第42話「『そんな攻略は、必要ない』『スローライフからも程遠い』」
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「…ごめんなさい」
「いえ、春香さんが謝っていただくことは…」
「だって、逃した」
あれだけのことをやって、結局、渡辺 凛にまた逃げられた。あの船舶に乗り込むふりをして、ひとりでトンズラ(死語)しやがった。
こんなことなら、ケインとしてもログアウトして、港町全域のネットワークも制圧…事後承諾の協力を求めるべきだったよ。でも、後の祭り。
なんだってのよ、もう。なんなのよ。
「しかし、たかだか『光線銃』でも効果があるものですね。目がやられた人が誰一人いない程度のものでしたが。戦艦がクルーズ船に恐れおののいて白旗を上げるなど、見ていて愉快でした」
「ハッタリ。ブラフ。単なる脅し」
「春香さんにしかできない脅しですけどね…」
イマドキの3Dプリンタは割と高性能だ。素材と時間があればなんでも作れる。主砲の安定性はやはり現実世界で見てもらうのが一番だってんで、素材はたっぷり仕入れておいたんだよ。あとは、時間。
だから、3Dプリンタの制御システムをネットに接続してからログインして、ケインとして思い描いていた内容を出力し続けた。そりゃあもう、連休の残りの日々の合間を縫ってね!
でまあ、せっかく両翼やぴかぴか光るものもついでに作ったしということで、クルーズ船本体に組み込んでおいたんだ。いやあ、最近の3Dプリンタや作業用ロボットってホントに、
『そんな簡単にできないわよ!いつ作っていつ組み込んだのよ!』
『クルーズ船の制御コンピュータまで、アバターのように操作できるとは…』
と、技術スタッフの方々に怒られて呆れられた。と、見えたんだけど、本人達は怒ってもいないし呆れてもいないそうな。じゃあ、何なの?え、とりあえずそう叫んでおきたかった?よくわかんない。
「提案した側の勢力の幹部達はすっかり信用を失い、野に下ったようです。ただ、勢力そのものが衰退したわけではなさそうですが」
「首から上が、すげ代わっただけ」
「厳しいですね。ただ、今度のトップは平和寄りのようで、分割統治や連邦制も模索していきたいとのコメントを出しているようです」
ああ、うん、そういう方向性がいいよね。せっかく血を流さずに状況が変化するんだ、それを活用してほしい。そういう協力なら、FWOグループは全面的に支援するからさ。
「条件付きながら、他の国との交流も進むようです。春香さんと伊藤先生が進めている分析も、ぐっと進むかもしれませんね」
「そうなら、嬉しい」
はー、まあ、渡辺 凛を捕まえることができなかったのは痛いけど、そっち方面で進展があるならいいかな。頑張った甲斐があった。おかしな方向に頑張ったけど。
◇
「…そういうわけでして、私のアバターとの同調率は、他の方々と比べてだいぶ高いようです。これまでお見せした剣技なども、PR用に現実で学んだわけではなく、全てVRアバターとしてのスキルや経験から得たものです」
「ということは、佐藤さん、あなたは銃の扱いにも長けている、ということですか?ああいえ、現実でも」
「本格的に試したことはありませんが、おそらく」
記者会見の会場がざわめく。ああ、そういう武器方面に脅威を覚えちゃうかあ。まあ、そうだよね。
「申し訳ありません。他にもそのようなことができる人がいるとは聞いておりましたが、私自身は一介のプレイヤーのつもりでした。ですので、チートと思われるのが心苦しかったといいますか…」
とまあこんな感じで、『仮想世界で会得したことの多くが現実でもすぐにできてしまう』ことを、関係当局どころか広く世間に公表した。アバター同時接続やら、ケインの中の人の正体を勘ぐられるよりははるかにはるかにマシである。
ていうかさあ、掲示板で技術スタッフや高橋さんがいろいろ書き走っちゃったらしいのよ。あの人達、いや、ミリーやビリーくんもだけど、もしかして簡易翻訳モジュールで書き込んでない?
ちなみに、『そのようなことができる人』は実際いることはいるらしい。数百万人にひとりとかそういう規模だけど。原因とかの研究は進んでいて、いきなり研究対象のため拉致されて…は、大丈夫みたい。
でも、たぶん、私のこれは『原因』が根本的に違うよね。渡辺某がどこかで余計なことを言いふらさなければいいけど…まあ、聞いた人も簡単には信じないか。
「ところで、あの『主砲』などの実体化は…」
「ああ、それはケインのプレイヤーが理論を確立して、私が制御コンピュータに直接接続して行いました。彼、最近FWOの技術スタッフと仲が良くて…」
あ、またどよめきが起きた。やっぱり、あの短期間で作ったのはマズかったかなあ。え、そうじゃない?私が『彼』と言ったのに驚いた?なぜー。
◇
ひさしぶりに、FWOクルーズ船エリア魚屋2号店で、刺し身をつつきながらミリーとビリーくんと4人で歓談。
調理場では、ミッキー高橋さんがタコさんボスの調理を始めた。そんなことできたんかい。
「でも、『制御コンピュータにログイン』って、よくわからないのよね。どんな感じなの?」
「アバターと、同じ。入出力があって、保有データが、ある」
「手足やスキルを扱うように、って感じかなあ。俺にもできる?」
「慣れが、必要」
そういえば、昔やったVRゲームで、ドラゴンをアバターにしたことがあったなあ。いやあ、あれは爽快だった。
「ちょっとまって、そんなVRゲームあったっけ?」
「?ボスキャラを改造して、アバターにしただけ」
「え、春香もそんなことできるの!?ケインの中の人じゃなくて!?」
あ、口が滑った。私自身が最高機密を喋ってどうすんのよ。
「ねえ、ケイン。あなた、もしかして…」
「…な、何かな?」
「まさか、中学の頃から現実の春香と知り合いだったわけじゃないでしょうねえ!?」
うん、またまた大正解で、そして、大外れでもある。
「私も、少しは知っている。知識系スキルは、身につきやすい」
「そうだった…。はー、春香とケインの中の人がいたら、仮想世界も現実世界も全て征服できるんじゃないの?」
「そんな攻略は、必要ない」
「スローライフからも程遠い話だねえ」
そういうことである。
はー、タコさんの刺し身がうまい。