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第35話「田中さんがずっと独身だった理由がよくわかった」

 連休が始まり、大学はお休み。

 で、お約束通り、試写会三昧。今度は日本各地に巡業だから、移動のせいで時間が潰れる潰れる。

 携帯端末はFWOのシステムと連動してるけど、文字メッセージのやりとりのみ。FWO内は基本、時間が10倍加速してるからね。


「移動中は、電子書籍だけ…」

「いいじゃないですか。読書はスローライフの基本だって、春香さんが言ったんじゃないですか」

「でも、図書館蔵書は、結局増えなかった」

「アレを読み切れるのは春…ケインだけですよ…」


 とにかく、攻略が足りない。攻略がなければ討伐報酬が得られない。報酬がなければケインを着飾れない。ぐっすん。


「というかですね、ケインの装備も溜め込むばかりじゃなく、売ったらどうですか?ケインの着てたものならきっと高く売れるでしょうし」

「田中さんがずっと独身だった理由がよくわかった」

「そんな滑らかに当たり前のように!?」


 高橋さん、ダメ男が好きなのかなあ…。まあ、田中さんも今や稼ぎも蓄えもバッチリみたいだから、ヒモがどうとか言わないけどさ。


 ピロン♪


 あれ、美里というかミリーからメッセージが届いた。


『春香成分が足りない(´・ω・`)』


 私はビタミンか何かですか。



 今日も試写会という名の佐藤春香(さとうはるか)オンステージが終わり、帰路につく。いや、最近は会見じゃなくて、リアル剣技や歌とかの方が無難だからってことになってさ。

 第二回の件があらゆる業界の記者クラブに伝わったらしく、『佐藤春香にケインのことを尋ねるのは厳禁』という明確な了解が得られたらしい。なんだそれ。


「実のところ、春香さんというかリーネパーティの攻略が進んでいないことは、『エンターテイメント』側も助かっているようです」

「運営が?」

「開放エリアが100を超えましたから…」

「ああ…」


 『コアワールド』の限界に近づいた、と。ひとつのエリアを贅沢に使ってたからなあ。クルーズ船エリアでもバカやったし。とはいえ、おいそれと仮想世界を増やすこともできない。


 『コアワールド』のデータは、最初の1ライセンス分なら商業ライセンスでも安いが、2つ目以降のライセンスはぐっと高くなる。商業活動でそれだけ必要になっているなら還元しなさい、ということのようだ。

 管理組織は非営利だが、別に無償で『コアワールド』データをバラまいているわけではない。細かい不具合修正やマイナーバージョンアップにはやはり人件費がかかる。

 なにより、仮想世界技術の発展のため、様々な学術研究機関にその収入を投じている。最近多いのは、この間も話題にした、宇宙開発。宇宙ステーションや星間航行だけでなく、月面基地などでも需要は高いようだ。


「そこで、エリアは基本100までとして、既存エリアのボスのみを新しくしていこうかというアイデアが出ているようです」

「でも、それは、攻略して開放、という感じが、あまりない」

「そうなんですよね。現実の時間に合わせて中継するという意義もなくなりそうです」


 確かに、今私が攻略を進められないのは、単純に時間が足りないからだ。これが、通常の10倍の加速時間でボス攻略ができるなら、いつも以上のペースで討伐できたはずだ。

 実際、ケインのスローライフ分はなんとか賄えている。ていうか、読書分を現実の私で対応しているということもあるのだが。

 とはいえ、もしこれからFWOがずっと10倍加速で進むなら、3体同時は常に無理ということになる。ケインと『ハルカ』と現実の私とか、結構便利(・・・・)だったんだけどな。


「そのことは『エンターテインメント』の構想待ちとして、どうですか、現実の春香さんが忙しいこの時期は、リーネとしての攻略活動はしばらくお休みするというのは。剣技レベルも相変わらず最高値なのでしょう?」

「報酬…」

「報酬がなくとも、スローライフはできるのでは?リーネとケインとして、ゆったり過ごす時期があってもいいんじゃないでしょうか。最近だと、新婚旅行みたいなこともやってましたし」


 …それも、たまには、いいかな。


「…それに、春香さんはその、何かと貢ぐような発想をそろそろ控えた方が…」

「ん?」

「いえ、なんでも」



 第1エリアの宿屋。その一室で、リーネとしての私は、ケインとしての私に少しもたれかかりながら、何をするでもなく、一緒にソファに座っている。

 外からは、雨の音。FWO内でも、雨は降る。リーネの攻略時は雨など関係なく討伐してたし(ミリーのすすり泣きが聞こえてくることがあったが)、雨の日のケインは読書だった。

 それが、こうして、本当に何をするということもなく、雨音を聞きながらぼーっとしている。…うん、確かに、たまにはこういうのもいいもんだ。


 しばらくして、部屋で視聴できるビデオを見る。ああ、せっかくだから、そういう設備が使える高級宿にいるよ。いくら討伐報酬が入らないっていっても、1泊金貨1枚の宿に何泊もできるほどの蓄えは残っているからね。

 さすがにこの雰囲気で自らのPV(しかもまだ有料だよ!)を鑑賞する趣味はないので、無料で視聴できるラインナップから、古い映画を選ぶ。

 仮想世界と思っていた世界が実は現実世界だったという、そんな物語。仮想世界で観るとなかなかにシュールである。


 でも、ふと、考える。

 もし、今この瞬間のやりとりの方が現実だったら?大学に通ったり試写会で飛び回っている佐藤春香としての生活の方が、仮想世界だったら?実際のところ、今のリーネの姿だって『佐藤春香』だ。


 ―――安寧なるスローライフを、この手に。


「…ねえ、ケイン?」

「なんだい、リーネ?」

「…ううん、なんでも、ない」


 客観的に見たら、普通の会話に見える、このやりとり。ここが現実だと言われても、もしかして、と思うかもしれない。

 でも、私にとっては何をどうやったって一人芝居なんだよ!さらっと自然に出来てしまう私もアレだけど、こういうところで仮想世界だなと確信できてしまうのが私ならではだ。


 もしかすると、リーネとしてだけ、ケインとしてだけフルダイブして、ひとり部屋に佇んでいれば、もしかして、と思ったかもしれない。

 でも、やっぱりひとりは寂しいよ。やはり、他の誰かがいてほしい。それがたとえ、わたしひとりであっても。


「おかしな、ことを…」

「考えるものだよね」


 ホントだよ。

Twitterでもちろっと書きましたが、今頃ようやく『君の名は。』を観ました。新海作品は『秒速』まで公開即視聴だったのですが、『星を追う子ども』から失速したというか食指が動かなかったというか…。で、『君の名は。』も確かに新海作品で、セリフの交錯とか時空を超える設定なんかもう『ほしのこえ』を彷彿とさせて。ただ、それ以外の日常描写も良くできていて、入れ替わりの日々はもう延々とやってくれというか、むしろそうじゃないと三葉と瀧もああはならないよねっていう。やはり超展開と日常描写はセットですよね(そんなオチ)。

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