第32話「私一人だけが他の大勢の方々にドン引きなんですけど」
第二回の試写会は、私の自宅がある市内の映画館で開催された。まだ連休に入っておらず、平日夕方開催可能ということもあり、近場として考慮されたようだ。…第一回でそうしてほしかったなあ。
来館したのはマスメディア関係者に映画評論家、同業他社の広報担当の方々。全て、FWOから招待状を送付した人々ばかりで、一般の人は招待していない。何回か実施する試写会の形態のひとつとしては珍しくない。
「御鑑賞ありがとうございました。当社も初の試みということもあり、不手際が多かったかと思います。この後、皆様からの御質問をお受けいたします。何か有る方は挙手をお願いします」
うん、珍しくない試写会でもなかった。なんで映画出演者の私が最初から最後まで司会進行をやっているのかなあ?
信じられないことに、私が最初に顔出しした記者会見から似たような状況が続いている。最初の頃なんて、まだFWOの直接的な関係者でさえなかったのに。
それもこれも、田中さんというかFWO関係者の公の場での立ち回りが残念なせいである。思い出してほしい、クルーズ船の中継の時のことを。全て丸投げにしてくれやがった、あの流れを。
「なお、今回の映画製作に関わる経費内訳等につきましては、お手元にある資料を御覧下さい。FWO内の素材を用いた製作が中心を占めたことから、制作費は大変安価となっております」
しかもこういう、経営的な事柄まで私が準備し、対応している。普通、しないよね?出演者がどうとかいう以前に。そりゃあ、実態は自主制作的な側面が強い作品だけど。でも、提案したの誰?
道理で、第一回を私の大学とかにしたはずだよ。あれ完全にVRMMOのイベントじゃん。あのノリで全てを実施したかったんだよ。無理だっつーの。
「ひとつ、お伺いしたいのですが」
「はい、どうぞ」
芸能記者のひとりから、質問が入る。
「『ケイン・フリューゲル』のプレイヤーについては未だに公表されていませんが、なぜでしょうか?クルーズ船からの中継で、コンピュータに関わる技術に長けているのは確かなようですが」
うん、最も想定されていた質問だ。ケインの中の人の秘密は絶対厳守であり、様々な憶測も飛んでいる。しかしそれは、旧FWO運営会社の主要スタッフと高橋さん、伊藤先生しか知らない。
吸収した元業界2位のVRゲーム運営の人々は、『ハルカ』が私であることを知ってはいても、『ケイン』の中の人のことは知らせていない。道連れにして墓まで持ってってもらうのは『ハルカ』だけで十分である。
そういう意味では、吸収前に逃亡した渡辺 凛にアバター同時接続能力のことだけが知られたのは、不幸中の幸いである。田中さんも言っていたが、ケインの中の人はそんな能力よりも重要機密事項である。
「ケインのプレイヤーは、私以上に公になることを望んでいません。私自身も素性を明かすことについてだいぶ悩みましたが、両親の勧めもあって、こうして皆様とお話している次第です」
私だって本当はイヤなんだから、という趣旨である。この主張でたいがいは納得してくれる。
が、今回は少し違ったようだ。
「しかし、性別や年齢さえも公開していないのはなぜですか?佐藤春香さん御自身の将来にも関わることかと思うのですが」
「将来、ですか?」
「このままでは、アバターと同じ性別・年齢ではないかという疑惑がまかり通ります。そして、あなたはケインの素性を御存知だ。明らかに現実世界でも男女として付き合っていると思われるでしょう?」
要は、本当に付き合ってるならさっさと白状しろ、そうしないのは、人に言えないような付き合い方をしているのではないか、この18歳ながらも、ちびっ子の私が、ということだろう。
対して、実は中の人は女性だったとか、あるいは、ずっとずっと年下の男の子だったとか、そういうことであるならば、リアバレしている私にそれほど不健全な疑惑は流れない。なら、公表するべきだ、と。
マスコミ特有のしつこい追求のしかたを抜きにしても、真っ当な問いかけだろう。
だが、私は、こう答える。
「それでも、私はケインのプレイヤーの希望を尊重します。どのような噂や疑惑が流れたとしても」
「…そう、ですか」
「しかし、そうですね。もし、ケインのプレイヤーが相応の年齢の男性で、そして、性格や日常生活の志向も『ケイン・フリューゲル』と同じ、そんな彼が、こんな私と男女としてお付き合いしてくれるというのなら―――」
FWOを始めた頃を、思い出す。
お金がなくてさっぱり冴えない装備の、貧相なケイン。
でも、ゆったり爽やかなスローライフを送るアバターにするぞという決意だけは、確かにあった。
私自身、充実したスローライフにとても憧れていた。そして、そんなスローライフを実現するために努力を惜しまないとも誓った。元の容姿なんて、関係ない。
もし、ケインのような男性が現実にいて、そして、そんなことは絶対にあり得ないけど、私のような、時に気まぐれで、時にクソ生意気な、人の目にも入りにくいちんちくりんな小娘を『交際相手の女性』と見てくれるのなら。
そんな男性が本当にいるのなら、私は―――
「―――私は、幸せです」
つぶやくように、そう、答えた。
…
……
………
あ、あれ?
なんだろ、この『ひさしぶりにやっちまった』感が漂う雰囲気。
「えっと、御質問の答えになっておりましたら幸いで…うえっ!?」
なぜか、なぜか皆さん、涙を流していた。私の隣で昼行灯やってた田中さんまで。え、何事!?
「…あ、いえ、すみません、わかりました。御回答、ありがとうござ…うっ」
えええ…質問した記者さん、口を抑えて声を噛み殺しながら泣いてるよ?会場にいる他の方々も似たような状況で。
私一人だけが他の大勢の方々にドン引きなんですけど。ナニコレ。
その質疑応答をもって、試写会および会見は終わった。なんだろうなあ。
「春香さん…春香さんも…幸せに、なって下さい…」
いや田中さん、それは以前『攻略とスローライフを同時に楽しめているから幸せ』って言ったじゃない。
はー、さっぱりわからない。会見の様子は未公開用として記録されているから、後でミリーにでも見せて感想を聞かせてもらおう。
あ、魚屋1号店で見れば、ビリーくんやミッキー高橋さん、他のお客さんも大型スクリーンで見ることができるな。よし、そうしよう。
◇
「だからあ、前にも言ったでしょ!『貧しい少女が内職で小銭を稼ぎながらヒモな彼氏を養っているみたい』って!?しかも、今度ははっきりと春香の姿で、あんな『女の顔』をしながら…!いい加減、自覚しなさいよ!?」
ビリーくんやミッキー高橋さん以下お客さん達も号泣しながら、ミリーの言葉にうんうんと力強く頷いている。ここにケインとしての私がいなくて良かったかもしれない。フルボッコされてた気がする。
「春香ちゃん…田中さんを横取りしてゴメンナサイ…!」
ミッキー高橋さん、なぜそこで田中さんが出てくるんですか?何か悪い物でも食べましたか?それともノロケか何かですか?
おかしい。ミリーには悪いけど、全く理解できない。
ケインみたいな人が本当に私のリアル彼氏になってくれるんなら、私、頑張っちゃうよ?当然じゃない。他の人には絶対渡さないよ、きっと!




