第18話「姉貴の課金厨嫌いの気持ちがわかってきた」
「これ、どうしよう…」
ある日の夕方。現実世界の自室で、端末画面に表示した、銀行口座の出入金一覧を目の前に、困惑する私、佐藤春香。
18歳の高3。あと少しで高校を卒業し、大学に入学する予定。ちょっとばかり小柄だが、至って普通の、平凡な学生だ。繰り返す。普通で、平凡だ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、……。何度数えても、同じ桁数…」
記録された最後の行の、一番右端、残高。ああいや、口座残高は画面右上にも表示されているけど、この残高に至るまでの出入金記録と共にそれを見て、ため息をつく。
所得税払って、これって…。サラリーマンの平均生涯所得、いくらだったっけ…?
そういう比較対象を考えるほどの金額が、そこには表示されていたのである。
◇
ソルトに、こう聞かれたことがある。
「なあ、ケイン、やっぱお前って、リアルでも金持ちなの?」
「へっ!?え、あ、いや、そういうわけでもない、かな?」
「じゃあそのアバター、どうやって手に入れたんだ?初期投資だけでも金貨5枚は必要だろ?」
そんなの、レベル1のリーネでも雑魚討伐数日分だけで…というのは、心の中に留めておく。
『フェルンベル・ワークス・オンライン』における仮想世界では、通貨単位というものが存在しない。金貨1枚=銀貨100枚、銀貨1枚=銅貨100枚。それだけだ。
日本円で例えるなら、銅貨が十円玉で銀貨が千円札か。そして、FWO内のあらゆるモノ・サービスの価格は、現実の物価水準を参考に決められている。
つまり、金貨5枚というのは、現実世界でいう五十万円相当であり、ゲームを始めたばかりのプレイヤーがFWO内で簡単に稼げる額でない。…リーネは数日で稼げたけど。
FWO内で稼げなくても、現実世界から課金してゲーム内貨幣を手に入れることもできる。レートは、金貨1枚一万円。ケインアバターの初期投資を課金で賄うなら五万円だ。
始めたばかりの私とてそんな課金をするはずもなく、リーネが既定額を稼いですぐにケインのアバターを作り直した。リーネは、食事会の時までほぼ初心者装備で済んでたし。
「それともお前、結構年上?社会人で金持ってるの?」
「年齢とかは教えられないけど、そんなにお金持ってるってわけじゃないよ」
「ホントか?まあ、あまりログインできない社会人が、アバターの、しかも、初期投資だけでぽーんと何万円も出さないかあ」
いやあ、わからないよ?時間をお金で買う人は割といる。いわば、リーネの一心不乱の雑魚討伐報酬を、課金でカバーするようなものだ。
でも、お金をかけた分、愛着やら執着やらが湧いたり、ゲーム内でもとを取ろうとしたりして、でも結局時間が取れず、後悔する。結果的に、そんなプレイヤーは少数だ。
「ということは…やっぱ、リアル金持ちか?くそう、リーネちゃんも稼ぎ頭なのに、そこに更に課金で…。あ、姉貴の課金厨嫌いの気持ちがわかってきた」
「い、いや、始めた時に、ちょっとツテがあってね、クーポンとか併用できたんだ。ゲーム初めてだったから、確かに少し奮発したってのも、あるかな」
「あー、そういえば、サービス開始直前に先行登録特典の抽選があったっけ。その特典を誰かにもらったってことか?」
あいまいな表情で、肯定とも否定ともとれない笑顔を返しておく。よし、今日の嘘八百も健在だ。
◇
という感じなので、リアルを含めて、あの姉弟にお金の話題を振るのは得策ではない。
リーネとケインの中の人が、複数のPV協力費用やら広告費マージンやらフィギュア肖像権使用料やらで、リアル金持ちになってしまったと知られたら、たぶん縁を切られる。
まあ、わかる人はわかるだろうなあ、運営から結構な額のリアルマネーもらってること。この間の事件をきっかけに、一般雑誌やTVとかでさえ特集組まれてたりするし。
幸いなのは、FWOの運営会社が、こういった金銭関係に関して非常に誠実ということ。『上司』さんは特にそうだ。…この間の事件の迷惑料的なものもあるのかもだが。
「ここはやはり、両親に正直に話して、なんらかのアドバイスを…」
18歳になると、いろんな『契約』が電子署名で単独でできてしまう、そんな時代。しかし、お金があるとトラブルに巻き込まれやすくなるのは、いつの時代も同じだ。
ネットで調べればいろいろわかるが、両親は私がVRゲームをやっていることを知っているし、きちんと話をしてアドバイスをもらうべきだろう。
とはいえ、あまり深刻に切り出すのは誤解を招きそうだ。今晩は一緒に晩御飯食べる予定だから、その時にでも話題を振ろうかな。
コミュ障気味の私は、両親にさえ遠慮した話し方になってしまう。 無難に進めて損はない。よし。
◇
「ほー、今のVRゲームはすごいんだなあ。続けるには結構お金がかかるのか?」
「う、ううん。この間、買ってもらったヘッドセット、があれば、ネット経由で、ほとんどのことが、できるよ」
「そうなの?じゃあ、私達もやってみない?この、『フェルンベル・ワークス・オンライン』っていうの」
なんですと―――――――――!?




