第9話「時間加速でぱぱぱぱっとってわけにはいかないわあ」
父親は地方公務員だ。県庁の、事務部署の係のひとつに勤務。仕事は書類整理ばかりだって言ってたなあ。
「あら、私もそうよ?さっきも今日の分の在庫管理のとりまとめをやってたんだから」
「大変、だね」
「こればかりは、FWOの時間加速でぱぱぱぱっとってわけにはいかないわあ」
そうだね。世の中、なかなか上手くいかないことばかりだね。いくら科学や技術が発展しても。
そんな、たわいもないことを母親と話しながら運転していたら、父親の職場に到着した。一般窓口はもう閉まっているから、守衛のいる車通用門に入る。
「家族を迎えに、来たのですけど」
「運転免許証を見せてくれないかな?規則でね」
いつも携帯している免許証を守衛さんに渡す。あー、うん、ほら、年齢確認のためにもね、運転に関係なく持ち歩いているわけですよ。
まあ、免許証なら、何度かあったような妙なことは…あれ?
「…」
「あの…」
「…君、済まないが、FWOの会員証はあるかな?」
えええ…。
◇
知事室に通された。母親と共に。なぜに。
「いやあ、あなたがこの県に住んでいることは知っていましたが、御父上がこの県庁の職員だったとは!今、秘書に言って呼び出してますよ」
「あの…私、迎えに来ただけで…」
「そうよねえ、早く帰って夕御飯にしたいわあ」
今日の当番は私だったね。いいレシピ見つけたからクリームシチュー(改)にしようと思ったんだけど、煮込みに時間かかるしなあ。うん、やっぱり私も早く帰りたい。
「それなら、これから私と会食ということでいかがかな?ちょうど県議会議長も、議事堂会議室での打合せが終わるところだそうだ。彼も同席できるよ」
完全に仕事じゃない、これ。アレかなあ、地方活性化のためのVR技術活用とかかな。それとも、ろこどる活動やってくれとか。
「失礼します、知事」
「どうした?佐藤春香さんの御父上はどうした?」
「はあ、それが…見つかりません」
「見つからない?」
ん?どういうこと?
…あれ?そういえば私達、お父さんがどの係で働いてるって言ったっけ?ていうか、私知らないよ!?
「ねえ、お母さん、お父さんって、どこの係で働いてるの?」
「さあ…」
「おふたりとも、知らないのですか!?」
いやあ、はははは。だって、ねえ。特に気にしたことなかったし。
「それは困りましまね…。『佐藤』姓の職員は数多く存在します」
「なら、『佐藤春香さんの御父上』で各部署に呼びかければ」
「実は、既に行いました。てすが、誰も名乗りを上げないのです」
え?もしかして、既に帰っちゃった?
…それとも、まさか、あの渡辺某がお父さんに何かして…!?
「ど、どうしました!?急に、厳しい顔をして!?」
「…すみません、県庁内ローカルエリアネットワークへの接続許可を頂けませんか?」
「どうしたの、春香!急にそんなに滑らかに喋るようになって!?」
そこに驚きますか、我が敬愛なるお母様。
「そ、それは構いません。我が国の自治体ネットワークに接続する全てのシステムには、政府からの要請で【運営No.00】の権限を付与しておりますから」
「では、ゲストアカウントによる無線接続経由で失礼します」
バッグに入っている自作のヘッドセットを取り出し、装着する。
今回は、急いだ方がいい。ケインとして、庁内ネットワークを駆け巡る―――!
◇
「…お騒がせ、しました。申し訳、ありません」
「いえいえ、あなたの実力をその場で確認できただけでも、私達には有益でしたよ。たった数秒で突き止めてしまうとは!」
「いやあ、済まん。書類に夢中になっててなあ」
単に、そういうことだった。
母親同様、携帯端末を持ち歩かない主義だから、とりあえず庁内ネットワークに接続する全端末をスキャンして手がかりを得ようとしたのだ。そうしたら、あっさり父親のアカウントで絶賛書類整理していた端末が出てきたのだ。
これなら、父親のフルネームを伝えて名簿検索してもらうだけで良かった。恥ずかし過ぎる…。
「『渡辺 凛』のことは、県警を通じて我々にも連絡が入っています。もっとも、既に国内にはいないでしょうが」
「…そうですね」
「本当に、お気になさらずに。そうですな、近々本庁に導入されるVRローカルサーバの活用に関して御指導を頂ければ。御父上の書類整理の仕事もはかどりますよ」
「おお、それはいいな!春香、よろしく頼むよ!」
まあ、それくらいなら、FWOグループを通さず、私が個人的に対応してもいいような事柄だ。
それにしても…。
「春香、このクリームシチュー、美味しいわよ!毎日でも食べたいわあ」
「レシピは教えてもらえるものなのかな?FWOなら私も料理スキルを取ってるからな!」
「お父さん、お母さん、おかわりし過ぎ」
は、恥ずかしい…。




