プロローグ
第三部開始です。第三部タイトルは(仮)かもしれません。今日の投稿はこのプロローグのみです。
仮想世界技術。それは、この時代を象徴する、基礎にして基本の人類の叡智。時間や空間を超える技術は存在し得ないとあきらめた時に登場した、未来を輝かせるテクノロジー。
時間加速した世界にフルダイブすれば、人生を何倍、何十倍と引き伸ばせる。ストレージ容量を追加すればするほど、空間が無限に広がっていく。
『仮想』とは、代替現実。本人が現実と認めれば、たとえそれが幻であっても、れっきとした現実である。そして、幻だからこそ、自分の好きな世界で、好きなだけ生きていける。
夢を、夢のまま、夢として、現実世界にもたらす技術。それが、仮想世界技術。
人類はようやく、最大の夢を実現したのだ―――
◇
「言っていることは、わからなくもない。けど、論文の序章としては、どうなの…?」
まるで、映画冒頭のナレーションである。いや、FWOの映画はこんな壮大な始まり方じゃなかったけど。
私、佐藤春香は今、あの若作…渡辺 凛が発表した論文の序章を読んでいる。論文タイトルは『フルダイブ技術を応用した仮想世界の構築手法』。
似たような研究成果は他にも数多くある。が、彼女のそれは、現存する『コアワールド』開発に携わった技術者のひとりとしての成果の一部を発表したものである。
つまり、開発陣の研究内容を彼女が代表してまとめて述べている論文なのである。それだけに、あちらこちらで参照され、活用されているらしい。
らしい、のだが。
「『コアワールド』が、既に存在していることを前提にした、応用技術しか述べられていない。これはこれで、有用だけど…」
他の論文も探してみたのだが、肝心の『コアワールド』の開発手法、もしくは、作成した過程などが述べられた発表は見つからなかった。
確かに、『コアワールド』は、所詮はデータだ。画期的なアルゴリズムやデータ構造に基づいて作られているとか、そういうわけではないのかもしれない。
しかし『コアワールド』は、ネット環境にたとえれば、世界中の人間が何十年もかけて蓄積し整えていったコンテンツ全体のようなものだ。そんなものが、いつの間にか作られたということはないはずだ。
今まで気にしなかったが、いや、気にする必要がなかったが、『コアワールド』は、素性がはっきりしない。私はそんなものに現実の時間で何年もずっと関わってきたのか。
「これ以上は、文献で調べるのは、無理そう。あとは、FWOの『コアワールド』部分を、直接調べるしか、ない?」
実のところ、これは以前から調べてみたいと思っていたことだ。
なにしろ、FWOのエリア拡大が『コアワールド』の限界まで到達してしまったのだから。
『コアワールド』自体を拡張することができないなら、別の仮想世界を設け、相互に転移できるようにしなければならない。
しかし、以前も話題にしたように、『コアワールド』は2つ目のライセンス料が高い。そりゃあもう、高い。なんでこんなに高いのかってくらい。
別の国の現地法人扱いなら、初期ライセンス料だけで賄える。だが、国境をまたぐと回線速度がどうしても遅くなり、FWOのような大量プレイヤーを抱えるVRゲームでは致命的だ。
「そもそも、『コアワールド』の素性がわからないから、拡張できない。データが深く絡み合っていて、どこをどうすればいいのか、わからない」
FWOが10倍じゃなくてもっと時間を加速してくれれば短期間で解析できるかもしれない。でも、私ひとりの関心のためだけにそういうことはできない。むう。
「エリアに関する方針を、『エンターテインメント』がそろそろ、発表する。その方針に合わせて、地道に調査するしかない、か…」
そうして、今日も私はFWOにログインする。攻略とスローライフを、リーネとケインを求めて。