住職と半分死んだ少女
初めて一人でこのお寺に来たのは小学三年生のこと。両親共に教員であるため、春はどうしても忙しい。それでも小さな頃は、毎年叔父の命日である今日に一緒にお墓参りに来ていた。
大丈夫、一人で行ける。一人で行かせて。
両親にそう伝えてからは一人で来ている。
それは、忙しい両親の手を煩わせたくなかったのか。
それとも、自分のせいで死んでしまった叔父を一人で悼みたかったのか。
カラン、と手桶の中の柄杓が音を立てる。
お寺の裏手の墓場もところどころに桜が存在感を示すように花びらを散らす。
墓を掃除して花を飾り、手を合わせる。儀式的で形式的なお墓参りを済ませる。
何を祈ればいいのか分からない。
私は静かに謝罪するしかないのだろう。
命を賭して助けてくれたこと。
しかし、感謝は許されない。
謝罪が相応しいのだろう。
「ままならないなあ」
立ち上がり振り返るとそこにはこのお寺の住職がいた。
「去年のお盆以来ですのう。半分死んだ少女よ」
この老齢の住職は私の名前を覚える気が無いようだ。
事故に遭って間もなく納骨式に来たときから「半分死んだ少女」と語りかけられる。さすがにあの時は両親が真っ青になっていた。
「お久しぶりです、住職」
「あはれ花びらの風情ですなあ。髪に桜がついとりますよ」
「三好達治ですか?」
「これはこれは幼いのによくご存知で」
昔から外で遊ぶよりも家で本を読んでいるのが好きだった。父親は国語の教師であり、自宅の蔵書は一般家庭よりも多かった。
「はてさて、半分死んだ少女よ。時に幾つにあらせられる?」
「15です」
「おや?おかしいなあ。ああ、数え年を問うていたのですよ。年を取ると固定観念というのがありましてな。自分の常識が他人にとっても当たり前という前提で話を進めてしまうからいけませんな」
あと話が長くなるのもいけませんな、と坊主頭を叩きながら哄笑する。
「まあまあついて来なさい」
そう言って住職は本堂に向かってしまった。
私は、一瞬、躊躇ってしまった。
それは動物的本能なのか。
この一歩を踏み出し、彼についていくと、今までの日常には戻れない。
この一歩が全てを変えてしまう。
そんな気がした。
しかし、私は力無く頼りない一歩を踏み出し、住職の背を追ったのだった。