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【ぶどう酒色のスカート】

  

 魔改造された気分だ。

 鏡に映った自身の虚像に対して、真っ先に私はそう思ってしまった。

 純白のブラウス、胸元のリボンは紺色、膝上丈のスカートはジェシカの選んだぶどう酒色。


 可愛いけど自分で着るには……とモゴモゴ反論した言葉は『着れば似合うか分かるから』と切り捨てられ。

 さらに『手入れすれば綺麗なのにもったいない』と怒られながら櫛を通された髪には、何やら大きなリボンまでつけられてしまった。


「やっぱりぶどう酒色が似合ってるわぁ。うんうん、私の見立てに間違いはなかったみたいねぇ」


 ジェシカの言葉に時が止まる。鏡に映った自分の表情は、目を見開いた状態でこわばっていた。


「……イリスちゃん?」


「なんでもないわ。昔、同じ色の服を持ってたなって思い出しただけ」


 適当に言葉を返して、己の手に視線を落とす。喚起されるのは過去の記憶だ。

 あなたにはその色が似合っている。ジェシカと同じことを言った祖母がつくってくれたスカートを、私はたった一日しか着る事ができなかった。




 故郷の町(アナストリア)を焼いた炎は、降り始めた雨によって鎮まっていた。


 戸棚に吊るしてあった包丁を手にふらふらと外に出た時、灰色の空が私の代わりに泣いていたような気がした。


 初めて『命を奪う感覚』を覚えたあの日の事は、きっと一生忘れられない。

 何かが焼けるにおいが充満した町のど真ん中。あの日の私は、胃の中身を全部ぶちまけて絶叫した。


 祖母が作ってくれたぶどう酒色のスカートは、別の色が混ざって汚れてしまった。私も汚れた。戻れない。日常は壊れた。私はもう、ただのイリスじゃいられない。


 泣き叫び続けていた私を見つけたのが帝国軍の人間だったのは、きっと運が良かったんだろう。

 赤髪のリセルト人たちに見つかっていたら、私の首は門に吊るされていた隣の家の子供たちと同じ末路を辿ったはずだったから。


 帝国兵たちは、どうやら初めから祖父母の家を調べに来たようだった。私がその家の生存者であり、イリスと呼ばれていたという事が分かると、やたら大きなテントへと連れていかれた。

 

 テントの中にいたのは初老の女で、枯草色の瞳の持ち主。

 あの場には場違いな豪奢(ごうしゃ)な服を身にまとい、銀色の毛皮で縁取られたコートを着ていた。


 その女は私に教えた。私の父が存命である事。女が、私のもうひとりの祖母である事。

 そして、私には人より優れた星沁干渉力があり──(ことわり)を歪め、逆転し、強者さえも屈服させる力を秘めているという、決定的な事実を。

 

 昨日までの私は、強者に蹂躙されるだけの子供。取るに足らない弱者だった。

 その理が覆される。無力な子供から兵士に生まれ変わり、帝国の人々を脅かす異教徒を退ける事ができるようになる。


 それを聞いた私は、その女の手を取った。

 弱者から強者に変わる。それ以外に、生き残る為の選択肢が残されていなかったから。


 女は笑って言った。イリス・デューラーという名前、アナストリアという故郷で育った記憶はもう捨てろ。

 お前の名前は、今日から──




「……」


 あの日以来、ぶどう酒色の服を身に付けた事は一度もなかった。

 今の私を見たら、祖母はなんと言っただろうか。祖父は褒めてくれただろうか。

 分からない。その答えを聞く機会は、もう永遠に訪れないのだから。


「はいはい、ふたりともお待たせぇ」


 カランコロンとドアベルが鳴り、ジェシカが遅れて店から出てくる。

 落ち着いた桃色のスカートが風に揺れ、ふわっと柑橘みたいないい匂いがした。


「ジェシカ、この服のお代……ふむぐっ」


 鞄から財布を取り出そうとすると、口に指を当てられた。

 私のさして厚くもない唇がひん曲がり、言葉が不発に終わる。


「いま言うべきは『ありがとうございます』よ、イリスちゃん」


「……」


 言葉だけで済ませられるものじゃないでしょ──そんなセリフを、私はぐっと飲み込んだ。

 二人の方を向いたまま一歩下がって、頭を下げる。



「ありがとう、ございます」


 

 ──見えるのは自分の影を落とした地面だけなのに、悪い気はしなかった。


「それが言えれば完璧。イリスちゃん、まだ時間は平気かしらぁ」


「ええ。別にやる事があったわけじゃないもの」


「じゃあ、ちょっと研究室に来なぁい?

 私はこれから作業があるからすぐに詳しいお話はできないけど……」


 見学していって良いわよぉ、と言われて反射的に背筋を伸ばしてしまう。

 ──実は、前から学院の研究室に興味はあったのだ。学術的な興味はもちろんだけど……なんか、こう、響き的に。かっこいいから。

 そんな私の感情を知ってか知らずか、ジェシカはニコニコしながら肩をすくめている。


「なーに、超簡単な説明くらいなら紫苑ちゃんがしてくれるわよぉ。

 学徒も少しはいるだろうけど、コミュ障多いから当てにならないかなぁー。

 あ、でも運が良ければ教授もいるはずよぉ。見学だって言えば、喜んで案内してくれるはずだわぁ」


 完全に乗せられてるなぁ……とは思いつつ「じゃあご一緒させてもらうわ」と頷きを返す。

 うずうずしてるのがバレなきゃ良いんだけど、たぶんバレてるだろうな。私の顔って分かりやすいらしいから。

 

「イリスちゃん、なんか嬉しそうだね」


「そういう事言わなくて良いから」


 ほら速攻でバレた。紫苑を小突いて黙らせると、私はジェシカの後を歩き出した。

 揺れるスカートは、足にまとわりついて歩きにくい。しかし今では、その不便さが少し気持ち良いような気がしなくもなかった。


 

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