番外編「学園180分コース!(2/4)」
2017/10/18 -- 7/15
入学式当日。
なぜかリーネとしての私が新入生代表の挨拶をすることになった。
「なぜかもなにも、春香が一番頭いいでしょ?」
「そうだな。私よりも優れているのは確かだろう」
「伊藤先生、からかわないで、下さい…」
まあ、役割分担ということで割り切ろう。なにしろ…。
「それにしても、すごいな。ここにいる人間、俺達除いて全部NPCなんだろ?」
「3学年分の生徒に校長を含めた教職員…。定型の動きじゃなくて、それぞれバラバラに動いているよね。技術スタッフの人達、がんばったんだね!」
「あ、う、うん、実際に公開する時は、計算リソースの都合で、今ほど、性能よくない、はず」
姉弟にシナリオ通りに伝える高橋さん。なんか、しどろもどろだけど。
はい、もちろんうっそでーす。今回の仮想世界にNPCはいませーん。これも実験の一環ですよ、実験の。
「春香ちゃん、やっぱりおかしい…」
「さすがにこれは、恐怖を覚えますね…」
「FWO初日の、ちょっともたついた動きをしていたリーネとケインがなつかしいです…」
なんだよー。せっかくがんばって動かしてるのにー。これだって、あとで技術スタッフの人達が記録を解析して、本物のNPCを作るための基礎データにするんでしょ?
まあ、何百人ものアバターを同時に動かすのは、入学式とかの行事くらいだけどね。普段は、私達が所属するクラスの生徒くらいだ。あとは、教科担当の先生と、食堂のおばちゃんと、守衛と、ショッピングモールの各店員と、通行人と…。
◇
「はい、これからHRを始めます。みなさん、席について下さい」
担任の先生は、無難に真面目で物静かな男性にした。生徒の質問にはこまめに答えてくれる、優しい優しい先生だ。
「せんせー!せんせーは彼女いますか?」
「お答えできません」
男性教員にもそーいうことを尋ねるのはセクハラですよ?美里さん。ああほら、健人くんが悲しい顔をしている。
「妾は早速剣道部に入りたいのだが、入部方法を教えてくれないか?」
「今日配布した用紙に記入して、私に提出してくれれば、受理します。後で職員室に持参しても良いですよ」
各自の机の上には、時間割やら行事予定表やらの資料が置いてある。生徒手帳という名の学園コースガイドブックも。ここらの辺は技術スタッフのみなさんの作り込みだ。私は、その成果へのナビゲートを担う。
「おや?行事予定表に定期試験が書かれていないね?」
「試験はありません。3年間きちんと出席すれば卒業できます」
「やったー!試験なし!うひょー」
「うおおおお!」
なんて喜び方ですか、ミリビリ姉弟。
「ただし、授業中に小テストがあります。宿題も出ますのでこちらもきちんとやってきて下さい」
「「ごふっ」」
甘いですよ、お二人さん。小テストや宿題には、学習システムの問題をちょこちょこ混ぜて評価するからね。なーに、何と言っても3年間だ。少しずつゆっくり学べるでしょ。
「それでは最後に、男女ひとりずつクラス代表を決めたいと思います」
「あ、それ私やりたい!一緒にやりましょ、実さん!」
「ええ、構いませんよ」
うお、普通なら決まるまでにあれやこれやとある委員長的な役割を、高橋さんが立候補した。田中さんも付き合いがいいなあ。まあ、一緒にいられる時間が増えそうだしね!
「他にやりたい人がいなければ、お二人に任せたいと思います。連絡事項などはクラス代表に逐次伝えますので、クラスでの周知をお願いします」
「わかりましたー!」
という感じで、最初のHRが終わる。
「仮想世界で資料を鞄に詰めるのが新鮮だね。ストレージ機能がないのが不便かな?まあ、これはこれで」
「アイテムをストレージから取り出せないケインという違和感が物凄い。じゃあお前、部活動とか何するんだ?」
「化学部に入ろうかなと。錬金術師っぽいだろ?」
「ああ…そういえばお前、FWOでは錬金術師だったな。魔法陣発動とアイテム販売ばかりで忘れていたわ」
失礼な。その魔法陣やアイテムだってケインとしての私がせっせと生成していたのだぞ。全部レベル1だけど。
「あ…ああ…あああ!」
「と、突然、どうしたの、美里?」
「携帯端末が…ない…!FWOで言うフレンド機能やメッセージ機能もない…!」
ああ、空中にメニュー出してっていうAR演出がリアルっぽくないみたいでね。ログアウトとかの必要最低限の機能は音声コマンドだ。それはそれで呪文っぽいけど。
あ、それと。
「この学園は、ケータイ禁止」
「おーまいがっ」
「え、それじゃあ、休みの日に出かける時とかどうやって合流するんだ!?」
お父さーんお母さーん、出番ですよー。待ち合わせ方法とか教えてやってー。普段から携帯端末使っていない両親がこんなところで活躍するとは…。
◇
「…中学の内容って、こんなに難しかったっけ…」
「えーと、変数xと変数yをこっちに…あ、あれ?」
そっかー、この姉弟は中学からやり直すべきだったかー。っておいおい、数桁同士の掛け算でもたついてるぞ。ええい、4✕9はすぐに出るのになんで9✕4を間違える!小学校からやり直しだ!
「うう…数学の先生が厳しい…」
「寝かせてもくれない…」
当然ですがな。ビシビシいくよー!
「さすがに、私達が使っていた頃の教科書とはだいぶ違うね。全て電子化されているのはこの世界特有かな?」
「もともと電子化されていますよ!紙だと仮想世界に取り込みにくかったところなので、技術スタッフは助かったって!」
「電子書籍だと改訂も早そうだな。こういうところも言語形成に大きく影響するのだろうな…」
伊藤先生、職業病ですか?いやまあ、研究熱心でなによりです。課題は全て解答済みですしね!
「最近の教科書は図入りで見やすいのねえ」
「そうだな。内容的にはあまり変わらない感じだが」
「ですね。範囲が若干違う感じでしょうか」
お父さんお母さん、そして田中さん。教科書の作りに感心してないでさっさと問題解いちゃって下さい。
「ぐー」
「すぴー」
寝るなあ、そこの姉弟!
◇
「あはははは!気持ちいー!」
美里は水泳部に入り、早速プールで爆走し始めた。
リアルの高校ではあれやこれやとスポーツをやっていたけど、室内&温水という設定で一年中使えるプールが気に入ったようだ。
「姉貴の水着姿、高校でも有名だったんだよなあ…」
そうだったの?いやまあ確かに、美里はないすばでぃだけどさ。って健人くん、顔がデレデレだよ!?これはもうアレだな、引き戻せないね、うん。超今更だけど。
というわけで、健人くんも水泳部。ちなみに、爆走中の美里や健人くんのつぶやきをプールサイドで見聞きしているのは、リーネとしての私ではなく、水泳部員NPCその一のフリをしている私。ごめんねー、別に監視しているつもりはないんだよー。
では、リーネとしての私は何をしているかというと、
「はあああああ!」
「ふんっ!」
ハルカと共に予定通り剣道部。という、設定。いや、普通に活動はするけど、四六時中というわけではないよ?なにしろ、他の部員も含めて全員、中の人:私。姉弟や両親が不自然に思わない程度には他のロールプレイをこなした方がいいからね。
「それでも結局、竹刀を交えるのね…。それ、楽しい?」
「「かなり」」
中の人承知の高橋さんなので、ハモって答える。リーネとハルカって剣士としてのタイプが結構違うのよね。リーネはスキルを、ハルカは魔法を使えないけど、それだけにプレイヤースキルの違いがよく見えてくる。
「美樹さん、学園のことは春香さんに任せて、私達は学寮に帰りましょう」
「うん!それじゃ、またね!」
剣道場から去っていく、高橋さんと田中さん。クラス代表に専念するという設定らしいけど、下校デートを充実させたいだけだよね。でもね、田中さん。通行人や店の人達も私ですよ?
「ここで借り出せばいいのかね?」
「はい。特に貸出制限はありませんが、手続きはお願いします」
伊藤先生は学園の図書館蔵書の制覇を課外活動とするそうだ。ケインとしての私がなぜそうしないのかというと、ここの蔵書はFWOのそれのコピーだから。著作権関係をクリアしやすかったらしい。
「しかし、すごいねえ。君は数か月で制覇したのだろう?」
「ケインとしては、流し読みが多かったと思います。資料としての参照ばかりでしたから」
と、司書として答える私。一通り目を通しているのは確かなので、司書としての役割はバッチリだ。
「あら、こんなところにキレイなお花が」
「FWOよりリアリティがあふれているな!向こうの林にも言ってみないか?」
ある意味田中さんや高橋さんよりも下校デートを楽しんでいるのが、ウチの両親。もっとも、市街地とかよりも、学園都市というか人工島全体の散策に近い。
FWOでもそうだけど、何気に旅行好きだよね。お金かかるからってリアルではあまり遠出しなかったけど、今度長いお休み取れたら、月にでも連れて行こうかな。