第15話「この世の全ての魔を、攻略する」
ちょっと待った、5分は早すぎる!
ログインしたままシステムがシャットダウンすると、事実上の強制ログアウトを引き起こす。今ログインしているプレイヤーに、一斉に、だ。
強制ログアウト自体が、極めて異例の事態だ。それまでつながっていたアバターの感覚が、本来のプロセスを経ずに、急になくなる。全くの『無』の空間に放り出される。
人によっては、トラウマものだ。数秒から十数秒でリアルの体の感覚につながるが、いつ復帰するかわからないままその状態に陥るのは、短時間といえど恐怖であろう。
「よ、よくわかんないけど、すぐにログアウトを…あれ?できない!?」
「みんな一斉にログアウトしようとして、数多くの処理がキューに溜まってる。順番待ち状態だ」
「そんな!少なくとも数千人はログインしているんだぞ!」
ソルトが焦るが、こればかりはしょうがない。
別に、仮想世界に閉じ込められたわけでも、デスゲームに陥ったわけでもない。そういう意味では気楽だが、みんな話にだけは聞いている、未体験の恐怖が迫っている。
『ちょっ、そんなことしてる場合じゃ…あっ!?』
『はん、弱いな。剣圧だけで吹き飛ぶとは』
え、まだ戦ってたの?あの『ハルカ』さん。
余裕だなあ。私のように、強制ログアウトに慣れてるんだろうか。そう言えば、あの時も…。
ん?あの時?
もしかして…。
リーネとしての私は、メニューを出して手早く操作し、運営直通の緊急コールをかける。
GMコールよりも優先度の高い、『上司』宛の呼び出しだ。なぜこんなことができるかは、推して知るべし。隣のソルトが不思議そうな顔をしているが、無視。
<佐藤様、今は緊急事態ですので…>
<原因は、あの『ハルカ』アバター?>
<…!はい、当方ではそう予測しています>
やっぱりか。
<なら、『あの時』同様、PvPで倒す>
<…よろしいのですか?>
<後日、詳細を迅速に公開してもらえれば>
こっちはタダでさえ、本名が晒されてるんだ。偽物であることをはっきりさせてもらわないと。…こういうことがあるから、本名を使わない方がいいんだよ、昔の私。
<準備はできております。あと258秒です>
<わかった>
コールを切ったリーネとしての私は、その場で叫ぶ。
「緊急エントリー、リーネ・フリューゲル!」
【全体メッセージ:緊急エントリーを受理しました。アバター『リーネ・フリューゲル』に、第1回バトルロイヤル戦闘スペースでの戦闘を許可します】
ちょ、恥ずかしいから全体メッセージで流さないで!あああ、コロッセオにもメッセージ音声が響いた!
ソルト、こっち見んな。
ええい、ままよ!転移魔法陣発動!
「ふんっ!」
ガキィ!!
「な…!?」
「り、リーネ!?」
自称『ハルカ』の目の前に転移し、その身体を剣で貫こうとする、リーネとしての私。が、鈍くとも鋭いとも言える音がするだけで、剣先は『ハルカ』に届かない。
やっぱり、チートか。第17エリアのボスを貫く攻撃が、パッシブスキルで完全防御するなどあり得ない。
しかし、このチートな防御壁は、無効化の方法がある。
「ふははは!そんな剣ごときで、我が無敵の防御は崩せぬ!」
その魔王口調やめろ。心がイタいじゃないか。
「リーネ!」
シェリーが何か叫んでいる。まあ、待ちなさい。
「ケイン、なんだかよくわからないけど、リーネちゃんが…!」
「緊急エントリー、ケイン・フリューゲル!」
【全体メッセージ:緊急エントリーを受理しました。アバター『ケイン・フリューゲル』に、第1回バトルロイヤル戦闘スペースでの戦闘を許可します】
だから、こっち見ないで、ソルト。
ケインも、高レベルの転移魔法陣を発動する。リーネのストレージに移動させる前で良かった。
転移先は、同じく自称『ハルカ』。ただし、転移させるのはケインのアバターではないし、『ハルカ』の目の前でもない。
「【ストレージアウト】全属性魔法陣」
『ハルカ』を覆う障壁の中に穴が空いたかと思うと、膨大な数の魔法陣が放出される。こちらは、レベル1のものばかりだ。ただし、数も種類も多い。
「ぶはっ!?な、なんだ!?なんなんだよ、これぇ!?」
あらあら、『ハルカ』のロールプレイが崩れてますよ。もしかして、中身は男?
魔法陣が描かれている素材は、紙とも布ともいえない、薄い魔力の膜。そういう設定だ。そんな薄い膜の集まりが、数千、数万と『ハルカ』にまとわりつく。
「【連鎖発動】」
そう、ケインが唱えると、まばゆい光の奔流が生まれる。その奔流はすぐには収まらず、数秒の間、障壁の中から外に溢れ出し続ける。
武器や魔法が中から外に繰り出される時だけ無効になる、そういう、チート防壁。
その数秒の無効化で、十分だ。たとえ相手が、魔物ではなく、プレイヤーであっても。
私の頭の中に、討伐時のいつもの言葉が響く―――
◇
この世の全ての魔を、攻略する。
◇
「え…あ…?」
気がつくと、リーネは『ハルカ』に背を向け、剣を、チン、と鞘に収めた後だった。
『ハルカ』の身体のあちこちが、巫女装束と共に切れている。直後、光の粒となって、消えていく。
【全体メッセージ:システムの異常が除去されました。『フェルンベル・ワークス・オンライン』のシャットダウン予定を無効とし、通常稼働に戻ります】
「う…」
「う?」
ケインの横にいるソルトが、何かを言おうとしている。
「うおおおおお―――――――――――――!」
『わあああああ―――――――――――――!』
いや、ちょっとまって。なんでみんな歓声を上げてるの?
これ、公式イベントとかじゃなかったんですけど?『事件』だったんですけど?
発動を終えた魔法陣の膨大なかけらが、コロッセオ全体に舞い散り、きらめいている。
紙吹雪のようなそれに包まれながら、歓声を上げ続ける多くのプレイヤー達。
それを、リーネとケインの両方のアバターの目を通して眺めた私は、思った。
黒歴史が、増えた…。