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【ヴァレンシア商会】


「へいへいらっしゃーい! こちらヴァレンシア商会、干し肉、最新技術を駆使した『缶詰め』も納品済みですぜー!」


 人通りのある店頭に、元気の良い少年たちの声が響く。


「片手半剣、両手大剣、戦槌に術師用の杖も取り揃えてまっせ!さぁさぁ買った買った!」


 まだまだ修行中、主に売り子として店頭に出されている少年たち──そのひとりとして、ルーク・ハイヴリッジは働いていた。


「らっしゃい、らっしゃーい……はぁ」


「おい、元気ねぇなルーク。そんなシケた顔してると先輩がたにどつかれっぞ?」


 友人に小突かれて、ルークは「おーう」と生返事。

 明らかに覇気がないし、目の下には微妙にクマがある。

 そんな同僚を目にして、少年たちは互いに顔を見合わせた。


「おいエヴァディ。なんでアイツ、あんなに元気ないわけ?」


 オリーブ色の肌をした少年__エヴァディと呼ばれた少年は、一番の親友を見てため息をついた。


「知らねーよ。ずっとあんな調子でさ」


「まさか俺らを差し置いて恋わずらい?」


「いや、エメルダちゃんとシシィちゃんは同時に浮気が発覚して、だいぶ前に別れた。

 時期的にたぶん違うし、女ごときであんなに気落ちしねーよ、あいつ」


「お、おう。女に関しては安定のクズ具合だな……」


 少年たちがあーでもないこーでもないと勝手に憶測を立てる中、ルークは湖の対岸をぼんやりと眺める。

 美しくも恐ろしい真珠の門──あそこに出かけると言ったまま、顔を見せない奴がいるのだ。

 その意味を楽観視できるほど、ルークは子供ではなかった。


「生きてるのかよ、イリス……」


 あの少女がルークの所に姿を見せたのは、ひと月ほど前からの事だった。

 いつも同じ服を着ていて、死んだような目をして湖を見つめているだけの子供。

 乞食だと思ってたまに食料を分けていると、彼女は思い出したように口を利くようになったのだ。


『あそこにあるの……迷宮よね』


 ルークにそう訊ね、迷宮に興味を示した翌日には既に、彼女は冒険者として迷宮に潜っていた。

 ただ、パーティを組んでいたのは最初の数日だけ。周囲の冒険者がどんなに誘っても、彼女は頑なに一人で迷宮に入り続けたようだった。

 生意気な新入りがいる、と聞いて彼女をからかいに行った上級冒険者がことごとくのされた、という話も聞いている。

 あいつならそう簡単には死なないだろう、内心で思いつつも。


「そういえば知ってるか? 迷宮で、S級認定されてた魔物が倒されたって噂」


 ──今も同僚たちが話しているこのうわさが、ルークの懸念を最大化していた。


「あー、聞いた聞いた。確か、倒した奴が名乗り出てないんだろ。

 魔物は腹を少し掻っ捌かれただけで、後は全部放置してあったとか何とか」


「密猟者だって噂だよな。

『討伐隊が組まれたら真っ先に参加するつもりだったのに』って、オレの担当してる冒険者がすげー悔しがってた」


 同僚たちの噂する声が聞きながら、ルークは力なく店頭の掃き掃除を続ける。

 普段と変わらない湖面の輝き、少女がいない景色のきらめきが、なぜか忌々しいと感じていた。


「最近、あの子見ないな」


 すぐ背後で聞こえた声に、ルークは振り返る。

 そこにいたのは、ちりとりを手にしたエヴァディだった。彼は慣れた動作で、ルークの集めたチリの前にしゃがみ込む。


「……あの子ってなんだよ、エヴァディ?」


「いただろ、俺らと同い年くらいの男の子(・・・)

 肩くらいまでの金髪で、なんでか知らないけど湖の前にずっと座ってたりした……最近は買い物にも来てて、お前とけっこう話してただろ」


「……おう」


「お前、けっこうあの子の事気にかけてたよな」


 ちりとりに溜まっていくゴミを見下ろしたまま、少年たちの会話は淡々も続く。

 

「推論だから違ったら悪ぃけど、お前、あの子の事を心配してんじゃねぇの? 上級冒険者とも問題起こしてたし、あんまり良い人付き合いしてる感じじゃなかったもんな」


「……お前には隠せねーなぁ、エヴァディ」


 ほうきを動かす手を止めて、ルークは力無い笑みを浮かべた。


「あの子、常連になってきてただろ? なんだかんだで心配でよ」


「まぁな。気持ちは分からなくもねーけど……客に肩入れしすぎんなよ。

 俺らが相手にしてるのは『冒険者』、なんだからよ」


 すれ違いざまに肩に手を置いてから、エヴァディは路地裏にあるゴミ箱に向かう。

 その姿を見送って、ルークは軽くうつむいた。


(肩入れするな、か)


 エヴァディの言っている事は正しい。

 『冒険者』は、迷宮の未知に取り憑かれた人々は……すぐに死ぬ。


 彼らの為に武器を作る鍛治師は、その一人一人に寄り添いつつ情を移さないという、矛盾した感情が必要になるのだ。

 だから、あの『小さな冒険者』に対しても感情を向けすぎてはいけない。分かってはいるのだが。


「……くそ」


 手にしたほうきの先が地面に押し付けられ、小枝がポキリと折れた……その時だった。


「あ、お客だ」


「うお、なんだあの子!すげーかわいい!」


「んん? でもあの子、どっかで見たことある様な……?」


 そんな同僚たちの声に顔を上げ──ルークは瞠目した。


「イリス……!」


 陽光を溶かした様な金髪の少女。

 丁寧にとかされた髪はリボンで纏められ、薄汚かったズボンの代わりに葡萄酒色のスカートを揺らしている。


「一緒にいるの、学院教授の……」


 彼女の隣には学院教授のエリック・オードランがいる。職人の一人と何か話しているようだ。


 ルークの視線に気付いたイリスは、複雑そうな表情で肩を竦めてきた。

 蒼穹を背景に、はにかんだ笑顔が可憐にきらめく。


「あれ、おいルーク、あの子、スカート、あれ、あれ……?」


 あの子を『少年』だと思っていたエヴァディが、イリスを指差す手をわなわなと震わせている。

 イリスを見、エヴァディを見たルークは、にやりと歯を見せて笑った。


「おっと、お前勘違いしてたんだっけな……あいつ、女だぜ?」


「え、えぇええええーーーーっ⁈ マジかよぉ!」


 ようやく姿を見せた常連客(イリス)に安堵し、手を小さめに振り返すルーク。

 乞食じみた少年だと思っていた存在が、突然可憐な美少女になって登場した状況に驚くエヴァディ。


「あの子やばくね? 美人じゃね?」

「声掛けてこいよ」

「いま勇気を出せば、俺にも春が……⁈」


 野郎っ気に満ちた商会(さばく)に現れた、少女(オアシス)に湧く少年たち。


「イリスくん? 私の後ろに隠れたりして、どうしたのかね」


「い、いや。なんとなく……」


 慣れない熱を帯びた視線に、イリスがもじもじと太ももを擦り合わせる。

 そのまま何気なく、教授のコートの陰に移動した時。


「うるせぇ!客の前だ静かにしやがれ!」


 見かねた職人の一喝で、少年たちは慌てて持ち場に戻った。


「「……」」


 しかし、少年たちが逃げ込んだカウンターやカーテンの陰から、やはり好奇の視線が覗いている。


「うぅ……」


 頭上で会話する大人たちを仰ぎつつ、イリスは教授のコートを握りしめる。


 軍人に仕立て上げられたイリスは、今まで年上の人々を部下や上司に持ち、同年代との付き合いがほぼなかった。


 その上、女扱いをされた事がまるでなかった純粋培養だ。

 『男性』ではなく『男子』という新たな存在の視線に晒されたイリスは、慣れない状況に目元をピクピクと痙攣させる事しかできなかった。


「……というわけなのですが、お願いできますか」


「ちょうど人手も不足していたし、助かるよ。男だけでは、どうにも不得手な事もあってな」


「感謝します。ところでイリスくん、この商会の人々は気の良い人たちだ。そう怯えなくて良いのだよ?」


「お、怯えてなんかないわ……ないです」


 困ったように諭す教授に噛みつくように言い返して、イリスはさらに縮こまる。

 コートを握って離さない彼女を、エリックは困ったように引き剥がした。


「どうか頼みます」


「あぁ。案内は……そうだな、ルークが良いだろう。おいルーク!」


「へ、へいっ!」


 大声で呼ばれ、ルークは慌てて親方と来客に駆け寄った。

 イリスと目が合うが、互いに軽く会釈するだけで素知らぬふりを通す。


「お呼びですか、先輩」


「学徒補のイリス嬢ちゃんだ。入学までの期間限定だが、今日からお前らの後輩になる事になった。親方んとこに案内してやれ」


「うすっ!」


 元気よく返事をして、ルークはイリスを連れて商会の中に入った。

 今まで見せていたふてぶてしさは何処へやら、すっかり借りてきた猫状態の彼女を人気のない廊下まで案内してから──振り返る。



「……お前いま、いったいどういう状況なんだ?」


 

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