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【選択の結果】


(教会の連中は、一体何を企んでいる?)


 エリックは黒ローブの死体を飛び越えながら、白く凍った息をついた。


(連中が執着していたのは、我々からイリスくんの身柄を取り返す事だったはずだ。

 それが叶わないなら処分してしまおう、といった思考の変化だけなら、理解できないでもない)


 だが実際は紫苑を攫い、イリスを執拗に殺そうとしている。

 なぜ教会は、イリスではなく紫苑を攫い、しかも出口が一つしかないこの迷宮に逃げ込んだのか。


(……。落ち着け、ひとつずつ考えろ)


 まず連中が、紫苑くんを攫った動機からだ──エリックは戦闘で焼き切れそうな脳に鞭打ち、思考を回した。


(私への当てつけ……ではないな。父親(ケイン)の研究の事で、紫苑くんを異端と判断したか?

 いや、しかし学院と事を荒立てるほどの危険を冒して攫う理由にはなるまい。たかが子ども一人、その場で処分してしまえば良かったのだ)


 そもそも教会は、イウロ人と他人種の混血を嫌う。朔弥人の容姿を色濃く反映した彼女に、何の価値があると言うのだろう?

 そんなエリックの思考を、チリンという小さな鈴の音が遮った。

 部屋の扉を破りかねない勢いだった紫苑から取り上げていた術式媒介──銀の鈴だ。


「……。しまったな」


 確かこの鈴は、紫苑の母が残した形見だったはずだ。無くしたりなどしたら、完全に紫苑の信頼を失ってしまう。

 そんな事を考えながらエリックは身をかがめた。雪上できらめく鈴に指先を伸ばし──触れる瞬間で、目を見開く。


「まさか教会の連中……あの子の血筋(・・)に、目を付けたのか?」


 もしそうだとしたら──その先の思考を続ける暇は与えられなかった。



『ガァアアァアアーッ⁈』



 不気味なほど静寂だった雪原に響く咆哮。エリックは即座に声の方角へと走り出した。


 辿り着いたのは崖上の雪原。学院が調査団を派遣する予定でいた、古の遺跡が惨劇の舞台だった。


「何だ、これは……」


 あちこちに転がっている死体は、ほとんどがひしゃげて原型を留めていなかった。

 むせ返る血と排泄物のにおいに、吐き気が押し寄せてくる。


 石の祭壇を中心に、何らかの方陣が描かれていたという事は判別できるが、赤い絵の具に上書きされて全容は把握できない。

 しかし、その中央に据えられているものは明らかだ。己の養い子と、怪しげに輝く赤い宝玉。そのふたつだ。


 エリックの意識は最初、方陣を解読する方に向きかけた。しかし状況がそれを許さない。

 銀色の石傀儡、その腕に捉われたイリスが、獣のような唸り声を上げながら暴れている。

 傀儡の締め上げる力が強くなり、少女の顔色は徐々に蒼くなっていく。


「やめて、やめてくださいっ!」


 紫苑が術師と思しき女にすがりつくが、星沁の壁で簡単に跳ね飛ばされる。石傀儡は、自律して動いているようだ。


 エリックは全てを見回し……銃口の向きを、定めた。


(何をする気か知らないが、思惑通りにさせてやる義理はない)


 エリックが狙撃したのは、祭壇に据えられた赤い宝玉。

 甲高い破砕音が響き、術師の女性は驚愕の表情で振り返った。


「なっ……⁈」


 動揺の隙をついて、さらにもう一発。

 次に狙ったのは、イリスを掴んでいる石傀儡の腕だ。


(あの女、相当のやり手だ。ただ狙撃するだけでは、星沁防護壁に防がれてしまう)


 だが、石傀儡(ゴーレム)の方なら。

 エリックが放った銃弾は、狙い通り傀儡の肩に命中した。



◇◇◇



「……?」


 それは、小さな弾痕だった。巨大な身体を持つ石傀儡には、致命傷になるはずのない小さな穴。

 『単純な物理攻撃であったが故に、銀聖石の装甲を貫通した』という発想自体は悪くないが……ディアナが怪訝そうに傀儡を振り仰いだ、その瞬間だった。


「なっ……⁈」


 傀儡の腕を光の回路が遡り、直後、イリスを掴んだ腕が岩塊となって転がり落ちた。

 慌てて腕の再接続を試みるが、繋がらない。切り離された腕は、回路が存在しない石くれに変貌していたのだ。

 

「……。慰霊塔の森に、傀儡を放ったのは君だね」


 岩の下敷きになったイリスは、重量から逃れようともがいている。銀聖石の星沁相殺効果という術式面、そして物理的な重量が、妖獣の力を上回っているのだ。

 ひとまずイリスが無力化されていることを確認したディアナは、声の主を振り仰いだ。


「あの傀儡が自爆(・・)する前に、少し回路を確認する事ができてね。先ほどの銃弾を基点に、逆算(・・)させてもらったんだ。

 美しい歌のような術式だったが、構築式そのものは非常に単純だった……もっと論理的かつ、複雑な構造にしておいた方が良かったのではないかな」


 そうすれば一瞬で崩されるようなこともなかっただろうに、と、崖上に立つ彼は言った。

 革のコートを翻し、緑玉色の瞳を冷然と光らせた男。


「エリック・オードラン……!」


 仮面の下で歯ぎしりしたディアナに、エリックは不敵に笑ってみせた。


「物語の重要人物というのは、遅れて登場するものだ。そうだろう?」


 不遜な言葉と同時に、エリックは跳躍した。


「──っ!」


 着地、そして突撃。緑の燐光を纏いながら突き出された銃剣を、ディアナは直前で回避した。

 切り裂かれた髪は風にもぎとられ、吹雪に巻き上げられる。


「私の養い子に何をする気だったかは知らないが、『基点』は潰させてもらった……後は君たちを捕らえるだけだな」


 まるで茶を飲みながら話しているかのような、気軽な言葉。

 しかし怒涛の攻撃は止まらない。


「く……ぅう!」


 三度に渡る『器』替えに、とっておきの傀儡の発動。ほとんど残っていない力を振り絞って、ディアナは攻撃を弾き返した。


 力を相殺したふたりは雪上を滑り、十歩分の距離を置いて停止する。攻撃の間合いを計りながら、ディアナはエリックを観察した。


 迷いのない、まっすぐな瞳をした男だと思った。今も石の腕から抜け出せず、めちゃくちゃに暴れるイリスを見る目にも、迷いはない。


「……学院(あなた)たちは、この状態の彼女を生かし続ける事が正しいと、どうして思えるの」


 だからディアナは、斬り結びながら訊ねた。


「あの子を見れば分かるでしょう。手遅れの体。蝕まれた心……あの子の身体は生きているけど、心は既に手遅れなところまで来ている」


 それは時間稼ぎでもあり、純粋な疑問でもあった。

 密かに動き出した上司の動きをエリックに気取られないよう、己に視線を釘付けにさせる。


「私は……せめてあの子が、人としての尊厳を保っていられる間に、楽にしてあげるべきだと思う。あなた達は、そう思わないの?」


 石傀儡を呼び寄せる。石傀儡は背後から地面を揺らし、エリックを蹴り上げるべく足を引く。


「──それでもあの子は、あがいてきた」


 エリックは傀儡を見もせず発砲した。動きを止める傀儡に穿たれた穴の位置は……胸の、中央だ。


「幸せになれる場所を、答えを探して、必死にあがき続けてきたんだ」


 結末は先ほどと同じ。

 光の回路に捉われた傀儡は、音を立てて崩れ落ちた。


「何が呪いに、何が救いに為るのか。それは他人が決めることではない……あの子自身が、決める事なのだ」


 短剣が弾き返される。無防備になった脇腹に銃身が打ち据えられ、ディアナは咳き込んだ。


「それにここは、学院都市だよ。己の道を探して、子供達が未知に挑む場所だ。

 教師である私が、教え子の歩みを絶えさせる訳にはいかない……君たちにも、邪魔をさせる訳にはいかないのだよ」


「……それが、あなた達の答えなのね」


「ああ」


 修道女との奇妙なやり取りを経て、術式発動。

 手加減無しの麻痺術式を撃ち込まれたディアナの身体は、今度こそ雪原に膝を突いた。


「……っ」


 悠長にしている暇はない。エリックは即座に背後を振り返った。

 エリックが祭壇付近を射程に捉えた時、それは仮面の男がイリスに剣を振り下ろそうとしている所だった。エリックの素早い狙撃で仮面が砕かれ、その素顔は露わになる。

 ──間違いなく、監査に来ていた審問官本人だ。事件の首謀者であり証人、教会からの使者であり交渉材料……彼は、何としても生かして捕らえなければならない。


「すぐに風紀隊からの増援が来る。降伏しておいた方が身のためだぞ、審問官殿」


「……っ!」


 学院と教会の代表者たちは、交渉のカードを切る為に全力で頭を回転させる。

 しかし、そういった大人の事情は、子供には関係ないようだった。エリックは小さな影が這いずりながら、崖縁に逃げ延びた審問官と護衛に迫るのを目撃する。

 その正体は、足の先が消失し、腕だけで這いずって移動するイリスだった。星沁の供給が止まり沈黙した石傀儡、その切り落とされた腕の中には──半ば潰れた足が、落ちていた。


(まさか……自分の足を、噛み千切って抜けたのか)


 エリックが戦慄する間にも、イリスの足はゆっくりと再生する。しかし、今までに比べると明らかにその再生速度が遅かった。

 いくら人外の回復力を得ていると言っても、彼女はまだ子供だ。確実に体力の限界は近い。


(これ以上の怪我を負えば、あの子は再生限界を超えて死んでしまうかもしれない)


 どうすればいい。あの子をどう無力化する。麻痺術式が効く状態なのか……エリックの逡巡をよそに、イリスは審問官に襲い掛かろうとする。


「やめろイリスくん、その男を殺してはならない!」


 彼女がエリックの声を、聞く様子はない。イリスの腕から審問官をかばった護衛は、崖下に絶叫を残して墜落する。

 後ずさりする審問官、迫るイリス──


「……っ!」


 やむを得ず、エリックは弾を放った。銃弾はイリスの鼻先を通過し、彼女の注意はこちらに逸れる。


「イリスくん。もう、良いだろう。君が守りたかった人たちは無事だ」


 紅の惨劇を長靴でかき分けながら、エリックはゆっくり歩を進めた。


「一緒に帰ろう。学院に……私たちの街へ、帰ろう」


 エリックの言葉に、イリスは拒絶の吠え声で応じた。

 死に際の獣が発する、全力の殺意。エリックは対峙した相手と体格差があるにも関わらず、頬がこわばり、足がすくむのを感じた。


(……撃つしか、ないのか)


 彼女の身体に手加減できるだけの余裕はこちらにもない。最大出力の麻痺術式を撃ち込むしかないが、彼女の心臓が止まらない保証はない。

 完全追尾術式が銃弾内の媒介石に書き込まれる無機質な音を聞きながら、エリックは泣いていた助手の事を思い出した。


(すまない、ジェシカくん)


 私は君に、こんなつらい選択を押し付けてしまったのだね。心の中のつぶやきは、装填(チャージ)完了の通知音にかき消される。


「……すまない」


 銃口が光を噴いた。腕を振り上げ飛び出した。

 捕縛と麻痺術式を組み込んだ銃弾は、間違いなく少女の肩に命中した──しかし。


「ガァアアァアアァアアァアアッ!」


 止まらない。エリック全力の出力に耐えた理由は、彼女が最後の理性で懐にしまい込んでいた星夜術刀。

 エリックが使用者の為を思って組み込んだ『星沁防御機構』が、術式の威力を緩和してしまったのだ。


「──っ!」


 体勢を崩したエリックの、時の流れが緩慢になった。黒々とした爪が、銃を殴り落とす。即座に後退しようとしたエリックに対して爪が、牙が、己の星沁防壁を突き破りながら突貫する──


「──エ、リ、」


 名前を呼ぼうとした唇が、顔面から分離する。斜めに切り上げられた腕は眼窩へと向かい、眼鏡を吹き飛ばしながら脳をどろどろの液体に変えて──


「だめぇえええぇえぇえええっ!」


 そんなエリックの『幻想』を破ったのは、少女の金切り声だった。飛び込んできた小柄な影がエリックを押し倒し、エリックは大きくよろける。

 そのはずみで転がり落ちた鈴が、持ち主が来たことを喜ぶように、チリンと澄んだ音色を奏でた。


「紫苑く──」


 言葉は続かない。エリックに降り注ぐはずだった災禍は、己を庇った少女の背中に引き継がれた。

 黒く大きな爪に背中をえぐられて、翡翠色の瞳から雫がこぼれる。


「エリックおじさ……、イリ、ちゃ」


 か細い声と鈴の音が、静寂の雪原に響いた。


「ァ……」


 姿勢を崩し尻もちをついたエリック。その上にしなだれかかる紫苑。

 そして、二人を前にしたイリスは、喉から乾いた音をこぼした。


「ァ、アァ、アぁあああ……うあぁああぁああぁああぁああぁああぁああっ!」


 そして、絶叫。獣の慟哭が人語の響きに変わっていくのを、エリックは聞いた。

 

「イリスくん……!」


 エリックは浅く呼吸する紫苑を片手で抱き、イリスの肩を掴もうと手を伸ばした。

 もう少しでその肩に触れる、こちらを見つけて貰える……指先が届きかけた、刹那。


「その身に刻みなさい、エリック・オードラン」


 イリスの腹から突き出る、銀色の刃。弾けた赤い雫が、エリックの頬を汚した。


「ぁ……」


 前に倒れるイリスを、エリックは必死に抱きとめた。赤く広がる染みは止まらない。もう、再生限度を越えてしまったのだ。


「これが、あなたの選択の結果だ」


 ──銀の剣を下げる男の声が、どこか遠くから聞こえた気がした。


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