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【奉公先】

 

 早朝、朝日が気持ちいい。

 いつもならまだ熟睡している時間帯、暖かい日の光に包まれ夢の中──そのはずだったんだけど。


「迷宮に出入りしているという話は、学院長から聞いていた。聞いていたが……」


 私が起きて立たされているのは、〈術式文化学研究室〉の作業台の前。

 作業台の上に置かれているのは、先日S級魔物の胃から引きずり出してきた鉱石──〈竜胃石〉だった。

 赤く透き通ったそれ越しに、わなわなと唇を震わせるエリック教授が映って見える。


「立ち入り規制区域に入った挙句、三頭鱗竜(サーベラゴン)を一人で倒しただと……?」


「ええ、まぁ、はい」


 物的証拠が見つかってしまった上に、言いくるめられるだけの技術がない。ここは素直に認めよう。

 そう思って即答した私の頭に──


「この大馬鹿者がっ!」


「あきゃうっ⁈ 」


 ──ゲンコツが命中した。かなり痛い。少なくとも、反射的に涙がにじむくらいには痛かった。


「な、何すんのよ……」


「それはこちらのセリフだよ、イリスくん」


 私の鼻先に指を突きつけながら、エリック教授は説教を始めた。


「いいかね? 本来迷宮というのは空間そのものの星沁構成が我々の世界とは異なり中にいるだけでも負担を伴うそれだけでも成長途中で身体が不安定な子供が長時間入る事は危険とされているしかもあの三頭鱗竜がS級魔物と呼ばれていたのは死傷者を出していたからだぞ本来は学院が討伐する予定であったのだ君はそれを一人で倒すという無茶をやったというわけで下手したら今頃は竜の排泄物だったわけだその上──」


「……」


 長い。しかも滑舌が良すぎて内容が頭に入ってこない。

 怒られ始めて二十分は経ったんじゃないだろうか……と思い始めた頃、結論が言い渡された。


「──というわけで、学院入学まで迷宮に入るのは禁止だ」


「えーっ⁈」


 思わず素で叫んでしまい、研究室の隅で勉強していた紫苑が驚いたように顔を上げる。

 その様子を視界の隅に捉えつつ、私は言葉を連ねようとしたけれど。


「ダメだ」


 私が口を開く前に、エリック教授は即答した。


「君の術式能力、戦闘能力は認めよう。経験に蓄積された技術は大したものだ。

 だが、君の身体は迷宮空間に留まるには不安定すぎる。年齢的にも、体質的(・・・)にも……そうだろう?」


 体質──後方で様子を伺っている紫苑を配慮した表現を使って、エリック教授は目を細める。

 私はそんな教授に言い返せない。私の身体がどうなっているのかは、私自身にも分からないのだから。


「いま君の手元にある採取物は、研究室で買い取ろう。金を稼ぐ手段が欲しいというのなら、奉公先を紹介するよ。それで構わないだろう」


「……でも、学費」


「君は『教授推薦枠』という特別な立ち位置にいるから、基本的に学費は学院持ちという事になっているよ。

 ただ、特例扱いがどうしても気にくわないというのであれば、来月ある五回目の入学試験を改めて受けなさい。

 年に五回ある入学試験で総合十位までの成績に入った平民出身者は、みな学費が免除されている」


 君は試験を受けるまでもなく優秀と判断されたから、学費免除という扱いになっている。

 それが不満なら、公平な判断基準のもとで改めて実力を示せばいいだけのこと。教授はそう説明した。


「試験を受けて公式に学費免除。そうすれば金銭面はなんとかなるだろう。働き口があれば、わざわざ迷宮に入らなくてもいいはずだ」


「それは……」


「にも関わらず、君はなぜ不満そうな顔をしているのかね。そんなに迷宮に入れなくなるのは嫌なのか」


「……」


 ズボンの裾を握って、私はうつむいた。

 迷宮探索は、ただお金を稼ぐためにやってきた事だった。

 働き口さえ見つかれば、危険をおかしてまで入る必要はない。確かに自分でも、そう思っていた。


(それなのに……)


 なぜ、首を縦に振ることができないんだろう。

 なぜ私は、迷宮に入れなくなる事をためらっている。そもそも私は、なぜ、迷宮に──?



「分かんないわ」



 悩んだ末、ようやく出てきた言葉はそれだった。


「別にあの場所が好きなわけじゃないと思うんだけど……なんか、行きたくなるのよ」


 服の裾を掴んだままうつむいた私に、エリック教授がため息をつく気配がする。


「耐えたまえ。少なくとも、迷宮空間が君の体質にどんな影響を及ぼすのか分からないうちは」


「分かったわよ。わがまま言って悪かったわ」


 危ない橋を渡っている自覚はあった。こればかりは仕方ないだろう。

 この人の提案そのものは至れり尽くせり。これ以上のわがままを言うのは忍びない。

 そう思って大人しく頷いた私に、エリック教授はため息をついた。


「うむ。余談だが、目上には敬語を使いなさい」


「あぎゃっ⁈ 」


 それとついでに、もう一度ゲンコツを食らった。


「相手方の都合がつき次第、すぐ君を奉公先に紹介するからね。最低限の敬語は身に付けて貰わないと困る」


「ほ、奉公先って一体どこよ……どこなんですか」


 三度目を喰らわないように取り繕った私に、エリック教授はニヤリと笑って言った。


「旅人の旅装から迷宮探索用の装備、学院用のちょっとした実験器具まで取り揃えている有名商会だ。

 学院を出てすぐの所にあるから、君も知っているのではないかな。商会の名前は──」

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