第19話「ケインのサインは事務所…運営を通して下さい」
両親との晩御飯に意気込んで臨んでいたら、先にFWOの話題を振られてしまった。
そろそろニュースだ、と父親がTVのスイッチを入れた。私は食事中にながら見する習慣はないけど、世代の違いか、両親は観ながらよく食べている。
で、まあ、旬の話題ということで、『あの事件』の特集が流れた。世間の評価は、概ね悪くない。不正侵入事件自体は少ないが、迅速解決してしまったのが良かったのだろう。
「でも、あんな小さい娘が、すごいわねえ。それまでの乱闘シーンは嫌だけど、その後の、剣を一閃して悪い人を消しちゃうの。アレは爽快ねえ」
悪い人って。あれも、元を正せば私なんです、お母さん。
「錬金術師だっけか?たくさんの魔法陣を送り出しているところも良かったな。一見地味なようで、あの娘と息ぴったりの連携で敵を惑わしているのは見ごたえがある」
それは、カメラワークの妙です。編集の賜物です。そして、息ぴったりなのは当たり前です。同一人物なのですから。
「ドラマや映画でもなかなか見られないわよね、こういうの。アニメの実写化は、なんか違うし」
「そうだな。まさしく、剣と魔法の異世界に旅立つようだ。始めるのはいいが、私でもやっていけるのか?」
大丈夫ですよ、お父さん。割と現代設備もありますから。モニタースクリーンとか、お風呂とか。
それにしても、このニュース特集、事件の特集じゃなくてFWOの特集になってない?あ、運営会社が映った。『上司』アバターに似ている人は…いないか。
「それじゃあ、明日は土曜日だし、みんなでヘッドセット買いに行きましょ。春香、アドバイスしてくれるのよね?」
「そうだな、それがいいな。春香も前買ったヘッドセットでFWOをやっているんだろ?」
「あ、うん…」
どうやら、FWOを体験してもらってから、話を切り出した方が良さそうだ。私がリーネとケインだってことは…まあ、成行きに任せよう。
明日の攻略とスローライフは中止だなあ。今晩ログインしたら、シェリーとソルトに、ああ、違った、ミリーとビリーに伝えよう。
◇
「こっちの方、が安定していて、精神同期が、滑らか、なんだけど…」
「この間、春香に買ってあげたのと同じね。でも、ふたり分買うには、手持ちが足りないわ」
「こっちの少し安いのでもいいんじゃないのか?視覚同期がうんぬんと書いてあるが」
両親は、店頭ではいつもニコニコ現金払いである。クレジットカードを持ち歩けとはいわないけど、せめてキャッシュカードくらい持参してもいいのでは…。
ちなみに、安い方は、ケインで使っている中古よりはマシだが、リーネを操るには厳しい。第13エリアのボスを瞬殺するには…いや、そんなこと両親に求めはしないが。
とはいえ、FWOで何をやるか決まっていないうちに、ハード仕様を低めに設定するのはよろしくない。それは、携帯端末とかと同じだ。
「ね、ねえ。私、FWOのクーポン、をいくつか、もらってるんだ。使えるか、店員さんに訊いて、みる。ちょっと、待ってて」
はい、もちろん嘘です。あの有り余った口座残高を、少しでも減らしたい。両親にプレゼント、と思えば、さほど悪くはない嘘だ。と、思う。
美里と健人くんと一緒に来た時にも見かけた、女性店員に近づく。
「あの…」
「はい、いらっしゃいませ!…あ、何度か来られた方ですね。今回の御用件は?」
ああ、いい人だ。旧型購入からお世話になっている店員さんだが、両親や友人の前では、こんなことを言ってこない。『こっそりやってる』ことを感じ取ってくれている。
VRゲームは、今でこそ…というか、FWOが広く知られた今より前は、マイナーな印象がぬぐえなかった。特に、その、私みたいな見た目ちびっ子には、偏見の目が多かった。
言ってみれば、自転車ならママチャリで十分でしょって雰囲気の中で、旧式でもオフロード仕様を好んで通学に使っているようなものだ。ああ、またよくわからないたとえが。
とにかく、この人なら、大丈夫だろう。
「えっと、このモデルをふたつ、買いたいんですけど、これ、使えますか?」
「あ、はい、このブランドのマークならこちらのレジで使えま…ええええ―――!?」
「ちょ、あの、静かに…」
私が出したのは、店頭でも口座引落がオンライン処理で可能な銀行カードだ。FWO運営会社経由で用意された口座と直結。そう、あの残高の銀行口座だ。
このカードは、銀行がFWO運営会社と提携して発行した特殊仕様。FWO会員証を兼ねたデザインで、アバターの顔写真と名前もプリントされている。
メインとサブのアバターがあるなら、その両方が表示されている。『上司』さんに、ふたつのカードに分けられないかお願いしたのだが、銀行側の制約でダメだった。
そういうわけで、このカードを出せば、一発でリーネとケインのプレイヤーが私であることがバレる、というか、証明される。会員証なので、裏に私の名前と写真もあるのだ。
「え、なんで…あ!ふたつ買って…あ、ああ、そうか、そうなんですね、そうだったんですね!」
おお、全て理解してくれた。でも、もうちょっと、声を抑えてもらえると…。
「えっ、と、内緒に、しておいて、もらえれば…」
「は、はい、もちろんです!それで、その…」
ん?
「握手して下さい!あと、サイン下さい!ケイン様の方で!」
私との握手でいいんですか、店員さん。それと、ケインのサインは事務所…運営を通して下さい。なんか、商品になっちゃってるんで。




