第37話「そんなのは、VRゲームの中だけで十分だ」
リーネのボス攻略と定例雑魚討伐が終わったので、ログアウトする。
クルーズ船の、甲板に設置されているビーチチェアで現実世界に戻る。
「ミリーとビリーに、怒られた…」
「ある意味当事者としての私も、それはお勧めできないことでしたねえ」
「田中さんとだと、親子にしか見えないと思うのだけれども…」
実際、両親と同年代みたいだし。
「どうすれば良かったのかな。FWOの仕事で、クルーズ船に乗ってる証拠」
「別に、言葉だけで良かったのでは?嘘だと思って尋ねてきたわけではないと思いますよ」
「そっか…」
『ホントに!?』が『そうなんだ!』って意味になることもあるってことか。
ああ、コミュ障スキルがこんなところで実力を発揮してしまうとは。
そういうわけで、FWOの仕事で、太平洋上を航行しているクルーズ船に乗船している。
とある商社がイベント用にクルーズ船を手配していたのだが、急にイベント自体が中止となったため、使用権を安く買い取ったんだそうな。
FWOローカルサーバ構築用機材を搬入し、連絡手段用に衛星回線も用意して、田中さんを含むスタッフがクルーズ船に乗り込む手はずを整えた。
私に話が来たのは、なんと一昨日。春休みももう何週間も残ってないから、早いのはいいんだけど。ていうか、私がパスポート持ってなかったらどうしてたのよ。
「船内システムに招待客を含めてログインする予定だったのですが、衛星回線が結構使えますね。これなら、日本サーバにログインしてもらってデモした方が良かったですかね」
「衛星回線は、私ひとり…ふたり、か、それだけだったから、うまくいったと思う」
「『リーネ』アバターほどの動きが必要なければ、十数人はいけると思いますよ?あくまで、各国提携予定会社の重役の方々へのデモなのですから」
招待客が、日本サーバでみんなして初心者生産職?それはどうなんだろう。
もともとFWO本社に招待していた偉い人々を、それなりに豪華なクルーズ船とはいえ、太平洋上に放り出す。そしてやることが仮想世界にダイブしてちまちまと生産。監獄船ですかい。
「技術スタッフではないほど、戦闘職をやってみたいと思う。だからこそ、『リーネ・フリューゲル』が、ここに呼ばれたのでは?」
「なるほど、もっともですね」
元クラ初心者講習がまさにそうだった。人気みたいだからとりあえずやってみたいって人ほど、派手なアバターを作って動かしてみたくなる。その方が、わかりやすいのだ。
一方、生産職は、スキル構成や素材などの体系をある程度網羅しなければ、本当に単純なことしかできない。光や水を出すとか、魚をさばけるとかだけでは面白くないだろう。
「それにしても…ヘッドセットふたつ接続って、こうしていたんですねえ。てっきり、もうひとつは首の方にズラして取り付けているのかと思っていたのですが」
「それだと、首の方の帯域が狭くなる。私は、ケインも相応に動かしたかった。あと、一方は旧型」
「それが、バトルロイヤルや闇討ちの時のような、大量の魔法陣の多様な発動を可能にしているのですね…」
私は、両親に最新機種を買ってもらった時、ふたつのヘッドセットを開け、中の基盤やら電極やらを取り出し、ひとつのセットにまとめた。なので、『変な改造』はしていないというわけだ(ドヤ顔)。
電極が頭の適切な場所にないと、十分な量の情報が入出力されない。私の頭に合わせてヘッドセットの電極の位置を調整しておけば、かぶるだけで同時フル接続が可能だ。
電極の位置の調整は、試行錯誤するしかなかった。いやあ、あの時は面倒だったなあ。
「後ほど、ウチの技術スタッフにその改…合成ヘッドセットを見せてもらえませんか?何かの参考になるかもしれません」
「それなら、今渡すから。今日はもう、ログインしない」
「今日は夕方から、各国招待客の方々との晩餐会ですよ?ヘッドセットがないと会話できないのでは」
VR用ヘッドセットは、実はVRシステム以外にも使われている。田中さんは、翻訳システムと接続しての会話のことを言っているのだろう。
予備の旧型ヘッドセットを借りればいいだけなのだが、私は、そのつもりもない。
「大丈夫。今日の招待客は、英語圏とアラビア語圏の人のみ。翻訳システムがなくても、簡単な会話くらいできる」
「ええっ!?佐藤さん、英語だけでなくアラビア語も喋れるんですか!?」
ん?そんなに驚くことかな?それらの言語圏にだって、VRゲームはある。国境を超えた通信接続は帯域が狭くて、先ほどのような問題が出る。が、そこは縛りプレイですよ。
で、多くのVRゲームでは時間加速している。FWOと同じくらいの加速が期待できれば、その世界で長期間『生活』し、現地の言語をそれなりに覚える。…覚えるよね?
「私が多くのVRゲームを経験していること、田中さんなら知っているはず」
「それは、日本国内限定の話だったんですが…。いや、そもそも…。はあ…」
深く、深くため息をつかれてしまった。
私をこれだけ振り回している田中さんに呆れた態度を取られるのは、心外中の心外である。
「同時接続といい、リアルでの剣技といい、もしかしますと、佐藤さんは少々特別なのかもしれません」
人を超能力者か新型(死語)にしないでほしいなあ。そんなのは、VRゲームの中だけで十分だ。
…あれ?同じようなフレーズ、どこかで聞いたような。気のせいかな。




