第22話「快適な冒険ってなんだという感じ」
2017/10/17 - 9/15
ようやく、月へ出発。今回は一般向け第一弾ということで、FWOコンペ関係者以外も乗客はいる。月面開発に関わる営業マンとかね。
「いやあ、1日で行けるとは素晴らしい!しかも、飛行機よりも離発着時の負担がかからないとは…!」
「これが重力制御の特徴です。近いうちに、地上の飛行機や鉄道、自動車にも応用されていくでしょう。既存駆動と組み合わせたエコロジーな仕組みが提案されているようです」
「月面では更にその恩恵が受けられそうですな。今回のモデル都市建設では…」
という感じで、お仕事交流も忘れない。この辺はクルーズ船の時と同じだ。私はコンペ受賞者でもスネかじりでもないからね。FWOグループやVR研、ソル・インダストリーズから依頼された案内役や現地会合はしっかりこなすよ!
「なあ、俺達、先輩から何を学べるんだ?」
「忍耐、かな」
「姉貴は先輩の頭なでるの好きだもんな…」
美里、高校卒業しても仲良くしてくれるのはいいけど、リアルだとどんどん子供扱いされているような気がする。
「春香ちゃんがいるとお仕事が楽ね!」
「そうですね…情けない気持ちではありますが」
田中さん、表では昼行灯やってる自覚はあるのよね。まあ、高橋さんの前でしっかり仕事したいというのもあるのだろう。
◇
一般向けではあるのだけど、今回の宇宙船は、我らが関係組織ならではの特徴を備える。それはもちろんVRMMO。船内にVR研謹製のワールドデータを備えたVRサーバが稼働している。
全乗客が快適な異世界冒険生活をしながら月に行けるのである!快適な冒険ってなんだという感じだが、別に職業アバターを使わずとも、基本アバターで観光してもらってもおっけーである。
―――この世の全ての魔を、攻略する。
「はああああっ!!」
街エリア郊外に侵攻してきたという設定で出現したブルードラゴンを一刀両断。ふむ、事前インストールした初期型『佐藤春香』アバターだけでも結構いけるな。
「そんなの、春香だけよ…。しかもあたし、FWOでは魔導師だし…」
「アバターの経験が現実でも活かせるってことは、更に別のアバターでも活かせるってことかあ…」
え、今頃気づいたの?でも、船内システムのデフォルト魔導師アバターのスキルでも結構やれると思うよ?あのドラゴンの弱点と行動パターンはだいたい予測できるし。
だからまあ、私のここでの主な攻略対象はダンジョンだ。数層分がひとつしかないけど、ケインやハルカを出すわけにはいかないし、報酬のない腕試しとしてはちょうどいいだろう。
「ま、ほとんどの乗客は街エリアの観光だね!普通に宿にも泊まれるし!あと、受賞プレイヤーがみんな生産職!街が賑やか!」
「春…ケインくんの協力で、FWO第1エリアの一部とクルーズ船エリアを移植しましたからね。下手な飛行機のファーストクラスよりもよほど快適ですよ」
そりゃそうだ。加えて、リアル船内の食事は栄養バランスを優先した質素なもので済むし、座席はエコノミー症候群にならない程度にゆったりした姿勢で眠れればいい。機内映画は宿の部屋の大スクリーンで鑑賞できる。
そういう意味では、VRサーバへの接続はヘッドセットじゃなくてカプセル型の方がいいんだろうけど、そうすると、座席数が極端に下がる。次世代ファーストクラスはその方向かな。
「そんでもって、時間加速10倍!最初の1時間を現実時間にしたら不満が出てびっくりしたよ!1日でも長いのに、精神的には何日も船内にいたいだなんて」
「船内システムのサービスは、FWOならば相応の課金が必要なものばかりですからね。そう考えると、パッケージ商品としてFWOに逆輸入できそうですよ。ふむ…」
田中さんの商魂に火が付いた!良かったね、高橋さんにいいとこ見せられるよ!
いやしかし、往復共に時間加速10倍だと、2週間の日程でも移動時間の方が精神的には長いことになるなあ。まあ、今回は客層が影響してるよね。普通の船内システムはこんなに充実してないし。
「ちなみに、船内システム経由で、地球の回線にも、接続できる」
「でも、FWOは遅延が影響するんだよね?掲示板で言ってた」
「FWOじゃなくて、学習システム」
「「ごふっ」」
お爺様とも約束しているのですよ。うんうん。
ちなみに、FWOにはアリバイ作りにケインとハルカが同時ログイン。ケインは露店でほえほえ、ハルカはクルーズ船エリア甲板でゴロゴロ。スローライフ分もこちらで補充ということで。
「普通は逆じゃない?春香ちゃんとしてもお刺身食べてってよ!」
ああ、ミッキー高橋さんも一応生産職でしたね。
「生きた魚がいない…」
田中さんは『上司』アバターで商談釣り上げなさいよ。