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番外編「…親友だよね?あたし達」

 なんとか、掲示板に書き込めた。まだ、少し手が震えている。あれからもう、何時間も経っているのに。健人も今頃、自室で私と同じ状態なのだろうか。

 でも。伝えたい。伝えたかった。あれは、確かに『リーネ』だった。あたしは『鈴木美里(すずきみさと)』として、リーネ・フリューゲルを確かにこの現実世界で見たのだ。

 そうよ、映画は間違いなく成功する。あのリーネ・フリューゲル(佐藤春香)が主役ならば。現実の本人が現実の本人を演じて上手くいかないはずがない。そうでしょう?


 本来ならば、映画がどうという話ではない。あんなことがあったら普通、大怪我する。死んでいる。とても、とても凄惨な姿に変わり果てた春香を見ていたはずなのだ。

 でも、そこにいたのは、いつものように(・・・・・・・)怪我ひとつなく『攻略』するのが当然とばかりに佇む、リーネだった。どこをどう見ても、春香なのに。あの時の衝撃と混乱は、今でも鮮明に覚えている。


 なんで、ずっと気づかなかったんだろう。春香が、リーネであることに。リーネが、春香であることに―――



 『フェルンベル・ワークス・オンライン』、通称FWOという新しいVRゲームがサービスを開始していたのは知っていた。あまり大きくない、しかし、新進気鋭の技術陣と経営者が集まって作った会社が運営していると聞いた。

 興味はあったものの、あたしが志望する大学の受験日程の都合上、そして、過去のVRゲームでの経験から、すぐに始めることができなかった。


 VRゲームは好きだった。当時は最大規模を誇っていたあのVRゲームで、弟の健人と双子アバターで楽しんでいたあのVRゲームで、あのプレイヤーとあんなことになるまでは。

 最初は、そのプレイヤーと一緒に魔物討伐したり開放エリアの街を散策したりして、とても楽しかった。フレンドが多い人気プレイヤーで、たまに組むことができただけだが。

 落ち着いた大人の雰囲気の女性型アバター、服飾装備はとても高そうな巫女装束、武器はこれまたレアな魔力特化型の日本刀。これだけの容姿と装備なら人目を引くだろう。


(わらわ)の服装がそんなに気になるのか?面妖な奴らじゃのう」


 口調はおかしかったが。

 あのプレイヤーのおかげでロールプレイというものを知ったが、あたしや健人は未だにそのようなプレイスタイルが理解できない。アバターを調整する程度のことはするのだが。

 とにかく、悪目立ちをしていた彼女ではあったが、間違いなくトッププレイヤーでもあった。ボス討伐のほとんどをかっさらい、多種多様な魔法スキルで魔物を翻弄した。

 これらを得るための課金は相当な額になるだろう。本人は『隠しクエストでたまたま入手しただけじゃ』と言っていたが、そんな隠し要素がぽんぽん見つかるはずがない(・・・・・)


 いずれにしても、これだけの実力がある派手なプレイヤーだから、羨望と嫉妬が凄まじかった。所詮はアバターとはいえ、ゲームで知り合いというだけで自慢できるほどだ。

 彼女はしかし、そのような出会い厨もどきの連中にとても冷たかった。とても嫌そうに、とても面倒そうに。そして、つっかかってきたプレイヤーはPvPで即死させていた。

 でも、だからといって、思い切って告白した健人、『ビリー』にまであんなに冷たく当たることはなかったはずだ。もう中学生なのにあたしの後ばかり付いてきていた、弟の健人に。


「お主が妾と?ふん、馬鹿を申せ、気でも触れたのか?」


 あのプレイヤーは、絶対に許せない。あたしの大切な弟に、見事なまでにトラウマを植え付けた。年齢よりも年上に見えたあたしまで避けるようになった。許せない。許さない。

 あたし達はふたりとも、そのVRゲームをやめた。風の噂で、結局あのプレイヤー、『ハルカ』も、人々との軋轢から逃げるようにやめていったそうだ。ざまあみろである。

 それでも、健人のトラウマは解消されなかった。あたしとの距離も、開いたままだった。仲が悪いというわけではなかったが、ふとした拍子に思い出し、会話がなくなる。



 そんなことがあったから、何年かたった今も、別の新しいVRゲームとはいえ、なかなか始められなかった。それでも、受験が終わった後、健人とFWOを始めることができた。

 現実では数日でも、ボス攻略時等以外は10倍の加速時間であるFWOの中では、開始から何週間も経っていた。既にエリアボスが討伐されていても不思議ではない。

 しかしそれが、ほとんどひとりのプレイヤーによって、しかも、複数のエリアボスを倒していると聞いた時、あのプレイヤー『ハルカ』を思い出し、またか、と憂鬱となった。


「あたしは、リーネ。魔導師のあなたと、パーティを組みたい」


 そのトッププレイヤーが、あたしの魔物討伐の様子を見て、そうもちかけてきた。正直、びっくりした。何から何まで『ハルカ』と違う。小柄で幼い少女、初心者と変わらない装備。

 そして、その戦いの凄まじさ。『ハルカ』も凄かったが、リーネは格が違う。その時点での最高レベルのはずのボスのほとんどを、瞬殺に近い形で攻略する。

 その強さの秘密を聞いた時は、腰を抜かしそうになった。毎日毎日、何時間も何時間も、雑魚魔物の討伐。報酬は剣装備やポーションに、スキルポイントも剣技のみ。


「シェリーが加われば、必要なポーションを少なくできる。防御も必要なくなる」


 リーネは、一体何が楽しくてそんなことをしているのだろう。攻略厨、という言葉を聞いたことはあるが、そんなレベルではないように思う。黙々と、地道に。

 健人が『ソルト』として商人職を選んでしまったこともあり、あたしはリーネとパーティを組むことにした。健人と一緒の討伐はできないが、『ハルカ』を思い出すよりはマシだろう。

 リーネをリーダーとするパーティはボス戦で連戦連勝。正直、ボスがNPCとしてかわいそうになるほどだ。リーネの戦いは爽快で力強く、そして、美しい。本当に楽しかった。


 そしてある日、ケインと出会う。

 その容姿に、息を飲んだ。現実の健人そっくりの顔つきと雰囲気。喋り方は違うし、少し大人っぽい立居振舞いではあるが、健人がFWOにそのまま入るとこんな感じだろうか。

 なんとかお近づきになろうとしたがうまくいかず、思い切って健人に尋ねたら、なんと露店でしょっちゅう隣同士という。そして、リーネも誘って食事会を行うことにしたが―――



 ちょうど同じ頃だろうか、高校のクラスメートの『佐藤春香(さとうはるか)』とよく話すようになったのは。

 あと数か月で卒業という時期に、あたしは3年間同じクラスだった春香と、ようやく言葉を交わすようになったのだ。

 

 自分で言うのもなんだが、あたしはクラスのリーダー的存在で、だからというわけでもないが、クラス全員とお互い下の名前で呼び合うようにしたりして、交流に積極的だった。

 しかし、春香とは行事とかでたまに話すだけだった。春香があまり他の人と話さず、携帯端末で本を読んだり校内を散歩したりしていることが多いというのが大きかった。


 『ハルカ(はるか)


 一方で、あたしも少しばかり無意識に距離をとっていたのかもしれない。よくある名前だ。あのクソ女が、遠慮がちで大人しい春香と同じ性格なわけがない。

 しかし、あの凛とした佇まいは、どこか『ハルカ』を連想してしまう。実際のところ、小柄で小学生にも見えかねない春香は、しかし、紛うことなき美少女である。


 まるで、あらゆる老若男女が理想とする少女として作り上げた(・・・・・)人形(・・)のような容姿をもつ彼女には、恋愛感情よりもむしろ庇護欲をかき立てられる。

 すれ違う十人が十人とも振り返り、そこに人間として確かに存在していることに驚愕する。そして、その存在がもろく、儚げにも見える。

 毎日のように会えば慣れもするが、長期休業後に教室で見ると、今でもドキッとする。それほどの美少女なのである。


「春香もやろうよ!卒業した後も、FWOで会えるようになるし」


 だから、春香が携帯端末でFWOの掲示板を見ていた時、チャンスだと思った。『ハルカ』や『ケイン』に憧れ、声をかける機会を狙っていた時のように。

 結局、その時は掲示板をただ見ていただけで、でも実はFWO稼働時からプレイしていた古参プレイヤーだったことがわかって、でも、でも実は―――



「『春香』」

「ミリー…『美里(みさと)』?」


 あんなこと(リアル攻略)があった日の夜だというのに、リーネ(春香)は、今晩もFWOで雑魚討伐である。


「あたしも、手伝うわ」

「…そう」


 ああ、本当に、なんで今までずっと気づかなかったんだろう。

 目の前にいるのは、確かに春香じゃないか。口調が違うけど、でも、一心不乱に雑魚を葬り去っているその姿に、教室で座っている春香の姿がなぜか自然と重なる。

 本当に、本当になんで、卒業が近くなってから声をかけたんだろう。弟の、実は密かに春香のファンだった健人の後悔とまるで同じである。


 なぜ、ずっと教えてくれなかったの。

 どうして、そこまでVRゲームにのめり込んでるの。

 もう、あんな危ないことはやめて。


 言いたいことはたくさんあるけど、どれも今更だ。教えてくれなかった原因はリアバレしていたあたしにあるし、あんな奇跡(・・)があったからこそ、リーネは、春香は、今ここにいる。


 それはそれとして。


「でも、あたしは認めないからね!こうしてちまちま討伐した報酬を、みーんなケインに貢いでいたなんて!」

「…その言い方、やめて」

「だってこれじゃあ、貧しい少女が内職で小銭を稼ぎながらヒモな彼氏を養っているみたいじゃないの!」


 少し、不安なのである。実はリーネは食事会の(・・・・)前から(・・・)ケインを知っていて、それこそFWO稼働開始日からせっせと貢いでいたんじゃなかろうかって。

 実際、食事会に誘う時にケインのスクリーンショットを見たリーネの表情は、恋心満載だった。そして、食事会の間のリーネとケインは、ずっとお互いを意識(・・・・・・)していた。


「あと、こーんな小柄な体に、こーんなぽよんぽよんとした胸!」

「ひゃうっ!?」

「まさかと思うけど、ケインと出会ってから増量とかしてないわよね?もしかして、ケインの趣味?」

「な、な、なんの話!?」


 え?動揺した?あのリーネが?うそぉ…。

 って、あっ!


「確か『春香』って、リアルのケインと会ってるのよね…」

「…っ!」

「現実ではどうしようもないからって、FWOで…」

「酷い」


 あーあ、なんで、卒業間近に『親友』になっちゃったんだろ。

 …親友だよね?あたし達。

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