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【願わくば、その先に】

 

「武器を置けと言ったんだ。聞こえなかったかね」


 張り詰めた声が、森の静寂に吸い込まれた。

 油断なく術式銃を構えながら、エリックは素早く周囲を見回す。


 状況は最悪だった。

 崩れ落ちた慰霊塔、倒れ伏したまま動かない養い子。

 腹部に血の染みをつくった異形の少女に、長スカートから暗器をちらつかせる助手の姿。

 冷ややかで殺伐とした光景は、満月の光に濡れていた。


「ジェシカくん……何故、君が」


 エリックの口からこぼれた言葉は、困惑と絶望だった。


 ジェシカは、エリックにとって心強い助手だった。

 大人の声を拒み、暗がりで震えるばかりだった紫苑に笑顔を取り戻させた。

 自暴自棄な探索を行い、周囲と軋轢を生み出していたイリスを抱きしめ、子供らしい表情を引き出させていった。


 結婚や子育てを経験していないエリックには──学術の為に、そういったものから目を背けて来た男にはなし得ない事を、やり遂げてくれた人物だった。


 それなのに。何がどうして。

 銃口を向ける手が震えそうになるのを、エリックは必死で抑えていた。


「……多分、だけれど」


 ふいに、ジェシカが言葉を落とした。

 肩で荒く息をするイリスを細めた目で見て、静かにつぶやく。


「この子に最初に銃口を向けた時、『私』は今の貴方と同じ事を考えていた」


「──っ!」


「でも今はきっと、この子を楽にしてあげなきゃとも思っている」


「っ……ぐ、ぅ」


 ジェシカに相対していたイリスが、耐えかねたように壁に縋る。不格好に肥大した左腕は力なく地面をこすり、身体をかばう様に放出されていた白銀の星沁も、満月に吸い込まれて消えてしまう。


「生きてさえいれば良いと思うのは、他人の自己満足。本人が苦しんでいるなら、終わらせてあげるのもある種の救済」


 言葉を放とうと必死で口を上下させるイリスを一瞥してから、『ジェシカ』はエリックをにらみ付けた。


「エリック教授。今の貴方は、この子を救いたいんじゃない。手を下して救済する、その覚悟が足らないだけ」


 指揮棒のように上げられた短剣が月光に輝く。静かにそよいだ風がジェシカの髪を揺らし、その横顔を隠した。


「……。私、は」


 エリックは瞳を揺らした。口を開くものの、ジェシカの言葉を否定する言葉が、とっさに出てこない。

 生きているのが身体だけで心が消えてしまったなら、その状態を生きていると言えるのだろうか。

 ジェシカを妨害し、イリスを生き永らえさせようとしているこの行為は、自己満足に過ぎないのではないだろうか。

 少女の命を背負う覚悟をして、刃を向ける勇気を持ったジェシカの方が、自分よりも正しいのではないだろうか。


「……。っ!」


 星沁術式とは心の、意思の写し。エリックの逡巡(しゅんじゅん)は、術式に忠実に反映(・・)され揺らいだ。

 その隙を『ジェシカ』が逃すはずはない。大きく姿勢を変える事はしないものの、静かに目を細め、かかとをほんの少しだけ、地面に沈み込ませる。


 不意打ちによる蹂躙が、始まりかけた時だった。


「……ち、がう」


 半ばうずくまりかけたイリスから、声が漏れた。


「イリスくん……?」


「ちがうのよ、先生。私ね、確かに苦しい。自分が自分じゃなくなっていくのが、怖い。今も、紫苑や先生や、ジェシカを、傷付けてしまうかもって……」


 のどの渇きに耐えるように首元を押さえ、荒く息をしながら、少女は必死で言葉を紡ぐ。


「でも、まだよ。その時は近いのかもしれないけど、まだ、来てはいない」

「私、まだあきらめない」

「私が、私でいられる限り。私が終わる時まで、あがくって、決めたの。だから……ッ!」


 ──信じて。

 願いの言葉を噛み締めて、イリスは反転した。ザッと瓦礫を踏みしめ、腕を引き絞る。黒々としたかぎ爪を向ける先には、目を見開くジェシカ。


「らぁあぁあァァアアアァアッ!」


 人語の響きを忘れた、獣の咆哮。常人には捉えるのが困難であろう、獣の動き。とっさに引きそうになった引き金から、エリックは手を離した。

 イリスの紅く染まった瞳は、彼女がヒトの身から離れつつあることを、如実に表していた。牙を剥く表情も、少女とは思えないほど恐ろしく、人間としての本能が恐怖と嫌悪感で背筋を震わせる。しかし。


「──っ!」


 イリスは直前でこぶしを裏返し、ジェシカの腹を裏拳で打ち据えた。

 巨大な腕にすくい上げられ、持ち上がるジェシカの身体。打ち据えた箇所からこぼれる、銀色の閃光。

 術師であるエリックには、イリスが纏う光が明確な意図を持つ星沁であることが視えていたのだ。


「が、は……」


 質量爆弾と呼ぶべきかたまりに腹部を殴られ、ジェシカの顔が衝撃に歪む。一瞬遅れて、イリスの放った星沁が筋となって這いまわり──


「がはっ! けほ、けほっ⁈」


 ──ジェシカの口から、銀色の光に纏わりつかれたカタマリが吐き出された。


「なっ!」


 エリックが目を見開き反応する前に、そのカタマリをイリスが踏みつぶす。胃液と謎の粘液にまみれたそれは、大きなムカデの形をしていた。


「なんだ、これは……っ⁈ 」


 驚くエリックにかまわず、崩れ落ちたジェシカを軽々と抱えたまま、イリスはムカデを踏み潰し続ける。

 重力とともに銀の星沁を込められ続けたムカデは、無数の歯車を吐き出して沈黙した。


(歯車式の術式道具……ゴーレムの核のようなものか?)


 ムカデが完全に動きを止めたことを確認した直後、イリスはずるりと地面に膝を付けた。しかし、腕に抱えたジェシカのことは、意地でも支え続けている。


「いり、すちゃ……」


 むせながら目を開けたジェシカは、イリスを見上げた。先ほどまでの毅然とした態度は霧散し、声は震えている。手にしていた短剣は指の間をすり抜け、瓦礫の隙間に消えていった。


「イリスちゃん、ごめんなさい。あの時、あなたに、銃を向けたこと……謝らなくちゃって、ずっと、思って、でも、会いに行けなくて」


「分かってる」


 イリスは、ジェシカの手を取った。懐かしい香りを思い出したように顔をゆがめ、ジェシカを抱きしめる。エリックがたまに研究室で見かけていたのとは、逆の構図だった。


「あんたはさっき、私に逃げてと言ってくれた。板挟みの中で、いつも私を想ってくれてた。それだけで十分よ。十分なんだから……」


 エリックの位置からは、うつむいたイリスの髪に隠れて、ジェシカがどんな顔をしているのかを見ることができない。

 しかし、頬を伝う透明なしずくが、月光に照らされて落ちていくのを目撃する。


「ジェシカくん……」


「ジェシカは、操られてただけです。最初はどんな術式なのか分からなかったけど……近付いてみたら、ジェシカの腹の中から、あの女のにおい(・・)がしたから」


「あの女というのは……もしや、教会の〈烏〉の女性か? 以前、君と交戦した」


「……ええ」


 イリスは鼻にしわを寄せたままうなずいた。呼吸は落ち着いてきているが、その声は僅かにくぐもっている。


「先生は、話してて気付かなかったんですね。ジェシカが操られてることに」


 非難を含んだイリスの声に、エリックは言葉を詰まらせた。イリスの言う通り、ジェシカの中身が別人であることに気付いていなかったのだ。


「ジェシカはさ、初対面でやばい人だなって思ったし、変態だけど……違うわよ。あんな事をする奴じゃない。

 先生のほうが付き合い長いんでしょ? ……次からはさ、もっと見ててあげてよ。この人とか紫苑はさ、私みたいな生まれの人間とは違うんだから」


 新参者の自分のせいで、苦労がたくさんあるのは分かってる。余裕がない中で自分に目をかけてくれていて、信頼できるジェシカを頼ったのもわかる。


 けれど、あなたは信頼しすぎた。信頼が重すぎて、この人は折れた。その隙を教会の人間に付け込まれたのだと、イリスは遠回しにエリックに告げる。


 イリスの指摘が図星で、かつ、そのせいで三人の教え子をまとめて失う所だったエリックは、何も言えずにうつむいた。


「……ふたりとも気絶してるだけなんで、街に運んであげてください」


 気まずくなった雰囲気を払うように、イリスはジェシカをエリックに押し付けた。


「ジェシカは一応、検査してもらった方がいいと思うし。私は地下で待ってますから、研究所の人……アルトさんだっけ? あの人呼んできてください。

 張ってもらった結界の効果がまだ残ってるんで影響が弱いですけど、急いで拘束してくれないと、たぶん、例の衝動が来ます。身体の変化も……わりと抑えきれなくなってきてるし」


 ないよりはマシなんだと思いますけど、と言いながら、イリスは近くに転がっていた結界石を胸に抱いた。

 部屋の四方を封じていた結界石は、爆発の影響で砕けたり、罅を生じさせている。

 星沁干渉域を極限まで下げることによって呪いの浸食を抑える、その本来の効力はほとんど残っていないだろう。


「君を一人にするわけにはいかないよ……以前のことがある。伏兵は、まだいるはずだ」


「前とは状況が違います。『存在しない人間』より、学徒を優先してください」


「しかし……」

「先生」


 イリスは、低い声でエリックを遮った。


「人目や人質を気にしながら戦わなくていいなら、私はあの女を余裕で倒せる」


 それは誇張を含まない、淡々とした宣言だった。

 『英雄イングリッド』はその容姿や年齢のこともあって偶像(アイドル)であったかのように語られがちだが、前線で小隊を指揮し、内戦鎮圧に貢献したという軍歴は紛れもない事実なのだ。

 エリックは、瓦礫からベットシーツを引っ張り出して被るイリスを声もなく見つめていた。


「それに、私はもう……ううん、何でもないです。とにかく彼女たちを、一刻も早く安全な場所に。森の外縁部までは、援護しますから」


「……。あぁ、分かった」


「ジェシカは私が途中まで運びます。先生はあそこで寝てる紫苑をお願いします。私は重さを感じにくくなっているから、先生より楽に運べます。お互いに備えやすい」


 イリスの機敏で無駄のない動きは、会話をはさむ余地を入れない。包帯で隠している頬からは硬化した皮膚がのぞき、たまに見える口元からは、鋭く尖った犬歯がちらついていた。


「エリック先生?」


「……。寝坊助さんを拾って来るよ」


 出番がなかった術式銃を背負い、エリックはイリスに背を向けた。

 瓦礫の陰になる位置に、養い子の小さな身体が見える。気絶した後、爆発の届かない位置に移動されていたようだ。


(罪のない人間の命までは奪うつもりがない……とでもいうつもりだったのか)


 敵対勢力に見せられた気遣いにどう反応を返せばよいのやら、ため息交じりにエリックは紫苑に歩み寄った。

 紫苑には怪我がない。だが、ジェシカのように細工をされていては困る。この子にも精密な検査が必要だろう。


(だが、戦闘には不利なはずのジェシカくんを使ってまで、目撃されるのを避けた連中だ。わざわざ紫苑くんに証拠になるようなものを残したがるとも思えない)


 ジェシカは、南方の独立都市──ここ西都市(チチェリット)と同じく、教会に対抗する勢力の出身だ。

 もし南都市出身の彼女が西都市に害を為したという筋書きが成功していれば、南と西の協力体制は崩れていたかもしれない。


 だが、イリスを仕留めそこない、さらにエリックが目撃者となった事で、この筋書きは崩れた。イリスのみがジェシカの無実を主張したところで学院上部への説得力はなかっただろうが、エリックが目撃者なら話は別だ。


 『もう後がない教会の連中が、敵対勢力である我々を直接叩きに来る可能性もある』──自分が放った言葉が現実になり、しかも教え子たちが巻き込まれたという事態に、エリックは胃液が込み上げるような感覚を覚えた。


(ジェシカくんは、この筋書きを描いた真犯人……教会の人間に、直接接触された可能性が高い。例のムカデの残骸から、術者の星沁形状も確認できるだろう。残骸も回収しておいて、ジェシカくんが目を覚ましたら、すぐに……)


 どのような人物を見たのか問い詰めなくてはならない。そこまで考えてから、エリックは動きを止めた。


(待て。そうなると、この筋書きを立てた人間が即座に排除したいと考えるのは……)


 元より秘密裏にかくまわれているイリスでも、この場に居合わせただけのエリックや紫苑でもない。まっさきに狙われるのは……犯人の顔を見ているであろう、ジェシカ・ぺスカトーランだ。


「イリスくん、ジェシカくんと君が一緒に行動するのは、最も危険な組み合わせだ。私が彼女を背負って」


 振り返ったエリックが、緊迫した声でイリスに話しかけた──その瞬間だった。



「先生、前っ!」



 エリックの方を見ていたイリスが、ギョッとしたように声を上げる。前を向く前にエリックを襲ったのは、巨大な石の手だった。


「っ!」


 咄嗟に発動する星沁防護壁。しかし、石の手は少し動きを鈍らせただけで、変わらず突き進んでくる。


(星沁防御力の高い石傀儡(ゴーレム)──こんなもの、迷宮の古代技術でしか作れないような代物だぞ⁈)


 最大出力の防護壁でなんとか跳ね返し、着地。石の手は地面に溶けて、再び潜行する。


「先生⁈」


「ジェシカを守っていろ!」


 振り返らずに叫び、エリックは紫苑に駆け寄ろうとした。

 しかし、再び立ちふさがる石の手。再び掴み上げられそうになったエリックを庇ったのは、イリスだった。


「この……っ!」


 イリスは片手でジェシカを抱え、もう片方の手で迫り来る石の手を受け止めた。

 エリックは石の手を難なく回避し、紫苑に駆け寄ろうとした──が。


 石の手にも、二本目はあった。


「紫苑くん⁈」


 ふたりを足止めしているうちに現れた二本目の手は、紫苑を難なくすくい上げた。

 跳躍では届かない場所まで伸ばされる石の腕、月光に捧げる供物のように、紫苑が高く、高く持ち上げられる。


「……ご苦労だったな、石傀儡くん」


 その手には、ふたり目が乗っていた。全身をローブで隠した、顔の見えない人物。時を止めるエリック達の前で、その人物は紫苑をそっと抱きかかえる。


「貴様、私の養い子に触れるな!」


 激昂したエリックに、ローブの人物は静かに返答した。


「この子は貴方の子ではなく、神に選ばれた子の一人です……このような辺獄には、似合わない」


「なに……?」


 その人物を問い詰める暇はなかった。その人物が手をあげた瞬間、周囲に黒ローブの人間たちが一斉に降り立ち、樹上に降り立つ。


「ああイングリッド様、おいたわしや」

「あのように、みにくいお姿になられて」

「あの女は、救済に失敗したのですね」

「では、我らが彼女に救済を差し上げねば」


 イリスを見ては、熱に浮かされたような声でぼそぼそとつぶやく。それに対してイリスは、隠しもしない舌打ちで応えた。


「なるべく穏便に済ませたかったのですが……まぁ、良いでしょう。目標のモノは手に入りました。あなた達、どうか足止めをお願いします」


「待て!」


 紫苑を抱えたまま踵を返す人物に、エリックは吠えかかった。迷わず足元を狙って弾を放つが、石傀儡の手に防がれる。


「嘘……あいつら、なんで紫苑を」


 イリスの唖然としたつぶやきに、答えは返ってこない。ただ、黒服の興奮した息遣いが、森を異様な空気で包んでいた。


「イングリッド様」

「イングリッド様」

「おいたわしや」

「いま楽にして差し上げます」


 歪んだ愛を押し付ける、祈りの言葉。敬虔な使徒にとっては祝福に等しい祈りも、教会から離れた少女(イリス)にとっては呪いの言葉に違いない。


「……うっさいわね」


 イリスは、一歩前に進み出た。ジェシカをエリックに向かって放り投げ、静かに息を吸い込む。

 一斉に飛び掛かって来る黒服たちをぎょろりと紅眼でにらみ付け、雄たけびを放つ。



「─────────────────────ッ!」



 鼓膜が破れそうな咆哮。星沁が上乗せされたそれは、単なる音ではなく、砲撃だった。

 ビリビリと樹々を震わせ、木の葉や瓦礫どころか、襲い来る暗殺者たちをも吹き飛ばす。

 射程外にいたエリックが呆然とする中、イリスは跳躍した。


「失せろ、邪魔だ、どけ、どけっ!」


 耳を押さえて動きを止める暗殺者たちを殴り、蹴り、踏みつぶす。


「──っ!」


 背後から襲い掛かろうとした暗殺者は、肥大化した手に顔面を掴まれた。

 トン、と身軽に回転した少女の動きに会わせて振り回され、樹幹に押し付けられる。そして。


「びっ」


 奇妙な音を立てて、爆砕。返り血にまみれた少女は、無造作に残りの暗殺者と石傀儡の方を振り返った。


「ば、化け物……っ!」


 おののいた誰かが発した言葉に、イリスはただ髪を揺らした。

 月光に銀色の毛並みが照らされ、血と排せつ物の混ざったにおいの中で一層輝く。


「……。先生、ジェシカを連れて離脱を。その後、紫苑を追ってください」


「し、しかし、この暗闇では」


「迷宮です」


 ゴーレムを受け止め、その手を握りつぶす。星沁すら使わずに行われた力業に、エリックは瞠目した。


「なんでか知らないけど……そっちの方角から、あの子のにおいがする」


 跳躍し、石傀儡の頭を掴む。そのまま反転、首をもぎ取る。

 巨大な石傀儡に倒れられ悲鳴を上げる暗殺者たちをよそに、イリスはエリックのそばに跳躍で戻ってきた。


「私は、この森から出れないでしょ。街の人に見られるわけには、いかな……っ!」


「イリスくんっ⁈」


 言葉が途切れ、イリスの身体がくの字に折れ曲がった。荒く息をするイリスの口元で、鋭く尖った牙が月光に濡れる。エリックが手を触れたわき腹から、みしみしという、人体からしてはならない音が響いてくる。


 ──もう、この子には時間がない。エリックはそう悟ってしまった。媒介を通さず星沁を発現させた干渉力、無詠唱の砲撃、物理的な質量を覆る腕力。

 それらが手に入っていることに気付いていながら、イリスは手加減していたのだ。人外じみた力の行使が、呪いの侵攻を早めると分かっていたから。


 そうと分かった上で、急に手加減無しの強硬手段を取り出したのは……友達(しおん)を追って、守りたいと、強く、強く願ったからだ。


「今だ……ぐあっ⁈」


 飛び掛かってきた暗殺者の肩を術式拳銃で撃ち抜き、エリックは立ち上がった。

 イリスの一方的な蹂躙で、暗殺者の数はだいぶ減った。石傀儡も、核がほとんどむき出しだ。あれなら、簡単に本体の術式に干渉できる。


「残りは私が受け持つ。君は、君のやりたいことをしてきなさい」


「でも……」


「連中がこちらに近付く前に片付ける。大丈夫だ」


 エリックは拳銃を小銃に持ち替えた。最新式の武器にたじろぐ暗殺者たちをけん制しながら、後ろ手に白布の包みを放る。怪訝そうに布を滑らせたイリスが、背後で息を飲む音がした。


「……これ、私の星夜術刀(シュテルン)


「媒介無しでの星沁具現化は、今の君でも負担が大きいのだろう? 今まで通り、道具を使いなさい」


 エリックが息を吸い込むと同時に、小銃の周囲に方陣が展開される。既に異形に身を落としつつあるイリスほどではないにしても、十分人外じみた緑玉色の光の乱舞に、暗殺者たちは息を飲む。


「私もすぐに後を追う……それまでは、どうか無事でいなさい」


「先生……」


 声を詰まらせたイリスは、言いかけていたであろう言葉を飲み込んだ。そして、改めて放った言葉は。


「行ってきます!」


 研究室から奉公に行くときに使っていた、毎日の挨拶のことば。エリックは朝日の中、笑顔で研究室の外に駆けていく子供たちを幻視した。

 エリックが返事するのも待たずに、イリスは身をひるがえした。子供たちを守り、隔てる為に用いていた壁の残骸を乗り越え、闇の中に身を躍らせる。


「あぁ……行ってらっしゃい」


 願わくば君の行く先に、求める希望がありますように。

 崩れた箱庭の主である彼は、遠ざかっていく足音を聞きながら、泣きそうな顔で微笑んだ。

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