第26話「FWOそのものを物語る作品として企画されたのです」
「それでもいいけど、少なくともどちらかのアバターについても、話した方がいいと思うよ?あの姉弟だけでなく、御両親にも」
「え、今更、ですか…?」
「その方が春香ちゃんにとっても、これから進めやすいと思うわよ?私のおすすめは、リーネちゃんの方ね。性別はもちろん、見た目も似てるし」
ちっこいところとかですよね。ぐっすん。
ああ、健人くんは私のトラウマになった。黒歴史よりもキツいよ。
卒業式の翌日、リアルで直接高橋さんに『ルーク』アバターのことで相談しに行ったら、そんなことを言われた。絶対秘匿って言ったのにー。
FWOで会わないのは、リーネやケインのロールプレイをしながらでは相談しにくい内容だからだ。他のプレイヤーにうっかり聞かれでもしたら大変だ。
あと、連絡をとったら自宅に招待された。あのリーネとケインの秘密を共有している仲間とばかりに、ずいぶんと親しくなった。
ちなみに、高橋さんは店員歴数年の20代。職場近くの高層アパートでひとり暮らししている。更に言えば、やっぱりないすばでぃのお姉さん。彼氏とかいるのかな。
「でも、始めた頃、は、ともかく、今のリーネとケインは、プレイヤーの素性を、あまり、おおっぴらにできないと、思う」
「…そっかー、そうよねえ。なにしろ、リーネとケインの正体は、今や世界で一番ホットな話題だから」
「………はい?」
え、世界?日本じゃなくて?いや、日本国内でもアレだけど。
それに、正体って。私は怪盗か何かか。
TVとかで話題になってるの?マスメディアも掲示板同様、ほとんどチェックしてないからよくわからないけど。
「3Dビデオのシリーズが翻訳版を含めて売れまくってるからね。ゲーム本体も、主要国だけでなく、人口が比較的少ない国にもローカルサーバの設置が進んでるって聞いたわ」
「拡大展開、本当に進んで、いたんだ…」
「それにしては、前から出ていた映画化の話が進んでいないみたいなのよね。追体験型の3Dビデオよりも手軽だし、各種PVのウケも良かったから、こっちの方が先かと思ってたんだけど」
いや、進まなくていいです。もうお腹いっぱいを通り越して、よくわからない世界の話になっている。私…いや、リーネとケインは国民的アイドルかっての。
版権契約しろと言われればするけどさ。ネット経由で内容確認して、電子署名でさくっとだ。
そういえば、ずっとネットやVRで対応してきたから、窓口と化している『上司』さんの本名とかリアルお姿とか、未だに知らないや。社長は契約書や告知ビデオでよく名前とか見るんだけど。
と、いう話題を振ったら、
「じゃあ、直接行ってみる?運営。私、仕事でよく行くから、案内できるよ」
「…はい?」
そんなことを、高橋さんに提案された。
◇
FWO運営の日本本社。自宅から電車やら徒歩やらで結構かかる場所にある。うん、まあ、首都圏のど真ん中にあるんだけど。
一等地にでかでかとビルが建って…え、これひとつまるまる運営?あれ、大企業系列の下請け的な小さい会社じゃなかったっけ?え、FWO事業で独立して最近引っ越した?(by高橋さん)
…儲けたのか。そうか、儲かってるのか。儲かったんだろうなあ。私の口座残高とか、購入した運営会社の株とかを、あらためて思い出す。
高橋さんと一緒に、一階入口からビルに入る。うん、場違い感満載。どこのどデカい中央官庁かって作りだよ。セキュリティに気を使ってるせいもあるのかな。
入口からずっと、ずっと歩いたところにある受付に到着する。このだだっ広い玄関ホール、なんのためにあるんだろう…。
「昨日面会について連絡した、高橋ですけど」
「高橋さんですね。お手数をおかけしますが、FWOの会員証をお願いします」
会員証を受け取った受付嬢が、手元のインタフェースにそれをかざし、端末を操作していく。
はて、奇妙な既視感が…。ああ、そうだ、あれだ。『冒険者ギルド』のギルドカードと受付嬢。冒険者がたむろってるわけではないけど、来客が他にも何人かいるし、併設レストランもある。
FWOにはギルドシステムはないけど、異世界モノの作品とか、前やっていたVRゲームでは、そういうのが定番として存在していた。
…ちょっと、待って。
定番って…えっと、もしかして…。
「…!高橋、美樹様、魚屋のミッキー、様ですか!?」
「え、や、ちょっと、リアルでその呼び名を叫ばれると恥ずかしいですよー」
恥ずかしいって、ネーミングが安直なの自分でもわかってたんだなあ。
しかも、魚屋。
ああ、うん。問題は、そこじゃないよね。そもそも、高橋さんは仕事で何度かここに来てるんだし。
受付嬢が、なんか震えている。あ、震えを通り越して、ガクガクいってる。
高橋さんの隣にいる、私を、見ながら。
「はあっ…あっ…、あ、あの、申し訳、ありません、そちらの女の子、が…!?」
「ああ、はい。春香ちゃん、会員証」
「え、あ、はい…」
出すの、やだなあ。
…その後の『騒ぎ』は、私のトラウマのひとつとなった。最近、黒歴史とトラウマ増えすぎ。
話をしただけで失神した人、初めて会ったよ。それを見て私まで失神しなかったことを、みんな褒めてほしい。
こうして見ると、握手だけで済んだ高橋さんは、まだまだマシだったんだなあ…。
◇
ここが社長室かあ。え、違う?執務室とは別の、応接用の部屋?
そんな部屋で、私と高橋さん、社長さん、そして、ようやく直接お目にかかった『上司』さん、田中実さんが、上等そうなテーブルを囲んだソファに座っている。わー、ふかふかー。
「大々的に、発表しましょう。関係する仲間や御両親だけでなく、全世界に、全メディアで、ドラマチックに」
「やめて下さい」
「今回、佐藤様、いえ、佐藤さんに初めて直接お会いして、そう思いました。ぜひ、そうしましょう」
「人の話を、聞いて下さい」
つい、リーネのロールプレイで反応しちゃったよ。ぐいぐいと攻めてくる、第23エリアのボスみたいだったからさあ。もしかして、田中さんが操作していた?まさかね。
田中さんは、ある意味普通のおじさまだった。年齢は、お父さんと同じくらい?
しかし、言動がおかしい。いやまあ、VR面会やコール時のそれと同じと言えばそれまでだけど。
「実際のところ、映画化がなかなか進まなかったのは、それが原因だったのです」
「それ?」
「PVや追体験型のビデオと違い、映画化は『フェルンベル・ワークス・オンライン』そのものを物語る作品、として企画されたのです」
ん?よく、わからない。FWOそのもの?
「リーネやケインの物語ではなく、『リーネやケインを操作する、あるプレイヤーの物語』という意味です。その方が、鑑賞者の共感が得られますからね」
…。
……。
………。
「つまり、佐藤春香さん、あなたのドキュメンタリー映画、ということです」
よし、今度こそ気絶しよう。というか、させてくれ。




