第3話「私めを切り刻んで下さい、リーネ様」
ウチの大学にVRゲームやってそうなサークルはなかった。がっくし。そもそもこの大学では、学生が設備を使ってVRゲームをすることを好ましく思っていないようだ。
これは別に大学側にVRゲームへの偏見があるというわけではなく、単に予算の問題らしい。教育用のネット回線は最低限の速度、研究用としてもなかなか予算確保が難しいようだ。
…というのは、ミリーが魚屋で捕縛したとのたまう、ウチの大学生から聞いた話。説明の後『私めを切り刻んで下さい、リーネ様』とか懇願したので、礼も言わず放置した。喜んでた。どうしろと。
「そんなに予算が厳しいなら、私が…いやいや」
買収で懲りただろうが。というか、新入生が大学でゲームやりたいから寄付とかって、どこのセレブのワガママお嬢様だよ。私に縦ロールはない。まあ、以前そういうアバターを…うっ。
そういうわけで、別の方針を立ててサークルを探してみた。
スローライフ系なサークル。世間的には私=リーネだけど、大学でリアル剣技を発揮する気は毛頭ない。とすれば、生産的だったり研究的だったりする活動がいい。ケインの活動の補完だ。
そうして、サークル一覧から見つけ出したのが、これ。
民族資料研究同好会。通称、民資研。
最初、どんなサークルかよくわからなかったが、説明を読むと、国内外の民族資料を集めて整理し、その成果をなんらかの形で発表したり、しかるべき専門家に寄贈したりするというもの。
大学生のサークル活動としてはなんとも地味で、それむしろ大学のそういう分野の先生やゼミ室がやる活動なんじゃないかって思った。が、どうやらそれは、ある意味間違いなかったようだ。
言語学を専門にする先生が顧問のような立場になっていて、活動を維持しているらしい。通常の研究活動としてそれをやらないのは、収集作業の人件費削減のためらしい。ここでも予算か。
『Fwusl...ifs, pconsf ncaxx aesoerloi...』
私の頭の中に、あの歌詞が浮かんだ。映画化PV第2弾と化したアレの歌詞だ。ちなみに、シングルはバカ売れし、私の不本意な歌声は世界中に響いちまったよ。
伝統民謡として思い出した子からもらった手紙から、あの歌詞の言葉がどこの地域のものかはわかった。しかし、あの歌詞の意味は、私が尋ねた大まかなものしか結局わからないようだ。
文字によって表現されたこともない、消滅危機言語のひとつ。いや、既に消滅した言葉と言っていいだろう。そういうこともあって、シングルのパッケージに歌詞や日本語訳は記載されていない。
「もし、少しでも詳細な意味がわかるのなら…」
そんな期待を込めて、私は民資研が活動する部屋の扉を叩いた。
◇
うん、油断してた。
初めてFWO本社を尋ねた時の、受付での反応と同じことが起きてしまった。気絶するのは、緊張している新入生だけにしなさいよ。
民資研の部屋に入り、何人かの人が目に入ったから自己紹介した。みなさん固まってしまったから、あー、これ信じてもらえてないなあと思って、FWO会員証(真)を出した。ふたりほど倒れた。
なんとか救急車を呼ばずに済んだが。
しかし、FWO会員証はやはり銀行カード兼用の本来のものでも良さそうだ。ケインについては相方表示とでっち上げたら、なにやら微笑ましい顔をされて、ちょっと恥ずかしかったが。
やっぱり、バカップルに見えた?リーネである私と、ケイン…まあ、良くて兄妹だよな。以前、シェリー…ミリーが撮って送ってきたスクリーンショットを思い出す。
「ほ、ほ、ホントに、ウチに入ってくれるのか!?」
「え、ええ。さっき話した、歌詞の調査や分析が、当面は中心になりそうだけど」
「う…」
「う?」
「「「うお――――――!」」」
「「「きゃ――――――!」」」
それ、『ハルカ』をぶった切った時と同じ反応です、先輩の皆様。
◇
初めてのコンパ。まあ、私は酒は飲まないが。
実のところ、最近ようやく飲酒年齢が引き下げられ、R18となった。Rとか言うなよ、私。
それでも飲まないのは、普段飲まないからとかいろいろ理由はあるけど、一番の理由は。
「春香ちゃん、運転免許取れたんだ…」
失礼な。
コンパ会場は大学の近くだったので、車は大学内の駐車場に置きっぱなしだ。車通学を認めているだけあって、夜中も出入車できる体制である。…こっちには予算かけてるのね。
「「「「かんぱーい!」」」」
まあ、ジュースや烏龍茶でも気分は出るだろう。
これでようやく、私も大人の…
「きゃー、春香ちゃん、やっぱりかわいいー!」
「ポスターとかで見るよりもかわいいって凄いよなー」
「ねえねえ、あーんして」
子供可愛がりって感じだった。ぐっすん。
「おいおい、そんなにもみくちゃにするもんじゃない。春香くんが困ってるじゃないか」
「でもでもー!世界で一番の有名人の春香ちゃんが、私の腕の中に、中にー!」
「春香ちゃん、俺とのツーショット撮っていい?」
何か不穏な単語が聞こえてきたが、ぬいぐるみを抱いているような仕草に代わりはない。あと、ツーショットは事務所を通して下さい。たぶんダメだけど。
ちなみに、今回は『事務所』は間違いではない。田中さんが社長の『FWOプロモーション(株)』という名の事務所ができてしまったからだ。なんてこったい。
しつこい先輩方の魔の手からなんとか逃れ、先ほど『春香くん』と私を呼んだ人に近づく。
このサークルの顧問のような立場である、言語学が専門の伊藤 肇教授。
「おつかれ。大変だったな」
「はい…」
あー、いい人だー。両親よりも少し上の世代の、ロマンスグレーのおじ様。落ち着いた雰囲気が素敵だ。普段喋りの中でもつい敬語を使ってしまう。なにより、『春香くん』と呼ばれても嫌ではない。
田中さん、あなたもナイスミドル風なんだから、なんとかその『風』をとって落ち着きなさいよ。ああ、高橋さんは今のままの方がいいって思ってるかもね。あばたも…それはともかく。
「それで、あの歌詞の言葉の資料が、他にあると?」
「ああ。あの言葉を使用していた人がまだいた頃に録音した、古い磁気テープが結構残っていたんだ。既にサンプリングして、データファイル化してあるが」
へー。私、磁気テープなんて見たことないや。後で見せてもらおうかな。
「分析は、進んでいるんですか?」
「それが、音声単位を認識したり、文字を当てはめて整理したりするだけでも大変でね。作業は単純でも、やはり時間がかかる。民資研の学生にお願いしているのだが、彼らとて本来の学業があるし」
「そうですか…」
やっぱり、お金が必要ということかな。人を雇って作業してもらえるし。
あとは…ん?
「伊藤先生、既に音声は全て、データ化されているのですよね?」
「ああ。それがどうかしたかい?」
よし、無駄にせずに済みそうだ。
◇
翌日、私は自室に放置してあったVRローカルサーバを車で大学に運び込み、主に伊藤教授が利用することを前提に、大学宛に寄贈した。民資研の先輩方も、ヘッドセットがあれば利用できる。
音声データや作業アイテムを仮想空間にコピーして時間加速すれば、現実世界から見て膨大な作業時間が得られる。作業は単純だから、10倍どころか何十倍も時間加速できるはずだ。
伊藤教授には大変喜ばれた。学長には泣いて喜ばれた。寄贈したVRサーバは容量も速度も最高スペックだから、学内のローカルネット経由で数多くの教授陣も利用できるようになるからだ。
やっぱり寄付じゃないかと言われるかもだけど、無駄にしていたブツだったんだ。リサイクルですよ、リサイクル。
そして、その代わりといってはなんだけど、学内ネット経由でFWOを利用できるようになった。更に、大学の図書館電子蔵書システムにFWOから接続できるようにもしてもらった。
これで、昼間の空き時間にたっぷり攻略とスローライフを楽しめる。
そう、思っていたのだが。
休みの日の打合せで、田中さんからこういう話を聞くまでは。
「春香さん、新しい仕事を思いつきました!」
「…なに?」
仕事は思いつきだけでやるものではありません。
「手紙を送ってきた子に会いに行きましょう!ちょうど、その国へのFWO進出計画が『エンターテインメント』から打診されていたんですよ」
「時間が、とれない」
入学早々休学しろっていうのだろうか、この残念なナイスミドル風のおじ様は。




