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【ようこそ、箱庭の街へ】



「オードラン先生。そろそろオフェロス交易市場に着きますよ」


 御者に声をかけられ、エリックは顔を上げた。


「何を見ておられたんで? おや、珍しい。転写画録じゃないですか」


 御者が覗き込んできたのは、紫苑やイリス、ジェシカやクリームと撮影した転写画録。風景を特殊な紙に焼き付けるという、新技術の賜物だ。


「あぁ。去年の春、私の教え子たちと撮ったんだ。

 売り込みに来た業者に推されたというのもあるが、風景を転写する技術そのものが興味深くてね」


「そういう理由を付けておかないと、女の子は記録を付けてくれなくなるんでしょう? 年頃の女の子は複雑ですからねぇ」


「はは、貴方の言うことも否定できないな」


 苦笑を返し、茶色い紙に視線を落とす。そこには紫苑とイリスの、はにかんだ笑顔がしっかり記録されている。一年位しか出せない初々しさだ。


「この子たちも、もう先輩になったのか。時が経つのは早いものだな。今年の入学式も立ち会いたかったものだが……」


「入学式ですか。話に聞いた事はありますが、どんな事をやるんで?」


「まずは上学年が歓迎の歌で新学徒を迎え入れる。

 その次に、学院長が学徒となった新入生ひとりひとりの名を呼び……まぁ、式の進行自体はそう賑やかなものでもないが」


 眩しい講堂の照明。二重、三重に響き合う聖歌。

 澄ました教師の言葉に、名前を呼ばれて、ひっくり返った声を張り上げる新入生たち。

 何度見ても飽きない光景を言葉に連ね、エリックは目を細めた。


「あぁ。それから式の最後には、三年位の代表が新入生に祝いの言葉を送るのだ。彼女の勇姿は、拝んでおきたかったな」




『それでは三年位代表、前へ』


 教頭の言葉に応え、舞台に響く明快な足音。

 照明の中で輝くはちみつ色の髪を見て、紫苑は目を細めた。


「わ、何あの人。歩き方めっちゃキビキビしてる」

「俺あの人知ってる! 確かあれだろ、冒険者から学徒になって、しかも飛び級したとかいう」

「む、胸やべー……」


 ざわつく一位生を構う事はなく、イリスは舞台に据えられた拡声器の位置を調整する。

 彼女が眼下を見据えると、自然とうわさ話の波は引いていった。


『……新入生の皆さん、こんにちは。三年位代表、イリス・デューラーです』


 沈黙にナイフを入れるように、彼女は淡々と話し始めた。


『教会から離反した学者たちが、小さな村で発見された遺跡を調査し始めた。それがこの学院の起源。

 学院として正式に建立された直後は、純血のイウロ人貴族のみが入学を許されていたそうですが……こうして貴方達の前に立っている私は、貴族でも純血(・・)でもない』


 金髪に混ざった白銀のひとふさが、氷の結晶のようにきらきらと輝く。

 あなたの周囲にも、その条件に当てはまらない人はきっといるはずだと言葉を続けて、イリスは息を吸い込んだ。


『……私たちは、変革の時代に生まれました』




「私の教え子達は、変革の時代に生まれた」


 空を見上げながら、エリックは呟いた。


「教会から、正反対の思想を持つ学院が生まれ。魔法が科学技術となり、貴族と平民が机を並べる。

 髪の色や、肌の色が異なる人々の間でも、少しずつだが交流が生まれ始めた」




『それはつまり、思想が違う者同士の衝突が起こるという事をも意味しています』


 イリスは、森の木漏れ日が揺れる瞳を伏せた。


『あなた達は、正反対の意見を持つ相手の言い分を、全て受け入れる必要はない。それは……私たち人間には、とても難しい事だから』


 でも、と。イリスは顔を上げる。


『私達は互いを理解し、隣人の存在を許せるようにはなっておかなくてはなりません』


 私たちは、理解できないモノを見たとき、相手の、あるいは自分達の血が絶えるまで争う事をやめない。

 そんな事を続けていては、焼け野原になり、塩をまかれた大地だけが帝国の領土に荒涼と広がる事になる。彼女は淡々と事実を連ねる。


『私は、そういう場所を知っている。互いを滅ぼしあって、何もなくなった寂れた大地……あの荒涼とした景色を、私は何年も忘れられない。

 内戦が激化している今、あなた達の故郷がそうならないという保証もない。

 こうしている間にも、誰かの帰る故郷が一つくらいはなくなっているかもしれない』


 淡々とした先輩の語り口に、新入生たちはざわめく。故郷の治安に心当たりがある学徒もいるようで、不安そうにうつむいていた。

 イリスはそんな新入生を見据えて、告げた。


『……だから私達は、学ぶ必要がある』




「彼らは、あの場所で学ぶ必要がある」


 エリックは言った。


「教科書に書いてある事だけではない。偉大な先達や、髪色の違う友人との付き合い方、気に食わない学友との喧嘩のやり方まで……全てを貪欲に」


 荷馬車が揺れる。砂煙を眼鏡に映しながら、エリックは穏やかに言葉を紡いだ。


「先達の知恵や、友達の支えは、きっと彼らが未知に立ち向かう為の力になってくれるだろう。だが……」




『全てを貪欲に学ぶ事を認めない人たちも、この帝国には存在している。都合が悪い思想は全部ぶっ潰そうって連中だって、腐る程いるわ』


 いつも通りの乱暴な、しかし力強い口調に戻りつつ、イリスは言葉を練り上げる。だが、彼女の口調を注意する教師はいなかった。


『この学院都市は、そういう連中からあんた達の自由な思想を守り、支えてくれる。その為の壁を築いた、箱庭の街なの。

 でも、大人たちが築いた箱庭を窮屈に感じたのなら……ぶっ壊す勢いで、体当たりしてみなさい。

 あんた達の抱いた信念が、先達の予想を上回るものであったなら。知識も力も豊富な先達たちが、あんた達の望む未来を、一緒に叶えてくれるかもしれないわよ』


 にやりと笑って、イリスは机を叩いた。力強い音の反響が、講堂に反響する。


『改めまして、入学おめでとう。ようこそ我らがチチェリット学院都市へ。そして──』




「──新学期おめでとう。紫苑くん、イリスくん」


 砂煙の舞う空に、二羽の鷹が飛んでいる。

 彼らが空を舞う姿は誇り高く、堂々としていて……広い、道標のない世界を一直線に舞い上がる。

 小さくなっていく後ろ姿を見送ったエリックは、蒼穹の眩しさに目を細めた。


「君たち学徒にとって、今年がより良い一年になりますように」


 

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