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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

I and I

作者: ゆめこ
掲載日:2017/05/19


 目を覚ますと、空気に違和感を感じた。何がどう違うのか、自分でもわからなくてしばらく混乱していたが、まだぼんやりとする目であたりを見渡せば、部屋が綺麗過ぎることに気が付いた。脱ぎっぱなしにした衣服も、床に築いた参考書の山も、本来あるべき場所にきちんと納まっている。それから段々意識がはっきりとしてくると、「ああ、誰かが片付けたのか」という考えに至った。その「誰か」が誰なのかも、同時に分かった。

 そうして違和感の謎が解けると、もう一度眠れそうなほど安心した。勿論そんなわけには行かず、カーテンの隙間から侵入した光が床に作った一筋の線が、整理整頓された部屋に朝が来たことを伝えていた。ピアノの旋律も聞こえている。今日は多分G線上のアリア。決まって朝八時三〇分になるとピアノの演奏が聞こえてくるのだ。どこの部屋の誰の演奏かも、なぜこんな朝早くからなのかもわからないが、それももう僕の日常の中に組み込まれてしまうくらいには慣れた。

 部屋が綺麗だからか、いつもみたいにじめじめしていない健康的な朝に感じた。そういえば、眠る前に見たニュースで、梅雨明けを気象庁が発表したと言っていた気もする。その所為かもしれない。

 気候のことも考慮して、着ていく服の候補をいくつか頭の中で挙げながらクローゼットを開くと、綺麗ではあるけれどぎうぎうに詰まっていた。そのほとんどがひらひらのレースがたくさんついたもので、心の中で小さく舌打ちをしてから、それを横に押しやる。

 何を着ていこうか。ちらりと時計に目をやると、あまり時間はなかった。分かってはいても、なかなか決められず、結局無難なジーンズとパーカーを手に取る。

 服装なんてなんだっていい。そう思っているのに、何故か悩んでしまう。それは昔からだった。いざクローゼットを開くと、固まってしまう。ぐるぐると考えることから解放された後になってしまえば、何をそんなに悩むことがあったのかと不思議で仕方ない。そういう癖だと思うしかない。

 今日はなんとなく、朝食をとってからでも間に合う気がしていたが、やはり無理そうだ。いつも通り朝食は電車で済ますとして、そろそろ他の準備に取り掛からないと不味い。

 素早く着替えて洗面所へ向かい、蛇口を捻って出てきた水は、少し勢いが強い。ここに引っ越してきてからずっとそうだったが、特に目立って困ることもないので放置している。ざぶざぶと顔を洗って、歯を磨きながら鏡に目をやると、そこにはいかにも不健康そうな自分がいて、そっと目を逸らした。青白い肌とか、母に似た大きな目とか、なんとなく見たくなかった。

 少し鬱陶しいと感じるほど伸びてきている前髪は、そのうち切ってしまおうかどうしようかと考えながら、後ろの髪と纏めて耳に掛けてしまう。

 それから急いで用意を進めながら、ちらと見た机の上には「いってらしゃい」と書かれたメモが置いてあった。それをくしゃくしゃにして、ごみ箱へと投げ入れる。

 慌しく向かった玄関にはハイヒールしかなくて、むかついてそれを蹴ってから、下駄箱から取り出したスニーカーに履き替えて外に出た頃には、もうG線上のアリアは鳴っていなかった。


 「おはよ(りん)()

 いつもの車両で、途中のコンビニで購入した苺のジャムのパンを頬張っていると、聞き慣れた声に呼ばれた。

 「おはよう、()(づき)

 顔を上げると、吊り革に掴まった明るい髪色の彼が目の前にいる。

 いつの間にか、彼が乗車してくる駅まで来ていたようだ。パンを食べることに夢中になっていて、全然気が付かなかった。

 木月とは同じ臨床心理学科の二回生で、入学してからずっと一緒にいる。

 「四講時目のレポート、おわった?俺、終わってないんだけど…間に合うかなー」

 吊革にだるんと体重をかけながら尋ねてきたその声も表情も、言葉ほど焦っている様子はない。

 「ふふ、なんとか終わったよ。後で手伝ってあげる」

 僕はその課題をとっくに終わらせていたのでそう言うと、彼は目尻を下げて笑った。この笑顔が僕は、好きだ。

 「助かる!昼飯は任せてくれ」

 「何食べようかな」

 最後の一口を飲み込んでからそう言うと、食いしん坊みたいだと笑われてしまった。

 そんなやり取りをしている内に、アナウンスが大学の最寄り駅が近いことを告げ、僕たちは席を立った。

 僕たちが通う大学は、駅から歩いて一五分くらいの場所にあり、大きくもなく小さくもない。ちなみに偏差値も良くも悪くもない、普通のところだ。地元から離れていればどこだって良かったのだけれど、この風通しと日当たりが良い建物を、僕はオープンキャンパスで始めて訪れて、すぐに気に入った。

 もっとも、この街自体、海はないのにまるですぐそこに海があるような風通しで、いいところだと思う。偶然にも、小学校まで住んでいたところとは隣街で、懐かしさも少しある。

 大学に着くと、出なければいけない講義まで時間があったので、講義室に着くなり早速、木月のレポートに取り掛かることにした。

 「それで、どこまでやってあるの?」

 あまり期待せずに尋ねれば、木月は黙ったまま何も言わなかった。

 「資料はさすがに集めてあるよね?」

 締め切り当日に一切手を付けていないとかは、笑えない。込み上げてくる呆れを隠すこともせずに、木月を見上げると、慌てたように「資料は集めた!それだけは昨日やった!」と言いながら鞄の中をがさごそと探り始めた。その様子を少し可愛く感じてしまって、今度はそんな自分に呆れてしまう。

 「じゃあ、要約文とかは大体やってあげるから、本文頑張って」

 「おっけー。まじ有難う」

 いつも通りのやり取り過ぎるほど、いつも通りのやり取りだった。


 午前の授業を終えてから、大学の敷地内にあるコンビニで、約束通り木月にお昼を購入して貰う。

 何にするかはもう決めてあった。というか、ほぼ毎日苺のジャムパンだった。

 「またそれにすんの」

 怪訝な表情の木月に、小さく頷く。

 「うん。美味しいから」

 「ふーん。何でもいいけど」

 木月はそう興味なさ気に言ってから、カゴの中にサラダやパスタサラダを入れていた。野菜ばかりよく食べるなと思ったけれど、何も言わなかった。彼の自由だ。

 「他はー?」

 「んー。あ、カフェラテいい?」

 レジでで購入するタイプの飲み物が書かれたボードを指差しながら言うと、了承が返ってきた。

 カフェラテ自体はそこまで好きというわけでも無かったが、シロップをたくさん入れることができるので気に入っていた。今日も木月が会計をしてる間に、五つガムシロップを貰って、袋に入れた。

 コンビニから出ると、構内の端の方にある建物のいつもの部屋に向かう。

 ここは、この建物の最上階である四階で、しかも一番奥ということも手伝ってかあまり人が来ない。騒がしい場所が少し苦手な僕を考慮してくれた木月の提案から、大抵はここで昼休みや空き時間を過ごしていた。

 空き教室でノートパソコンと睨み合っている彼を眺めて、どうして毎回こうなのかと思いつつも、幸せだとなんとなく思った。

「うう、終わらねえ…」

 頭を抱える木月はどこか可愛いと感じたけれど、溜め息を吐いた。

「あとちょっとじゃん。頑張って」

「ん。頑張る。けど、取り敢えずご飯食べよーぜ」

 そう言う木月から、ジャムパンとカフェラテを受け取る。

 カフェラテの蓋を開けることに手間取っていると、木月が何も言わずにそっと開けてくれた。それに礼を言ってシロップを入れる作業に没頭していると、四つ目で残りのシロップを取り上げられてしまった。

 「入れすぎ。せめて三」

 非難の気持ちで目線をあげると、びしっと指を三本立てた木月に睨まれてしまい、口篭る。

 「全然食べないくせに、何で砂糖だけそんなに摂るんだよ」

 少し苛ついた様子の木月に、何も言い返せずにそっと横を向いた。

 「これも」

 ずいっと突き出されたサラダと箸を、反射的に受け取るけれど、これは木月の昼食だとばかり思っていたので、軽く混乱する。

 「えっ」

 僕に食べろ、ということだろうか。判断しかねて、木月の顔をまじまじと見つめる。

 「そんなんばっかじゃ、体壊すだろ?」

 そう言って、ずいっと箸も渡してきた。

 それから、嫌いかもしれないけど。と付け足された言葉は否定できるものではなかった。野菜は嫌いだ。魚も肉も好きじゃない。木月は何を思って、僕の食生活なんて気にするんだろう。思えば、最近の木月は少し様子が違う。雰囲気が変わった気がする。昨日も、自分のお昼に入っていた牛肉を僕に食べさせてきたし、一昨日もだった。そんなことがしばらく続いている気がする。どういうつもりなのか分からなくて、もう一度木月の表情を伺ったが、ただ怒ったような悲しいような目で僕を見ているだけだった。

 これが純粋な心配の気持ちならば、あいつと木月は同じ感情で僕と接しているのだろうか。

 不意に浮かんだ、苦手な存在に嫌気がさす。それを振り払うように、ぱちんと手を合わせる。

 「…わかった。有難う。いただきます」

 せっかく木月が食べろと言ってくれているのだから、食べよう。それに、食べなければ木月がどう思うか、考えたくもない。

 木月は僕がもそもそと野菜を粗食するのをしばらく眺めたあと、満足そうに頷いて自分の食事に取り掛かった。その様子は、ペットの食事風景を観察する人間みたいで、僕は猫かハムスターにでもなった気分だった。飼い主から与えられた餌は美味しくなかったけれど、全部食べて箸を置くと、ふわりと撫でて貰えたのでよしとしよう。ますますペットみたいだ。

 生野菜特有の「緑」「オレンジ」「紫」といった、色そのものみたいな不愉快な味に汚染された口内をカフェラテで満たす。甘くて美味しい。

 そのカフェラテを飲み下すと、胃の中がかなりいっぱいになった。ジャムパンを食べきれる自信がない。

 それでも、取り敢えずパンの袋を開けてしまうと、苺ジャムの甘い香りがして、いくらでも食べれそうな気持ちになる。

 ジャムパンに噛り付いてから顔を上げると、木月は片手でキーボードを打ちながらパスタサラダを食べていて、器用だと改めて思った。僕は一度に二つの作業をするのは、得意じゃない。

 木月は、何かと器用な人間だった。ほとんどの講義を寝ている癖に、試験前に少し教えただけであっさりとそこそこの点数を取ってしまうし、どうしようもなくだらしないのに、憎めない。そういった面を、羨ましく思いつつも、純粋に尊敬している。僕もこんな風に生きることができたら、どれだけ良いだろうか。

 「何にやにやしてんだよー」

 木月が笑いながらそう言ってきたので、慌てて自分の顔を手でふにふにと確認するが分からなかった。

 「んー。ホント?にやけてた?」

 「うん、ホントホント。何?」

 「別にー。内緒!」

 「えー、けちだなあ。凛太は」

 そういいながらも、木月の表情は柔らかくて、釣られて僕も頬が緩んだ。

 「ほら、そんなことよりレポートしないと」

 「わかってるー」

 僕たちしかいない講義室は、それからしばらくの間、キーボードのカタカタという音とご飯を食べる音しかなかった。全部、僕たちが奏でる音だけで、あとは窓とか壁とかの向こう側…別世界のこと。僕たちの世界は静かだけれど、それがひどく心地よかった。

 食事を終えて、明日の課題を黙々と進めていると、突然木月が立ち上がった。

 「おわったー!!天才かもしれない、俺」

 ぐいーんと大きく伸びをしたあとに、真面目そうに言うから、思わず笑ってしまった。

 「ふふ。ぎりぎりじゃん」

 時計をちらりと確認すると、提出しなければいけない四講時目が始まるまで、あと三〇分程だった。

 「それは言うなー!」

 「まあまあ。とにかく、おつかれさま」

 「凛太のおかげだ。ありがとな、助かったよ」

 「どーいたしまして。次からは早めにするんだよ?」

 「う…はーい」

 少し脅すと木月は、小さくなって返事をしたが、きっと次も同じようにぎりぎりになるだろう。いつものことだった。だけど、結局はそこそこに仕上げてしまうので、何度も繰り返したとしても、不思議と本当の意味で怒ったり呆れたりはしない。それに、なんだかんだ言ってこうして過ごす時間を気に入っている。木月もそうだと良い。

 無事提出し終えて帰る頃には、空は薄紫色に変わっていた。夕方と夜の間独特の雰囲気が、だらだら歩く僕たち二人を包んでいる。

 「教授、びっくりしてたなー」

 「そうだね。芳賀(よしが)さんはまた提出しないと思ったって」

 「かなり頑張ったと思う!」

 「出さないと単位もらえない課題を、当日までやってなって時点でどうかと思うけど?」

 笑いながら少しからかうと、「次からは、まじでちゃんとやるし」と小突かれた。

 「そういえばさ、明後日、授業ないだろ?どっか行こーぜ」

 木月が少し困ったような様子で尋ねてきたので、それを不思議に思いながらも、何気なく返事をする。

 「いいよ。どこ行く?」

 「よし。実はもう行くとこ決めてあるんだ」

 買い物だろうか。

 「何か欲しい物でもあるの?」

 予想を言ってみると、少し言い難そうに木月が答えた。

 「いや。公園!」

 「いいけど、めずらしいね」

 僕たちが休日遊ぶときは大抵、目的のある買い物か木月の家でごろごろするだけだ。

 公園でイベントか何かあるのだろうか。そう尋ねると、首を横に振られた。

 「それっぽいかなー、的な?」

 「それって、あれ?」

 「あれ、的な」

 あれはそれだし、それはあれだ。

 「ホントに、めずらしい」

 「いいだろ、たまには」

 頬を赤く染めながら、駄目か。なんて断れるわけがない。どうせいつもの気まぐれから来る思い付きだろうが、それでも嬉しかった。

 「木月、顔赤い。ふふ」

 「うるせー。夕日だし」

 そんな風に照れる木月を、どうしようもなく愛しく感じてしまう。

 「と、とにかく、明後日な」

 明後日が待ち遠しい。



 今朝は少し頭が重くて、このまま眠ってしまおうかと一瞬目を瞑りかけたけれど、木月との約束を思い出して、はっと時計に目をやる。

 針はまだ八時三〇分を指していたけれど、少し慌てて起き上がった。きっと準備に時間がかかる。

 ばたばたと家の中を慌しく駆け回ったけれど、いつも通り着ていく服がなかなか決められなくて、待ち合わせの駅に着いたのは約束の時間ぎりぎりだった。

 「ごめん、遅くなって」

 「乗り換えの電車まで時間あるし、いいよいいよ。それより、帽子」

 言いながら、木月が帽子のつばを指先でちょんちょんと突付いてくる。

 日に当たるとすぐに赤くなってしまう僕の為に、木月が先月買ってくれた物だった。僕よりずっとセンスのある木月に選んでと頼むと、この帽子をプレゼントしてくれた。それが嬉しくて、ずっと早く木月の前で見せたかったから、公園に行こうといわれたときからこれを被っていくと決めていた。

 「あ、うん。公園行くって、言ってたから」

 「似合ってる」

 「ふふ。ありがと」

 何気なく礼を言ったけれど、すごく嬉しい。

 そういう木月は、白いシャツに黒の細身のパンツという装いで、シンプルだけれど、木月のスタイルの良さを際立たせていた。

 「てか、その荷物はもしかしてもしかしたりする?」

 僕がリュックの他に持っている手提げの鞄を、きらきらと瞳を輝かせて覗いてくる。

 「もしかしてもしかする。けど、あまり期待しないでね」

 料理はある程度できるが、料理するという行為自体、嫌いだった。不安になるというか、なんだかぞわぞわする。だから、自分が食べる、という目的だけでは絶対に作らない。たまにこうして木月の為に作るだけだ。

 「やった!凛太のお弁当!」

 期待されまくりな声色に、少し緊張してしまうけれど、木月は美味しいと言ってくれるだろうなとは思う。

 

 三〇分程電車に揺られて、そこからバスで二駅のところに、その公園はあるらしい。

 木月はいつも以上に機嫌が良く、遠足に行く子どもみたいで、一緒にいるだけで自然と笑みが零れた。

 バス停に降り立った僕たちの横を、プールバックを持った子どもたちが駆けて行く。

 あの子どもたちは、自分が何者なのか、理解しているのだろうか。これから何になるのか、男なのか女なのか、どこからやって来て、どこへ向かっているのか…とか。何も考えることのなかった頃に、戻りたい。そんなことをなんとなく思った。

 「凛太、行こう」

 スマートフォンを操作して、どちらに歩いて行くべきかと模索していた木月が、手を差し伸べてくる。

 あまりにも自然な動作に、何の違和感もなく手を握り返したが、いいのだろうか。

 余程複雑な顔をしていたのか、振り返った木月に大笑いされてしまい、思わず下を向く。

 「そんなに笑わないでよ。もう」

 「だって、めずらしい顔してた!」

 まだ笑っている。放っておいたら、いつまでも笑っているんじゃないだろうか。

 「いいから、ほら行くよ」

 そう言って、恥ずかしさを誤魔化すように、繋いだままの手を引っ張った。

 それからしばらく歩いて着いた公園は、だだっ広いところで、青々とした芝生にちらほらと白い花が咲いていた。レンガで舗装された小道の花壇にも、いろんな色の花が咲いていて、歩いているだけで楽しい。

 入り口のところでは、何組か家族連れやカップルを見たけれど、少し歩いただけでもう人気がなくなっていた。木月が「広いから人が分散されるんだな」と言った。理由は何であれ、こうして木月と当たり前のように手を繋いで歩いていられることが、堪らなく嬉しかった。

 木陰にレジャーシートを敷いて、二人並んで腰掛けると、風が心地よかった。少し前までのじめじめとしたものではなく、からりとした初夏の風だ。

 「心地良い風だなー」

 木月も同じように思っていたのか、そう口にした。なんだかそれがくすぐったい。

 こうして二人で並んでいると、自分の秘密も過ちも何もないように思ってしまいそうだった。

 そんな風に感傷に浸っていると、木月が写真を撮り始めた。

 写真は、何にもこれと言って興味がないように見える木月の、唯一趣味と呼べるようなものだった。と言っても、道具も被写体も選ばないような気ままなもので、何にも執着しない木月らしいスタイルだった。 

 今日はきちんとしたカメラは持って来ていないらしく、スマートフォンのカメラ機能を活用して、先程駅で撮った空の写真を嬉しそうに見せてくる。

 「今日はそれだけ?」

 「これも、ある!」

 そう言って取り出したのは、インスタントカメラだった。一眼レフは重たいから置いてきたらしい。

 「ホントに何でもいいんだね」

 「うーん、これはこれで安っぽさがまたいいんだよなー。最近のは、わりと綺麗だけどな」

 よくわからなかったけれど、そういうものなのだろうか。そういうものなのかもしれない。

 ちちち、ぱちん。と、インスタントカメラ特有の音が響いて、はじめて撮られていることに気付いた。

 「ちょっと…」

 いきなり撮るなと非難しようと睨むけれど、木月がいたずらに成功した子どもみたいに楽しそうに笑っていたので、やめた。

 「カメラはどれでもいいって思うけど、撮るのは凛太が一番楽しい」

 「…馬鹿にしてる?」

 そうじゃないとわかっていても、こういう可愛げのない言い方しか出来ない自分に少し嫌気が差したけれど、木月は笑ったままで、少し安心した。

 心配だったお弁当も「おいしい」とすべて食べてくれた木月は、ずっと楽しそうで、作った甲斐があるとしみじみと思った。

 いつも木月といると幸せで胸がいっぱいになるけれど、今日は特に泣きそうになるくらい幸せだった。

 「たまには、こういうのも悪くないね」

 そう思ったことをそのまま言うと、木月は少し驚いた表情のあと、「だろ。これから先も、何回もあるから」と言ってめちゃくちゃに僕の頭を撫でて笑った。

 僕もそうだと良いと思うから、同じように笑った。

 

 本当は、そんな風にはいかないとわかっていたけれど、今このときだけは夢をみていたいと、僕自身の秘密を見て見ないフリをした。



 木月と別れてからアパートに着いたのは、二一時くらいだった。

 階段の下のところで、大家さんと会った。なんとなく目が会った気がしたので、軽く頭を下げると、

 「ああ、ちょっと。最近、どたどたうるさいのだけれど、七瀬さんとこじゃないわよね?」と言いながら、近付いて来た。

 「え…はい」

 「夜中でもお構いなしで、困るのよね。二階だと思うんだけど」

 夜中…気にしたことはなかったけれど、同じ階だからあまり響かないのだろうか。まったく心当たりがなかったので、そう答えた。

 いつもピアノを弾いている人の仕業かもしれない。

 自分の家に帰ってから眠りに就いた午前二時までの間、やっぱり目立った音は何もなかった。


 その日、僕は奇妙な夢をみた。

 僕は小さな赤子で、僕の中にいた。胎内にいるのだから、赤子というか胎児と言った方がいいかもしれない。

 とにかく、僕の胎内にいた。

 真っ暗で何も見えなかったけれど、不思議と母は僕だとわかっていたから、怖くなかった。むしろその逆で、どこまでも自己完結なその場所の居心地は、素敵だった。

 見知った僕の中にいるという安心感と、孤独の間でふわふわと漂うことしか出来なくて、歯痒かった。

 それからしばらくすると、影が僕を覆って、包んで、引きずり出して、床に叩きつけた。

 耳の奥がとてつもなく痛い。目が、焼けそうなくらい熱い。影が眩しい。その眩しい影は、木月だとなんとなくわかった。

 深い緑の世界は木月の場所で、孤独からやっと開放されたとほっとすると同時に、あの暖かさがひどく懐かしい。

 気が付くと、あの公園で隣に座る木月は、全然笑っていなかった。

 

 「怖い夢…?」

 その声に驚いて右に目線を移動させると、鏡越しに僕を覗き込む女が見えた。

 「…凛子(りんこ)

 「おはよう、凛太」

 僕のテンションをまったく無視した朝の挨拶には何も返さないで、むくりと起き上がった。

 そのことについて何かぶつぶつと文句が聞こえたけれど、それも全部無視して朝の準備に取り掛かることにする。相手にしたほうが負けだと思っている。

 いつものようにピアノの旋律をBGMに、大学へ向かう準備に取り掛かる。知らない曲だった。

 相変わらず勢いの激しい水で顔を洗い終えてタオルで顔を拭いていると、背後から声を掛けられて、少し驚く。

 「先生のとこ行ってないでしょ。心配してたよ」

 肩を震わせた僕を小さく笑ってからそう言ってきて、腹立たしい気持ちしかなかったので、何も言わないでおく。足音もなしにやって来て、突然馬鹿みたいに大きい声を出す方が悪い。

 むかつきながらトイレに足を踏み入れて三秒で、更に腹立たしい物を発見してしまった。

 「ちょっと、気持ち悪いもの持ち込むなって」

 トイレの隅っこのほうに置かれた生理用品を掴んで、明後日の方向へ投げた。床に散らばったそれをちらりと見てから顔を上げると、泣きそうになっていたけれど、気持ち悪さしかなかった。女性に対するあれこれとか、そういうことではないけれど。

 「ごめん…」

 「うるさい。もう出るから、邪魔」

 小さく呟かれた謝罪も鬱陶しくて、堪らなかった。

 奥に引っ込んだ凛子を放置して玄関の扉を開けると、ちょうど隣の扉も開いて、ぬっと男が出てきた。

 男は背が高く、清潔感がありそうな優男といった風貌で、黒縁の眼鏡が程よく似合っている。 

 「どうも」そう言った声までもが爽やかその物だったのに、微笑みのその奥にねっとりとした何かが潜んでいそうで、何故か嫌悪感でいっぱいになった。

 はじめて見た隣人相手にそんなこと思うのも、挨拶を無視するのも、気が引けた。それで、ほんの少しだけ頭を下げて、その場を去った。

 きっと僕の心が歪んでいるから、あんな見るからに善良そうな人も不快に思えるのだと思う。僕の方がよっぽどおかしいのに、それを棚上げしてしまったことを、少し反省した。




 朝起きるとまず、寝巻きと下着を脱ぎ捨てる。

 ここに引っ越してきてからは、ずっとそうだった。冬は大抵寒いと感じるが、夏はこうしているのがちょうど良いくらいで、朝の肌寒さが心地いい。

 うーんと大きく伸びをしてから、ベッドを降りて箪笥の中から今日の下着を選ぶ。

 ほとんどは、女の子っぽい白色やピンク色ばかりで、その中から特に悩むこともなく、レースとリボンが沢山付いた白色のものを取り出す。

 下着を身に着けると、そのままぺたぺたと洗面所に移動して、顔を洗ってから歯を磨く。

 それから呟く。「おはよう、私」

 ここまでが、朝の欠かせない儀式のようなものだった。

 下着のままキッチンへ移動して、朝食のグリーンスムージーを準備する。

 投入したばかりの野菜が硝子の中で、あっという間にただの緑色になるのが楽しくて、毎回ついじっと見てしまう。

 ずっと自由のない生活を送っていたから、なんでも真新しく感じるのだ。

 出来上がったスムージーをその場で飲み切ってしまうと、空になったコップを水に浸けた。

 部屋に戻ってカーテンを引くと、もうすっかり初夏の青空だった。空が青い。

 足に何かが当たって、ころんと転がる音がしたので下を見ると、マニキュアの瓶がいくつか散らばっていた。多分、凛太だろう。

 心の中でため息を吐いてそれを拾ってから、床にぺたんと座って、メイクに取り掛かる。

 念入りに下地のクリームを塗って、パウダーを上から叩いていく。特に肌荒れや目立った黒子があるわけではないけれど、きっちり顔を作っていなければ、何故か不安な気持ちになるのだ。

 下地が終わると、次にビューラーで睫毛を持ち上げて、アイメイクに取り掛かる。

 不器用な私には、アイラインを引くだけでも一苦労だ。最近ではかなり慣れたが、はじめはもっとひどかった。

 なんとかアイラインを引き終えると、茶色をベースにアイシャドウを重ねていき、マスカラをけばくならない程度に、たっぷり付ける。

 チークをぽんぽんして、仕上げにリップとグロスを塗れば、顔は完成。

 クローゼットを開いて、白のブラウスとフリルのスカート、それからレースの靴下をさっと取り出して、着替える。

 仕上げに、リボンの付いたバレッタで、横髪と一緒に前髪を耳の上で留めてしまうと、女の子らしくて可愛い凛太好みの外見が出来上がった。

 姿見を覗いてにっこり微笑んでみると、何かすごく満たされるものがあった。


 先生とは、一一時に駅前でと約束していて、今日は診察ではなく、一緒に出掛ける予定だった。

 私が着いたとき、先生はまだ来ていなかった。

 「待たせて、ごめんなさいね」

 一五分遅れてきた先生は、申し訳なさそうにそう言った。

 「ふふ。来たとこだし大丈夫ですよ」

 私がそう返すと、先生は一気に笑顔になって、

 「取り敢えず、おすすめの喫茶店があるのだけど、そこでランチでもどうかしら」と言った。


 先生のおすすめらしい喫茶店は、私がよく行く通りからは離れていて、知らないところだった。

 「こんなところに、お店あるんですね」

 海外の映画に出てくるような緑の扉を先生が開くと、カランコロンと可愛らしい音が鳴り響く。その音は、落ち着いた店内にぴったりで、お洒落な要因のひとつとして溶け込んでいるようだった。

 案内してくれた店員に、先生のお気に入りだと言うカフェラテとサンドウィッチを頼んで、改めて辺りを見渡す。

 たくさんの植物に囲まれた、森のような空間。そんな暖かい雰囲気の中にある、規則的に並んだステンドガラスの小窓が一際目を引いた。オレンジの光に照らされたステンドガラスが綺麗で、思わず溜め息を付いた。

 私の様子に、先生は満足そうに笑っている。笑うと、先生の耳に付いた赤いピアスがゆらゆらと揺れて可愛かった。

 「気に入った?」

 素直に小さく頷いて、「とても。素敵です」と返した。

 そうして二人でしばらく、店内の空気を楽しんでいると、注文した物が運ばれてきた。

 コトリと目の前に置かれたサンドウィッチからは、いわゆる「お腹の空く匂い」がしている。

 「結構ありますね。ボリューム」

 「凛子ちゃん、少食だものね」

 そんな会話をしてみたものの、美味しそうな見た目からは、ぺろりと平らげられる気しかしなかった。

 「いただきます」と言って、落とさないように気を付けながら、そっと掴んだサンドウィッチはほんのりと温かく、できたて感がある。

 がぶりと噛み、舌の上に広がった味は、はじめてのものだった。それなのに、野菜にお肉にオーロラソース、それからほんのりとバターという組み合わせは、どこか懐かしさを感じさせた。

 「…おいしい」

 「でしょう?絶対好きだと思った」

 そう言いながら、先生も美味しそうにサンドウィッチを齧っていて、幸せな時間を共有していると実感して、自然と笑みが零れた。

 それから、すっかり食べることに夢中になっていた。

 あと少しというところで、ふと前を向くと、先生とばちんと目が合った。穏やかに微笑むその姿に、思わず頬が火照って、心臓がどきどきした。

 だけど、その瞳は私のことなんて全然見ていないように思えた。私のもっとずっと遠くを見て、静かに笑っているように思えて、嫌だった。

 「あの、先生?」

 私がそう呼びかけると、いつも通りに笑うから、やっぱりさっきは考え過ぎだったんだとも思えた。

 「あら、ごめんなさい。可愛くって、つい」

 そうやって誤魔化されて、だけど何も言えなくて仕方なく、考え過ぎだと自分に言い聞かせるように、笑った。

 しばらくして、私も先生も食べ終えて、飲み物のおかわりを頼んだ。先生はコーヒーで、私はココアにした。

 食べ終えた食器が片付けられて、飲み物が運ばれてくると、先生が口を開いた。

 「そういえば、凛太くんとはどう、最近」

 遠慮がちな会話の振り方に、そんななら訊かなければいいのに、と思った。

 「どうって…別に、いつも通りです」

 いつも通り、良いとは言えない関係。昨日だって、つまらないことで機嫌を損ねたばかりだ。

 そのことを思い出して、少し鬱々とした気持ちになりかける。

 「…ごめんなさい。今日は診察じゃないものね。やめましょう」

 気を遣わせた。

 そんな話を振る先生が悪いという気持ちと、休日くらい対等でいたかったという気持ちが胸の中でぐるぐるして、なんだか複雑だった。

 「気にしないで」と言ったつもりではあるけれど、実際どうかわからない。

 「そろそろ、出ましょうか」

 その声にはっとして顔を上げると、先生は困ったように笑っていた。私も、同じように笑ってみた。

 先生は、私が私でいられる数少ない場所で、安心できるところ。たとえ、私を殺すことが役目だとしても、一緒にいたいと思える、変な存在。


 家に帰ると、凛太はまだ苛付いていた。

 今日は、いつもみたいに口も利いてくれないだけではなかった。

 静止の言葉も無視されて、カッターナイフでひたすら切られた白い私の腕は、ぽつぽつと溢れた血でいっぱいになった。

 痛いことをされるのは、よくあった。そのくらいは、凛太の為なら耐えられる。

 太腿や首、目に付いた私の皮膚を次々に切られていても、その行為に意味がなかったとしても、受け止めてあげられる。

 「不細工」

 そう独り言みたいに放たれたその言葉だけが、ただただ辛かった。

 「あとどれだけ頑張れば…あとどれだけ、可愛くなれば」

 泣いて縋っても、凛太は静かに涙を流すだけで、何も答えてくれない。きっと凛太もわけがわからなくなっていて、苦しいはずだ。

 だけど、そういう問題じゃない。自分自身を否定されることの虚しさや、やり場のない怒りは、腹の中にどんどん溜まっていって、重たい。

 「もう、耐えられない」

 私も凛太もほとんどパニック状態で、何もわからなくなりそうだった。

 私以上に何もわからなくなっている凛太の手を振り払って、外に向かって駆け出した。少し、時間が欲しい。

 切られたところが、とてつもなく痛かった。

 「君、大丈夫?」

 掛けられた声に驚いて振り返ると、男が立っていた。隣人だった。

 廊下に、あちこちから血を流して泣いている人間が裸足のままで突っ立っているのだから、向こうも驚いたと思う。

 少し恥ずかしく思いながら涙を一拭いしてから、隣人と目が合った瞬間、恐ろしい考えを思い付いた。凛太なんて困ってしまえばいい。あの男に嫌われてしまえばいい。そうすれば、もう私しかいなくなる。

 そんな私の意図を読み取ったみたいに、隣人は心配そうな表情を引っ込めて、怪しげに笑いながら言った。

 「おいで。手当てしてあげるよ」

 ふらふらと隣人に駆け寄りながら、自分で自分が少し怖くなる。

 まるでお姫様みたいに、ちょっとずつわがままになっていって、どんどん貪欲になっていく。

 なんだ。ちゃんと女の子、出来ているじゃないか。




 目が覚めると、ピアノの音色がいつもより大きい気がした。何故だろう。何だかやけにだるい気がする。それに頭も痛い。

 少しの間ぼんやりと天井を眺めていたけれど、今日の曲には聴き覚えがあったので、何の気なしに呟いた。

 「…ショパン」

 声が掠れて、喉の痛みに気付いた。

 「ああ。起こしちゃったかな」

 ピアノの旋律が途切れたことと、その声に吃驚して、少しずつ意識がはっきりとしてくる。懸命に目玉をぐるりと動かすと、ピアノの前にいる男と目が合った。

 僕の部屋と同じ間取りのこの部屋は、ピアノとベッドが隣り合っているという訳の分からない空間だった。

 というか、僕はどうしてあまり交流のない隣人の部屋で眠っていたのだろう。

 何か失礼なことをしていないことを祈る。

 「えっと…三加和(みかわ)さん、その。ええと」

 必死に記憶を辿り、表札に書いてあった名を口にすると、ゆらりと伸びてきた手に頬を撫でられる。

 「昨日みたいにミサキって、呼んで?」

 その感触に驚いて身体を引こうとして下半身に違和感を覚え、ぎょっとする。まさかとは思うが、この男に抱かれることを許してしまったのだろうか。

 「あの、僕…わ、たしその…」

 「ああ、いいよ」

 何がいいのだろう。帰っていいのだろうか。もっとも、引き止められたって帰るつもりだけれど。

 「朝ごはん、食べてく?」

 長めの髪を耳に掛けながら尋ねてくる姿は、どこか色っぽくて、それはまるで悪夢のようだった。

 「え、遠慮します」

 言いながら、痛む身体を無理矢理動かして、なんとか帰る支度に取り掛かる。

 「そう…またね。凛太クン」

 最悪だ。すべてが。気分も体調も罪悪感も、これまでにないくらい最悪だった。

 逃げるように自分の部屋に戻ると、一気に身体の痛みが戻ってきた。あまりの痛みと過ちの大きさに耐え切れず、ドアに背を預けてそのままずるずると座り込んだ。

 「…どうしよう」

 声に出してみても、どうにもならないことはわかっていたけれど、どうしようもなかった。

 どうしてこうなったのかという原因には心当たりがあった。

 

 僕はあいつが嫌いだ。あいつはそれを知っている。知っていて、どういうつもりか消えてくれない。

 「お前、勝手に…」

 「……」

 「最低だよ、それ」

 無言だった受話器の向こうですすり泣く声が聞こえ始めて、気持ち悪くて切った。電源も切ってしまった。言い訳なんて聞きたくない。


 それからしばらく、僕は大学を休んだ


 何も考えたくなくて、ぼんやりと毎日を送り、外の世界のことを思い出す度に、このまま死んでしまえたらとさえ思った。

 部屋の隅で佇んでいる、どこからかあいつが持ってきた、名前も知らない植物が羨ましい。

 締め切った窓の向こうから聞こえてくる雨音に包まれ、僕なんかよりもずっと懸命に生きている植物を眺めて、悪戯に呼吸を続ける。

 きっと木月は、すべてを伝えたって僕を否定しない。このまま、彼の優しさに甘え続けることだってできる。

 だけど、それじゃきっと駄目なんだ。木月は僕を否定しない。わかってはいるけれど、僕が僕自身の秘密を知られたくない。

 それに、彼に僕の狂気を背負わせる必要なんて、どこにもない。

 一体、どうすれば正解なんだろう。誰かに、答えを教えてほしかった。誰かに助けてほしかった。

 あいつからは離れられない。それでも、彼からは離れられる。

 僕は、あいつと二人きりで死んでいくしかないのかもしれないということを、ずっと心のどこかではわかっていた。

 だけど、だけど本当は、木月に助けて欲しかった。

 なんだかむかむかして、目に付いたあいつの物を手当たり次第にぶちまけていく。化粧品は、面白いくらいに音を立てて散らばった。

 整理された机の上にぽつんと置かれたタッパーを手に取ると、「早く元気になってね」と書かれた付箋が貼られていた。

 「気持ち悪い…」

 付箋を見た途端にタッパーを投げそうになったが、食べ物に罪はない。勿論食べる気もない。一体どうしたものかと、じっと考える。

 「あ…」

 だけど、そんな意思に反してタッパーは手から滑り落ちてしまった。

 床に中身がぶちまけられていく様を、僕はぼんやりと眺めていた。肉塊と、人参とブロッコリーから、タッパーの中身がハンバーグだったことを知った。

 自己嫌悪と食べ物を無駄にしてしまった罪悪感で、吐き気を止められず、その場にしゃがみ込む。息が詰まりそうなのに、胃液はどんどん上がってこようとする感覚がもどかしい。

 「まるで、僕たちみたい」そう口にしようとして、えずいた。

 胃液だけでなく、涙と鼻水が零れ出る。首を掴んで一生懸命に吐き出した、赤とか緑色に、笑いが堪え切れなかった。

 「…気持ち悪い」




 幼い頃に、父と母を亡くした。

 不器用だけれど本当は優しい父と、硝子の器みたいに儚げで綺麗な母が、凛太は大好きだった。

 そんな凛太を、私は好きだった。

 だから、二人が凛太を置いて居なくなったとき、本当に悲しくて悲しくて、消えてしまいたかった。

 涙を耐える凛太を、大丈夫だと抱きしめてあげたかった。

 大人になんか、なりたくない。ずっとこのままがいい。凛太と二人だけの世界で、永遠に寄り添っていたい。本気でそう思っていた。

 だけど次第に、大人になっていってしまって。凛太は、世界は、私を拒絶した。私のすべてである自分自身に「いらない」と言われて、もうどうしていいかわからなかった。

 凛太がどうすれば受け入れてくれるのかも、私がどうしたいのかも、何も、わからなかった。

 

 目の前で、浮気してしまった女の子みたいに後悔の涙を流す凛太が、おかしかった。

 「凛太だって、芳賀くんとああいうコト、してるでしょう?」

 自分は良くて私は駄目、だなんて。そう続けようとしたが、叶わなかった。

 口内に血の味が広がり、少し遅れて鋭い痛みがやってきて、涙がじわりと滲む。

 怒らせようと思って放った言葉だったけれど、まさか、ここまで怒るとは思わなかった。普段穏やかな凛太が、こんなにも怒っているのは初めてだと思う。

 髪の毛をきつく掴まれ、そのまま机に打ち付けられる。

 「い、痛い!凛太、いた、い…」

 必死の抵抗も虚しく、何度も、何度も繰り返される行為に、痛みと恐怖から涙が止まらなかった。

 「汚い…お前は、汚い!!」

 叫びながら、全力で頭を打ち付ける様は、傍から見ればきっと滑稽なことだろう。

 ようやく開放され、ぱたりと床に仰向けに倒れると、しばらく放心していた。というか、動けなかった。

 どくどくと額から血が流れていることは、触れなくてもわかった。あれだけぶつけたのだから当然だが、恐らく切れているのだと思う。

 ぼんやりとしていた私を、同じようにぼんやりと眺めていた彼は、私のすっかり乾燥した唇にそっと触れてから、どこにそんな力があったのか腕を纏めて掴むと、私の体を引き摺り始めた。それは、耐え難い痛みだった。

 「いた、い…痛い、やめて…」

 引っ張られている腕も痛かったが、引き摺られてフローリングと擦れる下着だけの背中が、まるで火炙りの刑にでもされているかのようだった。

 悲鳴を上げながら、身を捩っても、痛みはなかなか終わってくれなくて、頭がおかしくなりそうだった。

 「り、凛太!たす、たすけて…痛い、熱い!」

 そんな私を五月蝿いとでも言うかのように彼は、床に再び転がした。

 横目で見ると、台所まで引き摺られてきていたようで、食器棚やキッチンのマットが見えた。

 果物ナイフを手にした彼は馬乗りになって、私のあちこちを切っていく。それがなんだか、他人事のように思える。

 いろんなところから血が流れていて、痛かった。

 彼が可哀想で、無理矢理腕を動かして、そっと撫でると、静かに泣いて、首を絞められる。

 最悪だ。汚い。消えろ。

 もうどちらが言ったのかわからないような、そんな言葉がずっと頭の中をぐるぐるとしていた。


 痛みで麻痺した脳みそのまま、何も考えずに、ちかちかと光る携帯電話を手に取る。誰からとか、考えなかった。

 「もしもし、凛太…」

 それは、叔母の声で、思わず切っていた。

 「…聞きたくない」

 叔母と叔父と一緒にいた、凛太の陰に隠れていた…自分を押し殺すあの日々には、戻りたくない。

 「私は、自由なんだから…」

 もう何も思い出したくない。凛太と過ごした幼い日の記憶さえあればそれでいいのに、どうして私たちは私たちだけの世界で生きていないのだろう。




 柔らかい布団の中で胎児みたいに丸くなって、右も左も、何もわからないフリをしていると少し楽になった。

 何度か眠って起きてを繰り返した。意識がはっきりしなくて、頭が割れそうなくらい痛かった。

 そんな風なまどろみの中、不意にベルが鳴り響いた。だけど、面倒だし、何より誰にも会いたくなかった。

 「出ないよ」

 そう小さく宣言しながら、布団をしっかりと被り直して、ぎゅっと目を瞑る。

 なかなか鳴り止まないチャイムに苛立ってきて、思わず枕元に置いてあったコップを手探りで掴むと、音のする方へ向かってでたらめに投げつけた。

 それはガラスのコップだったようで、壁に当たって酷い破壊音を立てた。

 「あーあ、お気に入りのコップ…」

 耳元で凛子が残念そうに言ったが、何も言わないで、また目を瞑る。

 チャイムの音は、止んでいた。

 「今の音で、居留守だってばれてるよ。てゆーか、芳賀くんだったりして」

 「…適当なことばっか言わないでよ」

 きつく睨むと、にやにやしながら立ち上がって、

 「わかんないよ。私、確認してこようかな」と言った。

 「やめてよ。僕が行く」

 これ以上僕たちを混乱させないでほしい。そう思い、きっと睨み付ける。

 「はいはい。わかったってば。そんなに睨まないでよ。もう」

 そんな声を無視して、そろりと床に脚を着地させる。少し冷たい。

 歩くことも、布団から出ることも、久し振りに感じて、安全な母の胎内から出たすぐの赤子はこんな気持ちなのかもしれないと思った。真っ直ぐ歩けない。きっと今、溢れ出した羊水が迫ってきたって走れない。ただ飲み込まれて、死に行くときを待つことしか、できないだろう。       

 久し振りの歩行によろけた僕の身体を支えようと、凛子が咄嗟に手を伸ばしてくるけれど、無意識にその手を払い除けていた。

 「…放っておいて」

 「勝手に、すれば」

 突き放すような僕の言葉に、凛子も突き放すような声色で対抗してきて、そのまま奥に引っ込んでしまった。

 真っ暗な廊下をぺたぺたと歩いて、なんとか目的地へ辿り着いたときには、初めのチャイムから一〇分以上経っていた。

 覗き穴からこっそり見ると、一番会いたくなくて、一番会いたかった人が立っていた。

「木月…」

 何かを考えるよりも先に、扉を開けていた。

 木月は、驚いた表情をしたあと、弱々しく笑った。少しやつれている気がする。きっと僕の所為だろう。

 「心配した。お前、二週間も連絡取れないから」

 「ごめん」

 「お前の休み癖は前からだけど…また体調崩してたのか?」

 心配して覗き込んでくる木月の顔を見ることが出来なかった。今の僕には、疾しいことしかない。

 「うん、大丈夫」

 「何も食べてないだろ。顔色、悪いぞ」

 「うん…大丈夫」

 嘘を吐いた。

 「これ、来る前に買ってきたから」

 差し出された袋を受け取る。中身を確認する気持ちにもなれなかった。

 「なんか、あった?」

 「な、なんにもないけど…」

 声が震えないように、何も悟られないように、そう思っているのに、いつも通りに振舞えない。

 「怪我、めっちゃしてんじゃん」

 そう言われて、自分が怪我をしていることを思い出して、途端に、自分が恐ろしく穢れた人間であるという気持ちになる。

 「たいしたこと…ないから」

 まだ痛む傷たちは、「たいしたことない」で済まされるようなものではないと分かってはいたけれど、痛むことさえ知られたくない。

 「そんなに、頼りないか?」

 木月は小さく笑った。その表情があまりにも切なくて、罪悪感でいっぱいになる。

 「そうじゃない、けど…ごめん」

 自分の中で全然整理出来ていなかったし、木月にすべて話す決心も出来ていなかった。

 結局、何一つとして解決に向かっていない。木月がこうして歩み寄ろうとしてくれていても、僕には拒絶することしか出来ない。

 「なんで、謝ってばっかなわけ?」

 いつも笑顔ばかりの木月にしては珍しく、むっとした雰囲気を隠そうとしない態度が、辛かった。僕の所為だけれど、ここ最近こんなのばかりで、自分で自分が嫌になる。木月はもうとっくに嫌になっているかもしれない。そう思うと、じわりと涙が溢れてきた。

 「汚いから。僕が」

 「全然意味わかんねえ」

 頭を抱える木月は、理解できない僕のことをわかろうとしてくれている。いつも、そうやって優しい。泣きそうになるくらい。 

 「…ごめん」

 「俺、謝罪が聴きたいわけじゃないんだけど。目見てちゃんと訳、言って」

 怒らないから、と続きそうなその声色に、自分が子どもじみた態度を取っていたことに気付いた。

 それでも、ただ誤魔化すことしか出来なくて、泣きそうだった。誰にも言えない、大好きな木月に唯一言えない、隠し事。

 僕の汚い部分は木月にだけは知られたくなかった。他の誰にどう言われたって耐えられる。だけど、木月だけは駄目だ。

 木月が僕に対して恋愛感情なんて一切なくて、全部ごっこ遊びだったとしても、それはいい。隣にいられるだけでよくて、あとは何も望まない。

 「…なんも言わねえの?」

 何も言うことなんて無かった。この場を丸く治める案は何も出てこなかったし、そんなことよりも、どうにか何も悟られないようにと誤魔化すことしか考えられなかった。

 「い、いくら木月だからって、何でも言わなくちゃ駄目なの?木月は僕に言ってないこと、ないの?」

 言い切って、唇を噛み締めると、血の味がした。そんなことが言いたいんじゃない。木月を責めたいわけじゃない。

 「なんで凛太が怒ってるわけ?俺なんかした?」

 流石に呆れたのか、苛付いたのか、静かに睨んでくる木月の様子に、頭の中が「どうしよう」でいっぱいになる。

 「そうじゃない、けど」

 「けど、なんだよ」

 木月に嫌われたくないだけなのに、どうしてこんなにも空回りばかりしてしまうのだろう。木月がいなくなったら、僕はどうすればいいのだろう。

 「木月には、僕の気持ちなんかわかんないだろ。僕のこと、好きでも何でもないくせに…」

 「踏み込んでくるな」そう言い終わらないうちに、もたれ掛かるように抱きすくめられて、後ろに倒れそうになるけれど、木月にしがみ付いて堪える。

 そうやって腕を回してはじめて、木月が泣いていることに気付いた。肩が小さく震えている。

 脆い。それなのに、僕の心配ばかりする。僕の態度がそうさせていると、流石にもうわかっていた。

 「お前がいないと、俺…」

 木月の言葉は、涙に溶けて聞こえなかった。だけど、木月に酷いことを言おうとした。

 考えてみれば、僕は自分のことでいっぱいいっぱいで、木月の気持ちなんて全然考えていなかった。

 勝手に木月は僕のことなんてなんとも思っていないと決め付けて、一方的に拒絶し続けた。挙句、僕なんかを心配して来てくれた木月の優しさを裏切るような行為を、僕はしてしまった。

 「ごめん」

 そう謝ったのは僕じゃなくて、木月だった。

 それはあまりにも予想外で、しばらく何も言えずに、ただ明るい髪をそっと撫でた。

 「なんで、木月が謝るの」

 どう考えたって、悪いのは僕だ。自分勝手に心配させて、意味不明な言動で、木月を不安にさせた。

 「凛太、ごめん」

 「…もう謝らないでよ」

 愛おしさが込み上げてきて、気を抜くとすべて話して「たすけて」と泣いて縋ってしまいそうだった。

 謝らなくちゃいけないのは僕の方で、それなのにこの期に及んでまだ、秘密にしておこうとしている都合の良い僕をどうか許して欲しい。汚い僕の狂気を知ったら、木月はきっと僕の元からいなくなるだろう。それが耐えられない。そう思っていた。

 「木月…」

 声を掛けると、ぱっと顔を上げて僕を覗き込んできた木月は、もう泣いてはいなかったけれど、僕の為に気丈に振舞う姿は、なんだか痛々しかった。それでいて、どうしようもなく好きだと思った。

 だからこそ、僕は木月と一緒にいては駄目だ。心のどこかで、ずっと一緒にはいられないとわかっていたけれど、少しでも二人で過ごす幸せな時間を長引かせたくて、いろいろなことから目を背け続けた。だけどこれじゃ、本当に駄目だ。

 「駄目だ、木月。もうやめよう。僕は、木月とはいられない」

 「なんで」

 涙目のまま、また睨まれる。それはさっきとは違って、涙に濡れたもので、僕も泣いてしまいそうだった。

 「幸せに、なり過ぎて。僕、どんどん欲張りになっていって…幸せになんてなる資格、ないのに。木月をずっと騙してる」

 泣きそうな衝動をぐっと堪えて、僕の狡さを、世界で一番大切な人に告白する。

 「全然、意味わかんねえし、何でそんなことばっか言うわけ?俺のこと、そんなに…」

 「ちがう、ちがう…木月のことは、大好きで好きで好きで仕方ない、けど」

 「だったら…」

 木月は泣いてしまっていて、はじめて見るそれは、綺麗だと思った。僕が泣かせた。いっそ嫌いになられた方が、木月にとって良いんじゃないか、なんてことも少し思う。だけど、僕は本当にずるい人間で、それだけは避けたいと、この期に及んで足掻くことをやめられない。

 どうか、汚い僕を知らないまま、僕の前から消えて。

 「でも…駄目なんだ。絶対」

 「なんでなんで」と繰り返す木月は、驚くほどぐしゃぐしゃに泣いていた。その原因が一〇〇%僕だという後ろめたさから、目を逸らした。

 「…ごめんね」

 今日何度目かわからない謝罪を口にした瞬間、景色が揺れた。

 木月に胸倉を掴まれていると気付いて、息を呑んだ。強制的に上を向かされた首が痛いとか、呼吸ができないとかよりも、木月との距離がぐんと縮まって、お互いの感情が見えそうで、怖いと思った。

 「お前の、病気のことならわかってる。わかってるから…だから、俺を独りにしようとすんなよ…もう、なんも隠さなくて、いいから」

 予想もしなかった言葉に、一瞬頭が真っ白になる。 

 「知ってたん、だ…なんで」

 「ずっと、こんなに一緒にいて気付かねーと思ったのかよ…そんなの、だから」

 わかった上で、一緒にいたとでも言うのだろうか。木月が全然わからない。

 それに、僕の罪はそれだけじゃない。

 僕の狂気を把握していたとしても、先日のあの行為は、許されるものじゃない。木月が許したとしても、僕自身が許せない。

 「僕は、僕は…」

 言ってしまえば、本当にすべて終わってしまう。楽しかったことも、嬉しかったことも、幸せだった日々が全部全部、なくなってしまう。

 だけど、終わらせなくちゃいけない。僕の我が儘で苦しめ続けている木月から、手を離さなきゃ。

 「ぼ、僕は、木月以外の男と寝た…だから、駄目なんだ」

 木月は、はっと大きく目を見開いて、しばらく何もいわなかった。僕も何も言えなかったし、罪悪感で目も合わせていられなかった。

 「くそ…」

 少しして叫んだ木月が右腕を振り上げ、咄嗟に目を瞑る。殴られると思った。

 殴られたって仕方ないと思っていたけれど、木月は僕じゃなく、壁を殴った。凄まじい音だったから、へこむくらいはしたかもしれない。

 「なんで、なんで…俺が悪いのか」

 僕から手を離して、そのまま座り込んだ木月は、いつもと全然様子が違って見えた。

 開放されて呼吸が一気にしやすくなって、僕は咳き込んでよろけたけれど、木月は悪くないと伝えなくてはと焦り、上手く呼吸ができなかった。

 「…僕が、悪い」

 肩で息をして、呼吸を必死に整えてからそう言ったけれど、木月はあまり聞いていないように見える。

 「どこの男だ」

 下を向いたまま、木月が言った。

 「い、言いたくない。ごめん…」

 誰か、なんて言ってしまえば、生々しくなってしまいそうで、本当に嫌だった。

 きっと彼は、僕がそれ以上は踏み込んでくるなと、拒絶したと感じただろう。 

 逆の立場だったら、僕はどう思うのだろう。木月を殺してしまうかもしれない。

 だけど、木月はそれ以上何も言わないで、傷のある僕の額に口付けを落としただけだった。


 幼い頃に、父と母を亡くした。

 記憶の中の母は、どこかおかしくて、ちぐはぐで、苦しそうだった。穏やかに僕に笑いかけ、酷く罵った。

 そんな感情的な母とは正反対に、父は寡黙な人でいつも眉間に皺を寄せていた。

 どうして、そんな二人が一緒にいるのか、全然わからなかった。

 母に焦点を当てると父が、父に焦点を当てると母がどこか浮いていた。それでも、母は異常なまでの愛情を父に捧げ、父は母の前でだけ笑った。二人には二人の世界があって、僕がどれだけ背伸びしたって、二人のことはちっともわからなかった。

 だけど、そんな父と母が大好きだった。

 ある雨の降る夜だった。

 「姉さんとお義兄さんが…可哀想に、可哀想に…」

 顔を真っ青にさせた叔母に、そう言ってぎうぎうと痛いくらいに抱きしめられたことを、よく憶えている。

 ガードレールに突っ込んだ状態で、両親の乗った車は発見されたらしい。詳細は不明のままだったけれど、母の狂気に耐え切れなかった父による心中とか、あの人が二人を殺したとか、そう言った類の猟奇的なものだろうと思っていたから、拍子抜けした。

 そうして二人は、死んでからも謎めいた存在であり続けた。

 僕を引き取ってくれた叔母と叔父は、吃驚するくらい優しくて、壊れ物みたいに僕を大切にしてくれた。だからこそ、その愛情に報いなければいけない、いい子でいなければと必死だった。

 これ以上は迷惑を掛けたくない。自分を偽っていたくない。そういう想いから、進学を機に叔父と叔母の元から離れることにした。

 それで、木月と出会った。


 木月が帰ってから、凛子は馬鹿にしたように笑った。

 「何もわかってないんじゃない。芳賀くんのこと」

 図星だったから、何も言えなかった。

 わかっているつもりで、僕は今まで一度だって、木月のことをちゃんと考えたことなんてなかった。独りよがりで、勝手に悲劇のヒロインを気取って、ひどいのはどっちだと笑いたくなる。

 木月は、「少し時間が欲しい」と言った。

 少しって、どのくらいなんだろう。いっそ、嫌いだと言って欲しかった。

 「そんなこと言われたら、生きてられないくせに」

 「大体、元はと言えばお前じゃないか…全部」

 僕が反論すると、少しむっとした様子で凛子は言った。

 「そうやって、何でも私の所為にしてればいいよ。そんなだから、芳賀くんのことわかんないんでしょ」

 「うるさい。お前なんて嫌いだ」

 知ったような口を利くなとか、そういう風に返せばよかった。子どもみたいな反論しかできないことが、情けない。

 木月さえいれば、こいつも含めて、何もいらない。

 「嘘つき。好きだって、言ったくせに」

 「ふ、ふざけんな。そんなこと…」

 そんなこと、記憶になかったから、いつもの狂言だとしか思えなかった。

 「言ったよ。凛太は覚えてなくても、私はずっと…ずっと覚えてる」

 ただただ、気持ち悪い。

 「おかしい…お前」 

 記憶の混乱と嫌悪感で、胃の辺りがむかむかした。

 「なにさ、自分だって壊れてるくせに、私だけがおかしいみたいな目で、私を見るな」

 凛子が叫んだ。

 「そんなのわかってる…てか、好きって何なんだよ…自分なのに。それに、僕は木月が、好きだし」

 絶対に、お前中心の世界になることはない。

 それは、見当違いで関係のないことだとわかってはいるけれど、どうしようもなかった。自分でも何を言っているのか、わからない。

 「だからだよ。あんたの女の子になりたいって部分が、私なんだよ。きっと。逃げないでよ、見て、私を。自分を」

 凛子の放つ言葉のどれもが、信じたくないものだった。こいつの存在自体、認めたくなくて認めたくなくて仕方ない。

 「嫌だ。もう、掻き回さないで…お願い、消えて。消えて。消えて消えて消えて」

 みっともなく泣き崩れる僕を、凛子はただ唇を噛み締めて見つめていた。


 女の子になりたいわけじゃなかった。ただ、気が付いたら女の子が羨ましかった。

 ふわふわな肉体も、きらきらなものによく映える綺麗な髪も、瑞々しい唇や宝石みたいな瞳も、全部全部可愛くて、ひどく憧れた。

 何よりも、王子様にずっとずっと愛されるハッピーエンドが。

 今まで僕のことを好きだと言ってくれた女の子たちはみんなそれを持っていて、僕は持っていなくて、その上王子様になってほしいと言う。

 その貪欲さが怖かった。

 僕は女の子にはなれない。見た目をどれだけ可愛く着飾っても、それは偽者でしかなくて、惨めだった。

 それに、心までは変えられない。あの悪魔的な可愛さは、女の子だけが手に入れることができるものだと思っていた。

 大学生になった今はもう、子どもの頃よりもずっと現実が見えるようになったけれど、女の子は相変わらず羨ましかったし、誰かに愛されたかった。

 木月が笑いながら言う「可愛い」は純粋に嬉しかった。それは魔法のキスみたいで、いつの間にか木月に僕の王子様になってほしくなっていた。

 愛されたい、なんて。知らない内にその気持ちを押し付けていたのかもしれない。

 木月は僕のことを好きじゃない。「可愛い」も「愛してる」も全部心からの言葉じゃない。嘘だ。それなのに満たされてしまって、いつも僕だけが苦しい。

 僕もはじめは好きとかそういう感情で一緒に居たわけじゃなかった。木月と同じで、本当に軽い気持ちだった。あの日、窓から降って来て手を差し伸べる姿があまりにも御伽噺的で、惹かれた。僕の「王子さま」になるかもしれない人。ただ、それだけだった。


 僕を一番差別しているのはきっと僕自身だと、薄々気付いている。

 だけど、そんなことの全部を認めたくなくて、受け入れることができないでいた。

 もう誰にも会いたくない。ただ、どうしようもなく木月に会いたかった。 

 木月から受け取った袋の中身は、苺のジャムパンだった。

 その優しさとか、あいつの言葉とか、わけがわからなくなって、泣きながらパンに齧り付いた。

 いつもより少し、しょっぱかった。




 凛太が何か隠し事をしている、ということは前から気付いていた。

 思えば、出会った頃から他の奴らとは違った。いつも儚げで、自分の世界の中から硝子越しに外を眺めているような態度で、ふとした時に思い詰めた表情をする。

 はじめて凛太と出会ったのは、大学の入学式だった。呆れるくらいよく喋る理事長の話に嫌気が差し、なんとなく途中で式を抜け出した。式を行っていた講堂から外に出ると、なんだか不思議な空気が漂っていた。なんというか、それは日常生活の中では絶対に感じることのない類のもので、清々しいような切ないような気持ちになった。そんな非日常感を楽しみながら構内を探索していると、同じように式を抜け出していた少年を窓の外の中庭に見付けた。実際同い年なのだから「少年」という表現はどうなのだろうとも思ったが、男と言うよりも少年と呼んだ方が違和感がない風貌で、まるで人形のようだった。祈っているかのような表情で空を見上げる姿は、驚くほど綺麗で一〇メートル程離れた場所からでも、ただの少年ではなく、美がつく少年だとすぐにわかった。その不思議な雰囲気に、端整な顔立ちに惹かれた。

 そっと、少年の世界を壊さないように窓をからりと開けると、春の匂いがした。

 「なあ」

 思わず声を掛けると、ぱちんと目の前でしゃぼん玉が弾けたかのような瞬きをしてから、ゆったりと視線をこちらに向けた。意外と人間っぽいその反応に、綺麗という情報の他に「可愛い」が追加された。

 何も言わずに、無表情を装った大きな瞳がじっと見つめてくる。

 「さぼり?」

 少年の祈りを邪魔したことを悪かったかなと思いながらも、できるだけ軽く話しかける。本当に少しだけだけれど、緊張していたから、それを悟られたくなかった。

 少年はコトンと首を傾げただけで、何も言わなかった。少し虚しい。怪しまれているのかもしれない。

 「木月。芳賀木月ってゆーの、俺。怪しい人じゃない」

 不審者っぽさをなくそうと、自分が何者なのかを告げて、両手をばっと挙げる。

 「…余計怪しいよ、それ」

 「え。ああ、そうか!確かに」

 言葉を返してくれた嬉しさと、呆れられたのだろうかという恥ずかしさで、思わず下を向いた。ナンパに失敗した高校生みたいな気持ちだった。

 「七瀬凛太」

 少し高めの声で小さく呟かれた言葉の意味がわからなくて、頭の中に疑問符を大量発生させたまま、少年を見つめた。さっきと逆だ。

 「名前。僕の」

 「あ、ああ。有難う…?」

 感動のあまり、変な返答になってしまったことに気付いたときには、目の前の少年はころころと笑っていた。

 「変なの」

 そう言って笑う姿があまりにも可愛くて、ある「いいこと」を思いついた。絶対そうなりたい。きっと退屈しないだろうから。

 窓枠越しにでは失礼かもしれないと思い、ひょいっと窓枠を乗り越えて彼の前に降り立った。

 「あのさ、七瀬くん」

 「なに…」

 覗きこんで言うと、笑みを引っ込めて、訝しんだ表情でじっと見つめられた。

 そんな様子を見て見ぬふりして、手を握って、大きく息を吸い込んだ。それから、できるだけ緊張がばれないように、言った。

 「俺と付き合って」

 少年は大きな目をぱちくりとさせて、小さく笑うと、

 「いいよ。うん、わかった」と頷いた。

 その肯定は、桜色の背景よりも綺麗で、それだけで世界が輝いて見えた。

 その日のうちに、高校から付き合っていた彼女と別れた。あなたといる為に赤ちゃんまで堕ろしたのに、と泣かれて、殺されるかもしれないと一瞬思ったけれど、しばらく喚いたあとで、彼女はただ諦めたように「死んじゃえばいいのに」とだけ呟いた。だけど、そう言った彼女の方が死んだ。一応自殺したことになっているらしい。顔が少し好みだっただけで、別に好きじゃなかった。当然、何も思わなかった。


 ふとしたとき、凛太との壁を感じた。きっとそれは無言の拒絶で、だけど俺はそこに深く踏み込みはしなかった。はじめは、重い関係になることが面倒だったから。

 今は違う。自分の中で何がどう違うのかよくわからなかったが、とにかくそういう軽いものではない。凛太への気持ちすべてがそうだ。恋とかそういった段階を通り越している。

 だから、凛太の隠し事の内容に気付いたときも、嫌いになったりしなかった。

 それを全部、凛太に伝えればいいのだろうか。

 「僕のこと、好きでも何でもないくせに」

 そう言った凛太の表情が忘れられなかった。本気で、俺がどうでもいいと思っていると考えている様子だった。

 男のことは相変わらず殺してやりたいくらいの気持ちだったけれど、凛太に対する怒りは段々と収まってきていた。といっても、さっきだって怒るというよりも、混乱の方がずっと大きかった。

 昨日、男は廊下で擦れ違う際、耳元で言った。「ごちそうさま」と。

 凛太に謝ろう。悪いのは全部あの男で、凛太は何も悪くない。

 凛太はきっと独りじゃ生きていけない。だけど、凛太がいないと生きていられないのは俺の方で、そう気付いたからには、凛太の隣に存在するのは俺しか耐えれない。




 私が(なつめ)と出会ったのは、高校二年の春のことだった。

 転校生だった棗は、白くてきらきらとしていて、私たちとは纏う空気が全然違った。男子生徒も女子生徒も、教師までもがいろんな意味で一目置いていて、つまり馴染めていなかった。

 しばらく経ったある日、屋上で泣いている棗を見かけた。

 「えっと…どうしたの」

 恐る恐る声を掛けると、私に見られていることに気が付いていなかったのか、彼女は小さい肩をびくりと震わせた。

 「いえ、何もないのだけれど。本当に、何もないの…」

 それから、慌てて涙を拭う彼女が、履物も靴下も履いていないことに気が付いた。白くて細い脚が、プリーツスカートから伸びている。

 「上靴?」

 「…それは、いいの。どうだって」

 棗は、少し離れたところに裏返して置いてある上靴にちらりと一瞥しただけで、そのままそっぽを向いてしまった。

 上靴の隣には、白いハイソックスも一緒に並んでいて、どちらもぐっしょりと濡れているように見えた。

 きっと、心のない生徒の仕業だろう。

 そのことについて、私は何か言おうとしたが、彼女が本当にそのことに関して、何も思っていないように見えたので、やめた。

 かわりに、どうして良いかわからなくなって、思ったことをそのまま伝えた。

 「そう。じゃあ、笑っててほしいな。きっとその方が可愛いわ」

 「あら、綾子(あやこ)さんだって、いつも難しい顔してる」

 彼女が私の名前を知っていることや、いつも見られているということを、恥ずかしく思ったけれど、同時に少し嬉しかった。それを棗に悟られないよう、短く返した。

 「そう?」

 「うん、こんな感じ」

 彼女はぱっとこちらに向かって、眉間にしわをぎゅっと寄せた顔をした。

 予想もしていなかったその行動に、思わず吹き出してしまう。

 「私、そんなかしら…ふふふ」

 「ほら、その方がいい」

 そう言った棗も、涙を眼に浮かべて笑っている。

 「ふふ…あなたも」

 私が指摘すると彼女は、手を口に当てて堪えようとしていたが、笑いが収まらないらしく、しばらく二人でお腹を抱えて笑っていた。

 そして、私たちはすぐに仲良くなった。

 

 棗は度々、学校を休んだ。はじめは、体が弱いからだと思っていたけれど、それだけじゃないことが一緒にいるうちにわかった。

 「あんた、綾子でしょ」

 そう言われたときの驚きは、かなりの物だった。

 棗にからかわれているのかとか、よく似た姉妹なのかもしれないとか、いろいろ考えたけれど、紛れもなく棗だけど棗じゃないとすぐにわかった。ずっと一緒にいたのだから、それくらいはわかる。

 「棗、じゃない?」

 未知の生物との会話を試みているかのような気持ちだった。

 「ナツキ」

 それが名前だろうか。私は、同じように小さく「ナツキ」と繰り返した。

 それを見た彼女は、満足そうに笑った。

 その笑い方は、棗の控えめなものとは少し違った。

 それから辺りが暗くなるまで、誰かわからない棗の顔をした知らない人と、いい医者がいるから引っ越ししてきたこと、最近は棗と会えないことなんかを話した。

 「昨日、あの子と話したって…本当?」

 次の日の帰り道、棗は、そう聞いてきた。

 なんと言っていいかわからなくて、結局小さく頷くことしかできなかった。

 「変だって、思ったよね」

 「そんなこと、ない…けど。大丈夫なのか、心配」

 泣きそうになっている棗を見て、私も泣きそうだった。

 「それは…大丈夫。有難う」

 大丈夫じゃないことくらい、顔を見ればすぐにわかることだった。

 ずっと、私と笑い合っているときも、悩み続けていたのだろうかと思うと、何も気付かないでいたことに申し訳なくなる。

 どれだけ辛いものなのか、私には想像もできなかったけれど、きっと途轍もない不安を抱えていることだろう。そう思うと、私まで苦しかった。

 「ごめん、綾子。私おかしいの…」

 震えながら囁く姿が、あまりにも狂気的で、棗が何処かに行ってしまいそうで、怖かった。

 だから、精一杯の力できつく抱きしめて、医者になろうと思った。心の医者に、なろうと思った。

 そのときの決意の通りに、私は大学に行って、資格を取って、精神科医になった。

 初めての患者は、棗だった。


 「こんな私に、子育てなんてできるのかしら」

 子どもが出来た。そう私に報告したあと、彼女は心配そうに呟いた。

 「よかったじゃない。貴女、子ども好きだし」

 思わず、そんな無神経な言葉を返したが、彼女は薄く笑っただけだった。

 彼女の心配するところはわかっていたが、そんなことよりも自分の中の黒い感情に対する嫌悪感がひどかった。

 高校時代からの仲である彼女を、私は最低なことに友人として見てはいなかった。好きだったのだ。

 「ねえ。綾子、この子たちも診てくれる?」

 「私でよければ…。結婚、しちゃうの、あの男と」

 あの男、というのは棗が大学の頃から付き合っている、何の面白味もなさそうな「彼氏」のことだ。

 「うん。(けい)()さんと結婚するわ、私。ごめんね、綾子」

 何がごめん、なのだろう。謝るくらいなら、はじめから、あんな風に笑い掛けないで欲しかった。

 恋心を自覚していながらも、彼女から軽蔑の目を向けられることを恐れて、ひたすら親友を務め続けた。

 恋人にはなれなくても、死ぬまで彼女を支えることが出来るのなら、それで構わないと言い聞かせ続けて、覚悟は出来ていたつもりだった。

 それでも、どうしてよりによってあの男なのだろう。どうして、私じゃないのだろう。そう思わずにはいられなかった。私の覚悟なんて、脆い物だった。

 「名前、貴女に決めて貰いたいの。慧十さんもそれが良いって」

 「ええ、喜んで。幸せになってね。棗」

 少し不安が取れたのか、嬉しそうに笑いかけてくる彼女に、震える声で、そう言うのがやっとだった。

 自分のことで精一杯で、大して心の篭っていない言葉でも、彼女が素直に「有難う」を言うから、私は何も言えなかった。

 その日の夜、「この想いは、永遠に彼女には告げない」月にそう誓って、少し泣いた。


 それから、病室での穏やかな時間だって苦痛になった。

 少しずつ大きくなっていく彼女の腹を見ることが、辛くて辛くて仕方なかった。

 「考えたのだけれど、凛太…なんてどうかしら」

 それなのに、すらすらと出てくる自分の言葉が嫌になる。

 「あら、いい名前。きっと貴女みたいに、凛としてくれそうね。慧十さんも喜んでくれるわ」

 楽しそうに腹を撫でる棗から、曖昧に笑って目を逸らすことしかできなかった。

 やがて産まれた彼女たちのこどもは、彼女に似て、愛らしい子で、会う度に少しずつ成長していくさまを見守るのは、普通に楽しかった。


 私の彼女への気持ちがどうであれ、これからも彼女たちを傍で見守る日々が続いていくと思っていた。

 それなのに、彼女は死んだ。あの男も一緒だった。

 そう聞いて、直感的にナツキだろうと思った。 

 あの男が羨ましい。私を一緒に連れて行って欲しかった。

 

 葬式の日、沢山の花に囲まれた彼女は何よりも美しく、不謹慎なことだけれど、心の底から愛おしく思った。

 「私、貴女が好きだった。きっとこれからも…ごめんなさい」

 ぽつりと零れた、やっと言えた想いは、あまりにも遅い。伝えないと誓ったのに、黒い感情に目を背け続けるのは、ただただ苦しかった。

 

 「私、綾子が好き」

 その好きが、私の好きと同じなのか聞く勇気がなくて、私は何も返せなかった。

 「綾子綾子。私、隣の学部の七瀬くんと付き合うと思う」

 「そう。よかったわね。彼、優秀だって教授が褒めてたわよ」頭の中は真っ白だったのに、平然と「よかったわね」なんて言える自分が腹立たしかった。

 

 次々と彼女と過ごした日々を思い出して、涙が溢れてくるのを、止めることが出来なかった。棗のことを想わない日なんて、出会ってから一度だってなかった。

 どれだけ、私は幸福だったことだろう。彼女に愛されることはなくても、傍にいさせてくれた。

 欲張りな私は、自分で大切な時間が二度と訪れないように、自分でした。

 「せんせ、どうして…泣いているの。どこか痛いの?」

 じっと私を見つめる大きな瞳から感情はまったく読み取れず、はっとなって、自分の職業を思い出した。

 だけど、私は何も言えなかったし、何もできなかった。

 しばらくして、愛しい人の忘れ形見は、隣の県に住んでいる、彼女の妹夫婦に引き取られることになった。


 再び私の前に現れたその姿は、棗によく似ていた。

 「せんせ、私、もう消えたいの。凛太は私なんか要らないって」

 言い切らない内に、目の前で話していた少女が突然黙った。

 「凛太くん?」

 なんとなく、そう呼びかけると、どうやら本当にそうだったようで、辺りをぼんやりと見渡して、

 「ど、して…せんせい」と言って。

 ひどく混乱しているようだった。当然だ。

 「私がわかるのね。落ち着いてゆっくり呼吸をして」

 少年は、ゆっくりと肩を上下させていたが、しばらくすると自分の服装を確認して言った。

 「…凛子、ですか」

 「そう、君が食事も摂ろうとしないし、学校にも行かないって、心配してきてくれたの」

 心配、という言葉を聞くと、唇を噛み締めて俯き、何も言わなかった。

 「ええと、こんな風に、気付いたら知らない場所に知らない人といること、よくあるのかしら」

 「たまに」

 「凛子ちゃんの方は、ないみたいだけど」

 指先でスカートの先のレースを弄ったまま、また黙ってしまった。この子に比べると、凛子はずっと接しやすい。

 どちらも、感情の起伏が激しいことに違いは無いが、凛太は普段それを押さえ込んでいる。そうすることで自分を守っているのだろう。その反動からか、凛子は我慢が嫌いだ。凛太の為にしかしない。

 見た目は母親によく似ているけれど、中身はあまりだった。それでも、愛しい。

 「どうして、検診の日も来てくれなかったのかしら。最初しか来てくれてないわよ」

 「あいつが来てるなら、いいじゃないですか」

 冷たく言い放れた言葉に内心傷付いたけれど、できるだけ落ち着いたトーンで返すことを心掛ける。

 「うーん、凛子ちゃんだけじゃなくて、君も診ないと」

 「そういうものですか」

 どうでもいい、とでも言いたげな様子だった。

 「そうよ。それに、最近良くないみたいね」

 先程、凛子が言っていたことを尋ねてみる。

 「そんなこと、ないですけど…何か聞いてないですか」

 「何かって?」

 「…別に。ただ、あいつの存在が迷惑で」

 そう言うわりには治療に非協力的だから、難しい。

 「でも、凛子ちゃんのこともわかってあげてね」

 「先生は何もわかってないです。あいつのことだって、本質的なとこ、ちゃんと見れていないんじゃないですか」

 この子は、本気で私に心を閉ざしているのだろう。きっと誰にだってそうだろうが、小さい頃から知っている分、なんだか悲しかった。

 だけど、彼はそのことを暗に批判しているのだろう。棗のことやその他のすべてを見透かされているような居心地の悪さで、逃げ出してしまいたかった。

 それでも私は医者だ。彼等を、助けたかった。もう、終わりにしたい。


 凛太が帰ったあと、私は手紙を書いた。私にはすべてを終わらせる義務がある。

 棗とあの男は、私が殺した。

 正確にはナツキが殺した。だけど、そう仕向けたのは私だった。はじめてナツキに出会ったときに、ふと思いついた案はどうやったって消えなくて、ついには実行に移してしまった。

 晴れて精神科医になってからは、ナツキを操ることなんて容易かった。

 高校時代から棗同様に信頼関係を築き上げていたし、それにナツキの世界は狭かった。愛情に飢えた人間がどれだけ脆いかなんて、私自身痛いほど理解していた。

 幸い、と言うべきか、棗とナツキは仲がいいという訳でも庇い合っているという訳でもなかった。

 もうやめよう、何度もそう思ったけれど、立ち止まるには遅すぎた。何か他に方法が、違う道があったかもしれない。だけど、どうしても許せなかった。私の気持ちに気付いていながらあの男を選んだ、棗が。どうしようもなく憎かった。今でもこんなにも好きなのに。棗と過ごした穏やかな日々を毎晩夢に見て、会って想いを伝えたいのに、私が殺した。

 凛太と凛子のカウンセリングを熱心に続けたのは、罪ほろぼしの気持ちが大きかった。

 だから、私は死ぬ。 




10

 病院から出たあとでいつもの格好に着替えてから、帰ってくると、何か様子が違った。

 アパートの前には人だかりが出来ていて、パトカーも数台止まっていた。

 ここからではあまり見えなかったが、二階のちょうど僕の部屋がある辺りがブルーシートで囲われているようだった。

 大家さんが、刑事らしき若い男の人と年配の男の人と話していた。

 「…だからね、騒音も彼だったんじゃないかしら。今思うと。絶対、女よ女」

 僕に気が付いた年配の方の男が、こちらに向かってくる。何かあったのだろうか。

 「ああ、ここの方ですか」

 そういいながら、手帳を見せてきた。刑事で合っていたみたいだ。

 「は、はい。何かあったんですか」

 「刺されてたんですよ。人が。…ちなみにお部屋は?」

 あっさりと物騒な言葉が飛び出てきて、少し頭の中でその意味を考えながら、答える。

 「あ、えっと…二〇六、です」

 「あら、隣じゃないですか。七瀬さんですね」

 「えっ、隣って…三加和さん、ですか」

 「そう。ああ、もう片方は空きでしたね」

 驚きのあまり、何も言えなかった。

 少し悲しいと思うのは、変だろうか。

 とにかく、動揺を悟られないようにしないといけない。

 「ひどいものですよ。身体のあちこちを刃物か何かで斬られてましてね。余程恨みがあったんですかねえ」

 「え…あの、死んだってことですか」

 「まあ、そうなりますね。何か、ご存知で?」

 一瞬、刑事の目が光ったように見えて、はらはらした。

 あのことは、言わない方がいいだろう。

 「い、いえ…何も。その、犯人は」

 「まだですよ。だから、こうして聞いて回っているんです」

 刑事は面倒臭そうに言った。 

 「あ、そうですよね。すみません」

 僕がそう謝ると「また何かあったら」と言って、立ち去っていった。

 それからすぐに駆け寄ってきた大家さんが言った。

 「大変なことになったわね。物騒ねえ。まだ犯人捕まってないらしいじゃない?まあ、痴情の縺れってやつでしょうけど」

 「はあ…」

 「しばらくは捜査やらなんやらで騒がしいだろうから、お友達のとことかに泊まらせてもらったほうがいいんじゃないかしら。七瀬くんは特に、隣でしょう?」

 確かに大家さんの言うように、家に帰ることは少し難しそうだと思う。

 「そう…ですね。そうします」

 木月に電話しても大丈夫だろうか。

 何も解決していないことを思うと、少し悩んだけれど、どっちにしろ行くところなんて、木月のところしかない。

 そう電話でなんとか伝えると、「いいけど」と返ってきて、ほっとした。

 「それと、この間のことも…ちゃんと話したいから」

 表情が見えないから、ちょっとだけ怖かったけれど何とか言えた。いつまでも逃げてばかりいられない。

 「わかった。待ってる」

 そうは言ってはくれたけれど、木月の中で答えは出たんだろうか。


 木月に思うことはたくさんある。

 僕と出会った頃に付き合っていた女の子とは別れたと言っていたけれど、本当に?僕のどこを気に入ったのかとか、まだ僕に飽きていないのかとか、挙げていけばキリがない。

 あの女の子をつまらない子だからと言って簡単に捨てた木月は、いつかきっと僕のことも簡単に捨てるだろう。僕を信用していると言うなら、どうして何も言ってくれない。木月はずけずけしているように見えて、本質的なところは話してはくれないし、本当の姿を見せてくれていないように感じる。無理に聞くつもりもないけれど。そんなことで捨てられたら、馬鹿みたいだし、木月も僕のことを聞かないでいてくれるから。

 勿論、木月が僕との間に積み重ねた、軽口とか飄々とした態度でできた壁やふとしたときに感じる距離には、悲しくなる。

 だけど、そういう部分すべてをやめたい。


 木月は、三加和が死んだということには、短く「そう」と言っただけだった。

 やけに関心が薄いことも気になったけれど、そんなことよりも話し合いたかった。

 あれからたくさん考えた。ここに来る道中も、木月とのこれからを想った。

 だけど、それはすべて独りよがりに過ぎない。何よりも必要だったのは、木月に伝えると言うことだと、やっと気付けた。

 「それで、言いたいことって」

 いつも遊ぶときと同じように隣に並んではいるけれど、当然、空気は重い。

 「まず、ごめん。そんなことで、済まされないけど、ごめん」

 木月は何も言わなかった。

 それでも構わずに続ける。ただ、木月のことが本当に大切だと思っていると伝えたかった。

 「言い訳するわけじゃないけど…」

 凛子のこと、三加和のこと。父と母のこと。全部を、話した。

 「毎日毎日、馬鹿みたいに留守電はいってんだよ。服とか化粧品とか、知らない物が勝手に増えてて、でも、全部僕なんだ。ごめん。気持ち悪いよね。自分でもそう思うけど、助けて。愛して。こんなの、おかしい」

 自分でした行動に自分で憶えていなくて自分ひとりで苦しんでいるなんて、滑稽過ぎて笑い話にもならない。自作自演もいいところだ。そう思うと、惨めだった。

 「怒ってるわけでも、引いてるわけでもなくて、わかってたのに、凛太をちゃんとしろうとしなかった自分が、普通に悔しい」

 消えるのは自分なんじゃないのかとか、女の子みたいに愛されたいとか、不安にまみれて木月に殺されたいとさえ思っていた僕を、そう言って優しく抱きしめてくれるから、涙が溢れた。

 「木月…ごめん。好きで、ごめん」 

 「凛太は、勘違いしてる。俺だってお前のこと好きだし、いないと生きていけない」

 謝ることしかできなくなっていた僕に、一番求めていた言葉が届いて、やっぱり涙を止めることはできなかった。

 「少しずつ、二人で抱えよう」

 壁はお互いちょっとずつ壊していこう、と付け足された言葉で、気持ちが一気に軽くなった。




11

 今日は、父と母の命日だった。

 それで、叔父と叔母に一年振りに会うことになっている。

 だから敢えて、私が行くことにした。二人の前で堂々としていたいという考えからだった。

 凛太は勿論、二人にも迷惑を掛けたくなくて、ずっと自分を殺して生きていた。

 凛太は、先日の芳賀くんの言葉で、何か救われたようで、私を理解してくれようとすることも、増えた。

 きっと、私が愛されることはない。そして、その内死んでしまう。

 叔父と叔母は、凛太でなくて私だということについて、何も言わなかった。混乱からかもしれないけれど、それでもいいかもしれないと思い始めている自分がいることに、驚いた。 

 初めの頃こそ、唇を噛み締めて、孤独に慣れようといろいろな感情を耐えていた凛太も、今ではすっかり両親の死も受け入れているようだった。

 その横顔を見て、私たちは、周りが思っているよりもずっと大人だし、自分で思っているよりも子どもなのだと、思った。




12

 帰宅してしばらくした頃、インターフォンの音が鳴り響いた。

 反射的に時計を見ると、二三時を回ったところだった。こんな非常識な時間に、誰だろう。

 面倒に思いながらも覗き穴から確認すると、先生だった。

 「よかった、凛子ちゃん」

 「…どうしたんですか」

 「こんな時間にごめんなさい。あの…今いいかしら。どうしても、貴女に聞いてほしいことがあって」

 先生は、いつもと様子が違うように見えた。

 取り敢えず家に上がって貰って、お茶を用意し終えると、先生は話し始めた。

 それは、罪の告白だった。

 「私が、貴女のお母さんとお父さんを殺したの」

 突然の言葉で、何と返せばいいかわからなかったし、何故、今更になって伝えたのかもわからなかった。

 「それなのに、私…貴女とこんな関係に。ごめんなさい」

 すべてに対する疑問のつもりで、「どうして」とだけ尋ねた。

 「棗…お母さんのことが、好きだったから。許せないに決まってるよね。でも、もう全部やめるから。だから、貴女に会うのもこれで最後。この手紙は、凛太くんに渡して…ほしい。彼にこそ、直接話すべきなのに、私、弱くて」

 先生の話は、もうあまり頭に入ってきていなかった。

 ただ、ある種の衝動が全身を支配して、ほぼ無意識に席を立った。

 「…凛子ちゃん?」

 ふらりと台所までいくと、心配そうな先生の声が聞こえてきた。

 「大丈夫、じゃないわよね。こんな話、いきなり…」

 「…先生、凛太です。僕」

 「え…」

 その言葉と、僕が手に持っているもので、先生は困惑の表情を浮かべていた。

 先生が、父さんと母さんを殺した。そんなことはどうでもよかった。

 ただ、それで何食わぬ顔で僕らを治療していたという事実が気持ち悪かった。凛子と肉体関係を持っていたということに、吐き気を覚えた。

 力いっぱい捻じ込んだ包丁は、ずぶりと脇腹に沈んだ。突進した勢いで包丁を持つ手を痛めたのか、じんじんとした痛みを感じたけれど、それを無視して、柄をぐるりと半分ほど回した。

 「う、あ…」

 そのよく知った人の声に、はっと現実に引き戻されたような感覚が襲ってきて、そのまま手を離して少しずつ後ずさる。

 先生の白いブラウスが、刺さったままの包丁の柄を中心にじわじわと赤く染まっていく様は、なんだか不気味だと思った。

 先生は包丁が刺さったままの腹部を押さえて、泣いていた。多分僕も泣いている。

 脳に心臓があるみたいに、後頭部辺りがどくどくと鳴っていた。それと、先生の呻き声と僕の喉のひゅっという空気の出る音だけの、地獄みたいな寂しい音がみっちりと耳に詰まっている。自分を何ひとつとしてコントロール出来なくて、離人感もひどい。

 後ろに下がる脚は産まれたての小鹿みたいにがくがく震えて、ほとんど感覚がなかった。

 とん、と何かにぶつかって、後退する動きは半ば強制に止まったけれど、後ろを振り向くことは出来なかった。苦痛に顔を歪め、大粒の汗と涙を浮かべながらも、真っ直ぐに僕を見つめる先生の瞳から目を逸らす勇気なんて、僕は一切持ち合わせていない。

 「これ、凛太が…」

 僕の背後の壁は木月だったと、その声で気付いた。どうしてここにいるのだろう。

 木月の問いに、何も言えなかった。小さく頷くことすらできなかった。

 だけど、どう見たって先生を刺したのは僕だ。木月はこんな僕を、嫌いになってしまうだろうか。

 次第に虚ろになっていく瞳で僕を見つめ続けている先生は、僕に何か伝えるかのように、口を開いては閉じてを繰り返している。だけどそのどれもが、言葉になっていない。どれほどの痛みなのかはわからないけれど、取り敢えず、先生はもう僕に何も伝えることは出来なくなっていた。

 いつの間にか先生の前へとすっと移動した木月は、包丁に手を掛けた。

 相変わらず立ち尽くしたままの僕は、止血しようとしているのだと思った。


 だけど、それは少し違った。

 ばたたたた、と重い液体の落ちる音のあと、木月は抜いた包丁をそのまま、先生に突き刺した。先生の黒い髪を掴んで、身体を支えて、何度も何度も刃物を突き立てた。 

 その度に、先生の血を吐く声と、真っ赤な血が、木月の身体越しに飛んできた。血は、僕と木月を濡らし、壁や家具に勢いよく当たっては流れてを繰り返した。

 鈍い音が部屋に鳴り響く。それは、先生の反応がなくなって、木月の動きが止まったあともしばらく、僕の耳の奥で鳴り続けた。

 先生の瞳は、木月が手を離して床に落ちるまでずっと、最期まで、僕のことを見ていた。

 どちらも、何も言わなかった。

 

 ぽとりと、どこかの血が流れて落ちた音で、ようやくメデューサの石化してしまう呪いから放たれた。

 だけど、まだ木月に問うことしかできなかった。

 「き、木月。なんで…」

 「これで、共犯だ」

 血の海の中心で小さく呟き、ゆらりと振り返った木月の真っ赤な表情からは何も読み取れなかった。


 とてつもなく寒くて、がたがたと震えることをやめてくれない僕の身体を、木月が抱きしめてくれるけれど、それがあまりにもいつもと変わらなくて、少し怖いと思った。あやすみたいに背中をさすってくれる手も、「大丈夫」と言い聞かせる声も、木月のなにもかもがいつも通り過ぎて、人を殺したばかりだとも、血溜まりの中にいるとも思えなかった。

 「落ち着いたか?」

 「う、うん。木月、どこにも行かないで」

 全部僕の考え過ぎだと言い聞かせて、木月に対する恐怖を振り払う。本当に、もう僕たちは離れられない。

 「当たり前だ。ずっとずっとお前の隣にいる」

 大好きな人からそう言われて、たとえ嘘だとしても、幸せだと思おうとした。

 これから、どうなるんだろう。

 「逃げよう」

 「付き合おう」そう言ってきたときと同じような軽さで、木月が言った。

 肩に木月が話す気配を直に感じて、くすぐったい。

 「きっと…きっと捕まるよ」

 それに、ずっと逃げ続けるなんて、すぐに疲れてしまうに違いない。

 それならやっぱり木月だけでも、そう言おうとすると、がばっと僕の両肩を掴んで

 「二人だけの世界に、逃げるんだ」と言った。

 涙とか鼻水とか、返り血でぐしゃぐしゃになった僕と違って、言いながら木月は笑っていた。だけど、瞳は全然笑っていなくて、怖かった。本気で言っているのだと思うと、よく知っているはずなのに、知らない人間みたいに思えた。

 でも、心中というその恐ろしい発想が、とてつもなく魅力的に感じられて仕方なかった。まるで悪魔の甘い誘惑を受けたみたいに、頭の中がその言葉でじわじわといっぱいになってしまった。

 「二人だけ」

 口にすると、少し現実感が出た気がして、少し落ち着いた。



 カーテンの隙間から漏れたきらきらとした光が、薄暗い部屋に舞い込んでどこか神秘的に見える。

 そんないつもと変わらないような朝で、だけど、ここを去らなければいけない朝は、泣きたくなるくらい綺麗だった。

 「準備、できた?」

 その声に小さく頷いて、荷物を背負った。

 僕等二人が罪を共有した瞬間から、木月以外のすべてを捨てなければいけなくなることは、わかっていた。この世に未練はない。

 木月の罪のすべてを知っているとは思っていなかったし、僕もまた、木月にすべてを打ち明けてはいない。それでも愛し合っていると言い張るのだから、なんだか滑稽ではある。

 「…不安?」

  そう言って、顔を覗き込んできた木月が指で雫を拭ってくれる。どうやら自分でも気付かない間に泣いてしまっていたらしい。何も悲しいことはない。ただ、何故こうなったのかと、何が間違いだったのかとは思う。

 「ううん。大丈夫。木月と一緒なら何も怖くない」

 また嘘を吐いた。

 机に置かれた血の付いた手紙は、結局読んでいない。もうそんなことは僕たちにとって、どうでもいいことだった。



 きっと私は、殺される。二人の愛に巻き込まれて。

 聴こえるはずなんて絶対ないのに、あのピアノが聴こえる気がして仕方ない。





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