第18話「春香と友達ってだけでも崇められてるのに」
2017/10/17 - 5/15
VRヘッドセット最新鋭モデル『HS-01』が完成した。HSがなんの略かは聞かないでー。
「あれ、結構、似合う?」
「でしょー!私もデザインに関わったんだから!」
形状は大変コンパクト。ほとんどカチューシャにしか見えない。にも関わらず、バッテリと無線通信の容量は物凄く大きい。一方で、携帯端末の機能は皆無である。普段から装着するなら、単純でもAR機能があった方が便利だろう。
私の場合は、通信容量さえ確保できれば、ネット上のどこかのシステムに並行してログインすることで、携帯端末とほぼ同じ機能が得られる。まさしく、私のためのモデルである。
「普通の人には、超高性能なフルダイブ専用ヘッドセットってところですね」
「携帯用VRヘッドセットは、持ち運びしやすいってだけだったからね。フルダイブしちゃうならデザインは気にされなかったのよねー」
ウキウキしながらそう語る、田中さんと高橋さん。鏡の前で確認したのは、これから本格的な写真撮影が始まるからである。あう…。
◇
「敢闘賞取れたー!」
「おめでとう。上位2/3が、もらえる賞だけど」
「先輩、それは言わないお約束…」
月面モデル都市コンペの結果は、まあ、そんな感じだった。でも、姉弟というかビリーくんより評価が低いプレイヤーがここまでいるとは…。『宇宙スライムとの戯れ』って、まあ、ウケ狙いのところはあったか。
「でも!副賞がHS-01ってのが嬉しい!最新鋭!」
「コンペ中に、決まったから」
「ヘッドセットってことだけ発表されてたからなあ。ラッキーだったよ」
デザインもあって、使うのはミリー…美里らしい。いや、デザインに関係なく美里が使うべきだろう。スライムデータちまちま作ってたの美里だし…ああもう、以前美里が言ってたリーネの評価と同じじゃないのよ。
「大学のゼミ仲間に自慢しちゃうもんね!春香と友達ってだけでも崇められてるのに、これがあれば!」
「…崇める?」
「…!はう…」
美里さーん、ちょーっとこっち来てお話聞こうかなあ?
◇
コンペ終了から数日後、私は車で美里の通う大学に向かう。ちょうど講義が休講になって、平日にまる一日お出かけすることができるようになったからだ。
実際のところ、美里は映画FWO第一回試写会で私の通う大学に来たことがある。講義すっぽかしてね!だからまあ、今度は私が訪ねることにしたのだ。
「ここか…。高校にいた頃は、合格したのがここだけ、って言ってたから、学力的な理由だと、思っていたんだけど…」
お金持ち大学と呼ばれる、有名私立大。入学料と授業料と寄付金が相応に相応な金額であることが特に有名であり、とてもウチの経済力じゃ入れないところ。…私が突発的に得た資産はここでは考えない。
正門から車で入り、守衛に話しかける。
「あの、ここの学生に会いに来たんですけど…」
「ん?…免許証を見せてくれないか?」
「は、はい…」
父親の職場の時のことを思い出して、ちょっと緊張しつつ、免許証を渡す。
「ああ、18歳なのか…いや、失礼。ここに名前と住所、それと連絡先を」
ああ、はいはい、車運転するような年齢に見えなかったのね。なんかひさしぶりな反応でむしろ安心した。私のちびっ子仕様は受け入れていますからね。車を買う予定がなかったら、本人確認用に最低限でも原付免許取ろうかと思ってたくらいだし。
「それじゃあ、外来駐車場に車を止めてくれ。それと、学内でウチの学生を乗せて運転した時の全ての責任は運転手となるので、気をつけて」
「わかりました。ありがとうございます」
ふむ、きちんとしてるな。お嬢様や御曹司が大勢通うようなところだと、こういうところが厳しいのかな。それとも、はっきりさせないと何か事故が起きた時にもめて…まあ、今は別にいいか。
外来駐車場に車を停め、学内を歩く。歴史はある大学なので、ウチの大学よりも古式ゆかしき趣だ。
そういえば、美里が学内からFWOやってるって言ってたな。無線接続のゲストアカウントは…あ、あった。念のため、接続しておこう。学内案内のサイトも参照できるしね。
「さて、美里はどこかな…」
ここで、大発表。実は美里には、訪ねることを言っていません!明日朝一でゼミがーと叫んでいたので、それを狙って様子を見に来たのだ。私のことでなんか不穏なこと言ってたしね!
ゼミの教授の名前も口走っていたし、ネットで既に調べてあるから、場所はだいたいわかる。さて…。
◇
ゼミが行われている部屋に到着。窓から覗いてみると…ああうん、確かに美里がいるね。ぐーすかぴーとよだれ垂らしながら寝てるけど。あー、うん、高校の時の様子とだいたい一緒だね。
「今日は、ここまで。…そこの学生には、誰か次回の予定を伝えておいてくれ」
他の学生からクスクスと声がもれる。うん、平和だけど、平和すぎて心配というか恥ずかしいというか…。
「ほら美里、学食行こ?早めのお昼!」
「んー、健人が先に行って…むにゃ」
うわあああ、美里の黒歴史が絶賛更新中ー!しかもお約束な反応ー!
「美里、相変わらずね。夜もFWOやってるんでしょ?」
「『姉御』も大変よね。あ、『姉貴』の方が重要かな、今は」
「寝ても冷めても弟くんのことばかり。あとは…え!?」
あ、お友達の皆様がこちらにお気づきになられた。いや、なんかみなさん、いかにもお嬢様っぽくてその。
「えっと、その…」
「さ、佐藤春香、ちゃん!?」
「は、はい。美里に、会いに、来ました…」
美里の友達だけあって、みんなFWOをやってるようだ。服装とヘッドセット装着が違うけど、アバター本体は精密スキャン仕様だし、すぐわかるか。
「きゃー!本当に、本当に春香様だー!」
「春香様!春香様!」
「リーネ様ー!」
えええ…。なんで『様』で名前を連呼されるの?
「あ!HS-01だ!似合うー!」
「美里に自慢されて悔しかったのよー!でも、付けてる本人に会えたから、もう悔しくないもんね!」
「一緒に写真撮らせて!写真!」
まあ、今回はいいか。サインがなぜかダメなのよね、『プロモーション』的には。
「むにゃむにゃ…春香も一緒に…」
部屋でこれだけ騒ぎになって、なんで目が覚めないの、美里…。
◇
「ほら、本当に春香は実在していたでしょ!」
「そうだったわね、姉御!」
「疑ってごめんね、姉御!」
学食で美里の姉御が崇められていた。ああ、崇めるってこういう感じだったのね。話を聞いた時はひたすら誤魔化し続けられて、だから今回アポなし突撃したんだけど。
「でも本当に、アバターやポスターよりも整っているのね…。ねえ、なんか秘訣でもあるの?」
「え、えっと、特に…。毎朝、走り込んでいる、くらい?」
「やっぱり、運動した方がいいのかしら…」
整ってるって、つまり、凡庸ってことだよね。とっさに答えちゃったけど、走り込んでも凡庸になることはないか。そもそも、私の場合はアバター制御向上のためのものだし。
それにしても…。
「ところで、『実在』って?」
「ああ、うん。春香は実はNPCなんじゃないかって噂があるのよ」
「え!?」
「リアルのTV中継とかも、実は全部VRなんじゃないかって。そんなことないのにねえ」
あー…。そういえば、地球が丸いのも全部マスメディアや政府のでっち上げだって言う人々がいるって聞いたことあるな。あれみたいなものかな。違うか。
私の場合、リアルで実技やらかしたり戦闘始めたり、果ては『現界』でいきなりクルーズ船飛ばしたりしたからなあ。実際に目撃しない限り信じないって人がいても不思議はないか。
「あれ?ってことは、春香様…春香ちゃんが『ソル・インダストリーズ』と直接関わるようになったのも本当なの?重力制御だっけ?そのつながりで」
「すごいわねー。月面の多くの開発を一手に担っている大企業グループじゃない!」
「あたし、月に行ってみたいわー。春香ちゃんは行けるんでしょ?今度の夏に!」
…おい。
あ、美里逃げ出しやがった!
戻ってきてそこに座りなさい!
「…どういう、こと?」
「いやほら、高校でも黙ってたし…」
「下手に隠すと、逆効果」
「春香が言うと説得力あるわねえ…」
ということで、お友達の皆様に美里御本人より御説明いたしました。
「はー、すごいじゃない!」
「え、それじゃあ、ビリーくんってグループの御曹司!?」
「ははは…このままだと、健人は後を継ぐことができそうにないなあ…あたしもだけど…」
うん、そうだね。私が断言するよ。
「私達より、春香に継いでほしいくらいだって、お爺様が…」
「ああ…そうね。こうして実在してるしね」
「そうだね…。ていうか、既に春香ちゃんが世界を」
お友達のひとりの方、その先は高橋さんに散々皮肉られているので勘弁して下さい。
「ねえ、ところで春香ちゃんは今どんなところに住んでるの?」
「FWOでは激しい攻略してるけど、こうして見ると、深窓の令嬢でも通用するわよね!」
「高級マンションに住んでいて、イケメンの執事とか従えていたりして!きゃー!」
どこのコミックの話ですかそれは。
「やめて…あの話、その能力を疎まれてっていう…うっ」
だから美里、涙ぐみながら一体どの話を…。
というわけで、春香の見た目はあのキャラのイメージに近いでしょうか、刀も振り回してるし(例によってわかる人しかわからない)。うう、作者さん…。