第21話「ケインとしての私が、リーネとしての私を待っている」
3/8 -- 2017/09/22 14:00
「Luxykn, oshom fam kukrpfaq yiqwu nprulkn, ...」
夜の兵舎近くの広場で、あの歌を口ずさむ、リーネとしての私。
なんとなく、歌ってみたくなったのだ。あの頃のことを思い出して。
周囲には、誰もいない。今日の作戦が終わり、部隊のメンバーはログアウト済だ。
「Fwusl...ifs, pconsf ncaxx aesoerloi, ...」
こういうシーン、映画とかでよく出てくるよね。主人公やヒロインがなぜか急に歌い出して…うっ、太平洋上の我が黒歴史が疼くっ。
ああ、でも、なんとなく気持ちはわかるようになっている気がする。今まで、外でこうしてひとりで歌うことがなかったから、わからなかっただけで。何かを想いながら、口ずさむ歌。
がさっ。
「…!」
広場の更に先の森から、ひとりの男アバターが現れる。
これは…傭兵?でも、着ている服が…別の国家の部隊!?
「はああああああっ!!」
「っ!?」
その男が、急にナイフで斬りかかってきた。
とっさに避けるが…スパイとしてのPvP!?
敵なら、斬る。兵士としての私が、リーネが、そう判断する。
「んっ!」
「くっ!」
避けられた。密偵活動としての戦闘に慣れている?傭兵の役回りをしているプレイヤーが?
「速いな…!」
「…!?」
男のそのつぶやきを聞いた時、私に戦慄が走った。
日本語ではなかったからだ。日本語ではなく、この言葉は…!
しゅんっ。
「ふんっ」
「かはっ」
その言葉を聞いた私は即座に男に近づき、体術スキルを使って男を組み伏せ、腕を取る。
いや、体術『スキル』というのは間違いか。この世界にスキル体系は存在しない。FWOでミリーも身につけている体術スキルの、その動きをここで真似ただけだ。案外、なんとかなる。
「あなた、なぜ、この言葉を使ったの?」
男が使った言葉は、あのゲストの男の子が住む地域で用いられている公用語と同じだった。
わざと使ったのか、とっさに口に出たのか。それはわからないが、私も同じ言葉で返す。
「答えなさい。あの『戦闘マニュアル』を提供したのは誰?」
このVRゲームの運営から提携の話があった時、いつもの習慣で、プレイヤーとして参加するために必要な情報を、私は調べた。
そして、あの戦闘マニュアルを見つけた。FWOを大規模に襲った部隊の、編成や規模、行動様式に瓜二つの戦術が掲載されていた、あのマニュアルを。
運営会社の社長にそれとなく尋ねても、偶然と言い張る。しかしあの後、ゲーム内報酬をご破算にする代わりに聞き出した、マニュアル提供者。
「な、なんのことだ…?俺は…あうっ!」
ちょっとだけ腕をひねる。痛覚設定は限りなく弱いから、ほとんど痛くないはずなんだけどなあ。
まあいいか、このノリで問いかけを続けよう。
「提供者の行方を、教えなさい。そうすれば、今回の攻撃は、なかったことにする」
業界2位のVRゲーム、その元運営会社の、行方不明の社員。その社員が、この戦争VRゲームの運営会社と、大規模侵攻した者達の双方に、戦闘マニュアルを提供していた。
しかも、その流出元は、あの国の軍隊。行方不明の社員が内密に取引していた、あのゲストの男の子の出身国、政情不安なあの国。
また、様々な者たちに不正ツールを提供し、何度もFWOに問題を起こした。まるで、誰かのVRMMOでの活動を邪魔し、危機に陥れたいかのように。
―――その社員にとってのターゲットは、最初から全て私だったのか?
それこそ、あの第1回バトルロイヤルの時から?そそのかされた実行犯達はともかく。
なぜ?なんのために?疑惑は、募る。まさかとは思うが、『レッドドラゴン』の件も…?
私自身の問題としてそれを確認するためにも、この戦争VRゲームの社長から情報を引き出すと共に、ゲーム内でも目立つよう立ち回った。リーネとしての私の大切な、FWOの攻略を中断してでも。
ようやく、ようやく、このプレイヤーから…
「提供者ってなんだ!?俺は…俺は…PvPで勝って、お前のサインが欲しかっただけだ!」
…はあ?
◇
男の子の広告塔としての活躍のおかげで、あの公用語が通用する地域でFWO、そして、佐藤春香である私は、相応に注目されているらしい。
今回襲ってきた人物は、リーネが戦争VRに臨時参加していることを知り、接続帯域が狭いことを承知で、わざわざ日本サーバに直接接続、傭兵としてログインしたのだそうだ。
ちなみに、自身もリーネのファンらしいが、それ以上に、サインが高く売れるとのこと。まてやコラ。田中さんにチクるためにリアルの連絡先を聞き出しておいたが。
「今回はよろしいんじゃないでしょうか。念のため、現地FWO運営を通して厳重注意をしておきますが」
「ケインのサインでも、送りつけようか」
「なにげに酷いですね」
その他いろいろ調べてみても、戦争VRゲームまわりに行方不明の社員の痕跡は見つからなかった。本来の目的とは別にマニュアルを売りつけただけだったようだ。
つまり、大変な無駄足だった。成果は、あのセコい社長と取引することで、その社員が戦闘マニュアルを提供した人物ってことが確定できたことくらいだろうか。
「いずれにしても、行方不明の社員の目的が、春香さんの『放浪者』としての資質なのは間違いないでしょう。なにしろ」
詐欺の時の男性の、同僚。『ハルカ』をやめてから、たびたび私に復帰を打診してきた人。その人こそ、行方不明となった社員だったのだから。
FWOで『リーネ』を名乗ってからますますアプローチが強くなったのも、つまりはそういうことだった。そうすると、私の『おかしな特技』にも気づいているかもしれない。
何しろ、リーネとハルカが同時に存在するようになったのだから。さすがに、ケインまで私とは思っていないだろうけど。
「ところで春香さん、その『おかしな特技』という表現はやめませんか?私が言うのもなんですが、自虐的過ぎます」
「じゃあ、ユニークスキル(仮)」
「アバターに限った話ではありませんので…。それになんですか、その(仮)って」
いいじゃない、名前なんて。
もういい。FWOに帰る。あそこには、ケインとしての私が、リーネとしての私を待っている。
リーネの稼ぎを待っているケインがね!




