第7話「反射的に雑魚蹂躙してしまいそうだよ」
「うう…ケイン…」
携帯端末の待ち画面を見ながら涙を流している美里。
教室ではやめてほしい。私が泣かしている気分になる。というか、キモい。口には出さないけど。
「PV、見たけど、ケインって、カッコいい人…アバターだね。錬金術師って、聞いたけど」
「ああ、うん…。頼めばいろいろ教えてくれるし、優しいし、カッコいいし、笑顔が素敵だし、お金持ちだし、カッコいいし…」
感想がループしてる件。でも、美里。ケインはお金持ちじゃないよ。リーネのヒモだよ。
まあ、ふたりが表立って関わるようになったのは最近だし、気づかれるはずもないか。
今は…どう思われてるんだろ。お金持ちのケインがリーネに貢ぐ?リーネも稼いでいるしなあ。
「それはそうと、春香はまだFWO始めてないの?結構詳しくなってるのに。卒業も近いよ?」
「え、あ、うん、まだ、考え中」
「そっか…。始めたら言ってね。あたし、話題のふたりとは仲いいから、紹介するね!」
だから言い出せない、という話が。リーネかケインのどちらかでカミングアウトしようかとも思ってはいたのだけれども。
私にとっては、美里は普通に会話している数少ないクラスメートだし、このまま卒業してリアルの縁が切れるのは確かに残念だ。
ヘッドセットをもうひとつ買って接続してみるか?あ、ダメだ。FWOはメインとサブのふたつしか作れない。同時接続するかしないか以前に。
「さて、帰ろっと…。あ、ねえ、春香。帰りに電器店寄ってかない?FWOの体験ブースがあるの。試してみない?」
「え…っと、それ、プレイヤー登録は要らないの?」
「うん、ゲストアカウントで試せるよ。15分…ゲーム内では2時間くらいだけだけど。私は登録アカウントで一緒できるし」
じゃあ、付き合ってもいいかな。ゲストアカウントなら初心者装備&スキルだろうし、妙に慣れた動きをしてしまうことはないだろう。
◇
そう思っていた時期が、私にもありました。
「すごい、すごいすごいすごい!キャンペーン中はリーネかケインのアバターが試せるなんて!」
おい運営。
いや、確かにアバター情報は運営会社が自由に活用できるって規約あるよ?でも、こういう用途は事前に教えて欲しかった。
「えっと、それじゃ今、FWOはふたりのアバターだらけ、なの?」
「んーと、第1エリア限定のインスタント扱いみたい」
「ああ、なるほど…」
要するに、今ここでログインしても、リンク設定した私と美里のアバターしかいない仮想世界にフルダイブするだけ、ということだ。
「ねえねえ、あたしケイン試してみる!春香はリーネね!」
「えっ…、あ、いや、私、慣れてないから、初期アバターで…」
「そんな、もったいないよ!ねえねえ、いいからいいから!」
うわあ、どうしよう。リーネになったら、反射的に雑魚蹂躙してしまいそうだよ。
それは冗談としても、いつもの調子でスムーズにアバターが動きそうで怖い。
ど、どうしよう。粘るか?
「あれ、姉貴?」
「健人!?な、なんで、ここに!?」
「なんでって、キャンペーン広告見たから試しに来てみたんだよ。店頭でしか試せないらしいから」
…え?美里の弟くん?ってことは、ソルト少年の中の人?
いや、ちょっと待って。これは…。
「あれ、その人は?初めて見るけど」
「え、あ、ああ。クラスメートの春香よ」
「は、初めまして、佐藤春香、です。美里、の弟さん、ですか」
いやあ、びっくりした。健人くん、ケインにそっくりじゃない!
そっくり、は大げさか。髪や目の色とか、背格好は違うし。
でも、ケイン造形の元ネタです、って言ったらみんな信じそう。もちろん、偶然だけど。
「ね、ねえ、美里。健人くん、って、ケインに、そっくりだね」
「ふえっ!?や、そ、そんなわけないじゃない!」
「えー、でも俺、FWOやってる知り合いみんなからそう言われてるぞ?姉貴を除いて」
はい、確定。美里、筋金入りのブラコンじゃん。
ケインがカッコいいから、じゃなくて、健人くんに似ているから、だったのか。
…よし、そういうことなら。
「ね、ねえ。私、FWO初めて、試すんだけど、健人くん、ケイン、やってくれない?」
「おー、いいですよー。オリジナルのケインのことはよく知ってるし」
「で、美里は、リーネ、ね」
「はぁ!?え、や、でも…。わ、わかったわよ!」
よし、これで私が初期アバターを選択しても不自然じゃなくなった。