第31話「えっと…いつもたくさんの男の子に囲まれていて」
2017/10/18 -- 5/15
小さい頃のことを考えていたせいだろうか。幼稚園まで同じアパートに住んでいた幼馴染と、大学でバッタリ会った。
具体的には、次のような流れである。
「あの佐藤春香ちゃんと同じ講義を受けられるなんて、ラッキーだよ!」
「は、はあ…」
それのどこがラッキーなのか全くわからないが、相手は勝手に喋りまくる。
「はー、それにしても、俺の幼馴染の『佐藤春香』とはえらい違いだよ…」
「…住所は?」
「え?」
この男子大学生の氏名には、聞き覚えがあったから。
「住所。その幼馴染の、『佐藤春香』が、住んでいた場所」
「え、えっと…」
はっはっは。そのえらい違いの佐藤春香さん御本人でしたよ、私は。
「え、え、えええええ!?違う!まるで違うよ!いやだって…ええええ!?」
「そこまで、違う?」
「そりゃあ、幼稚園の頃と、大学生とでは、違ってて当たり前だけど…いやでも」
そんなに違うのか。自分のことながら、不安と関心がかなりわいてきた。
「私、小さい頃のことは、よく覚えてないの。教えて、くれる?」
「え、あ、ああ。えっと…いつもたくさんの男の子に囲まれていて…その、あれやこれやと命令していて…」
そんな言葉の羅列が聞こえた瞬間、気を失うかと思った。
ああいや、うん、もちろんほら、しょせんは幼稚園児のそれだよ?そんな、ねえ。
…それでもだよ!!なにその女王様キャラ!?『ハルカ』より酷いじゃん!!いや、ハルカは口調がアレなだけで、人間関係自体は付かず離れずだったし!
「あ…ああ…その、ごめん、なさい…」
「え!?いやいやそんな!いまさら春香ちゃんが謝らなくたって!でも、本当に覚えてないの?」
「う、うん…。ウチの両親、携帯端末とか昔から興味がなくって…それで、家族写真とかも、ほとんどなくて…」
「わあああ、泣かないで泣かないで!そうだ!俺が当時のアルバム持ってくるよ!あああ、見せたらもっと悲しむかもしれない!?どうすればー!?」
え、私、泣いてた?あ、ちょっと涙ぐんでた。心当たりが全くない黒歴史の衝撃かな?それとも、『男の子に囲まれて』いた過去の自分に嫉妬でもしたか?あははは、錯乱してるね!
とりあえず、実は幼馴染だったその男子大学生に、アルバムを持ってきてもらうことにした。事実は直視せねば。
早速翌日、アルバムを見せてもらう。
…何この悪役令嬢の幼少時風の幼稚園児はー!!
えーと、髪とか目の色とかその他骨格輪郭は確かに私ですよ、ええ、当たり前ながら。ただその、にじみ出ている態度というかオーラというか。げふ。
「あの頃の春香様、カッコ良かったなあ…」
「カッコ、良かった?命令とか、してたのに?」
「あははは、子供の頃って、男女関係なくそういうのにあこがれてたじゃない?大活躍するヒーローとかヒロインとか」
そうなの?そんなものなの?我が黒歴史ながらよくわからない。
ちなみに、しれっと『春香様』とか言ったのは聞こえないフリをした。もうやだ。
「ああでも、今の春香ちゃんは正真正銘カッコいいヒロインだよな!あらためて春香様って呼んでいい?」
「嫌」
当たり前だよちくしょう。何よ、なんなのよ、幼少時の私。
関連がありそうとはいえ、こればっかりは渡辺 凛のせいにできない。むしろ、あの女に感謝するべきなのか?『コアワールド』創造絡みで早くからまっとうな性格にしていただきましたっていう。
でも、その分あの女がはっちゃけてたらダメじゃない。いやホント、何があったんだろうなあ、十年前。
◇
FWO内ミリビリ姉弟エリアの小さな家。
なによ、エリア開発、何も進んでないじゃない。
「学習システムで忙しいからじゃない!」
「アレは、1日1時間だけ。他の時間は」
「えっと、宿で映画見たりとか…」
やっぱりハマったよ、この姉弟。あのパッケージはだめだな、課金吸収システムだ。いやまあ、FWOの商売としては真っ当かもだけど。変なガチャとかと比べれば。
「それにしても、春香って小さい頃、そんな性格だったんだー」
「びっくりだよなー、姉貴と同じような性格だったなん…ぶほっ」
「どーいう意味よ、それ!」
とりあえず、リーネ&ケインとしてはノーコメント。
まあ、美里がこだわる男の子って健人くんだけだもんね、全然違うよ。いや、ダメだけどさ。
「でも、なんでそんなこと調べたの?」
「えっと、渡辺 凛の…ううん、なんでもない」
「そう?リーネというか春香が、なんで今そんな性格になったのか知りたかったんだけど」
まさか、あの渡辺 凛に影響された可能性が大きいですとは言えない。言いたくない。
あと、この話題を本格的に掘り下げると、私の能力の全てをふたりに打ち明ける必要がある。
「で?その元幼馴染と付き合うの?」
「…!?な、なんで!?」
「物凄く意外そうな反応ね…。せっかく、普通に好意を寄せてくれそうな男子なのに」
あのう、『春香様』とか呼ぶ彼氏とか作りたくないんですけど。
「ふーん…。反応なしか」
「え、僕?」
「ケインの中の人としては、リアル春香が誰かとお付き合いすることは気にならないの?」
そこはまあ、ある種の定型文を返して終わりだ。
「気にならないと言えば嘘だけど、リーネ…春香を見ている限り、そんな心配は無用かなとも」
「それはそうだけど…はー、いつも仲がよろしいことで。一心同体って感じで」
おお、超弩級の大正解。でも、にこにこ微笑むだけである。少なくとも、ケインはね。