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【Recollection-1】

 

『おう、起きたか。死んだかと思ったぞ』


 目が覚めた時、まっさきに見えたのは白銀色だった。


(私は……)


 なんで生きているんだろう。

 部下を逃して。リセルト人の白賢者(ドルイド)と戦って……肩を貫かれた。

 その後、『何か』が起きて、リセルト人が私にとどめを刺さなかった事は理解している。


 その『何か』は、何だっただろうか。思い出せ。私が見たのは、確か……


『ここまで運ぶのは難儀だったんだぞ。お前の腕は、半分取れとったからなぁ』


 たぶん、クマみたいな動物だった。綺麗な白銀の毛皮で、鼻面を血まみれにさせたクマ。

 確か爪だけが黒くて、目は──



「おい、どうした。まだ何も喰ってはいないぞ?」



 ──目の前のこいつと同じ、瞳孔が縦に裂けた金色だった。


「ぅわぁ、ぐ……⁈」


 とっさに跳ね起きようとして、左肩の激痛に遮られる。

 頭から指先に駆け巡った強烈な痺れに、身体が自然とくの字に折れ曲がった。


「おい、おい。大丈夫か」


 身体をくの字に折って悶絶する私の頭上で、声の主が困惑するような気配を感じた。


「っ……!」


 涙目になりながら見上げて……私はやはり、自分の考えが間違っていなかった事を悟った。


 まず、そいつは大柄な女の見た目をしていた。

 ただ、どう見たって人間じゃない。


 目は白眼がほとんどなくて黒目がち、瞳は金色。

 頬にもさもさと毛が生えている。


 髪は月光に濡れた新雪みたいな白銀色で、同じ色の毛が耳にも生えている。

 あぐらをかいている素足、頬杖をついている腕は筋肉が盛り上がり、指先には、黒々とした爪が付いていた。


 ……どう見たって、人間じゃない。


「妖、獣……?」


 人間とけもの、ふたつの姿を持つ異形。

 リセルト人が崇拝しているという、森や海に暮らす民。吸血鬼や、人狼の伝説を生み出した原典の生き物だ。

 間違いない。あの時、リセルト人の戦士を吹っ飛ばしたけものの正体は、目の前のこの女だ。


「ん? あぁ、妖獣(フォモル)な。人間はわしらの事を、そんな名前で呼ぶそうだなぁ」


 私を見下ろしていたそいつは、牙を見せて笑った。

 困惑する私に、ひょいっと黒い爪を向ける。


「腕を動かしてみろ。ちゃんとくっ付けてやったんだぞ」


 言われるまま自分の肩を見て、瞠目(どうもく)する。

 どうやら私は、上半身の服をむかれた状態で、毛皮をかけられていたらしい。

 その毛皮がずれ落ちると、なめらかな皮膚で覆われた肩が露わになった。


「なんで……?」


「お前たちの体はもろいが、つくりも単純だ。巫師(ツスクル)でなくとも、そのぐらいのキズなら治せる……ま、わしは不器用なんで、しばらくは痛むだろうが」


 妖獣はなんて事ないように言って、掴んでいる何かをかじる。指の隙間からはみ出ているそれ(・・)には、一、二本の赤くて長い髪の毛がぶら下がっていた。


「ひっ……⁈」


 それの正体を直視する前に、妖獣が食事を終えたのは幸いだったのだろう。

 満足げにのどを鳴らしたそいつは、痛みと恐怖で動けない私の髪を引っ張った。


「痛っ⁈」


「お前の毛皮の色、気に入ったんだ。秋のたそがれ、はちみつの色だ。最近、山の中で似たような毛皮の連中を見かけるようにはなったが、お前の毛皮が一番いい」


「け、毛皮?」


「あぁ。弟の子供たちが、そろそろ誕生日でな。祝いに護符を作っていたんだが、飾り紐にするものが足らないんだ。ほれ」


 そいつが指差したのは、地面に置かれた琥珀のかたまりだった。

 削っている最中らしく、上半分が大きくえぐれている。そして、その横に放ってある紐は……赤い、髪の毛の束をねじったものだ。


「う……」


「今まで通りの毛皮を使おうとしていたんだが、最近の赤いのはどうにも質が悪くてな。お前の毛皮は柔らかいし、色もいい。子供達も気に入ってくれそうだ」


 嬉々として話すそいつを見て、吐き気が押し寄せた。

 こいつは甥っ子だか姪っ子のプレゼントの為に、人間の髪の毛で編んだ紐を作ろうとしているのだ。

 ……私の髪の毛を使って。


「私を殺すの?」


 手元に杖がない。腕もほとんど動かせないし、足の付け根に負った方は治療されてない。

 それに、こいつに一撃入れようとしたその瞬間に、私の顔は吹っ飛ぶだろう。その確信があるから、私はただ結末だけを訊ねた。でも。


「あー、それがな。お前の毛皮は短すぎるんだ。それじゃうまく編めない。護符を削り終えるまで時間があるし、少し伸ばせ」


「はっ?」


 呆然とする私の膝に、そいつは壁際に吊るしていた干し魚を投げてきた。

 続いて、木を削って作ったらしいボウル。何かの花粉を丸めた団子と、木いちごを付け合わせたものが入っている。上にとろりとかけた液体は、樹液だろうか。


 ──ごくり、とひとりでに喉が鳴った。ここのところ、ずっと補給ができずに干からびたパンをかじっていたから、新鮮な食べ物のにおいは暴力的だった。


「お前の持っていた食べものを見たが、ひどいにおいがしたぞ。

 あんなものを食べていては、毛のツヤが悪くなる……わしの飯を分けてやるから、それを食って毛ヅヤを良くしておけ」


 私の返事を待たずに、そいつは立ち上がった。

 出口付近に立てかけてあった銛を手にすると、振り向きざまににやりと笑う。


「逃げるなよ。捕まえる手間が面倒だし、その綺麗な毛皮を汚したくないからな」


 ──それだけ告げると、そいつは垂れ布をくぐって外へ出る。

 垂れ布の隙間からちらりと見えた景色は、木の葉を携えた木々の幹。その根は見えなかった。


(まさか……)


 毛皮と枯れ草の寝床から這って、出口の外を覗き込む。

 高い。地上まで、最低でも七メルはあるだろう。

 見下ろすと、木の幹を伝って悠々と降りていくあいつの姿が見えた。


「術式がないと逃げられないわよ、こんなの」


 術杖がない以上、今の私は無力な子供だ。

 妖獣の後ろ姿を見送る気すら失せて、私はずるずると壁にもたれかかった。


「なんなの。なんなのよ……」


 無事な方の膝を立てて、額を押し付ける。

 淡い暗闇が訪れると、今さらのように身体が震え始めた。

 自分の手が、氷水に浸かった後みたいに冷え切っている。


(よかった……)


 手が空気をつかむ感触を、ちゃんとまだ感じることができる。身体の震えを感じることができる。

 たったそれだけの事に安心して、私は深いため息をついた。


(死ななくて、よかった)


 本当はずっと怖かった。

 リセルト人と戦うのも、自分より年上の人たちがあっさり死んでいく光景を見るのも怖かった。


 私が『聖騎士になるにふさわしい勇気の持ち主』だなんて、嘘っぱちだ。

 死ぬのが怖かったから牙を剥いて威嚇して、自分を誰よりも強く見せようとしていただけ。

 才能なんてものに左右されない強さが欲しかったのも、自分が生き残りたかったからだ。


 それでも私は勝てなかった。白賢者が短槍を振り上げたあの瞬間、本来の私は死んでいたはずだった。

 私は、あの妖獣のおかげで一命をとりとめたんだ。


(でも、さっきのあいつも私を殺そうとしてる……プレゼントに頭の皮を用意しようとするあたり、首狩りのリセルト人よりタチが悪いわ……)


 そんな悪態をついてはみたが、不思議と恐怖は感じなかった。

 どうしてなんだろうと、そんな事を考える前に。


「……」

 

 くきゅるるると、腹が鳴った。

 視線を落とすと、飴のような樹液が絡んだいちごが目に映る。

 渡された食事には、人肉のたぐいはどう見ても入っていない。


(杖がなくても……万全の体調になれば、身体の痛覚を制御する程度はできるようになるはず)


 ボウルとスプーンを手に取り、私はおそるおそる樹液のかかった木いちごを口にした。

 噛んだ瞬間、木いちごの酸味が口の中に柔らかく広がる。

 花粉の団子は、はちみつで練って焼き固めたのだろう。口に入れると、喉がひりひりするくらいの甘みが喉を潤した。


(真正面から戦わなきゃいいだけ。隙をついて、逃げてやれば良いのよ。妖獣だって無敵じゃない)


 干し魚を手に取り、噛みちぎる。

 わずかに甘みのある干し魚の味を、空腹の身体が欲しているのが分かった。


(ギリギリまで無力な子供を演じて、不意をついてやる。せいぜい油断してなさい、クソ妖獣)


 干し魚を噛みちぎりながら、あの日の私は脱走を決意した。

 

 

 ……それが、『あいつ』との出会い。


 揺らぎかけていた私の価値観を完全に狂わせ、学院都市に向かう決意をさせた出来事の、始まりだった。



 

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