「菌はたくさん種類がありますからね。

触覚のようなものをもつ菌も中にはいるでしょう。


すくなくとも、人間に触覚なんてありません。

あなたのいう様に人間でないことは確かです」


「いや、俺の爺ちゃんにはついてたね。」


「すぐばれる嘘つかないでください。」


……さすがは女子部員。

俺の嘘をすぐに見破った。

だが俺は、すかさずカウンターの一撃を飛ばす。



「でもストレッチマンには生えてるだろ?触覚」


「……ッッ!」



女子部員は動揺するようにガタリと大きくパイプ椅子を鳴らした。

俺は片目を瞑って脚を組み替える。

クールにヒラリと反論した。


「触覚が生えてる生き物は人間じゃない。

逆に、触覚が生えているならバイキンマンだと定義するなら、


お前の言ってることは、子供達の正義の味方、ストレッチマンを

ばい菌だと言ってるようなものなんだぞ?」


……わかっているのか?

そのロジックの危うさを、自分の言ってることの危険性を。


彼女の言ってしまった失言の重大さが伝わるように、

俺はじっくりと女子部員に語りかける。


ストレッチマンは全国の子供の味方。

それを彼女は、ばい菌なんぞと同列にして語ったのだ。


女子部員はすぐにそれを理解する。

女子部員はどこかにいるストレッチマンに

謝罪するように前言を撤回した。


「……撤回します。

触覚が生えていようとも、人間は人間です。

バイキンマンが人間であることを認めましょう。」


女子部員は続ける。



「ただし、ドキンちゃんは人間じゃありません。

彼女は触覚がついていますが、名前に"マン"の文字がありません。


だから、人間ではない。その認識でよろしいですか?」


「了承だ。ドキンちゃんは人間じゃない」



互いに目を見合わせ、合意の首肯。


ディベートとは、定義することから始まる。

互いの前提的な認識がずれていると、議論にならなかったり、

認識合わせに余計な時間を食う事があるのだ。


俺たちは二人三脚のごとく、

認識という名の右足左足を結んでいく。

ようやく足並みはそろった。


それじゃあ議論を再開しよう。


「バイキンマンが人なのだとしても、

細菌をコントロールする力を持ってますよね。」


「あー、かびるんるんか。」


「然りです。

バイキンマンは自分の手足のようにかびるんるんを

コントロールしています。


あれと同じ要領で、イースト菌を操作すれば

パンは作ることができません。

アンパンマンはパンが作れず、ただのアンマンになってしまうことでしょう。」


なるほど。確かに理にかなっているな。

しかし、俺はその理論の"隙間"を見逃さない。

すかさず俺は訂正を走らせる。


「いや、アンマンはおかしい。

それだとコンビニに売ってる餡饅と混同してしまう。

アン"コ"マンに訂正すべきだ。」


女子部員はその途端に、悔しそうに顔を歪める。

『くっ…見逃した…っ』と言わんばかりに、悔しそうに撤回する。


「……撤回します。

アンマンではなくアンコマン、です」


ささやかな勝利の論破。

勝利の愉悦が波となって俺の心を打ち寄せる。


だが議論という物は、なにも喧嘩をしてるわけではないのだ。

互いに意見を交換して、高め合う。

それこそが議論の本質だ。


だから俺は、

彼女のミスをフォローするように、

その主義主張を大きく肯定した。


「だが、たしかにイースト菌を操作されれば、

アンパンマンはアンコマンになってしまうな。

そこについては反論のしようがない」


「然りです。」


しかし肯定したのもつかの間のこと。

俺はすぐさま攻撃に移る。


「だがあえて言おう。

それに何か問題でもあるのか?と」


「……?問題しかありませんよ。

アンパンマンからパンが抜けたら、

きっといつも通りの力が出せなくなるはずです。

大きな戦力の低下が予想されます」


「その根拠は?」


「アンパンチです。

アンパンチがなぜあれほどの威力を発揮できるのか、

考えたことはありますか?


アンパンチの元気百倍な威力は、

アン"パン"チのパンの部分と、

彼の出生に由来する"パン"がかかっているからこそ

生み出されるシナジー効果の賜物です。


本来は無関係な二つの"パン"と"パン"の概念が

結び合うことでうまれるビックバン。


星命の誕生、宇宙誕生の歴史、

だからこそ、アンパンチには

とてつもないエネルギーが生まれるのです。


ただのアンマンでは、シナジー効果はうまれません。

アンパンチも威力半減でしょう。」



女子部員のその理屈に、俺は開いた口が塞がらない。


「な、なるほど……!」


然り!然り!然り!

同意するように俺は激しく首を縦にふる!


「なるほど!なるほどな!

沙織は頭がいいな!勉強になった!ありがとう!」


「い、いえっ!いいんです!

私は普段から本を読むので、その辺りの教養があるんです!」


なるほど。さすがは文学女子だ。

普段本をよく読んでるだけのことはある。知識の厚みが違う。


ただ……。


「……ただ、それでも俺は、

アンコマンの可能性を信じたいんだ。」


それでも俺はアンコマンの可能性を信じ続ける。

アンコマンは潜在的にアンパンマンと同等、

あるいはアンパンマンよりも強いという、

一つの確信が俺にはあった。


「…?珍しいですね。

あなたにしては論理性に欠けた発言に思えます」


「これは理屈なんかじゃないさ。経験の差だ。

お前は、餡子単体での可能性を知らないんだ。」


「餡子単体での可能性、ですか…?

餡子単体で食べたって、甘ったるくて

食べられたものじゃないでしょう?なにをそんなに…」


「……ついてこい。餡子の可能性を見せてやる。」


俺は立ち上がると、女子部員に右手を差し出す。


「い、一体どこへ……?」

「和菓子屋さ。」

「……」


沈黙、そして。


「……い、一緒にですか?これから?」


「あ、うん。……もしかして用事とかあるか?」


「う、ううん!ないです!」


「そうか!それなら…」

「は、はい。行きましょう」


「……」

「……」


いそいそと、俺たちは帰宅の準備をする。


「じゃ、じゃあ、行きましょうか!」

「お、おう!行こう!」



・・・・

・・・

・・


そして俺たちは帰路につく。


和菓子屋にて、餡子だけの和菓子を食べながら歩いて帰る。


「餡子単体も捨てたもんじゃないですね」

「だろ?」

とそんな会話をしながら、


俺たちはアンパンマン談義などすっかり忘れて、

二人仲良く並んで帰宅したのであった。


一人で食べる和菓子よりも、いつもより少し甘く感じた。



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