第25話「おかしいなあ、私がフラれたみたいじゃないの」
「ええ、スキル自体はレベル1でも、魔法陣を経由すると様々な発動方法が選べるんですよ。たとえば、転移魔法では…」
最近のケインは、露店販売や図書館よりも、他のプレイヤーに多種多様なスキルを教えることが多くなっている。初心者だけでなく、既存のプレイヤーにも。
FWOでは、広く浅くのスキル修得が単なるコンプ目的ではなく、複数スキルの組合せがとても有効である場合が多いことに気づいたプレイヤーが増えたためだ。
「ホーンラビットは、ここを刺す。包丁スキルでも、レベル20以上にすれば、瞬殺できる」
リーネも、生産職プレイヤーから簡単な討伐方法を求められるようになってきた。あらゆる魔物の効率の良い倒し方を知っている、という意味では、ケインと同じタイプだ。
総合的な討伐スキルは必要ないが、特定の魔物だけ狩りたい、たとえば、肉屋にとってのワイルドウルフとか。あれ、生姜焼きにすると美味しいのよね。
そんな感じで、攻略やスローライフという方針自体からいささかズレてはいるが、それらを達成するための生き字引のような役割も果たすようになっている。
リーネやケインに憧れて、つまり、攻略やスローライフに憧れてFWOを楽しもうとするプレイヤーが増えているのだから、当然といえば当然である。
そういえば、いわゆるWikiや掲示板の類は機能しているのだろうか。ほとんど雑談かOFF会告知にしか使われていないかもという話は、姉弟からは聞いているが。
私のFWOでの活動は、ゆっくりとした変化を伴いつつも、割と順調に進んでいる。
だから、というわけではないが、油断していた。
最近多いなあ、私のうっかりさん。
◇
「俺、先輩に告白しようと思うんだ」
健人くんのことすっかり忘れてたよおい。
ケインとして再度ソルトあらためビリーに言われるまで、頭の片隅にすらなかったとは…どんだけ薄情なんだ、私。
いやいやいや、『ハルカ』の一件まで再度忘れてどうするよ。誠実に、対応しよう。それだけは、確かだ。
「ず、ずいぶんと急だね?まあ、以前僕には話してくれてはいたけど」
「そうでもないさ。あと数日で卒業だしな、先輩。あ、あと、姉貴も」
美里のことをとってつけたように…。いやまあ、家族だしな。美里、大学進学しても自宅通いって言ってたし。いつでも会えるということだろう。
姉弟の関係はFWO内でも良好だ。やや、良くなり過ぎている気もするが。
「その姉貴に促されたってのもあるけどな。あれから、いろいろ話をしたんだよ、姉貴と。以前やってたVRゲームのこととか、その先輩のこととか」
美里に言っちゃったのですか…。まあ、覚悟はしていた。
でも、リアルで何も言ってこないな。『ハルカ』の件が吹っ切れた後だからかな。
「だからさ、区切りを付けたいんだ。当たって砕けろだ」
◇
「ごめん、なさい」
「っ、そ、そうか…」
本当に、ごめん。誠実に対応するなら、どうしてもこうなってしまう。
卒業式終了後に体育館裏で告白されるなどという、昔読んだマンガのような展開を、人生の一部に与えてくれた健人くんには感謝する。良い思い出をありがとう。いや、良くないのか。
「まだ、私、には、そういうの、わからなくて。変、だよね、高校を卒業しても、こんなの」
「…!そ、そんなこと、ないよ!大丈夫、佐藤先輩、見た目そういう雰囲気だから!…あっ」
ぴしっ。
…ふーん、へー、そう?
ちびっこ?ちびっこってことかな?
私は、心も体も貧相ってことかなあ健人くん!?
「え、いや、そのほら、先輩、恋愛関係に疎い…あああそうじゃなくて、ミステリアスっていうか、そんな俗っぽいことにはノーサンキューって、雰囲気がさ、その」
なら、なーんで弁解するかのようなセリフ回しなのかなあ、ん?
ちょっとばかし毒づきたいのを抑え、無難な反応をする私。
「だ、大丈夫、気にして、ないから」
「あ、ああ…」
はあ…私には、本気じゃなかったってことかなあ。
まあそうか、前と違って『ハルカ』の時のトラウマはやわらいだみたいだし、美里とも関係修復していちゃいちゃしてるし。くそう、男はやっぱりないすばでぃなお姉さんが好きなのか。
おかしいなあ、私がフラれたみたいじゃないの。
私が恋愛対象だなんて、妄想もいいところだったんだ。調子に乗って、浮かれてたんだよ。
ぐっすん。
「こらあ、健人!フラれた相手を泣かすってどういうことよ!」
「へぶっ」
どこからともなく颯爽と現れた美里が、健人くんをふっとばす。
うん、気づいてた。美里が、近くの木の裏で、健人くんの様子を見守っていたこと。
ああ、ちょっと痛そう。
「…昔トラウマ植え付けられたのに、今度はアンタが植え付けてどうすんのよっ」
「そ、そんなつもりはねえよ…。いや、そうか、あの時も、そうだったな」
「そうよ…あ、ごめんね春香、バカな弟で」
そうして、目の前でいちゃつかれている方が心にイタいんですけど。
いろいろと騙してきたことの報いと思って、受け止めよう。そう、誠実に。
◇
「あ、そうそう。春香、あなた『ルーク』でしょ?」
「…へ?」
学校主催の質素な卒業祝賀会の時、いきなりそう言われた。
確かに、高橋さんの協力で、両親にはそういう設定で済ませたけど…。
「その反応、やっぱりそうだったんだ」
「えっと、その…ごめん、なさい」
「いいのよ。言い出しにくかったんでしょ?男の子アバターだなんて」
あー、そう解釈したかあ。よし、その設定イタダキ。
…ん?なんの設定?私の、リアルの『佐藤春香』の設定?
あれ…?なんだろ、この、奇妙な感覚。
何か、何かが引っかかる。
それがなんなのかよくわからないまま、話は進んでいく。
「魚屋のミッキーから聞いたわ。御両親も始めたんだよね。私も会ったわ」
高橋さんのおしゃべりーっ!
でもまあ、そうしておけばいろいろとスッキリはするか。
「で・も!ケインと昔なじみだったことは、教えてほしかったなあ」
「昔なじみって、まだ、数週間程度、だし」
「ゲーム内時間では結構長いじゃない。あたしが図書館で会う、はるか前からフレだったなんて。しかも、古参中の古参じゃない、FWO稼働初日からやってたなんて」
ああ、カズキなアバターのお父さんがそう暴露してたな、そういえば。
「おかしいと思ってたのよねー。体験版で、いきなりあんなに流暢に進めていて」
「本当に、ごめん。でも、今は、あんまりログイン、できてないから」
「そうなの?じゃあ、春休み中に一緒に進めてみない?リアルじゃ2~3週間程度だけど、ゲーム内なら半年近いわよ!」
うぇ!?ど、どうしよう。
高橋さんにアカウント権限を借りようか?お仕事中の平日昼間だけ、とか。
「え、佐藤さんもFWOやってたの?」
「なになに?え、ケイン様とフレ!?」
「うっそー!シェリー…ミリーのことは知ってたけど!」
元クラスメート達がわらわらとやってくる。
あー、これは、高橋さんに本格的に交渉した方がいいかなあ。




