番外編「学園180分コース!(1/4)」
2017/10/18 -- 6/15
ここから番外編が4話構成で続きます。すっ飛ばしてもたぶん問題ないです。
なお、この番外編シリーズは、拙作『一期一会の仮想世界』(カクヨム)第二章の設定を流用しています。
「HSCP-01、初お披露目ー!」
高橋さんの言葉に、ぱちぱちぱち、と拍手する、私、田中さん、美里、健人くん、伊藤先生、そして、ウチの両親。
ここは、(財)仮想世界総合研究所の大会議室。ただし、机や椅子はほとんどが移動されている。その代わりに、10台ほどずらっと並んだ、カプセル型フルダイブ装置。
「むー、みんな、もうちょっと感激してよー」
「春香ブランドって聞いたけど、どんな特徴があるかわからないし」
「だなー。初めて来たVR研には感激しているけど」
私と田中さん以外は初めてだね。まあ、訪ねる理由がなかったとも言えるけど。
「HS-01同様、超高速接続!VRサーバに直結すれば更に高速!」
「それだけ?」
「内部環境の快適さは当社比2.5倍!ふかふかふわふわで、まるで雲に包まれて浮いているよう!」
高橋さんの本来のお仕事能力が発揮され始めた。ノリノリである。
「そして!トイレ機能が標準装備!」
「ちょっと、待って。それは、私と、関係ない」
「えー、廃人プレイヤーの春香ちゃんらしいでしょ?これなら、ダイブする前に何か食べて済ませることを済ませれば、最大6時間は連続接続可能!」
廃人ちゃうわー。同時接続して効率の良い活動ができるってだけだぞー。だぞー。しんじてくれー。
「こんなにお得で、なんとお値段据え置き!」
「カプセル型はもともと高価ですけどね。春香くんあたりなら買えるでしょうが」
「標準オプションなしの普及版モデルHSCP-101が別にあります!通常接続と快適さはそのままに、お値段半額!」
おお、それはすごい。って、それって、VRサーバ直結とトイレの機能でHSCP-01の価格の半分ってことですかい。最初からそうしようよ。
「ソル・インダストリーズから、研究開発用に何台か試作してくれって…」
「ああ、開発地域のトイレ問題は深刻ですからね」
「それ、ただの、月面仕様…」
鈴木のお爺様にダシにされたのかなあ。だから、今回来なかった?
「それで、このカプセル型の試用をしてくれということかね?」
「あと、VR研ワールドデータ班が試作した、新しい仮想世界システムも!」
「仮想世界システム?ゲームじゃないの?」
ゲームといえば、ゲームかな。
実は、今回の目的は、超加速時間の世界でどれだけ長くいられるかの実験。私が忘れている何かを思い出すかもしれないと思ったのだ。
そうしたら、高橋さんが『そんなの、春香ちゃんだけダメ!危険!』と言って、技術スタッフが以前から開発していた仮想世界システムを使い、みんなでダイブしようということになったのだ。
「仮想世界の名前は、学園180分コース!」
「「「「「学園?」」」」」
「約1万倍の時間加速で3時間、仮想世界内で3年間、中学校生活をしてもらいます!」
「「「「「はい?」」」」」
まあ、びっくりするよね。
◇
高橋さんは約1万倍と言ったが、正確には、60分で360日、1分で6日、10秒で1日。8,640倍である。
ネット経由で更に無線接続となると、通常のヘッドセットではこの加速に対応できない可能性がある。また、対応できても、精神状態によっては強制ログアウトとなるかもしれない。HS-01を使った私以外はね!
でも、直接接続のカプセル型を使えば、普通の人でもそれらの心配がないことがわかっている。そして、そんな安定した接続環境を私が使えば…いろんなことができる!
「アバターの設定終了!無理はしなくていいから、ログアウトしたくなったらしてねー」
そして少し休憩してまたログインしてもらってもいいけど、仮想世界の中では既に数か月経過しているということになる。
「この年になって、中学校生活をすることになるとはなあ。うまくやっていけるか、少し不安でもあるな」
「今度は高校生じゃなくて中学生のアバターか!ますます若返るな!」
「そうねー。楽しみだわあ」
いろいろと思うところがある壮年組。
「姉貴と先輩がクラスメートかあ…」
「今度こそ、今度こそ春香と…そして、健人とも…両手に…」
こちらもいろいろと…いや、美里がなんか怖いんですけど!
なんとなく一抹の不安を覚えつつも、『学園180分コース』が始まった―――。
◇
「学園寮は一人一部屋かあ。春香や健人と同室になりたかった…」
「こちらの方が、快適」
「だな!各部屋にシャワールームまであるし!」
ていうか、この3人で同室だと私が地獄を見る気がするんですが。
ちなみに、田中さんに高橋さん、ウチの両親もそれぞれ個室だ。我慢してねー。
「えへへ、若い実さんが、新鮮」
「そう、ですか。照れますね…」
ふーむ、こういう時は失言とかしないのよね、田中さん。ここでうっかり『美樹さんも若いですね』とかほざいたら、リアルでも即同棲解消だよね。
「お父さん、一緒に登下校しましょうね」
「そうだな。全寮制と聞いてそれができないのが残念と思っていたら、学校から市街地を挟んだ場所に学寮があるとはな」
もちろん、登下校演出のための建物配置である。人工島内の学園都市という設定だが、電車やバスはない。市街地もショッピングモールや公園で構成されており、コンパクトにまとまっている。
「妻や子供達と何年も離れるのは初めてかもしれないな。リアルの方は数時間でしかないのだから、私だけが寂しく感じるというのがなんとも奇妙だが」
「すみません、時々ログアウトしても、構いませんから」
「いやまあ、たぶん大丈夫だろう。それに…春香くんの実験にも興味があるしね」
例によって、伊藤先生には本当の趣旨を伝えてある。でも、本当に時々ログアウトしてもいいんですよ?1時間ごとにそれぞれ最初の5分、つまり、各年の4月だけとかでも。
入学式の数日前。入寮手続きを済ませて寮生活の環境を整えてから入学式に臨む、という流れである。ところで、中学で全寮制って珍しいよね?そうでもない?
初日に一通りこなして、今はみんなで寮食堂で夕食を堪能中。クリームシチューがないが、まあ、しかたがない。
「で、なんであんた達までいるのよ!」
「ネット経由だけど、ゆったりした生活が送れると聞いてね。僕も今はHS-01経由だから、たぶん大丈夫かなと」
「妾もリーネ…ああいや、春香殿と剣を交える機会があるということでな。まあ、ダラダラした学園生活もよかろう」
ケインとハルカも参加である。同時接続も並行して試したいので。
そういうわけなので、ハルカと区別するため、ここでも『佐藤春香』アバターはリーネ表示である。まあ、みんな好きに呼んでいるけど。
「せっかくのあたしの計画が…」
「なに?」
「ううん、なんでもー」
なら、ご飯食べながら私の頭を撫で回すのはやめて下さい、美里さん。健人くんが物欲しそうな顔してるじゃないですか。同じく私の頭を狙って!何この姉弟。