第26話「攻略とスローライフ以外に、あり得ないのだが」
2017/10/17 - 13/15
旧リーネのアバターで不敵な笑みを浮かべながら、そう賛辞を述べる、明らかに中身渡辺 凛。
ああ、腹立つ。そのアバターはまだ私にとって思い入れがあるんだぞ!ケインとイチャつく設定なら許せるけど!
「でも、そうね。春香ちゃんが私なんかよりはるかに『現界』能力を使いこなせるのは…ケインくん、あなたのおかげ?」
「…だとしたら?」
「あらあら、本当に仲が良いのね。そんなに怖い顔をした表情、どのメディアでも見たことないわ」
当たり前だ。ケインも私だからな!
でも、本当に気づいていないようだ。それなら…!
「僕は、理論の確立と、リーネの『想像力』補完を担っている。…僕をさらうかい?リーネ…春香では、なく」
「ええ、そうね。だから…!」
凛のアバターの手が、ケインに伸びる!クラッキングして接続元を探す気だな!うん、探れるものなら探ってみなさい!
「…接続元が、存在しない!?隠蔽している!?」
まあ、それもできるけど。ケインは今でもFWOではサブアバターだ。そして、HS-01を使い始めた頃から、私は単一接続で複数アバターを操れる。リーネとしての私しか接続元は探れないのだよ!
「さすが、不正侵入元をあっという間に探り出して『封印』するだけのことはあるわね」
ちょくちょく厨二用語が出てくるなあ。でも、そんな余裕はあるかな?
「そうですね、あなたよりは技術があると自負しています。なるほど、『転移門』はやはりあの国にあるのですね」
「…私の接続元を!?」
まあ、想定通りだ。地球まで片道数十分はかかる火星から接続通信しているとはとても思えない。
「渡辺 凛、投降…いえ、自首しなさい。【運営No.00】とはいえ、ログアウト不可に、したくない」
仮想世界に閉じ込められるのは、強制ログアウトで暗黒世界を漂う状況に匹敵する恐怖だ。相手がこの女でも避けたいところだ。
とはいえ、意思表示はする。リーネとしての私の前に、ログアウト不可を行う操作パネルを出現させる。
「渡辺さん、ここは素直に…」
ケインとして最後通牒を伝えようとした、その時。
「―――Fhnp xryt kkopaq?」
あまりに、あまりに滑らかに語られた、その言葉。今は失われたはずの、あの歌の、あの歌詞の言葉。意味はすぐにピンとこなかったけど―――
『―――私と、この世界を、征服する?』
誰がするかあ!!
気づくと、旧リーネアバターは、消えていた。わずかな逡巡と思ったけど、私は数秒レベルで呆けていたようだ。
―――ピロン♪
誰から送られたものかわかりすぎるメッセージが、リーネ宛に届く。
<私と再会するまで、みんなと仲良くね。ケインくんと実くん、FWOの仲間達、そして、お父さん、お母さんと>
高橋さーん、渡辺 凛に無視されてますよー。それとも、FWOの仲間に含まれてるのかな?
◇
「帰りもあの生活ができると思ったんだけどなあ」
「数日どころか、一瞬よ…」
そこまでがっかりしますか。一応、世紀の瞬間に立ち会えるんだよ?まあ、先に渡辺 凛が活用しちゃってるし、試験のための移動もいろんな人が試しちゃってるけど。
月面宇宙港の近くに急遽設置された、転移門。相互接続されているのは、地球上のある都市の宇宙港。そこから飛行機で日本だ。
「ちなみに、その飛行機にVRは…」
「ない」
「機内ネット接続に期待するか…」
そうね、日課の学習システム1時間もこなせるね!
「渡辺 凛の設置した、あの国の火星行き転移門は、時限破壊されていた」
「思い切ったことをしたものですね…。もう、火星から地球にも戻れませんよ」
「座標を指定すれば、転移できるけど、あまりに危険」
惑星は常に動いているのである。地球上であっても、ちょっとした誤差で大惨事である。だから『時期尚早』だと思っていたんだけど…まあ、また各国と話し合うか。
「佐藤春香さん、君とはもっと話をしたかったのだがな」
「すみません、フェルンベル総裁。両親が、待っているので」
「そうだったな。…あの娘の両親は、仕事仕事であまりあの娘と関わることがなかったようだ」
―――お父さん、お母さんと。
最後に私の両親に言及したのは、何か思うところがあったのだろうか。でも、知ってるのかな、ウチの両親の尋常ならざるほえほえぶり。
「また、すぐに会えます。転移門が、普及すれば」
「その前に、火星に戻らないとな。凛が何をしているのか知らんが」
総裁には、転移門を設置するための資材を持っていってもらう。しかし、またコールドスリープか…。御高齢の身で辛くはないかな。
「では、また。ケイン・フェルンベル総裁」
偶然ではない。かの『ケイン』の中の人の、お兄さん。我がケイン・フリューゲルの大元のモデルだった人。
渡辺 凛は、祖父の妹と交流があり、それが縁であの国との関わりがあった。紛争中でも身内ということで何度か滞在してきた彼女は、行方不明後はあの国を拠点とした。各国政府が手を出しにくい、あの国に。
しかし、私が…ああいや、あの女の策略が失敗に終わると拠点にできなくなり、組んでいた勢力と共同開発した転移門…人ひとりが通れる程度だったが、それを使って火星に逃亡したというわけだ。
「あの勢力に所属していた技術者曰く、最初の火星転移は座標方式だったそうです。いくら、火星に関するデータが手に入りやすかったとしても…」
「挑戦と無謀は、違う。渡辺 凛は、FWOで攻略もスローライフもできない」
「彼女、あのシェア2位のVRゲームの運営スタッフのはずだったんですけどねえ。春香さんの当時の活躍でアテられてしまったんでしょうかね」
どういう意味かなー?
まあ、彼女にはまだわからないことがある。私が『コアワールドの創造主』らしいのだが、そんな記憶はない。そもそも、約十年前というなら、私は小学校低学年だ。今以上のちびっ子に何ができるというのだ。
人違いでもしてるのかとも思ったが、実際私には彼女以上の『現界』能力があるようだし、それに、わずかながら、心当たりもある。時々起きる精神的不安定、そして、いくら同時接続しても現れない、異常信号。
「ふたりともー、もう地球よー!お迎えの人々に手を振ってー!」
高橋さんの呼び声を聞きながら、さて、今日はFWOで何をしようかと、頭の中のリーネとケインは考えている。攻略とスローライフ以外に、あり得ないのだが。
これで第三部第二章終了です。本日中に登場人物まとめとSSを投稿します。