【雪原の邂逅】
「……ダメだ。こっちの集落も全滅だったよ」
荒涼とした平原に声が響く。騎鳥に乗り、複数人数で移動する彼らは放浪民族だった。
全員がオリーブ色の肌をヤギ毛のマントで覆い、風除け布で顔を隠している。見えているのは、その琥珀色の目元だけだった。
「襲撃の話をもっと早く聞いていれば、助けられたかもしれないのに」
明らかな落胆を見せる女性に、男が肩を竦めた。
「過ぎた事を言っても仕方ない……もうじき吹雪になる、こんな平原のど真ん中にいたら死んじまうからな、さっきの森まで引き返すぞ」
「……。あぁ」
彼らが目配せと共に、騎鳥の向きを変えようとした──その時だった。
『ァォオオーン……』
遠くから響く、狼の遠吠え。獰猛な隣人の存在を察して、全員の動きが凍り付いた。
『ォオォーン、アォオォーン……』
だが、聞こえてくる遠吠えは一体分のみ。いつまで経っても応える声はなく、震える遠吠えも幼く、やたらと頼りない。
「──子狼が親とはぐれたかね。かわいそうに」
いくら狼でも、子供が平原の吹雪を生き残るのは難しいだろう。哀れな子狼の遠吠えに背を向け、彼らは歩き出した。
「……」
そんな中、ひとりの女が怪訝そうに風除けの布を顔から外す。
露わになった耳で、響き続ける遠吠えに耳を澄ませ──次の瞬間、騎鳥を走らせた。
「違う、あれは狼の声じゃない!」
「お、おい⁈ 危ねぇぞエラ!」
「すぐ戻るさ、皆は先に森まで戻ってて!」
枯れ草の道を、遠吠えが聞こえた方向に駆けていく。重い灰色が積もった空は雪をたたえ、すでに降り始めている。
吹雪になる前には戻らなくては──焦燥に駆られながら駆けた彼女は、やがてその存在に辿り着いた。
『アァアー……あぁ……』
雪上にうずくまる、白銀のかたまり。それは狼ではなく、子供だった。
ただし、その耳は獣のように尖り、瞳は赤く、鋭い牙が口元からのぞいている。おそらくは雄──いや、少年だ。
「妖獣……」
彼女が驚き呟くと、妖獣の少年はハッとこちらを振り向いた。
人の声ではない唸り声を上げる、その子の片腕には小さな毛皮のおくるみが抱かれている。
……すすで汚れたそのおくるみからは、小さな手が力無くぶら下がっていた。
「……他の家族は、いないのかい?」
『ゥウウ……!』
「あたしはエラ。あんた、私の言葉が分かるかい?」
『ガゥルル……』
「あんた、怪我をしてるだろう。もうじき吹雪も来る。こんな所にいたら、いくらあんた達でも保たないんじゃないのかい?」
『…………』
騎鳥を降り、ゆっくり近付く。
妖獣の少年は後ずさりするものの、逃げはしなかった。
その子の足には、銃創がある。帝国謹製の『銀の弾丸』とやらを撃ち込まれて、回復ができないのだろう。
「何もしないから、あたしとおいで。あたしとあたしの仲間はね、あんたみたいのを助けて回ってんだよ」
『…………』
無言でこちらを見据える妖獣。自分を信用するつもりなのではなく、近付いた瞬間に指先を食い千切るつもりで構えているのだ。
彼女はそれ以上近付くのをやめて、膝をついた。予想外の動きに耳を揺らす妖獣に微笑み、ぶら下がっている小さな手を指差す。
「その子の事も……休ませてあげないとね」
静かな言葉が、雪に溶けた。
枯れ草の広がる荒涼とした大地に、息を飲む音が小さく響く。
『……ッ』
やがて、妖獣の目に涙が浮かんだ。言葉が通じているかは分からないが、何を言われているかは理解したのだろう。
人間の子供と何ら変わらない表情に眉を歪めながら、彼女は穏やかに言葉を続けた。
「エラ。エリエラ。こっちは、フィフィだ」
自分と騎鳥を順に指差しながら名乗り、妖獣の胸を指差す。
「あんたの名前は?」
『ナマ……名前』
妖獣の口から出てきた、人語の響きに目を見開く。
少年は言葉を使うのが久しぶりだとでも言うように、ゆっくりと区切りながら言葉を続けた。
『名前。僕ノ、名前ハ……』
◇◇◇
夢と現の境界迷宮Ⅰ 箱庭の街 完




