表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/45

【雪原の邂逅】

 


「……ダメだ。こっちの集落も全滅だったよ」


 荒涼とした平原に声が響く。騎鳥に乗り、複数人数で移動する彼らは放浪(アーク)民族だった。

 全員がオリーブ色の肌をヤギ毛のマントで覆い、風除け布で顔を隠している。見えているのは、その琥珀色の目元だけだった。


「襲撃の話をもっと早く聞いていれば、助けられたかもしれないのに」


 明らかな落胆を見せる女性に、男が肩を竦めた。


「過ぎた事を言っても仕方ない……もうじき吹雪になる、こんな平原のど真ん中にいたら死んじまうからな、さっきの森まで引き返すぞ」


「……。あぁ」


 彼らが目配せと共に、騎鳥の向きを変えようとした──その時だった。


『ァォオオーン……』


 遠くから響く、狼の遠吠え。獰猛な隣人の存在を察して、全員の動きが凍り付いた。


『ォオォーン、アォオォーン……』


 だが、聞こえてくる遠吠えは一体分のみ。いつまで経っても応える声はなく、震える遠吠えも幼く、やたらと頼りない。


「──子狼が親とはぐれたかね。かわいそうに」


 いくら狼でも、子供が平原の吹雪を生き残るのは難しいだろう。哀れな子狼の遠吠えに背を向け、彼らは歩き出した。


「……」


 そんな中、ひとりの女が怪訝そうに風除けの布を顔から外す。

 露わになった耳で、響き続ける遠吠えに耳を澄ませ──次の瞬間、騎鳥を走らせた。


「違う、あれは狼の声じゃない!」


「お、おい⁈ 危ねぇぞエラ!」


「すぐ戻るさ、皆は先に森まで戻ってて!」


 枯れ草の道を、遠吠えが聞こえた方向に駆けていく。重い灰色が積もった空は雪をたたえ、すでに降り始めている。

 吹雪になる前には戻らなくては──焦燥に駆られながら駆けた彼女は、やがてその存在に辿り着いた。


『アァアー……あぁ……』


 雪上にうずくまる、白銀のかたまり。それは狼ではなく、子供だった。

 ただし、その耳は獣のように尖り、瞳は赤く、鋭い牙が口元からのぞいている。おそらくは雄──いや、少年だ。

 

妖獣(フォモル)……」


 彼女が驚き呟くと、妖獣の少年はハッとこちらを振り向いた。

 人の声ではない唸り声を上げる、その子の片腕には小さな毛皮のおくるみ(・・・・)が抱かれている。

 ……すすで汚れたそのおくるみからは、小さな手が力無くぶら下がっていた。


「……他の家族は、いないのかい?」


『ゥウウ……!』


「あたしはエラ。あんた、私の言葉が分かるかい?」


『ガゥルル……』


「あんた、怪我をしてるだろう。もうじき吹雪も来る。こんな所にいたら、いくらあんた達でも保たないんじゃないのかい?」


『…………』


 騎鳥を降り、ゆっくり近付く。

 妖獣の少年は後ずさりするものの、逃げはしなかった。

 その子の足には、銃創がある。帝国謹製の『銀の弾丸』とやらを撃ち込まれて、回復ができないのだろう。


「何もしないから、あたしとおいで。あたしとあたしの仲間はね、あんたみたいのを助けて回ってんだよ」


『…………』


 無言でこちらを見据える妖獣。自分を信用するつもりなのではなく、近付いた瞬間に指先を食い千切るつもりで構えているのだ。

 彼女はそれ以上近付くのをやめて、膝をついた。予想外の動きに耳を揺らす妖獣に微笑み、ぶら下がっている小さな手を指差す。


「その子の事も……休ませてあげないとね」


 静かな言葉が、雪に溶けた。

 枯れ草の広がる荒涼とした大地に、息を飲む音が小さく響く。


『……ッ』


 やがて、妖獣の目に涙が浮かんだ。言葉が通じているかは分からないが、何を言われているかは理解したのだろう。

 人間の子供と何ら変わらない表情に眉を歪めながら、彼女は穏やかに言葉を続けた。


「エラ。エリエラ。こっちは、フィフィだ」


 自分と騎鳥を順に指差しながら名乗り、妖獣の胸を指差す。

 

「あんたの名前は?」


『ナマ……名前』


 妖獣の口から出てきた、人語の響きに目を見開く。

 少年は言葉を使うのが久しぶりだとでも言うように、ゆっくりと区切りながら言葉を続けた。


『名前。僕ノ、名前ハ……』

 



◇◇◇

 



 夢と現の境界迷宮Ⅰ 箱庭の街 完

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ