第29話「私は、リーネ・フリューゲル」
田中さんから、ダミーの会員証が送られてきた。運営と高橋さん以外に示すためのもので、メインアバターは『ルーク』、サブアバターは『リーネ・フリューゲル』だ。
偽造なのでは?と尋ねたが、アバターについてはデザイン相当なのだそうだ。また、このダミーにも私のプレイヤー識別情報は入っており、ギル…本社受付でも有効とのこと。
なお、田中さんプロデュースの設定は、こうだ。
・普通の女子高生がFWO稼働初日に作成したメインアバターは、少年型『ルーク』。
・ルークとして攻略を進めていたが、ケインと交流するうち、少女型にしたくなった。
・サブアバター『リーネ』を作成したが、なぜかケインには緊張して動けなくなる。
・街にもなんとなく近づけなくなり、魔物地域や最前線での戦闘に明け暮れていく。
・ある日、攻略仲間の『シェリー』(現・ミリー)に食事会に誘われ…
以下省略。…よくもまあ、思いつくものだ。特に、『少女型にしたものの、緊張して動けない』のくだり。恋心ゆえの攻略一筋だった、ということですか?なんだそれ。
とにかく、これで準備は整った。世間一般には、田中さんが映画化と共にどらまちっくとやらに公表するようだが、両親と美里、健人くんには、その前に私から直接伝えたい。
さて、誰から、どうやって伝えるべきか。まずは美里、かな。
FWO内の元クラスメート達の集まりにリーネとして現れ、カミングアウトする?口で言っただけでは信じてくれないかもしれないから、ダミー会員証の撮影データを見せる?
それなら、まずリアルで美里(とついでに健人くん)を呼び出してダミー会員証を見せ、それからログインして証明する、の方が手っ取り早いかもしれない。それがいいか。
…ところで、だ。
「なんで、模擬剣一式まで自宅に送ってくるのかなあ…。あと、この剣士の初期装備の服装とか、ウイッグやカラコンとか。特典プレゼントのような感覚なのかな」
ダミーの会員証は、宅配便として送られてきた。正確には、模擬剣一式の宅配の中にダミー会員証も入っていた。剣の方がついでのはずなのだが、配送的には逆だよな、これ。
ていうか、これって宅配で送っていいものなの?そりゃあ、木刀とか模造刀も通販で買えたりするけどさあ。
一般的常識に関する考察はこれくらいにして、自室でちょっと振ってみようと思う。鞘ごと背中に固定する装備も入っていたりして、服飾一式として至れり尽くせりである。
大切なことなので、もう一度言おう。本当に、至れり尽くせりである。ふくよかで、肌触りもよい、自己嫌悪で号泣したくなるほどの、この素晴らしいパッド…。もみもみ。
一通り着替え、ウイッグもかぶって整える。カラコンをなんとか目に入れてようやく、スタンドミラーで確認できるようになる。それにしても、なんでサイズがぴった…
「…」
これは、困った。『リーネ・フリューゲル』そのものである。最近、ケインの目を通してよく見るようになった、紛う事なき、リーネ、である。
もちろん、いくら背格好がほとんど同じとはいえ、顔の細かいところとかは相応に異なる。リアリティあふれるVRアバターは、理想的なまでに滑らかで、繊細であるから。
「でも、なんというか、雰囲気がそっくりというか、リーネを何度か見たことがある人なら、すぐに本人と思ってしまうというか…」
考えてみたら、ある意味当然である。私こそがリーネ本人である。本人がリーネの姿をしてそれがリーネに見えても何の不思議もない。何言ってるのかわからなくなった。
「春香、今日はFWOに…」
母親がノックもせずに部屋に入ってきたその時、世界が止まった。
「…」
「…」
「…コスプレ?」
ハイ、ソウデスネ。
◇
「そうだったのか…。しかし、こうして話を聞いた後でも、まだ信じられない気分だ。その顔は、間違いなく春香なのだがな」
「街でケインくんに寄り添って歩いていた、あのリーネちゃんが、春香、ねえ…」
「…」
えっと、着替えたいんですけど。あと、お母さん、なぜそのシチュをチョイスしましたか。リポップなエリアボスを蹂躙している姿はなかったことにされてますかそうですか。
いずれにしても、自宅の馴染みのリビングで、両親ふたりを前にして(背中に剣を背負って)この格好で椅子に座っていると、ものすごい違和感に襲われるというか。
頭の中では毎度お馴染みのよくわからないたとえで言えば、海水浴に来たのになぜかパジャマを着て浜辺でくつろいでいるような、そんな感じ。ああ、いたたまれない。
まあ、両親にはリーネのことをどうやって説明しようかと考えていた途中だったから、こうしてスムーズに…スムーズなのか?話が通ったのは、楽と言えば楽だが…黒歴史+1。
「ところで、その剣はFWOの時のように使えるのか?ちょっと、振ってみてもらえるか?」
「あなた、仮想と現実は違うのよ。下手に模造刀を振り回して、春香が怪我をしたらどうするの」
怪我はしないと思うけど、家の中のいろんなものにぶつかって、壊れたり割れたりするかもしれない。魔物討伐は効率良くやってると言っても、木樹や草花は多少傷つくし。
まあ、でも…。
「ちょっと、動かないで」
「「?」」
私は、椅子から立ち上がって少し後ろに下がり、背中の剣の柄を右手で握る。
◇
私は、リーネ・フリューゲル。
この世の全ての魔を、攻略する。
◇
ぱちん―――
しゅっ、キンッ、しゃっ
―チン
「…え?」
「おお…」
送りつけられてきた装備一式には、FWO内の銀貨を模倣した、少し大きめの貨幣も何枚か付いていた。御丁寧にも、表面に主要エリアボスのあんちくしょうが描かれている。
当然、本物の銀で出来ているはずがなく、柔らかくて脆い、でも、それなりの硬さがあるものだ。
その銀貨もどきを一枚取り出し、左手の指で上に弾く。目の前の少し上まで貨幣が落ちてきたその時を見計らい、剣を抜く。
ゆるやかに回転していた銀貨を、一度弾く。宙に漂いながらも、私の方に裏面を向けたまま、回転が止まる。裏面には、あの第21エリアボスの、禍々しい姿。
次の瞬間、銀貨が両断され、剣が鞘に収められる。
「これは…すごいじゃないか!」
「本当ねえ。痴漢なんかすぐ撃退できちゃいそうだわ」
「それはいいな!」
お父さん、お母さん、現実世界でも普段からこの姿でいろとおっしゃるのですか。
それ以前に、これを人に向けてやったら、たとえ痴漢相手でも、過剰防衛になる。過失傷害やら銃刀法違反やらで、檻に入るのは私の方だろう。
それと、お父さん、お母さん、あなた達の娘は、痴漢に遭ったことはありません。電車・バス通学したことがないからかもしれませんが、きっと、この貧相な…
「どうしたの、春香?目が虚ろよ」
「ん、もしかして、ロールプレイとやらの最中なんじゃないかな」
「あら、それじゃあ、私が料理人の『ロールプレイ』をしたら、現実でも美味しい料理が作れるのかしら」
…そうよね美里ならFWOで体術スキルも少し修得してるしあの豊かな…はっ。
「ど、どうかな。包丁やナイフのスキルは、多少役立つと思うけど」
「そういえば、VR世界での軍事訓練、というのを聞いたことがあるな。平和利用もできるのだから、私も生産職スキルの方を活用していきたいものだ」
そういう意味では、ケインとしての知識や技術が、現実世界でも多少は役に立つのかも。漁師スキルとか、鍛冶スキルとか。
リアルでもスローライフ。ふふふ、いいかもしれない。
◇
その日は両親はFWOにログインせず、私と、あらためて紹介した高橋さんとで、FWO運営本社を訪ねた。アポなしだったが、田中さんに引き合わせることができた。
「おお、お二人はあの作品を参考にされたのですか!いやあ、当時は流行りましたなあ」
「ええ。あの頃の憧れが今になって体験できるなんて、娘とFWOに感謝です」
「しかし、残酷な表現はダメですな。光のエフェクトをもう少し工夫した方が…」
同世代として、昔のアニメやラノベで盛り上がっている件。つまらないから放っておいて、またモーションキャプチャーの設備でも見学してくるかな。
目を離したのが、いけなかった。
後日、先行発表された映画化告知のために作られた、ポスター。その、キャッチコピー。
【私は、リーネ・フリューゲル。この世の全ての魔を、攻略する】
口に出してたああああ!?
両親も、それを話さないでよ!あの貪欲魔人田中さんが聞いたら、こうなるのは自明じゃない!
あと、えっと、なに、そのリーネの姿。顔は上に見切れて写ってないけど、その服装の質感、鞘の模様の作り…現実の私をそのまま使うなああああ!ていうか、いつ撮ったの。
orz
私は、VRMMOで攻略とスローライフを手に入れた。数多くの黒歴史とともに。




